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異世界の戦場  作者:
Phase.1
7/37

Act.6__Battlefield

同日、ハリアント海沖

国連平和維持軍中東派遣団

原子力空母『ジョージ・ワシントン』

日本国海兵隊強襲偵察隊

榛名唯依少尉




 強襲偵察隊第一偵察小隊の指揮官である結城奏中尉がスメラギ皇国の騎士に捕縛されてから一週間が経過した。


 奏とは幼馴染であり、同じ隊に所属する関係の彼女──榛名唯依少尉は、割り当てられた部屋のベッドに腰を掛けながら出撃命令が下されるのを同僚の一ノ瀬蘭二等軍曹とじっと待っていた。弾倉に銃弾を込める何の変哲もない時間。ただ狭い部屋の中に反響する金属音が心地よかった。



「それにしても異世界ねぇ。突然そんなことを言われても信じられないっていう……」



 異世界。異なる世界。蘭はどこか呆れたような口調で呟くと手元に視線を落とした。猟師から法執行機関、軍隊などの様々な人々に信用され、愛されている、レミントン社が誇る傑作銃M700狙撃銃を海兵隊が独自に改良し組み立てたM40A5狙撃銃の整備点検を終え、傍らに置いた弾薬箱から精度を求めた競技用マッチグレードタイプの7.62×51mm弾を取り出しては弾倉に押し込んでいく。



「私だって同じようなものだよ。けれど太平洋沖で特空隊が交戦したドラゴンを見てしまったからね。無理矢理にでも信じるしかないのさ。特に私たちの場合はね」



 銃身を短銃身化した17式小銃に搭載したエイムポイント社製のT-1マイクロダットサイトを覗き込むと電源を落として背伸びをした。



「まあ、だからといって気を張り詰めた状態でいるのも疲れるだけだからね。適度に休憩して肩の力を抜かないと。リラックスリラックス」



 プラスチック弾倉の底を叩いて銃弾の配列を整えた唯依は弾納にそれを並び入れると、キャップの開いたミネラルウォーター入りのペットボトルを取り上げて渇いた喉を潤した。



「そうですね。ぐちぐち言って過ごすよりかは無理矢理にでも受け入れて過ごしたほうがマシですもんね」



 取り外したボルトをはめ直した蘭は目を閉じるとベッドにもたれ掛かった。抱き枕とは大きく異なるが、M40A5を抱いたままの蘭は安心したような表情を浮かべている。


 唯依はベッドに仰向けに倒れ込み、ただ静かに時を待つ。ふと目に入った写真立てを手に取る。そこに写っているのは奏と唯依。海兵隊特殊作戦航空隊に所属する奏の姉──結城凛中尉だ。凛が真ん中に立ち、二人の肩を抱き寄せて笑っている写真。その後ろには日本が世界に誇るF-3戦闘機の機首が写り込んでいる。入隊したばかりの頃に撮った写真。懐かしい。



