猫踏んじゃった
ギャーと赤ん坊の鳴き声にも似た猫の叫びが、静かな朝の公園に響く。
招き猫のチビは、全身真っ黒な毛を逆立てて大事な尻尾を踏んだのは誰かと、見上げた。
年齢は70代前半くらいのおばあさんだ。白髪を綺麗な黒色に染めていて、白くて綺麗な肌をしている。近づいて顔の皺を数えなければ、10歳は若くみえるだろう。
「あら、ごめんなさい」
老人は、皺枯れた声で謝った。
「ちょっと、あんた。 痛かったじゃあないの」
黒猫は首を左右に振り、周りに他の人間がいないのを確認して甲高い声で文句を、言った。尻尾を踏みつけられた腹いせよ。猫が言葉を発する姿をみて驚き、怖がればいいのよ。
「・・・もしかして、妖猫様ですか?」
チビは、予想外の反応に少し驚いたが、直ぐにキリリとした表情に戻った。
「ええ。そうですとも。あんた、私みたいな存在をしってるのかい?」
妖怪の命は人に比べ長く、ずっと生きていれば本当に実在しているのを知っている者にも出くわすものだ。
おばあさんは、頷くとかがんで、皺が深く刻まれた口を猫の耳に近付ける。
「実は、一匹の妖猫を飼っていまして」
あっ、そっと猫は、素っ気なく答え、踏まれてクシャクシャになった尻尾の毛を舌で撫でて綺麗にしている。妖怪からしてみれば、ご飯も寝床もくれる人間の家に住み着くのは珍しいことではないのだ。
「でも、よく妖猫だと分ったわね。家に住みつく妖怪は、正体をばらしたがらないのに」
「それが、あまりにも不器用な性格をしておりまして。誰にでも正体が分ってしまうのです。あれでは、きっと人間が沢山いる今の世界では生きづらいでしょう・・・」
おばあさんは深いため息をついた。
「人間、妖怪どちらとも上手に世間を渡るのが苦手な者はいるもんだよ。これまで何とか命があっただけでも幸せじゃあないかい」
チビは、どこかのポジティブな奴が言いそうな励ましをおばあさんにかける。
同じ種族を心配してくれるせめてもの敬意だ。
「ありがとうございます・・・そうだわ!」
おばあさんは、暗い夜空から打ち上げた花火が上ったように落ち込んだ表情から急に明るい笑顔を作り、話を続ける。
「あなた様は言葉を巧みに操り、人間に対して怖気づかない態度でいらっしゃる。そんな妖猫様にお願いがあるのです、お礼もいたしますので」