魔王少女に呼び出されたのは異世界です ①
「………ま、魔王!?」
刻人は目の前の少女が何を言っているのか全く理解出来なかった。
「…あ、そ…そうです」
先程ユイカと名乗った少女は縮こまりながら小さな声で呟く。本来魔王と言うのはゲームやアニメに出てくるラスボスみたいにゴツゴツとしたTHE悪魔みたいな格好だと思っていたのだが…、
目の前の少女が魔王…、到底信じられない。
とか思うだろう。普通。
実際に刻人は悪魔と名乗った悪魔に襲われたのだ。魔王の存在も疑いはしないが、どうもおかしい。
まずここは何処だ?
悪魔に胸を貫かれた時、河川敷沿いの道に横たわった筈だった。しかもあの時は平日の真っ昼間である、こんな少女がその時間に偶々現れるだろうか?いや否だ。そんなことはあり得ない。仮に偶然助けたとしても、胸の傷跡が『綺麗さっぱり』消える事なんてそれこそあり得ない。
じゃあ話を戻そう。ここは何処だ?
刻人の頭にはそれしか思い浮かばなかった。うーんと悩んでいるとユイカが口を開いた。
「…えっと…ここは、私の部屋です」
てことは今寝ていたここのベッドは?あの少女のもの?刻人はユイカを見てベッドを見る。
「……あー、うん。……グッジョブ」
「………えっ?」
一連の流れが分かっていないユイカは何でこちらに親指を立てたポーズを取ってくるのかが、分からなかった。
△▼△▼△▼△
「…えーと。つまりここは『魔界』という場所で、この部屋基この城はあんたの所有物…てことでいいのか?」
「…その通りです」
あれから刻人はユイカからこの世界についての事を聞いていた。
「…で、あんたは魔王?」
「…はい」
「他にも天界やら人間界というのがある?」
「…はい」
「天使や神様も居る」
「…はい」
「魔法なんて日常茶飯」
「…はい」
刻人は拳を握りしめ、ブルブルと震えていた。ユイカはこの様子を見ていて、『何でこの世界の住人』なのにそんなことも知らないのだろうか?と不思議に思っていた。震えるくらい恐怖を感じているのだろうか?確かに人間が一人で魔界へやって来るなんてあり得ない。捕まったら最後、何をされるか分からない。おまけに魔王の城近くにまで来ていたのだ。恐怖を感じないわけがない。
ユイカはこの時点で刻人が一人で魔界に乗り込み、悪魔に襲われ、深いキズを負って必死の思いでここに辿り着いた…と思っている。
でも違った。ユイカは刻人が別の世界からやって来たなんて知らないのだ。この震えも恐怖のものではなく、
歓喜溢れる喜びで震えていたのだ。
「……なんだよ、それ……、
最っ高に良いじゃねぇか!!!!」
「………はっ?……えっ!?」
刻人は立ち上がり喜びを露にする。一方のユイカは何故こんなにも喜んでいるのか分からなかった。
「魔王がいて悪魔がいて神様がいて天使もいる。それに魔法が日常茶飯……。これだよ、これ!!こんな展開を待ってたんだよ!!」
「………」
最早ユイカは何が何なのかさっぱり分からず、刻人のテンションについては行けなかった。
「…あっ!?…取り合えず状況を整理するか。そっちの話だけじゃ分からないからな」
「……?」
刻人は先程の出来事をユイカに話始めた。
△▼△▼△▼△
「…えっと、じゃあ貴方はこの世界ではない別の世界からやって来た…てことになるの?」
「そうなるな」
「その原因が私かもしれない…てこと?」
「そこまでは知らね。ただ、あんたの言ってた石碑の所に俺が現れたんだろ?」
「え、ええ。そうよ」
「だったらそう思うのが一番かもな。あんたも何か理由があってその石碑に毎日祈ってたんだろ?」