「貴方は今、どこで何をしているの?」



 生きているのか、それとも死んでいるのか。現時点ではそれさえも判らない。写真立てを額に当て、蘭にさえも届かない声量で呟く。その声は微かに震えていた。


 天井に伸ばした手を見ながら思う。


 ──この手を伸ばせば届く距離にいるはずなのに、不可視の壁がそれを邪魔して、不可視の腕が私を捕らえて離さない。



「ねぇ、奏。キミとの距離はとても近くて、とっても遠いんだよ……!」



 近くて遠い、そんな距離。写真の中に写る奏を指でなぞる。隣にいないということを意識してしまい、思わず目頭が熱くなる。



「つぅ……っ!」



 咄嗟に口を押さえ、溢れ出そうになる嗚咽を押し殺す。



「どうかしましたか、少尉?」


「大丈夫、目にゴミが入っただけだよ」



 蘭の問いに肩を震わせながらも何とか心を落ち着かせて苦し紛れの返事を返す。泣いていることはバレていないはずだ。



「大丈夫。奏はちゃんと生きてる。ネガティブな思考は捨てろ、榛名唯依。奏を信じなくて何が幼馴染だ」



 後ろ向きの考えを捨て、前向きな考えを持とうと頬を軽く叩く。机に置いていた手鏡を持ち、そこに映る人間を視界に捉える。



「大丈夫。涙は止まってる」



 鏡の中の榛名唯依はいつも通りの榛名唯依だった。涙も出ていない。皆が知っている元気な女の子である。



「よしっ」



 手鏡に向かってピースをした唯依は何の考えもなしに蘭の背後に回り込む。



「ふふっ!」



 軽やかなリズムを口で刻んだ唯依は、45口径の拳銃──HK45Tの分解整備をしている蘭の胸元に注目した。平均よりも大きいと思われる二つの膨らみに唯依の魔の手が忍び寄る。せーのっ、と心の中で唱えた唯依は悪戯な笑みを浮かべると蘭の胸を揉みしだいた。手の動きに合わせて形を変える双丘。



「少尉っ!?」


「無防備な蘭ちゃんが悪いのです。ふふーん。良いではないか、良いではないか」



 肩を震わせ、悲鳴に似た声を上げて必死に抵抗する蘭だが唯依は一向に止める素振りを見せない。蘭は思わず拳銃の遊底を落としそうになるが何とか机の上に置くと自身の胸を揉みしだく唯依の手をがっしりと掴んだ。



「ストップ! これ以上はダメです!」


「むぅ、しょうがないな。また今度隙があったらやろう」



 叫び、静止を求める蘭。頬は熟れた林檎の如く真っ赤に染まり、息は荒い。普段の蘭からは想像も出来ないその仕草に思わず胸が高鳴り、無理矢理にでも禁断のいけないことに手を出しそうな衝動に駆られる唯依だったが流石に理性が働いた。



「少尉は同性愛者なのですか?」



 涙目で力弱く睨みつけてくる蘭。心なしか普段とは口調も異なっている。その姿に罪悪感を覚えたのか、唯依は必死に首を振った。



「いやいや、違うよ! うん。ただじっとしてるのが辛かったからついつい。それに蘭ちゃんの反応が可愛かったからヒートアップしちゃったんだよ!」


「それなら良いのですが。次やったら倍返しですからね……」


「それはそれで……」


「少尉っ!」


「嘘です、ごめんなさい」



 後で甘い物でも買ってあげようと、頬を膨らませている蘭を見ながら反省する唯依だった。



「準備完了ぉー」


「お疲れ様」



 拳銃を組み立て、装備一式を身につけた蘭が大きく背伸びをした、まさにその時だった。タイミングを見計らっていたかのように艦内に緊急の無線放送が流れた。



『艦内放送にて緊急連絡。繰り返す、緊急連絡。現在監視中のスメラギ皇国中心部より味方の物と思しき照明弾を確認!』



 気がつけば、彼女たちは己の武器を持って走り出していた。目指すは甲板に鎮座している中型ティルトローター機──MV-2Jグリフォン。通路は慌ただしく動き回る隊員たちが占めていた。それを素早く最小限の動きで躱した彼女たちは一目散に駆ける。途中、機関銃手の九条幸村曹長と合流し、共に甲板に上がればそこには見慣れた顔が彼女たちを出迎えていた。



