Act.8__Crime and Punishment
スメラギ皇国
シェパード海兵隊基地
2107年6月1日
日本国海兵隊強襲偵察隊
榛名唯依少尉
清潔感を満遍なく漂わせる医務室の一角。一人常人とはかけ離れた品格を持ち得た来客──リリーナ・D・リーンベルク王妃は、アタナシウス帝国の統治下に置かれていた祖国リーンベルク王国解放を掲げ、死力を尽くして戦い抜いた兵士たちを見舞い、そして殉職者への献花をするためにスメラギ皇国に訪れていた。幸いにも先の作戦において日米海兵隊から殉職者は出ず、しかしスメラギ皇国騎士団とレジスタンスのメンバーから多数の死傷者が発生した。
被害はそれだけに留まらず、今から四日前、アタナシウス帝国の四門貴族が一柱、リストライム家が率いる帝国海軍が総勢三万の兵士を投入して中東派遣団の重要拠点であるクロスベル基地を襲撃した。基地内の防衛設備が機能し、多大な被害を与えるも数にモノを言わせた戦術により、基地は制圧、占領された。駐留していた航空部隊は間一髪で基地を離脱。帝国に技術を渡ることを恐れた統括人工知能のフィラデルフィアは基地に仕掛けられていた周辺地帯を巻き込む規模の爆弾を起爆させ、基地全体を消滅させた。これにより投入された帝国海軍は全滅し、クロスベル基地攻略のために投入された軍艦二百隻が消滅。帝国は海軍が保有する八割の艦艇を失った。
それからというものの、有り難いことにアタナシウス帝国は対外戦略を停止させ、これまでの軍事行動が嘘であったかのように静かになった。クロスベル基地が消滅し、これ以上の補給が叶わない中東派遣団の彼らにとって、武器弾薬及び燃料の無駄な浪費は避けたいところだった。貯蓄が幾らかあるとはいえ、燃料を無駄に使えないないため移動手段は徒歩か馬による移動に限定された。
「榛名少尉。これからの予定は把握しているな?」
スメラギ皇国の象徴である黒鷺城の裏に設けられた軍病院の正面玄関前。強襲偵察隊の第一偵察小隊の隊長を務めるイリーガルは、軍用の駿馬の手入れをしていた榛名唯依少尉に問いかける。毛並みを整えるブラシを馬から離し、イリーガルに向き合う。
「はい。久規二曹と他八名、加えて王国の近衛の方々でリリーナ王妃をリーンベルク王国まで送り届けるんですよね?」
「ああ。王妃は重要人物ゆえ、今回はハンヴィーに乗せろ。あり得ないとは思うが万が一敵対する勢力が現れたら身を盾にしてでも守り抜け。もちろん武器の使用も許可する」
「解りました。それと今晩はあちらに宿泊してもよろしいんですよね?」
「ああ。王妃の好意で宿を用意してもらえるそうだ。護衛隊長は榛名少尉に一任するが判らないことがあれば久規を頼れ。護衛任務はあいつの方が慣れているだろうからな」
「了解です」
「それでは気をつけてな」
「は!」
背を向けて去っていくイリーガルの背中を見送り、唯依は馬の手入れを再開した。イリーガルの隊長就任から二ヶ月。初めて出逢った時と比べて随分と棘が丸くなり、接しやすくやすくなった。根は悪い人ではない。いつか第二偵察小隊の野中綾乃二等軍曹がそう言っていた。
「榛名少尉。王妃様をお連れしたわよ」
「ありがとう、箕郷少尉」
森林迷彩服の上から白衣を着込んだ女性医官──箕郷愛梨少尉に案内され、病院を出たリリーナは唯依を視界に捉えるなり会釈をした。
「これより王国まで護衛を担当させていただきます、榛名唯依少尉です。どうぞよろしくお願い致します、リリーナ様」
「こちらこそお世話になります。どうぞよろしくお願い致しますね」
「では、こちらの乗り物にどうぞ」
米海兵隊武装偵察隊第一偵察小隊に所属するアルト・レッドフィールド准尉がクラクションを短く鳴らし、ハンヴィーのエンジンを始動させた。屋根に設置された防衛用のM134多銃身機関銃が太陽の光を浴びて鈍色に輝く。
「愚兄、安全運転で行かないと怒るからね」
「また愚兄って……少しは傷つくんだから」
「知るか」
