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蒼穹の朱姫

朱い桜のその影で

作者: 樹朱

朱い華に出てくる彼らがもっと幼い時の話です。

こっちを先に書いたのに、投稿順は逆になった……何故。

どちらを先に読んでも大丈夫です。

多少彼女に対する印象が変わる程度ですきっと。


「……――い、おいっ」

 誰かに、呼ばれている。


 とっぷりとした薄闇の中、私はゆっくりと目を開けた。広がる闇。たたずむ道の先には黄昏の門。古樹の桜。

『いくのか』

 後ろから声がして、私はこくんと頷いた。

「だって、待たせてるよ。ずっと、待っててくれたんでしょ? ……あのね、未練がないわけじゃないの。それでももう充分だよ」

 自分と同い年の子。ずっとアノ時から一緒にいてくれた。今自分がいけば同じ想いをさせること、わかっている。それだけ未練。

 でも逢いたくて。ずっと待ってた。あの門の向こう側。一緒に歩いてあげるよって言ってくれた。

『あいつは?』


「――目ぇあけろよっ! おいっ」


遠くから聞こえてくる、私に呼びかける声。必死な、私にあたたかい声。どんな時も。……今も、まだ。

 私は背後にいる人を見上げ微笑した。困ったような顔をして見下ろしてきたから、きっと変な笑い顔だったのだろう。

「……なんか決心がね、揺らぐ」

 道を見つめ、呟いてみる。

 ココで、こうやって自分で歩き出すか決められる人はそう多くない。私の親も、選ぶ権利などなかったこと、知っている。

「私は選べるから。あのこの声きいてると、戻りたくなる。一緒にいたくなるよ……」

 とんっと頭の上に重みが加わる。ぐしゃっとなでられて、私はくるんと身体ごと後ろに向かされた。

『なら、戻れ。あいつの元まで』

とん、とんとあやすように軽くたたかれる。振動が心地良い。ジワリと目の奥があつくなって涙が出てきた。

「……ほんとにいいの? だって、だって」

 待っててあげる、一緒に行こうね。

 お別れの一言すら言えなかった私に、伝えてくれた。両親の言葉。

 一緒に歩いて行こう、だから。

 ぽろぽろと頬をぬらすと頭の上の手がするりと降りて、涙をぬぐった。優しい指。

『ならば俺が帰してやろう、元の場所へ』

驚いて見上げた瞬間。強制送還が始まった。

「なっ……――やさしすぎるよ、ちょっ……まってよーっ」




「――おいっ! 起きろよ朱桜っこんのねぼすけっ!」

耳元で怒鳴られてびびって悲鳴を上げる。

「っきゃあーっ、うっさいっ」

飛び起きれば、ベッドの下で座り込んだあいつの姿が目に入った。

「なんだよいきなり。……はぁまじびびったー。全く起きねーと思ったら、はぁ」

起こしに来て損したとぼやき立ち上がろうとする彼を見つめ、私はぽんっとベッドを飛び下りた。

「ありがと、起こしに来てくれて。ヒメイあげてごめんね」

手をつかみ、ぐっと力を入れて立ち上がらせる。反動で、まなじりに溜まっていた涙がぽろりと一粒こぼれた。

「……おまっ……何、泣いてんの。やな夢でも、みたか」

不機嫌そうだった顔が一瞬でおろおろと困った顔になる。これほど近づくことも稀で、私はにっこりと笑って、むぎゅーっと抱きついてみる。

「わ……何、ホントどーしたよ」

ぽんぽんと背をなでられる。あの大きくて大人の手じゃない。私と同じ小さくてまだ少ししか大事なものがつかめない手。

「ん。遊眞がいて、安心した。ありがと」

ぴくっ、と動いていた手が止まった。彼の心臓がとくんとくんとややスピードを上げたのがわかって、こみ上げてきていた涙が引っ込んでいく。

「うふふ、ありがとね。さーてとっと。朝ごはん食べてこよー」

ぱっと離れ、ドアへ向かう。ふわりとお味噌汁の香りがした。廊下へ出たところで振り返ると、彼は固まったまま突っ立っている。

「食べないのーごはん。先行っちゃうよ」

「うわーっ行く、行くから」

慌てたようにやってきた彼から逃れるようにして、食堂へ向かう。


 私たちの小さな手。私はまだ、大事なものをつかんでいいのか悩んでいる。本当にこれでいいのか。ずっとコレを握っていることができるのか。悩んでいる。……他にも大事なものがあるから。だけど彼は。

「ほら、足トロくなってんぞ。さっさといかねーとなくなるだろ」

考え事をして足の遅くなった私の手を彼が掴み、引っ張っていく。顔を上げるとにやりとした笑みがあった。

「うん。ありがと。ごめんね」

 あっさりと、私の手を取って。

 至極当然とでも言うように、私の手に自分の手を握らせて。引っ張っていってくれる。いつでも。

 それでも私は迷うのをやめられない。悩んでなやんで。

 何度でも私はあの道へ落ちてあの門の向こうへ行きたいと望んで。……毎度、彼に引き上げられて、彼の元へ、隣に帰ってくる。ばかだとわかっている。でもそんな私につきあってくれるから。また帰ってきちゃうのだ、ここに。

 にぎやかな声が響く食堂の間。手はつないだまま。彼がゆっくりと扉を開けた。

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