「槙島中佐!」


「やあ、榛名少尉」



 手をひらひらとさせ、彼女たちを出迎えていたのはグリフォンを手懐け、意のままに操る飼い主──槙島和人中佐だった。



「こいつじゃ戦えないけどさ。君たちを彼のところまで連れていってあげることは出来る。どうする? 乗るか、それとも乗らないか?」


「よろしくお願いします!」


「了解。任された」



 キャビンのシートに着いた唯依はそわそわしながら発艦を待った。どくんっ、どくんっ、と心臓が異様に高鳴っている。もうすぐ会える。その一心だった。



「やはり一偵は早いな。我々も連れていってもらう」



 ドア枠に手を預けていたのは強襲偵察隊第二偵察小隊を率いる橘樟葉少佐だった。



「橘少佐……心強いです!」


「ファースト・ミッション。無事に成功させよう、少尉」


「了解!」



 今はその二文字の言葉だけで十分だった。



『エントリー地点は信号弾が撃ち上げられた位置から離れた場所だ。本当は制空権を確保するまで我慢したいんだけど生憎そうは言ってられないからね』



 スメラギ皇国の上空に現れたドラゴンがお腹に抱えた兵士たちを地上に輸送しては、空高くから万物全てを焼き尽くすであろう紅蓮の焔を放っている様子は、無人機から送信される映像を介して全ての隊員が知っていた。しかし下手な介入は出来なかった。



『君たちのエントリーを確認後、この機体は帰還する。ドラゴンに狙われちゃあ、流石の僕でも振り切れないからね。君たちは中尉を確保したら降下地点で青色のフレアを撃て。回収の合図だ』


「了解。感謝します、槙島中佐」


『気にしなくていいよ。これが仕事だからさ。それに中尉には何かと世話になってるからね』



 キャビンの窓越しに外を覗いた唯依は眼下に臨む蒼く澄んだ海に見とれていた。海面から顔を出したイルカを発見した時は正直胸が踊った。しかし眼下から海が消え、炎に燃える城下町を見た瞬間、そのような浮ついた気持ちは吹っ飛んでいた。今自分は戦場にいる。頬を叩いて意識を改める。気を抜けば、死は唯依の気持ちに関係なく迫ってくる。



「異世界の戦場……」



 思わず息が詰まる。今から向かう場所は生と死の境目と言っても過言ではない。敵を殺して生きるか。臆病者のように惨めに殺されるか。



「大丈夫か、少尉?」


「大丈夫です」



 答えは前者だ。戦場には生きるか死ぬかの二択しか存在しない。戦争において敵を殺すことが悪だという者も世の中にはいるだろうが、彼女たちが行うその行為には自身を守るということと同時に味方を助けるということにも繋がる。さらに言えば自国民を守るということにも繋がっていく。


 戦争は悪だ。人殺しは悪だと。国際世論、国内世論において幾度となく取り上げられたこの問題。しかしそれは所詮一般論である。戦場に立った者にしか理解出来ないこと。生死の狭間を彷徨い、味方の死を味わった者。その瞬間、その場所で目の当たりにした者にしか解らないものがある。ただ一方的に悪だと決めつけるのは些か心苦しいものだ。



『三十秒前!』


「三十秒前! 各自装具の最終チェック!」



 槙島中佐がエントリー開始までの時間を機内無線で伝え、橘少佐が復唱。唯依は短銃身型の17式小銃の槓桿を操作して薬室に初弾を送り込むと大きく深呼吸をした。心を落ち着ける。



