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異世界の戦場  作者:
Phase.2
33/37

Act.9-3__Reinforce Our Minds



 深淵の先に見えた小さな光。その光が希望なのか、はたまた希望と見せかけた絶望なのか。それがどんな意味を持った光であるのかは判らない。しかし一切の光が届かない深淵の奥底に何日も何ヵ月もいたせいか、その光は妙に明るく感じられた。希望か、絶望か。そんなことは二の次。ゆえに彼は手を伸ばした。届くはずもない、遠い、遠い光に向かって。



「久しぶりの目覚めはどんな気分かね?」



 閉じられていた意識が覚醒してから間もなく、問われた質問に対する答えは言葉ではなく、深い溜息だった。それが何故であるかは彼──結城奏には判らなかった。



「あんたはどうしてここにいる、新藤義晴?」


「どうして、と言われても興味があったから、としか答えることはできない。それは君が一番理解しているのではないのかね」



 日本にいた頃と変わらず、白衣を身に纏い、どこか遠くを見つめているような雰囲気を醸し出す男性──新藤義晴は、もはや癖となっているメガネの位置直しを行うと、小さな溜息と共に奏の向かい側に腰を下ろした。それを咎めることなく、ただ静かに新藤義晴の行動を見つめる奏は、再び溜息を吐き、祠の隣に立つサフィーナの頭をわしわしと撫でた。



「お身体の調子はどうですか?」


「問題ない。(レイ・ハーフメルナ)が世話を掛けたな、ありがとう。おかげで無事に帰ってくることができた」


「過去を乗り越えたのは貴方様(レイ様)であり、そして同時に貴方様(ユウキ様)でもあります。どちらかが欠けては成し遂げられなかったことでしょう。よくぞ、ご無事にお帰りくださいました」



 昨年のロスト・クリスマスと呼ばれた惨劇の聖夜。最愛の父親を守れず、それどころか守られ、失ってしまったことを悔やみ、そして何の力も持たない自分自身に行きどころのない憤りを覚え、今日まで生きてきた。母親のどこか寂しそうな顔を見るたびに、姉の無理をして笑う顔を見るたびに、幼馴染の泣く顔を見るたびに、幸せな家族を見るたびに、いつも思い出すあの日の出来事。心臓を鷲掴みにされ、動悸が激しくなる、辛い毎日。いっそのこと、死んでしまった方がマシなのではいか、楽になりたい、と考えて過ごす日々。


 しかし死ぬことはできなかった。こんな馬鹿のことを誇りと言ってくれた最愛の父親がいたから。この世に生を賜り、今日まで精一杯の愛を込めて育ててくれた最愛の母親がいたから。どんなに辛くても、壊れないように優しく包んでくれた最愛の姉がいたから。いつも必死に生き、頼りない自分を必死で支えようと努力してくれた最愛の幼馴染がいたから。他にも大切な人は数えきれないほどにいた。


 この世界に飛ばされ、新しい出逢いを迎え、戦い、そして生と死の境界に挟まれて、何かが変われると信じた。しかしどんなに変わろうとしても、必ずあの記憶が足を引っ張り、前に進ませることを拒んだ。正直な話、今回こうして結城奏としてこの場に立っていられるのも偶然であった。偶然リアスに拾われ、偶然レイとしての人格が目覚め、偶然海兵隊の基地で唯依たちに再会し、偶然リアスがこの場所を教えてくれた。偶然の連鎖としか言いようがない。


 しかし偶然も幾度となく重なれば必然と感じられる。結城奏としてこの世に生まれ、海兵隊に入隊し、あの惨劇の聖夜を迎え、大切な者を失い、この世界に飛ばされ、人と出逢い、記憶を失い、それら全てには何らかの意味があったのだろう。今でこそ、そう感じることができる。人の人生において違いこそあれ、辛い経験もすれば楽しい経験もする。それを思えばこそ、今の自分自身にできることは過去をいつまでも後悔することではなく、これまでの感謝を伝えた上で、二度と自分と同じ境遇の者を作らないように努めることが何よりの罪滅ぼしなのだろう。



