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異世界の戦場  作者:
Phase.1
3/37

Act.2__Departure

太平洋沖

2018年2月14日『バレンタインデー』

国連平和維持軍中東派遣団

原子力空母『ジョージ・ワシントン』

日本国海兵隊特殊作戦航空隊

結城凛中尉




 太陽が天頂に昇り始めた午前十時頃。アメリカ合衆国海兵隊と合流した日本国海兵隊の精鋭総勢千名を乗せた原子力空母『ジョージ・ワシントン』は隊員の家族ら、さらには大勢の記者団に見送られ、神奈川県横須賀基地から中東アフガニスタンへ向けて出港した。


 太陽は天頂で光り輝き、空は雲一つ見当たらない稀にみる快晴で、若干の濁りのある海とは比べものにならないほど綺麗だ。



「問題無し。これならいつでも飛べるよ」


「了解。いつもありがとう、真那」


「いえいえ、どういたしましてです」



 八咫鳥(レイヴン)の愛称で親しまれている日本が世界に誇る第五世代のステルス多用途戦術機──F-3戦闘機のコックピットで整備員の岡西(おかにし)真那(まな)三等軍曹と機体の整備を終えた結城(ゆうき)(りん)中尉は短い会話を交わす。


 凛が航空部隊に志願した理由の一つは幼い頃から空を自由に駆け回ることが夢であったこと。そしてテレビの報道番組で観た自衛隊の戦闘機が民間機をエスコートしていた映像がきっかけだった。


 憧れというのか、何というのか。曖昧なところではあるが取り敢えず、空というものに、自由に飛べることに人一倍憧れを抱いていたのは確かだ。


 そんな時に見つけたパイロット募集の広告。当時発足されたばかりの海兵隊航空部隊のそれだった。すぐさま応募、筆記、面接と。結果は合格、入隊が決まった。


 パイロット募集と同時期に整備員の募集も行っていた。その時に出会ったのが真那だった。父親が航空自衛軍の整備員であり、昔から頼り甲斐のある父親に憧れていた真那は豊富な知識を有していた。秀才な一面を見せる一方で、どこかが抜けている天然な真那は特殊作戦航空隊のマスコットキャラのような存在である。


 そんな真那と凛は次第に親しくなり、共に過ごして一ヶ月が経つ頃には全てを任せられるほどのパートナーとなっていた。



「何だかんだで真那とは長い付き合いになるわね」


「そーだねぇー。りっちゃんと初めて会ったのが四年前……だったっけ?」


「どうして疑問符をつけるのかしら。まあでも、そうね。時間が経つのが早く感じるわ」



 物思いに耽るように空を見上げ、潮風で靡く髪に手を添える。空は恋人、私は天使。少し前に女性パイロットの間で流行ったフレーズを心の中で呟くと不思議と笑いが込み上げてきた。



「あー、お腹空いた。そろそろ食事の時間よね?」


「うん、そうだよ!」


「それじゃあ行きましょうか」



 自身の愛機から降り、何気なしに投げキッス。お腹を摩って空腹をアピールする真那の様子が無性に微笑ましく感じられ、凛は彼女の頭に手を置くとわしゃわしゃと撫で回した。



「凛姉様!」


「あら、唯依ちゃん」



 食堂に着き、空席を探していた凛に声をかけたのは強襲偵察隊に所属する榛名唯依少尉だった。唯依は自身の弟で強襲偵察隊に所属する結城奏中尉の幼馴染である。もちろん幼い頃から交流のある彼女たちは、奏が本当の姉妹のようだと言ってしまうほどに姉妹らしく仲が良い。



「奏が席を確保してくれているので一緒に食べませんか? もちろん真那さんもご一緒に」


「それじゃあお言葉に甘えて一緒に食べるとしましょう。行くわよ、真那」


「ひゃいっ!? あぅ、かみまみた……」



 真那が目尻に涙を溜め、痛そうに呻く様子も最早日常茶飯事。だがしかし、いつ見ても面白い。いや、微笑ましい。母性本能というのだろうか、彼女たちの心の中で擽られる何かがあった。



「はろー、奏ちゃーん」


「ちゃん付けで呼ばないでくれ、恥ずかしい」


「あーあー、弟が冷たくてお姉ちゃんは悲しいよ」



 手を振り、凛は弟の名を呼ぶ。ちゃん付けは好まないのか、奏は嫌そうな顔を浮かべて溜息を吐いた。



「こんにちは、岡西三曹」


「こんにちは!」



 奏もやはり真那との面識はある。



「取り敢えず座ったらどうだ?」


「遠慮なく座らせてもらうわ」



 テーブルは幹部用の六人一組のショートタイプのテーブル。本来なら下士官の真那が立ちいることは出来ないが今回は特別だ。奏の隣に唯依が座り、凛と真那はそれに向かい合うように対面の席に腰を下ろした。



