こんな夢を観た「昔ながらの甘味店」
商店街を抜けた先の路地に、小さな甘味店を見つけた。
昭和の初めから営業を続けていそうな、木造の古い店だ。2階のベランダのすぐ下に打ちつけられたホーロー製の看板は、ところどころ塗装が剥げ、端から錆が広がり、色褪せている。それでも、かろうじて「佐々木屋」と書かれているのが読めた。
「子供の頃、友達とこういう感じの店に入ったっけなぁ」わたしは足を止めて、しばらく店構えを眺める。
軒先には、しまい忘れているのか、「かき氷」と書かれたのぼりが風に揺れていた。
秋とは言っても、この時間はまだ日差しが強い。かき氷をまだやっているのなら、ちょっと食べてみたい、そう思い、店に入ることにした。
店内はほんのりと暗く、そのせいか、窓際でせわしくなく回る小さな扇風機だけでも、十分に涼しく感じられる。
使い込んだテーブルが2つに、足ゴムのすり切れたパイプ・イスがそれぞれ4脚ずつ。
わたしはそのうちの1つに腰掛けた。イスを引く時、打ちっ放しのコンクリートの床とこすれ、がりがりと無造作な音を立てる。たちまち、心は過去へと飛んで行き、言葉にならない懐かしい気持ちを蘇らせた。
居間からおばあさんが顔を出し、皺だらけの顔をますますくしゃくしゃにして、「いらっしゃい」と言う。
「かき氷、まだやってますか?」わたしは聞いた。
「はいはい、食べていきなさいな」とおばあさん。「シロップはなんにしようかい? メロン、レモン、抹茶、イチゴ、ってあるけど」
ちょっと悩んで、イチゴを頼んだ。
「はいな、じゃあ、ちょっと待ってておくれ」
おばあさんは曲がった腰で製氷室へと入って、四角く切った氷を持ってくる。それを傍らの大きなかき氷器に詰めた。
ハンドルを回すと、シャリシャリと気持ちのいい音が店中に響く。聞いているだけで、すっと汗が引いていくようだ。見た目は古めかしいのに、うちにあるペンギンのかき氷器などより、ずっと早く、ずっとたくさん削っていく。
山ほど盛ったきめの細かい氷の上に、真っ赤なシロップを惜しげもなく注いで、わたしのかき氷は出来上がった。
「はいよ、どうぞ、召し上がって下さい」おばあさんは、わたしの前に、とん、とかき氷とスプーンを置く。
スプーンですくって口に入れる。人工甘味料の甘さと冷たさが舌の先から奥へと伝わっていった。
「冷たいっ」わたしは思わずつぶやく。
そんなわたしを、おばあさんは笑う。「そりゃあ、氷だもんねえ。それにしたって、暑さがなかなかおさまらないね。当分は、表のかき氷の旗も出しっ放しだろうかねえ」
わたしはうなずきながら、スプーンを続けざまに口へと運んだ。すると、後頭部から眉間にかけて、キーンと激しい痛みが襲ってくる。
「つうっ……」かき氷は大好きだけれど、急いで食べると決まってこうだ。
「ほれほれ、慌てちゃいけないよ。もっと、ゆっくり食べないと」そう言って、わたしの首の後を、かさかさした手でポンポン、と叩いてくれる。
「あー、だいぶ治まりました」わたしは言った。「でも、氷を食べると、なんで頭が痛くなるんでしょうね?」
「なんでだろうかねえ。3度ばかり、息を深ーく吸ってから食べてごらんな。不思議と、痛くなったりしないから」
わたしは言われた通り、深呼吸をした。もう1度、かき氷を食べてみる。
「あれ? ほんとだ。今度は全然痛くない。面白いですね。どうしてですか?」
「わたしにもわからないよ。子供の時分から、そう教わってきたことだからねえ。まあ、きっと理屈があるんでしょう。そのうちに、偉い学者さんが明かしてくれるかもしれないね」
ふと、気配を感じて振り返ると、隣のイスの上に三毛ネコが座っていた。
「あれ、いつ来たの?」わたしはネコに話しかけた。ネコは返事でもするかのように「うにゃ」と、鳴く。
「うちんところのミケだよ」おばあさんは言った。
「君、ミケって言うんだ。おいで、おいでっ」わたしはネコをなでようと、手を伸ばす。けれど、ミケはそれを嫌がって、テーブルの下へ滑り降りてしまった。
思わず、テーブルの下をのぞき込むが、もう影も形もない。
「あーあ、行っちゃった……」がっかりしてそう洩らすわたし。
「どこにも行きゃあしないさ。もう1度、よくごらんな」おばあさんが促した。
どこにも見当たらないんだけどなあ、と思いつつ、念のため、テーブルの裏側も確かめてみる。
すると、そこに1匹のコガネムシを見つけた。本物の金のようにピカピカな、美しいコガネムシだった。
両手で包み込むようにしてそっと捕まえると、それをおばあさんに見せる。
「ああ、わかりました。このコガネムシがミケでしょう?」わたしはちょっぴり得意になった。
おばあさんは満面の笑顔で、何度もうんうん、と首を振る。
「そうそう。よくわかったねえ。そおら、だんだんとネコに戻っていくだろう? 今度は逃げたりなどせず、なでさせてくるはずだよ」
コガネムシは次第に大きくなり、やがてわたしの膝の上でネコへと戻り、香箱を組む。
顎の下をまさぐってやると、いかにも嬉しそうに、ごろごろ喉を鳴らすのだった。




