Act.10-1__My Dearest
スメラギ皇国
シェパード海兵隊基地
2107年6月4日
日本国海兵隊強襲偵察隊
結城奏中尉
結城奏が記憶を取り戻し、シェパード海兵隊基地に出頭したのは今朝早くのことだった。リアス・ハーフメルナに付き添われ、どこか恥ずかしそうにこれまでの礼を述べる奏を誰もが微笑ましく見つめていた。
しかしそれでもそこに彼女の笑みは見当たらなかった。
榛名唯依少尉が帝国に連れ去られ、今現在どのような生活を送っているのかも判らない状況。奏は新藤義晴の顔を浮かべ、溜息を吐いた。知らなかったとはいえ、あの時に少しでも情報を掴むことができていれば、今頃はもう少し余裕ができていたろうに。
「…………俺は来月の七日。いわゆる七夕にアタナシウス帝国の帝都ハイロードに強襲を仕掛ける」
それはまた唐突で。奏の言葉の真意を探るべく、頭の中で反復する隊員たち。彼らの視線の意味を感じとった奏は、言葉を選ぶべきだったと苦笑した。
「強襲、といっても言葉だけだ。実際は唯依を奴らの手から奪還し、かつハイロードのどこかに隠されている空間転移装置を見つけだすことにある」
そこで彼らはようやく当初の目的を思い出した。
「俺たちの本来いるべき場所に帰ろう」
*
「それで? 具体的にはどのような方法で乗り込むんです?」
スメラギ皇国、黒鷺城の一室。高級感漂うソファに腰を下ろし、奏と向かい合う少年──カナタ・アインフォルトは、メイドが運んできた紅茶を口に含んだ。『緋の死霊』としての活動も近頃は沈静化しており、カナタは帝国国内からスメラギ皇国に居を移し、彼の妹の側で過ごしている。
「帝国と王国の国境線に俺たちが持ちうる戦車等を配置する。その上で帝都方面でレジスタンスによるいざこざを発生させ、その間に強偵・武偵が空から帝都に空挺降下を実施する。そこで唯依を奪還し、安全が確保された後、LCAC等による移動手段で海上に部隊を撤収させる。そこで空間転移装置を起動させ、彼らを元の世界に帰還させる」
「レイさんはお帰りにならないので?」
「もちろん帰るつもりだ」
「なるほど」
大まかな概要を頭の中で再生し、何度も頷くカナタ。
「まあとにかくレイさんたちが元の世界に還ることは解りました」
「問題はその後のことだな……」
「ええ。間違いなく、帝国は滅ぼされます」
奏とカナタは同時に溜息を吐いた。中東派遣団がこの世界に導かれる以前、アタナシウス帝国は圧倒的な軍事力を持ってしてリーンベルク王国を占領し、スメラギ皇国を牽制していたアタナシウス帝国だったが、中東派遣団が介入し、戦況が変化したことにより、今やリーンベルク王国・スメラギ皇国・ミスリット国の三国から敵視されている状況だ。
中東派遣団が無理な攻撃を控えるよう各国に要請しているがゆえに、表立った言動は控えてはいるものの、裏では相当な状態に違いない。
「まあもしもの場合────」
そうして奏が口にした言葉は誰もが予想しえなかったものだった。