表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界の戦場  作者:
Phase.1
4/37

Act.3__Contact

Map Date:≪Unknown≫

Time:≪Unknown≫

Day:≪Unknown≫

日本国海兵隊強襲偵察隊

結城奏中尉




 大小様々な魚が泳ぎ回る広大な海。沖縄の海のように透明度の高い海の上、米海軍の運用するニミッツ級航空母艦『ジョージ・ワシントン』を中心とする空母打撃群の全てがその動きを止め、潮の流れに身を任せて悠々と漂っていた。



「くっ……つぅっ!」



 頭を左右に振り、頭部を襲う激しい鈍痛に顔をしかめた結城奏中尉は、未だ安定しない視界状況の中、起こった出来事を把握するために周囲を見渡した。現在地は武器庫。周辺には日米海兵隊の隊員が十人ほど倒れている。武器を収納するロッカーは全て開いており、衝撃か何かで落下したと思われる自動拳銃オートマチックピストルが幾つか転がっていた。


 安全のために元の場所に戻した奏は、自身のロッカーから銃掛に固定された17式小銃を一点式のスリングで肩に掛けると、9mm口径の拳銃──SIG P226を手に取って右太腿に装着したレッグホルスターに収納した。



「起きろ、唯依! 九条! 一ノ瀬!」



 意識を失っている榛名唯依少尉らの肩を揺さぶって起こすとロッカーから武器を取るように促した。しかしいつまで経っても起きる様子を見せない九条幸村曹長の頬に平手打ちを叩きつける。跳ね起きた幸村に武器を取るよう指示を出す。



「……つぅっ!」


「橘少佐。お怪我は?」


「大丈夫だ。ありがとう、中尉」



 意識を失っていた強襲偵察隊第二偵察小隊の指揮官──橘樟葉少佐が目を覚まし、他の隊員と同様に頭部を襲う鈍痛に顔をしかめた。手を差し出して起こす。こほん、と咳払いをした橘少佐は起きている者に対して命令を出した。



「各自素早く武器の点検。弾倉を挿して待機。装填はするな!」



 砂漠柄の迷彩をデジタルパターン化した防暑戦闘服に身を包んだ奏は同迷彩パターンの弾納(マグポーチ)からダークアース色のプラスチック弾倉(P-MAG)を抜き取って給弾口に挿し込むと安全装置が掛かっていることを確認して一息吐いた。装備を纏めた橘少佐が手招きをして奏を呼んでいる。



「どうも地形データが損傷しているらしい。ここで固まっているのもあれだ。甲板に上がって外の様子を見に行こう。偵察だ」


「了解」



 甲板に上がる階段の手前で、奏は自身の指揮する強襲偵察隊第一偵察小隊の隊員二名に指示を出した。



「九条、一ノ瀬。二人は怪我人がいないか衛生兵と見回り、必要であれば治療の手伝いを。何かあればすぐに知らせろ、いいな?」


「了解ッス」


「了解しました」



 二人を見送った奏は先に甲板に向かった二人を追いかけた。階段を駆け上って通路を進んでいくたびに、他の隊員から何事かと問われる。しかし奏自身も現状を把握出来ていないため、解らないと一言だけ言い残して足早に去った。甲板へ続く扉を開けた奏の視界を埋め尽くしたのは一面に広がるコバルトブルーの青い海だった。



「太平洋……いや、違う。どこなんだ、ここは?」



 コバルトブルーの海。一瞬、太平洋かと決めつけそうになったが何かが違う。双遠鏡を覗き込む橘少佐の元に歩み寄ると気配を感じ取ったのか、奏が口を開くよりも早く双眼鏡を突き出した。



「なあ、中尉。君にはアレが何に見える?」



 水平線の彼方を指差す橘少佐。受け取った双眼鏡を覗いた奏は思わず声を張り上げた。



「大陸!?」


「そう、大陸だ。だがしかし、おかしいとは思わないか?」



 浮かんでいたもの。それは大地、大陸。驚愕に目を見開く奏に橘少佐はさらに問う。



「今は正午過ぎ。進まず日本列島に戻るならまだしも、到着するにしては早すぎる」


「そういうことだ」



 奏はG-Shockのアナログ時計で時刻を確認するとそう呟く。横須賀基地を出港し、太平洋上で閃光に包まれてからさほど時間は経っていない。数十機もの戦闘機が並ぶデッキを見て、奏は違和感を感じた。違和感の正体はすぐに判明した。



「待てよ……レイヴンは、凛と時波准尉はどこだ!?」



 カタパルトオフィサーらは避難したのだろう。だがしかし、結城凛中尉と時波伊織准尉の乗るF-3戦闘機が見当たらない。



「全ての武装を投棄したとしても長くは保たない筈だ。仮に予備燃料タンクを搭載していたとしても……」


「次から次へと問題が増える!」



 様々な対策を考えるも全てネガティブ。橘少佐の声音も荒くなっていく一方だ。



『無線連絡。士官は今すぐ第一会議室に集合されたし』



 艦内放送による召集命令。こちらの問題を一旦端に寄せた奏は唯依と橘少佐と共に会議室に向かった。広い空母の中を行ったり来たりするのは少し面倒だ。数分も経たずして会議室は大勢の士官で埋め尽くされていた。