「彼には感謝しないとな」



 胸に手を当て、心に眠るもう一人の自分に礼を述べる。レイ・ハーフメルナが歩んできた道も、彼が感じていたことも全て、今は記憶として奏の中に刻まれている。



「どうやら君は変わったらしい。初めて君と見えた時と目が違う。迷いが吹っ切れた、と言えばいいのか」


「あんたのことは嫌いだが、その点においてだけは感謝している」



 新藤義晴の向かい側に腰を下ろし、そう告げる奏。まさかこの世界に彼らを誘った挙げ句、そんなことを言われるとは微塵も思っていなかったせいか、新藤義晴は呆気にとられたような表情を浮かべた。そして身体を震わせ、盛大に声を出して笑った。



「ははは、よもや君から礼を言われるとは! 以前見えた際はホログラム越しとはいえ、殺されかけたのだがな!」


「それは当たり前だろう。お望みならこの場で殺そうか?」


「…………いや、それはやめておこう」



 そう言って、どこか遠くを見つめる新藤義晴。



「私と家内が空間学に精通していることは知っているかな?」


「ああ」



 突然何を言い出すんだ、と怪訝な視線を向ける。



「私と家内がこの世界を発見したのは本当に奇跡だった。実験に失敗したせいで謎のゲートが開き、そこで私たちはこの世界を垣間見、そして地球では決して見ることができない人、物、景色、それら全てに魅了された」



 新しい玩具を買い与えられた子供のように、楽しげに話す新藤義晴。



「人口が急激に増加する現代。資源の枯渇が心配される現代。私と家内は人々の移住先としてこの世界の調査を行おうと日々邁進した。しかしそれも長くは続かなかった。国民のために働く公務員とはいえ、私は一介の研究者だ。新しい知識等を求め、それらを得るためなら多少の犠牲は厭わない。気づけばご覧の有り様だ」


「…………」


「私は帝国では創造神として崇められているらしい。人殺しの武器を生産しているだけなのに、おかしなこともあったものだ」



 ははは、と乾いた笑い声を洩らす。



「それを俺に話してどうする?」


「特に意味はないさ。ただの気まぐれだ」


「やはり俺はあんたが嫌いだ」


「ああ、知っているよ。なにせ、私は世界を越えた愚か者だからな」



 だから、と新藤義晴は悪戯な笑みを浮かべて続けた。



「私はまた愚かなことをする」



 刹那、絃罪島が揺れた。



「さあ、ゲームの始まりだ」



 奏は再度嘆いた。あんたは結局あんたのままだ、と。奏は絃罪島上空に転移し、自身の魔力をミスリット国と絃罪島全土に拡散させると一つの魔術を行使した。



「奈落から這い寄る邪気災厄を祓い除けし熾天の聖者が結びし安寧の世界。我、熾天の聖者の御霊を召喚し奉り、我が友を禍根より守護する絶対の聖域を結ばん──邪祓結界」



 外部からの物理及び魔法攻撃、つまるところ悪意や攻撃性を含んだ攻撃全てを拒絶する結界を張った上で島民の安全を確保し、同時に海上に出現した多数の敵船舶及びドラゴンの存在を注視する。



「もうこの島に手出しはさせない」



 眼下の敵にそう告げ、奏は再度その場から姿を消した。次に現れた場所は暗い部屋の中。途端にぱあっ、と照明が点灯し、室内の全貌が明らかとなった。ディスプレイ等の計器類がところ狭しとびっしりと配置され、重苦しい雰囲気が漂うそこは例えるならミサイル護衛艦のCICそのものである。しかしこの世界にミサイル護衛艦は『やまと』以外に一隻も存在しない。その『やまと』も現在はスメラギ皇国に錨を下ろしている。ではここはどこか。



提督(アドミラル)ノ乗艦ヲ確認。予備電源カラ手電源に切リ換エマス。クロスベル海軍第四機動艦隊所属、ノスフェラトゥ級ミサイル重巡洋艦『カーミラ』、起動完了。命令待機中』