助手席からアルト准尉の頬を突っつき、シートベルトを締めたのはアリス・レッドフィールド准尉だ。アルト准尉と同じく武装偵察隊の第一偵察小隊に所属するアリス准尉の職種は狙撃手。股の間に置いたMk.11 Mod0は訓練時代からの相棒だ。兄妹である二人のやりとりに微笑むリリーナ。
「それじゃあ出発します。一時間ごとに休憩ということでよろしいですか?」
「ええ。それでよろしくお願いします。王妃様もいらっしゃいますし、くれぐれも安全運転を心がけてください」
「もちろん」
銃身を短く切り詰めたカービンタイプの17式小銃にダークアースカラーのプラスチック弾倉を挿入した唯依は、一点式負い紐でそれを背中に回し、馬の手綱を握った。
「それじゃあ出発しようか、ユイユイ。暗くなる前にはあっちに着きたいしね」
海兵隊の面々とは異なるラフな格好に89式小銃特2型を装備した久規カレナ二等陸曹に促され、頷いた唯依は馬の横腹を蹴った。馬が四肢を動かすたびに下から臀部に伝わる衝撃を流すことにも慣れ、今では騎士団とまではいかないがそれなりに乗りこなせるようになった。馬の上から見ることのできる景色は実に美しく、地を駆ける疾走感は胸が躍る。
優雅な旅は始まったばかりだ。
*
「そろそろ休憩にしようか。昼食を採るには絶好の環境だ」
「そうですね。アルト准尉、街道の端に停車してください。時間も時間ですし、シートを敷いて昼食にしましょう」
『了解です』
整備された街道の端にハンヴィーを停車させ、降車した隊員が周辺の安全を確認。唯依たちと同じく駿馬を操っていた近衛兵が周囲に敵の反応がないことを確認する。木漏れ日が程良く照らす森の中。たくさんの木々に囲まれた自然豊かな地にシートを敷き、出発前に受け取った昼食を広げた。
「このような場所でお食事を採らせてしまい申し訳ありません、王妃様」
「いいえ、構いません。昔から娘や主人とピクニックをしていましたから。それこそ山や海で」
「リリーナさんは身分の割に意外とアウトドア派なんだ」
「ええ。これでも幼い頃は城をたびたび抜け出して近衛の者たちを困らせたものです」
「わおっ、そりゃあいい」
華のガールズトーク。男子禁制とも思わされる光景にアルト准尉を含む六人の男性隊員は苦笑すると無言のまま周辺の警戒任務に就いた。ポーチに突っ込んでいた戦闘糧食はどこか味気なく、ランチボックスに敷き詰められたサンドイッチが羨ましく感じたのは彼らだけの秘密である。
「パンは嫌いじゃないけど米が恋しいよ」
「そうですね。ですが輸送船が消えてしまった今、こうして一日三食いただけるだけでも有り難い話ですよ」
「だよね……」
リスのようにサンドイッチを頬張るアリス准尉の肩に頭を乗せたカレナは残念そうに顔を伏せた。カレナの言いたいことは十分に理解できる。そうは思いつつも、柔らかなパンに挟まれたハムとチーズの芳醇な風味に舌鼓を打つ唯依だった。
「残りは男性の方々に残しておきましょう。彼らもお腹が空いてるでしょう」
「流石はみんなに愛される王妃様。実にお優しい」
「久規二曹。少々口が悪いですよ」
「それは失礼。悪気はないんだ」
ランチボックスを包み、唯依は無線に手を伸ばした。その時、突然カレナは眉を顰め、次の瞬間にはリリーナに覆い被さり、大声で叫んでいた。
「伏せろ!」
勇ましい口調が森の中に木霊したかと思えばどこからともなく破裂音が響き、同時に女性のものと思われる悲鳴が耳に届いた。ランチボックスやシートをそのままに、カレナはハンヴィーの後部座席にリリーナを押し込んだ。すぐ近くに控えていたアルト准尉は運転席に乗り込むとエンジンをスタートさせる。
「予定を変更! 引き返せ!」
「久規二曹、私たちは悲鳴が聞こえた地点に」
「あたぼうよ!」
ハンヴィーが急速反転し、近衛兵らと一緒にスメラギ皇国に引き返していくのを確認した唯依は17式小銃の槓桿を素早く前後させた。幸い森の中は木々が多く、カバーポイントは無数に存在する。しかしそれは同時に相手に隠れる場所を与えることになる。再度銃声が響く。