「…それは…」
ユイカが口を噤むと、前方の扉から一人の女性が姿を現した。
「…失礼します。ユイカ様」
「あっ、ミラ…。彼起きたわよ」
「そうでしたか…。お目覚めになりましたか...」
ミラと呼ばれた女性は、その身に着けているメイド服を綺麗に着こなしており、立ち振る舞いから相当の実力者だと言うことが分かる。
「申し遅れました。私はミラ・シュトルスと申します」
以後お見知りおきを、とお辞儀をしてくる。ミラはそれだけ言うとユイカに近づき、耳元で何かを囁いていた。内容は分からないが、ミラが言い終わる頃には青い顔をしているユイカが居た。
「…おい、どうし――」
「貴方はここに居てください!!絶対ですよ!!絶対ですからね!!」
それだけ言うとバタバタしながら急いで部屋から出ていった。
「な、何なんだ?」
「申し訳ありません。『人間』の貴方には関係のない事ですので…。それでは失礼させて頂きます」
ミラは刻人に向かって皮肉めいた事を言うと、頭を下げて部屋から出ていく。刻人の方もミラの言っていることは理解していたので何も追及せずに扉が閉まるのを見ていた。
「……はぁ……。どうするかな……」
刻人はため息をつくと、気分ばらしに立ち上がり窓を開けてみる。
そこには自分の居た世界とは全くかけ離れた光景が映し出されていた。
「本当に異世界に来たんだな…」
その現実離れた光景が中々の絶景だったもので刻人自身右手の部分に浮かび上がっていた紋章に気付かずにいた。
△▼△▼△▼△
「………」
場所は離れてこの魔王城の中心にある玉座の間。ユイカはその席に腰を下ろしており、家臣共々の飛び交う話し声にウンザリしていた。
またこれか…。
ユイカは顔には出してはいないが心の中ではどす黒い感情のオーラがぐるぐる回っている。
意味もない時間だけを消費する会議。
自分達の利益しか考えていないバカ。
もうウンザリだ。もう嫌だ。
ユイカの心はこの時だけ極限までに圧縮されている。潰される一歩手前まで毎度のように来ている。
「――様。―カ様。…ユイカ様!」
「……っ!?…えっ…えっと…」
「聞いていたのですか?先程の事」
眼鏡をかけた老人悪魔がユイカに迫る。
「…あっ…いや、その……」
ユイカはそのまま押し黙ると眼鏡をかけた老人悪魔や他の臣下達も一斉にため息混じりの声をかけてくる。
「はぁ…もうちょっとちゃんとしてほしいものですね…現魔王、しかも『ルシファー』の名を連ねる者がそうでは困ります…全く…」
「ハハハ、仕方ないでしょう魔王と言ってもまだ子供。これでもちゃんとしている方だと思いますよ」
「お優しいですな。はははっ」
辺りから嘲笑を含めた笑い声が聞こえてくる。ユイカはうつ向きミラを見るが、ミラは耐えてくださいと言わんばかりにそこに佇む。
「…そう言えば、ユイカ様は朝から何やら忙しそうにしてましたけど…何かあったのですか?」
ビクッ、とユイカは体を震わせ何でもないと頭を横に振った。
バレたらどうなるか分かったもんじゃない。『人間』を匿ってるなんて知れたら今ある後ろ楯『魔王』という肩書きが危うい。正直自分は飾りみたいなものだが、それでも『魔王』なのだ。そして『魔王』としての名も守らないといけない。
「(とか頭では分かってるつもりだけど…心がそうじゃない)」
自分に『魔王』という肩書きは重い。重すぎる。だから嫌だ。
「…嫌なんだ…」
ボソッと誰にも聞こえない位の声で呟く。
すると…、
「何だ…。嫌なのか?
――――『魔王』という肩書きが…」
ユイカは驚き後ろを振り向くと、
先程の少年、黒瀬刻人が立っていた。