すとーりーSEVEN キスの味
タコ焼きを食べました。
何で今日だったのか、いや……何で今だったのか。
よりによって彼女と会う前に、タコ焼き屋を見つけてしまった。
「やっべ、メチャクチャ食いてぇ……」
腹がグウゥと音を立てる。
正直、タコ焼きはすっげー好物。
アノ魅惑の丸い物体は、熱々の湯気を立てて青海苔と鰹節の香ばしさをより一層引き立てる。そして、たっぶりかけられるマヨネーズとソースのコラボレーション……。
ゴクリ、と喉が鳴った。
このまま素通りなんかしたら、きっとタコ焼きの神様に嫌われてしまう。
「ありがとうございました〜!」
うぅっ…買っちまった。
これから彼女と会うのに…青海苔とか、鰹節とか歯に付いてたらかっこ悪いよなぁ。
でも、今現在、俺の掌に乗っているタコ焼きたちはミンナ凄く美味しそうで……強固でない俺の理性はあっさりと白旗を掲げた。
ぱくりと一口。
やっぱりうめぇ〜!!
少しかりっとした表面に、惜しげもなくたっぷり掛かるソースとマヨネーズが、口の中でタコ焼き本体と混ざって最高!
一気にタコ焼きを食いつくし、満足の吐息を吐いた。
だが次の瞬間、俺はハッと我に帰る。
彼女との待ち合わせ時間まで、あと五分。
俺は大急ぎで容器を捨てると、駆け出した。
今年、彼女は受験生。
そして去年は俺がそうだった。
去年は、彼女が色々と気を使ってくれて、俺は無事志望校に合格。
だから、今度は彼女が志望校に行ける様に、勉強の邪魔をしないように、彼女の塾が終わる時間に待ち合わせて、ほんの少しだけど会う時間を作る事にしたんだ。
息が白く、夜の空に上っていく。
全速力で走ったから、丁度体も温まったし時間もピッタリだ。
塾の中から、ぞろぞろと人が出てくる。
その中に、彼女を見つけた。
彼女も、俺を見つけて満面の笑みで駆け寄って来てくれた。
「お待たせ。待った?」
「ん、大丈夫。俺も今来たトコロだから」
それから、俺たちは手を繋いでゆっくり彼女の家に向かった。
色んな事を話した。
今日あった楽しい事、頭に来た事、勉強のこと。
だんだん、彼女の家が近くなってきた。
もう直ぐ、そこ。
街灯の直ぐ向こう。
「今日は、ありがと。楽しかった!」
にっこりと笑う彼女の顔は、思わず目を細める程に可愛かった。
「俺もだよ。…じゃ、また」
「うん、また」
繋いだ手がなかなか放せなかった。
手袋越しの彼女の手が、冷たくなっているんじゃないかと心配してしまう。
きょとんと見上げる彼女の丸い瞳が、寒さで少し潤んでいた。
ソレがとても愛しくて、堪らなくて。
悪い、かな?
と思ったけど、俺は思わず彼女の肩を引き寄せて、唇を合わせてしまった。
チョット、ムードとか足りないよね?
しかも思い出せば、いま俺はタコ焼き味だ。
「お、オヤスミ!!」
急に恥ずかしくなった俺は、彼女から慌てて離れると、走って逃げるように家に向かった。
ファースト・キスはタコ焼きの味。
ナンだかチョットかっこ悪い。
今度はちゃんとしないと、彼女に嫌われてしまうよね?
次はちゃんとムードとかガムとか、ナンかそんなのとか気を付けよう。
恥ずかしさで火照った顔を夜風で冷やしながら、俺は心にそう誓った。
ファースト・キスの味って覚えてますか?
因みに、私は全く覚えてません(笑)