「近いですね」
「ユイユイは右から回って。私は左から行く。挟み撃ちにするよ」
「解りました。合図は任せます」
「任された」
姿勢を低く保ったまま木から木へと移り、一分も経たずして悲鳴の源を発見した。古くさいローブを身に纏い、帝国兵の残党と思われる兵士にAKアサルトライフルの銃口を突きつけられている人間は、先程の悲鳴を聞いた限り女性だろう。深呼吸をしてカレナからの合図を待つ。敵の数は三人。制圧は容易い。
『今!』
木の陰から身を晒し、唯依から見て一番右の兵士を無力化する。カレナの放った銃弾も見事に敵兵を射抜いており、唯依は女性に銃口を突きつけている兵士に肉薄するとすかさず銃口刺突を実施し、怯んだ隙を見逃さず下段からの銃床打撃を繰り出した。右膝を押しつけるように敵兵の腹上にのしかかった唯依は動けないようにハンドカフで拘束し、カレナに引き渡した。うずくまった女性に駆け寄り、安否を確かめる。
「お怪我はありませんか?」
「……はい」
消え入るようなか細い声音。唯依はどうしたものか、と頭を悩ませる。精神回復補助の心得があるとはいえ、実際に行ったことはない。カレナに助けを求めようと女性を立ち上がらせ、背を向けた。その時だった。
「動かないで」
「な……!」
背後から突き刺さる女性の警告。咄嗟に近接格闘の姿勢に移行しようと試みるも、いつの間に奪ったのか、唯依の両手は腰に束で吊していたはずのハンドカフで縛られており、身動きを取ることができなかった。女性のか細い腕は確実に気管を締め付けており、加えて腰に突きつけられた固い感触は唯依の顔に焦りを生み出した。
事態の変化に気がついたカレナが振り返り、目の前の光景に苦虫を潰したような表情を浮かべた。
「痛い目を見る前に今すぐその子を解放しろ!」
普段のカレナからは想像のできない威圧的な声音。唯依は自らの不甲斐なさを感じつつ、しかし一方で現在自身を拘束している女性とどこかで会ったことがあるような感覚に襲われた。そこへ見計らっていたかのように吹き荒れる強風。ローブのフードが捲れ、カレナはフードの下に隠れていた素顔を認めるなり眼光を鋭くさせた。
「下がりなさい。無駄な血を流したくはありません」
「どの口がそれを言うかな? そうは思わない、新藤遙ッ!」
「それに関しては……」
「言い訳は聞きたくない! あんたには大人しく縄に付いてもらうわ! 自らの祖国を裏切り、数多くの同胞の命を奪った罪を受けなさい!」
カレナの言葉に応じる様子を見せず、唯依の腰に押しつけていたSIG P230JP自動拳銃を露わにした女性──新藤遙は、表情一つ変えることなく静かに溜息を吐いた。カレナの構えた89式小銃特2型の銃口が震える。
「もちろん罪は受けます。しかし今はまだ捕まるわけにはいかないのです」
「戯れ言を!」
「しばらくこの子をお借りします。危害は加えないので安心してください」
「待て!」
叫び、一歩を踏み出したカレナの耳に届く一発の銃声。
「ごめんなさい」
謝罪の言葉と共に出現する魔法陣。マズい。カレナの長年培ってきた本能がこれでもかというほどに警鐘を鳴り散らかす。新藤遙の手に握られた拳銃を気にする暇もなく、唯依に手を伸ばすカレナだが、その手は空を切った。
「ユイちゃんっ!?」
「久規二曹っ!」
叫びだけが虚しく木霊し、目映い光に包まれた唯依は思わず目を閉じた。数秒後、森の静けさが一変、騒がしい空気が唯依の鼓膜を刺激した。恐る恐るといった様子で閉じていた瞼を開き、そして唯依は驚愕に目を見開いた。
「アタナシウス帝国の帝都ハイロードにようこそ」
目の前にそびえ立つ巨大な城。スメラギ皇国の黒鷺城ともリーンベルク王国のルーベルト城とも違うその城は帝国を象徴するだけに要塞のような外見をしており、門を守護する門番はおかしなことにこの世界に存在するはずのないPKPペチェネグ機関銃を手にしていた。