「現時点で判明していることが二つある。一つは現在地、時刻、日付の詳細が判らないこと。もう一つはここから北に六海里の地点に大陸が存在することだ」



 手元の端末から現在の状況を簡単に纏めたデータを士官の携帯端末に送信したのは米海兵隊中東派遣団の司令官を務めるクリス・ハーレイ中将だ。



「衛星は使えず、時計はアナログもデジタルも先程から安定しない。日付に関しても同じだ。そこで我々の中から選抜四十名を複合艇で大陸に運び、現地人との接触を試みる。選抜された者は装備を整え次第複合艇乗り場に集合だ。以上、解散」



 話が終わり、次々と部屋から退出する士官たち。



「篠ノ之少将。選抜隊員をどの部隊から?」


「うむ、そうだな……本作戦は偵察及び現地人との接触であるわけだが万が一、いや、億が一のことも視野に入れるとなれば強偵から選抜することになるだろう」



 日本国海兵隊中東派遣団の司令官を務める篠ノ之(しののの)(かおる)少将は橘少佐の質問にそう答えると顎に手を添えて何かを考える素振りを見せる。常に最悪の状況を考えるのも司令の仕事だ。



「では私が選抜してもよろしいでしょうか?」


「うむ、許可する」


「ありがとうございます。では第一、第二偵察小隊から十名を指名させてもらいます」



 篠ノ之少将は頷くと船の航海士や他の船員を呼び出して状況確認を急いだ。クリス中将は他の船と無線を使用して連絡を取り合っていた。



「話は聞いていたな。結城中尉は第一偵察小隊から十名を選抜して複合艇乗り場に向かえ」


「了解です」



 携帯情報端末(PDA)にリストアップされた第一偵察小隊の隊員の中から自身を含む十名を選ぶと複合艇乗り場に集合するように無線で告げた。複合艇乗り場に到着した時には既に装備一式を着込んだ隊員が整列して待機していた。



「無線は常にオンにしておけ。発砲は許可が出すまで禁止。念のため安全装置の確認をしろ。衝撃で暴発、死亡なんて絶対に有り得ないからな」


「止むを得ない場合は任意でもいいのかい、奏?」


「そんな状況にならないことを祈っておけ」



 複合艇に乗り込み、隊員に指示を出す。17式小銃の槓桿を前後させて薬室に6.8mm×43SPC弾を送り込む。そしてやはり安全装置が掛かっていることを確認する。海を疾走する複合艇に海水の飛沫が降りかかる。



「冷たっ」


「海だから当たり前ッスよ」



 飛び跳ねた海水が頬にぶつかり、悲鳴に似たような声を上げる一ノ瀬蘭二等軍曹に対して幸村は当然だろうと言わんばかりに笑みを浮かべると、分隊支援火器(SAW)仕様の17式小銃の槓桿を引いた。



「六十秒!」


『六十秒!』



 混合精鋭チームの指揮官──ステラ・アッシュフォード中佐が上陸までの時間を伝え、隊員が復唱する。



「気を引き締めていけ、いいな?」


『了解!』



 全ての複合艇が砂浜に乗り上げ、隊員は靴が濡れることを気にする様子もなく複合艇から降りると周囲を警戒し、安全確保に移る。砂浜の奥の草むらに伏せた隊員が敵影がいないことをハンドサインで示した。一班を八名の隊員で構成したグループが五つ。



「三班から五班はこの場所を死守せよ!」


『了解!』



 三つの班を複合艇防衛に残し、前後で少しの間隔を開けながら進んでいく。しばらく前進を続けると先頭の第一班を率いるステラ中佐が無線で『止まれ』と指示を出した。そのまま奏を呼びつける。姿勢を低くしたままステラ中佐の隣に並んだ奏は彼女の視線の追った。



「ルテナント、前方に現地人と思われる人影だ」


「捉えています。接触しますか?」


「着いてこい、ルテナント。他の者はその場で待機だ」


「アイ・マム」



 戦闘服を着ている時点で怪しい雰囲気を醸し出しているが、それ以上変な空気を放たないようプライマリーウェポンを木に立て掛けて現地人との接触を試みる。ヨーロッパ系の顔立ちをした男性が二人、小屋の横に置かれた木の椅子に腰を下ろしていた。見た目から二十代後半と思われる男性はベルトから護身用の短剣を吊り下げている。もう一人の男性は三十代後半だろうか。声をかけるべく息を吸い、足下に転がった木の枝を踏んでしまったのはほぼ同時だった。