「光学偽装を解除。ハリアント海及び上空を飛行中の敵勢に対して攻撃を開始する」


『命令ヲ確認。光学偽装ヲ解除。コード・アブソラプション』



 ミスリット国と絃罪島の間に浮かぶ小島のビジョンが霞み、次第に草木が風化したかの如く吹き消えていく。そしてあらわになるノスフェラトゥ級ミサイル重巡洋艦『カーミラ』の全貌。全長は三百メートルに達するであろう大型の重巡洋艦であり、船首には大型のレクリウス・オートAL-12 130mm二連装速射砲が縦列で二基配置され、その左右にはシリウスと呼ばれる25mmCIWS及びSAM-00地対空誘導弾を一基に合わせた複合CIWSを備えている。さらに百を越えるセルパネルに加えて短SAMや四連装魚雷発射管。対潜ミサイルやその他多くの装備が配備されている。


 クロスベル。それはこの世界でも、地球でもない、また別の世界から偶然この世界に誘われた漂流者たちの祖国。地球よりも何百年も進んだ世界からこの世界に誘われた彼らは、余計な戦乱を招かないよう、自らが保有する軍事力を隠し、ただひっそりと元の世界に戻る方法を探し続けた。しかし彼らが静かに暮らそうと戦は起きた。亜人と呼ばれる種族が大陸から追いやられ、捕まれば老若男女問わず無惨に殺される光景をクロスベルの兵士は目の当たりにした。


 知らない国だから余計な手出しはできない。この世界にはこの世界のルールがある。当初はそんなことを言い訳に見て見ぬふりをした。しかしそれも長くは続かなかった。惨状に耐えかねた兵士の一人が武器を取り、襲われる亜人を助けるという出来事が起こったのだ。それを機にクロスベルの兵士は戦に介入せざるを得なくなり、そしてさらにそこへ吸血鬼の真祖たるリアスが現れた。


 たった一人で大陸を滅ぼしかねない力を保有する彼女の存在は大陸の人間から恐れられ、いつしかミスリット国というはぐれものの国の建国に助力した。それからしばらくして戦争は終わり、ひとときの平和が訪れる。リアスと同等の力を保有するクロスベルの兵士は、この時既に元の世界に戻ることを諦めていた。ゆえに彼らは保有する兵器の一部をミスリット国に条件付きで譲渡し、この世界での安寧を手にした。


 それらは古の武器として現代まで引き継がれ、『カーミラ』もまたミスリット国が危機に瀕した際を除いて起動することができない状態として、今日まで至った。そしてその起動因子はリアスに託され、眷属たる結城奏(レイ・ハーフメルナ)もそれを有している。



全方位多用途誘導弾(ADMM)システムによる掃討を行う。飲み干せ、カーミラ」


『優先度判定クリア。ADMM発射』



 『カーミラ』の中枢を束ねるAIが優先度判定を実施し、レーダーディスプレイに映る百以上の輝点にナンバーが振り分けられる。その刹那、『カーミラ』の甲板から放たれた光の槍が天を貫いた。ディスプレイに映る輝点が次々と消えていく。



「対象の掃討を確認次第、再び光学偽装を実施。予備電源に切り換えておけ」


『命令受諾。指揮官ガ退艦サレマス』


「恨むなら、自分を恨め」



 そう吐き捨て、奏は『カーミラ』から退艦した。向かうはメルティア城。レイが歩んできた道を辿ることで初めて彼を理解することができるのだろうか。ちょっとした疑問。



「お前は愛されているな」



 なぜなら、と奏は視線の先でこちらを見据えるリアスに微笑んでみせた。ひょっとすると、どこかぎこちない笑みだったのかもしれないが。



「おかえり」



 結城奏とレイ・ハーフメルナは一心同体。それはきっと誰もが理解してくれるだろう。だからこそ、奏はいとおしそうにリアスを抱き締めた。



「ただいま、リアス」



 その瞳は、紅かった。









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