ハイロード城の巨大な門の端、人一人が通れる程度の小扉が開かれ、唯依は遙に連行される形でそれを潜り抜けた。
「おかえりなさいませ、ハルカ様」
「ただいま戻りました。申し訳ありませんがこちらの子を私の部屋に通してあげてくれますか? 今日からしばらく私と寝食を共にするので」
「かしこまりました」
「ありがとうございます」
ハイロード城の主、ロキ・A・シュヴァルツに仕えているメイドに囲まれ、装備一式を取り上げられた唯依は、状況を把握する間もなく進行していく彼女たちの会話に歯止めをかけるべく、声を上げた。
「ちょっと待って! どうして私が貴女と寝食を共にする必要があるのですか!?」
「それはまた後でお話しします。今は黙って言うことを聞いてください。いい子ですから、ね?」
「誤魔化さないで!」
「手荒な真似はしたくないのですが……」
「どの口がそれを言うか!」
あくまで反抗的な姿勢を貫く唯依。遙は小さく溜息を吐くと唯依を拘束するメイドに視線を送った。メイドが頷き、途端に腕を締め上げられる痛みに唯依は悲鳴を上げた。片手を上げて止めさせ、遙は再び警告をした。
「余計な反抗心は捨ててください。痛い目を見るのは嫌でしょう?」
「くっ……」
「私もすぐに向かいますから。ミーアさん、後はよろしくお願いします」
「かしこまりました。お嬢様、どうぞこちらへ」
メイドに促されるままに後を歩く。ハンドカフで拘束されているとはいえ、メイド一人程度なら数秒で組み伏せる自信はある。しかし、それはあくまでも一般のメイドだったらの話だ。目の前を歩くミーアと呼ばれた若いメイドは自然体でありながら歩きに無駄がなく、行動を起こしたその時は、恐らくはメイド服の下に隠しているであろう武器で制圧されるのがオチだろう。もしかすると武器を使うまでもなく、素手で組み伏せられるかもしれない。それほどに脅威的な存在に感じられる。
「こちらがハルカ様のお部屋でございます。お嬢様のお荷物は恐れ多くも丁重にお預かりさせていただきますゆえ、どうぞゆっくりとおくつろぎくださいませ。それでは私はこれで失礼致します」
「……ありがとうございます。どうぞよろしくお願いします」
「はい。かしこまりました」
ここは敵地で、仮にも彼女は敵だというのに何故お礼を言っているのだろうか。どうしようもない疑問は捨て置き、唯依は念のために扉をノックしてから入室した。部屋に入るなり、唯依は感嘆の声を洩らした。どこぞの高級スイートを連想させる広々とした室内は高級感漂う家具などが置かれており、体質のない唯依にとっては息の詰まりそうな空間だった。
「天蓋付きのベッドなんて初めて見たかも」
キングサイズはあるであろう大きなベッドはやはり一人で寝るには息苦しく、そして何よりも落ち着かないだろう。その証拠に側のソファに枕と毛布が整頓されて置かれている。こちらもやはり高級感が漂っている。
「借りている身で言うのもおかしな話ですが、気に入ってくれましたか?」
「随分な待遇を受けているようですね……」
「お恥ずかしながら。さあ、好きな場所にどうぞ。お茶を煎れてきました」
古くさいローブ姿からワイシャツとジーンズに着替えた遙は、クッキーの並べられた皿とこの世界には珍しい急須を盆に乗せて部屋にやってきた。ソファに腰を下ろし、相手の出方を見定める。
「そんなに警戒されては困りますね。別に毒やその類の薬は入れていませんよ」
口では何とでも言える。疑い深い視線を遙に向けたまま、唯依は自身の職務を今一度改めた。しかし相手の好意を無碍にすることはできず、差し出された緑茶を受け取り、口に含んだ。緑茶の独特な渋味が口に広がり、鼻から抜ける緑茶の香りはどことなく安心感を覚えた。
「美味しい……」
「日本から持ってきた茶葉を使っているからどこか懐かしいでしょう?」
「そうなる原因を作った元凶が言う台詞ですか?」
「これは手厳しい」