「誰だッ!?」



 ぺきっ、という軽快な音を弾き出す枝。枝の折れる音に反応した若い男性はベルトの短剣を滑り抜いて順手に構えると威圧的な声を張り上げると鋭い眼光をちらつかせた。



「驚かせてしまい申し訳ない。少し時間を貰ってもよろしいだろうか? 貴方たちに聞きたいことがあるのだが」



 両手を挙げて降参のポーズ。敵意のないことを表すが二人組は依然として警戒心を緩めない。心の中で当たり前かと呟く。念のため奏は後方で待機する狙撃手にいつでも発砲できるようハンドシグナルで合図を送る。



「実はちょっとした事故でここのところの記憶が曖昧なんだ」


「……事故か。アンタ、身体は大丈夫なのか?」


「昔から身体は丈夫な方でね。心配させてすまないね」



 咄嗟に創り上げた嘘を真に受けたのか、心配そうな視線を向ける二人組。ステラ中佐は「馬鹿馬鹿しいだろう?」と自嘲気味に笑ってみせると二人組は顔を見合わせた。若い男性が頷いて短剣を鞘に納めたのを確認したステラ中佐は手を下ろして頬を緩めた。



「それで?」


「うん。現在地と日にち、時間を教えて貰えるかな?」


「ここはリアス大陸の最西端に存在するスメラギ皇国の重要貿易港区アトランティスだ。今日は2107年2月14日。時間は13時45分だ」



 メモ帳に情報を書き記した奏はポケットに仕舞うと礼を述べた。



「うん、ありがとう。助かったよ」


「いや、こちらも事情を知らなかったとはいえ失礼な振る舞いを許してくれ」


「気にしないでくれ。では失礼するよ」



 踵を返して隊員たちの待機する砂浜へ歩を進める。日本人の性か、もう一度礼を述べようと足を止めて振り返った奏は眉を顰めた。奏たちに背を向けて腰を曲げる男性の耳元には携帯電話のような箱型の何かが僅かに見えていた。どうも嫌な予感がする。



「ふぁっきん……!」



 奏はステラ中佐の手を掴むと強引に引っ張り駆けだした。嵌められた。状況を把握しきれていないステラ中佐が何かを言おうとするも奏の必死な表情を目にして、喉まで出かかっていた言葉を呑み込んだ。



「退却準備、急げ!」


『り、了解!』



 後方を振り返る。するとどうだろうか。小屋が建っていた周囲にはどこから出てきたのか、西洋の騎士を連想させる白銀の鎧に身を包んだ騎士が十数名おり、その手には太陽の光を反射して鈍色に光る西洋剣が握られていた。



「止まれぇッ!」


「帝国兵を捕まえろぉッ!」



 何やら勘違いされている気もするが、それよりも鬼の形相で迫ってくる騎士たちに話が通じるとも思えない。プライマリーウェポンを回収した二人はスリングで肩に掛けると振り向かずに走り続けた。



「どうやら何かと勘違いされているようだな。致し方ない。威嚇射撃を許可する。スナイパー!」


『アイ・マム!』


「一ノ瀬、威嚇射撃!」


『了解!』



 狙撃銃から放たれた銃弾が宙を切り、銃声に混ざって風切り音が鼓膜を震わせる。銃弾が木々を削って破片を撒き散らすも騎士たちが怯む様子はない。



「億するな、捕まえろぉッ!」


「魔法の使用を許可する!」


「愚かなる蛮族を捕らえよ……ウィンド・チェーン!」



 魔法という言葉に一瞬我が耳を疑った。聞き覚えのない国名を聞いた時点でここが地球でないということは察していた。しかし魔法なる不思議な力は空想の中のものでしかなかった。そして奏が魔法の存在を認めざるを得なくなる出来事はすぐに起きた。突如足に見えない何かが巻き付き、奏はその場に勢いよく転倒した。ステラ中佐が手を掴んで立ち上がらせようとするも何かに引っ張られて動く様子はない。



「ここは自分に任せて先に行ってください!」



 解けないこと、動けないことは奏自身が一番解っている。奏はフラグに似たような言葉を語尾を強めて叫ぶ。



「いや、しかし……」


「いいから行ってください!」


「すまない。必ず助け出す……!」



 躊躇うステラ中佐に向けて再度退却するように催促する。ステラ中佐は苦虫を潰したような表情を浮かべるとそう言い残し、砂浜に向かう。複合艇に乗り込んだステラ中佐は撤退するよう命令した。待機していた唯依たちが何かを叫んでいるが聞こえない。騎士との距離は残り五メートル前後。奏はバックパックに引っかけたカラビナに括り付けた音響閃光手榴弾のピンを抜いて宙に放り投げると、目を閉じ、耳に手を当てて外部からの音を出来る限り遮断すると口を半開きにした。



「確保ぉッ!」


「その前にプレゼントだ、くそったれぇッ!」



 五秒。炸裂。



『目がぁぁぁっ!? 目がぁぁぁっ!?』



 出来る限りのことはしたがやはり至近距離で耐えられるはずもない。脳が揺れ、朦朧とする意識の中、奏が最後にみたものは音響閃光手榴弾をまともに喰らって倒れる騎士の無様な表情だった。








評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