『サイドドア開け!』


「海兵、降下開始だッ!」



 サイドドアが開放され、外部の煙にまみれた刺激臭が鼻を突くが隊員たちはそれを気にする様子もなく、ファストロープを地上に垂らすと順次降下を開始した。



『グリフォンは戦闘空域から離脱する。幸運を!』



 槙島中佐の操るグリフォンが戦闘空域を離脱していく。



「今から行くからね」



 あんな悲しい思いは二度とゴメンだ。唯依の瞳はそう告げていた。先に降りた隊員たちが周囲の警戒を実施している中、橘少佐は無線に手を掛けていた。



「こちらカイリだ。聞こえるか、レイ?」


『……お久しぶりです、カイリ。たった今そちらのエントリーを確認しました。その周辺は敵が集中しています。注意してください』


「了解した。すぐに救援に向かう。それまでは持ちこたえろ、いいな?」


『了解、通信終了』



 無線会話を聞いていた唯依は思わず安堵の溜息を洩らした。奏が生きている。その紛れもない事実は唯依を含む全ての隊員の力となった。



「接敵。一時の方向、エネミーシックス!」


「交戦規則は民間人を保護しつつ、向かってくる敵の排除だ。始めろ海兵。撃てェーッ!」



 切換レバーを連射に設定。グリフォンの機影を見て不審に思ったのだろうか、瓦礫の陰から西洋剣を構えて姿を現した帝国兵の集団はそこにいた海兵たちを目の当たりにすると援軍を呼ぼうと声を張り上げた。しかしそれよりも早く無数の銃弾が彼らを貫いていた。真鍮製の空薬莢が道に落下しては心地良い音色を複数回奏でる。消炎制退器から立ち上る硝煙、宙を漂う火薬の匂い、死に向かって一直線に進む敵の悲鳴を含んだ呻き声。それらが全てが戦場に立っていることを実感させる。



「十時方向、建物の屋根上に弓兵。スナイパー!」


「了……っ!」



 瓦礫の陰に身を隠した蘭は狙撃眼鏡(ライフルスコープ)を覗き込んだ。隣に並んだ観測手が素早く風向き等を指示する。幸運にも風に乱れはなく、僅かな潮風が頬を優しく撫でる程度だ。距離は二百メートル。ミリ単位の誤差を修正した蘭は引き金に指の腹を添えた。若干の余裕を持たせる。



「一撃必中」



 静かに息を吐き切った蘭は射撃時に照準がブレないよう、引き金に掛けた指をゆっくりと沈めた。衝撃が銃床を介して肩を叩き、甲高い銃声が鼓膜を刺激した。7.62mmマッチグレード弾は風を切り、屋根上で周辺を見渡していた弓兵の側頭部から鉛に覆われた弾頭を侵入させ、頭蓋骨を粉砕、貫通した。恐らく空洞現象により頭部は爆ぜ、見るも無惨な姿に変わり果てているに違いない。



「クリアッ!」



 敵を排除したことを宣言する。素早くボルトハンドルを後退させて空薬莢を排出し、前進させて次弾を装填する。



「よくやった、一ノ瀬二曹」



 敵を見逃さないように慎重に進んでいく。建物一棟一棟を徹底的に調べ、逃げ遅れた民間人を保護しては数人の護衛をつけて進む。



【グルゥ、ガァッ!】


「しまっ……!?」



 しかし潜んでいる敵は地上の兵士だけでは無かった。空を旋回する竜の群れ。その中の小柄な一匹が狙いを彼女たちに定めると翼を折り畳み、一気に急降下した。


 滑空速度は速く、例えるならそれはまさに疾風。風切り音を引き連れて滑空する竜は瞬く間に距離を詰め、地上で回避行動を取っている最中の隊員を脚で捉え、飲み込んだ。比喩表現ではない。鋭利な爪を隊員に突き刺して宙に放り投げ、放物線を描くように落下する隊員を文字通り飲み込んだのだ。



「貴様ぁっ!」



 長年切磋琢磨し合った仲間が目の前で殺された。橘少佐は腹の底から怒りの叫びを上げると腰だめで構えた17式小銃を連射した。しかし竜の厚く硬い鱗によって銃弾は全て弾かれる。



「だったらぁっ!」



 17式小銃を脇に回した橘少佐は、竜に殺された隊員が落とした110mm個人携帯対戦車弾──通称LAMを拾い上げると弾頭の先端に取り付けられたプローブを引っ張り安全装置を解除した。



「後方の安全良し!」



 竜は再度上空を旋回。その鋭い眼光が橘少佐を捉える。光学機器を覗き込み、中央に竜を収めタイミングを待つ。


 一秒。二秒。三秒。そして、時はきた。



【グルゥ、ガァッ!】



 顎を開き、露わになった口内に紅い粒子のような物が集っていく。それが焔が放たれる前兆であることは察しがついた。だがしかし、それよりも早く橘少佐は引き金に力を込めていた。


 反動を相殺するためのカウンターマス、いわゆるバックブラストが後方に火を噴き、ロケットモーターを点火した弾頭は直後に安定翼を展開すると、直進して迫るドラゴンに向かって真っ直ぐに飛翔した。


