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すとーりーNINE 香り

 目が覚めて、次の瞬間……隣の温もりを慌てて探す。


 ぱた、ぱたり。


 祈るように彷徨う掌が感じるのは、すっかり冷たくなったシーツの感触。けれど、ソコには確かに彼女が居た香りが残っている。





 でもそれだけ。





「はぁ……」


 思わずもう片方の掌で、薄暗い部屋であるにも関わらず目元を蔽った。



 俺は、彼女と今まで朝を迎えたコトがない。



 どんなに深く、強く求めた夜でも、彼女は俺が眠りに落ちるとその日のうちに帰ってしまう。

 笑えるコトに、ソレがどんなに遅くなった夜でも……彼女が俺の部屋に泊まるコトは無い。

 確かに、別にそれ自体は大したコトでは無いのかも知れない。けれど、俺にとってその事実は何物にも代え難い彼女との距離に思えてならないのだ。





 温もりだけが失せ、香りだけが強く残る。





 そんなのは不公平だ。

 どうせなら、いっそそれすら残さず全て消えてくれれば…こんな気持ちにならないで済むのかも知れないのに。


「はぁ」


 短い溜め息だけが俺の口をつく。



 どうして。



 そう……どうして?



 けれど俺にはそのコトを面と向かって彼女に聞く勇気がない。

 彼女の口から、俺への否定的な言葉を聞きたくなど、ない。


 でも、そろそろ限界だ。


 この寂しさを、苦しさを、どうやって埋めろと云うのだろうか?

 貴女は、それで何も感じないのか?





 俺は、辛い。





 のそりとベッドから這い出し、浴室へと向かう。

 一人…独り、そう…独り残される思いを、ソコへ固執する自分を水と共に流したかった。


 少し熱めに設定したシャワーが全身を打ち付ける。

 壁のタイルに両手を突き、ひたすら肌を伝う流れを感じる。頬を流れる雫が、それと分からないように。


 男が泣くなど、情けないだろうか?

 寂しさに負けて、涙を流すなど情けないだろうか?





 けれど、俺には他にどうする術もなかった。





 どれ位そうしていのか。

 ようやく気持ちが落ち着き始め、酷く緩慢な動作でシャワーを止める。

 キュッ…と、短い音を立てて俺は浴室を後にした。頭からバスタオルを被り、洗面台の鏡に映る自分の顔を見て思わず苦笑する。



 まるでこの世の終わりみたいな顔をしているな、と。



 一通り体を拭き終わって腰にタオルを巻いた状態で部屋へ戻ると、そこで俺はピタリと目を見開いて固まった。





 その明るく光を灯された空間に、彼女が……居た。





「…………」

「どうしたの?そんな顔して」


 クスリと、柔らかく笑った彼女へ走り寄ると、無言のまま力いっぱい抱き締めた。


「もう…本当にどうしたの?」


 クスクスと耳に届く明るい笑い声。

 まるで何事もなかったみたいに、俺の背中へとその細い腕を回す。


「……帰ったんだと、思った」

「……そっか」

「うん」

「寂しかった?」

「……うん」

「…ごめんね」

「うん」

「もう、置いていかないから」

「うん」

「今日はもうずっと、一緒にいるから」

「うん」

「ね、だから…もう泣かないの」

「うん……」



 俺の彼女は、ちょっと年上で。

 俺よりずっと社会的地位があって。

 俺よりずっとずっと忙しい。



 本当は、傍に居て欲しいなんて言える立場じゃないのなんて分かってた。

 今までだって、俺の我が儘で、忙しい彼女の時間を無理矢理空けて貰っていたのを知ってた。


 “なんで”なんて…初めから知っていた。

 けど、認めたくなかった。


 しかし、彼女はそんな俺の気持ちを察してくれていて。

 俺と一緒の時間を作る為に、俺の寝ている間にもっと時間の調節をしてくれていた。



 今日は、これからまる一日、俺が彼女を独占できるんだそうだ。



 俺はソレが嬉しくて、もう一度強く彼女の体を抱き締める。

 彼女の子供をあやすような『ばかね…』の言葉と共に、強く強く、腕の中に閉じ込めた。


 恋愛って、思っているより自分が子供に戻る気がする……。

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