お茶請けのクッキーを摘む。どこか調子を狂わされている気分が否めない状況。咳払いをし、唯依は本題に入ろうと背筋を正した。
「それで? どうして私をここに?」
「貴女に頼み事をしたいのです」
「頼み事? 私に?」
「ええ。失礼を承知で」
「貴女と私、事情が事情ですゆえ、承諾はできませんが聞くだけ聞いておきましょう」
直後、遙の口から飛び出した要求に、唯依は度肝を抜かれることになる。
「貴女に新藤義晴、つまり私の夫を殺してもらいたいのです」
「……え?」
一拍置いて遙の言ったことを理解したのか、唯依は素っ頓狂な情けない声を出した。そして今一度遙の言葉を反復させる。遙の要求、それは夫である新藤義晴を殺すこと。意味が解らない。
「ご自分が何を仰っているのか解っていますか?」
「ええ、もちろん。夫を殺してほしい。そう言ったのです」
平然とお茶を啜り、不思議そうに首を傾げる遙。
「仮にも旦那さんを殺してほしいって……そんなの変ですよ」
「そうかもしれない。ですが私も義晴さんも多くの罪を重ねすぎたのです。本来やるべきことから逸脱し、何よりも現代の技術を伝えてしまった。恐らく義晴さんは私がどうこう言ったところで止まらないでしょう。あの人は熱中する物事を見つけると好奇心が失せるまでとことん手を尽くす人ですから」
「だから殺せと?」
「私もできることなら拘束で終わらせたい。ですが今の義晴さんには帝国という巨大な後ろ盾が控えています。帝国側としても無限の可能性を有している義晴さんを失うわけにはいかない。何としてでも取り戻そうとするはずです。そしてまた多くの人が死ぬ。説得力が皆無なのは重々承知の上です。それでも義晴さんがこの世界に存在し、生き続ける限り戦乱は広がるばかりなのです」
湯呑みを置き、腰に巻き付けたポーチの中からSIG P230JPを取り出した遙はそれを机の上に滑らせた。
「頃合いを見て義晴さんを殺してください。できることなら一発で。脱出の手はずはこちらで整えます。どうぞ、よろしくお願い致します」
P230JPの銃把を握り、銃把底部のマガジンキャッチを押し込んで単列式弾倉を抜き出す。.32ACP弾が八発、綺麗な状態で収まっている。手早く分解し、細工がないことをした上で組み上げ、机に戻す。
「返事を聞かせてもらえますか?」
「はい」
「では?」
「お断りします」
今後の自らの保身を案ずることなく、躊躇わず唯依はそう告げた。拒否することで待遇も大きく変わるだろう。下手をすれば殺される。しかしそれでもやはり唯依の心は揺らがない。
「……理由を聞かせてください」
「貴女たちが奪った人の命は貴女たちが死ぬことで報われるほど簡単なものではありません。それに私に、強襲偵察隊に与えられた任務は新藤義晴及び新藤遙の両名を捕らえることです。世間では貴女たちのしたことは過去の出来事として流されていくでしょう。それでもこうして貴女は私の目の前にいる。理由はそれで十分です」
お茶を啜って小休止を入れ、俯いて拳を握る遙に、唯依は何よりも重要なことを告げた。
「そして何よりも、あの日の作戦はまだ終わっていない」
例え公の場で法による裁きを受けさせることができないとしても、強襲偵察隊が強襲偵察隊であり続ける限り、恐らく唯依は与えられた任務を遂行するだろう。それが強襲偵察隊の一員であり、誰かを守るという責任だからだ。
「その決断を後悔はしませんか?」
「それは現時点では何とも言えません。それでも最善を尽くしてする後悔と尽くさない後悔は違うと思います。だから私は迷いません。絶対に貴女たち二人を生きたまま捕まえる。それだけは譲れません」
「そうですか。では、私からのお願いは忘れてください」
安全装置を掛けたままのP230JPをポーチに戻し、遙は目の前の少女の瞳を見つめた。何事にも染まらぬ真っ直ぐな双眸には揺るがない意思が秘められており、もしかするとこの子なら、とどこか希望の光を感じた。
もう少し別の出逢い方をしたかった。心からそう思わざるをえなかった。