 ドラゴンは迫る弾頭に危険な何かを感じたのか、翼を広げて減速及び回避行動を試みる。だが地上から撃ち放たれる無数の銃弾がそれを不可能にした。



「吹き飛べ、蜥蜴野郎ォッ!」



 弾頭は橘少佐の意思を受け継いだかのように、ドラゴンの頭部に吸い込まれていった。そして。



「……ターゲット、スプラッシュ!」



 地獄を連想させる大量の血の雨が地上に降り注ぐ。橘少佐の頬を涙のように伝うそれは地上に血溜まりの池を形成した。



「橘少佐、これを」



 数秒前までドラゴンとして生命活動をしていた肉塊が転がっている。その近くにひっそりと落ちていた銀色のドッグタグを見つけた唯依は、それを拾い上げると空を見つめて呆然とする橘少佐の手に乗せ、しっかりと握らせた。



「ここは戦場です。そしてこの部隊の指揮官は貴女です、橘少佐。彼を救えなかったことを悔やむのなら、自身を責めるのなら、それはこの作戦が終わってからです」



 仲間を失って悲しいのは貴女だけではない。唯依はそう言わんばかりに真っ直ぐな瞳を橘少佐に向ける。橘少佐の虚ろな瞳に透明な雫が浮かぶ。



「……ああ、そうだな。この作戦が終わってから後悔するとしよう。部下に正気を正されるとは私もまだまだだな」


「指揮官は部下を正す。そして逆もまた然り。頼りない指揮官を正すことも部下の仕事ですよ」


「言ってくれるな、少尉」



 デコピンを唯依の額に放った橘少佐は空になった弾倉をダンプポーチに入れてから新しい弾倉を給弾口から挿し入れると槓桿を引いてボルトを閉鎖した。



「……全隊、進めぇっ!」


『ウーラァーッ!』



 希望はいつまで経っても近づいてくれはしない。自らの足で歩み寄らねばならないものだ。



『空は任せな。全機、エンゲージ!』


『マリーンの本気を見せてやれ!』


『さあ、ダンスの時間だ!』



 戦闘機が奏でる轟音が天を貫いた。地上部隊を支援するために空母から発艦した日本の主力戦闘機──F/A-15Jアサルトイーグルが編隊を組んで空を疾走していく。



『合衆国の維持を見せてやれ!』


『仲間を傷つける奴らには容赦はしない!』


『蜂の名は伊達じゃないんだよ!』



 再び、轟音が天を貫いた。アメリカ合衆国海兵隊の航空部隊が操る艦載機──F/A-18Fスーパーホーネットの編隊が空を飛び回る。



「バレットチェック!」


「マリンコーッ!」


「叫ぶ前に移動しろ!」



 アメリカ合衆国海兵隊の増援だ。LAV-25を先頭に歩兵部隊が展開している。幸い海が近いこともあり、強襲揚陸艦に積んだエアクッション艇が展開出来たのだろう。ハッチから顔を出した部隊の指揮官──ステラ・アッシュフォード中佐は橘少佐の元に歩み寄ると「さて」と手を差し出した。



「一気に戦線を押し上げようか」


「了解!」



 握手を交わす。



「よし海兵。交戦規則は敵の殲滅だ。我々の友人であり家族である彼らに剣を向けた事を後悔させてやれ!」


『ラージャーッ!』



 ステラ中佐の言葉で海兵の士気が最高潮に達する。前進しては敵兵を排除。民間人を見つけては救助、安全な場所まで分隊が護衛していく。



『こちらレイ。カイリ、増援はまだか……ああくそっ、ラストマグ!』


「もう少しの辛抱だ」


『了解ッ!』



 小さな銃声が響いては宙に拡散して消えていく。大きさからして拳銃だろうか。



「生きていたか、ルテナント・ユウキ! 砲撃手、立ち塞がる者は全て薙ぎ払え!」


『了解!』



 LAV-25に搭載された25mm機関砲が火を噴いては立ち塞がる敵兵を薙ぎ払い、進路を確保していく。その火力は絶大だ。加えて車載搭載型の機関銃による弾幕の嵐。顔を出した者には死が待っているだろう。



「全制圧完了!」


「オールクリア!」



 周辺に人影は見当たらない。空では鷲と蜂が共闘し、ドラゴンを相手に善戦しているのがよく判る。距離を離されまいと必死に喰らいつく。ミサイルによる中遠距離攻撃。及び機関砲による近接攻撃の巧みな使い分け。



『残弾ゼロ! そちらを視認した。十二時方向の建物から出ていく。援護を!』


「了解。全隊に告ぐ。十二時方向からこちらに向かってくる中尉を全力で援護せよ!」



 同時に小さな一軒家から飛び出す人影。デジタル砂漠迷彩の戦闘服に身を包み、その手に17式小銃を持っている人影は紛れもない、第一偵察小隊の指揮官である奏に他ならなかった。



『二時方向より敵多数!』


「援護射撃を開始せよ!」



 LAVのガンナーが敵影を発見し素早く伝達。車輌の上部に固定されたブローニングM2重機関銃が火を噴いた。12.7×99mm弾という大口径の銃弾が直撃した敵は見るも無惨な姿へと変貌し、痛みに気づく間もなく生命活動を停止させることになった。



「十時方向ツー!」



 対人狙撃銃のスコープを覗いて索敵していた蘭は敵兵を捉え、味方に知らせるとすぐさまレティクルの中心に敵を収めて発砲した。素早くボルトハンドルを引いて空薬莢を排出、次弾を装填、発砲。一撃必中。



「エネミーダウン!」



 血液に混ざって飛び散る脳漿。敵を排除したことを宣言し、奏がLAVの後方に滑り込むようにして身を隠したのは同時だった。



「援護に感謝する!」



 身体が酸素を求めて喘ぐ。唯依は肩で息をする奏に近づくと言葉無しに抱きしめた。優しく、そっと包むように。



「おかえり……!」


「ただいま、唯依」



 感動の再会。だがそれも長くは続かない。



【グルルルルゥ、ギャオッ!】



 包囲網をすり抜けたドラゴンが彼らに急速接近を仕掛ける。砲兵が対戦車兵器を構えるも間に合いそうにない。


 その時だった。F/A-15JアサルトイーグルでもF/A-18Fスーパーホーネットでもない、第三の音色が空を駆けた。咄嗟に視線を巡らし、その視線が接近するドラゴンと重なった瞬間、ドラゴンの横っ腹に白色の筒が突き刺さり爆発を起こした。数秒遅れて彼らの頭上をパスしたのは黒色の戦闘機だった。垂直尾翼に描かれた八咫鳥の意匠は航空自衛軍が採用する最新鋭ステルス多用途戦術機──F-3戦闘機に他ならなかった。



『邪魔はさせないわよ!』


『殲滅です!』



 特殊作戦航空隊に所属する結城凛中尉と時波伊織准尉が操るF-3は機首を持ち上げて上昇すると25mm機関砲をバラまき、空の戦場に介入していく。



「いいとこ取りすぎだよ、凛姉様」


「相変わらずといったところか」



 唯依は弾納から新しい弾倉を二本抜き出すと奏に手渡した。作戦はまだ終了していない。



「あと少し、頑張ろう」


「当たり前だ」



 互いの拳を打ちつけ合った二人が同時に弾倉を取り替えたのを微笑ましそうに見つめていた橘少佐とステラ中佐は、頷き合うと大きく息を吸った。



「全隊、進めぇっ!」


「行くぞ、海兵ぇっ!」


『ウーラァーッ!』



 一時間後。スメラギ皇国に侵入したアタナシウス帝国竜籠部隊は壊滅し、幹部と思しき兵士は奏を介して皇国騎士団に引き渡され、捕縛された。


 アタナシウス帝国の宣戦布告は失敗し、第一の戦争は終了した。










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