「おっ、中尉じゃないか。お疲れ様」



 食事の盛られたプレートを運んで雑談を交わす彼女たちの元に割り込むようにして現れたのはMV-2Jグリフォンのパイロットを務める槙島和人中佐だ。



「槙島中佐!」


「いい、いい。楽にしてくれ」



 席を立つ凛たちを止め、「邪魔するよ」と空いている席に座った槙島中佐は小さく背伸びをした。プレートに並んだ食事の香りに鼻腔が擽られ、食欲が増す。



「楽しそうなところに悪いけどご一緒させてもらおうかな。いただきます」


『いただきます』



 槙島中佐の挨拶に続くように復唱し、食事に舌鼓を打つ。



「ねぇ、奏ちゃん。船とかで食べる料理は特別美味しく感じない?」


「それは、まあ……普段とは違う場所だから?」


「そんなものなのかしら?」


「そんなもんだろ」



 ふぅーん、と曖昧な返事をした凛はお茶を啜った。友人と語らう時間と愛機に関わる時間は凛にとっての癒しの時間だ。しかしそんな時間が長く続くことは無かった。艦内の至るところに設置されたランプが赤く光り、耳障りな警報が鼓膜を刺激する。



『コード・レッド! 繰り返す、コード・レッド! 本艦に接近する敵多数! スクランブル隊は直ちに空に上がれ!』



 刹那、艦内に変転が訪れた。和やかな雰囲気は重く緊張感のある張り詰めた空気に切り替わる。



「残念だが食事は中断だ。配置につけ!」


『了解!』



 凛はプレートに残っていた和風ハンバーグを無理矢理押し込んで咀嚼するとお茶で流し込み、ご馳走様と言うなり自身の愛機に向かって走り出した。



「チェック!」



 甲板に駐機された戦闘機の梯子を駆け上がった凛はコックピットに滑り込むなり素早く機体を立ち上げる。その間にも発進待機をしていた米海軍の艦載機──F/A-18Fスーパーホーネットがアフターバーナーをブラストリフレクターに叩きつけて発艦していく。順番はすぐに回ってきた。


 凛は誘導員の指示に従い、ブレーキを解放して左手でスロットルを押し出し、F-3をカタパルトへと運ぶ。隣は相棒(ウィングマン)時波(ときなみ)伊織(いおり)准尉だ。


 多機能ディスプレイ(MFD)に表示された機体に積まれた兵装などの必要な項目を確認する。全ての項目を確認し終えたところで甲板要員を纏めるカタパルトオフィサーが機体前方に立った。そのまま右手を差し上げ、二本指を立てる。


 凛は緊張を紛らわすために深呼吸をするとスロットルレバーを最大出力位置(ミリタリーゾーン)まで押し込んだ。クルーがノーズギアとカタパルトのプライドルが繋がっていることを最終確認する。最後に全ての計器が正常に稼働していることを再確認。クリア。


 端へ移動したカタパルトオフィサーが右手を天に向かって高く挙げ、前方を指差した。発艦の時は来た。カタパルトオフィサーが膝を折り、腰を屈めながら二本の指で甲板に触れた。瞬間、機体はその身を震わせながら滑走路を駆けた。景色が流れていく不思議な感覚も見慣れたものだ。



『発艦確認。幸運を』



 気づけば海上。ギアを格納して急激に高度を上昇させる。二番機の伊織が横に並ぶ。



火器管制装置解除(マスターアーム・オン)誘導装置起動(シーカー・オープン)


『マスターアーム・オン。シーカー・オープン』



 ディスプレイに映る敵影は三つ。



「集中していくわよ」


『ラジャー、リーン』



 短く会話を交わし、そして。



「目標視認! 交戦する!」


『タリホー! エンゲージ!』



 敵影と交差。左右に展開、交戦を宣言した。



「なっ……!」



 太平洋上空。敵影と交差し散開した凛は雲を突っ切って現れた敵の姿を一目見るなり息を飲み、心臓を鷲掴みされたような圧迫感に襲われた。



「見たか、ハル!」


『え、ええ! 何ですか、アレ!?』


「こっちが聞きたい!」



 僚機の伊織に無線で問いかけ、自身の目が壊れていないことを確かめる。何かがおかしい。異常とも言える。自問自答、しかし答えは返ってこない。いや、考えている暇など存在しない。



「現実を直視しろ、逸らすな。結城凛!」



 息を吸って、吐き出す。そんな当たり前の呼吸で気持ちを落ち着かせる。



「コントロール。こちらレイヴン1」


『こちらコントロール。一体どうなっている?』


「よく判らないけど撃墜するのか!」


『……待機しろ、オーバー』



 やはり全てが想定外。管制官、否、この場にいる全ての者が現状を把握しきれていない。だがしかし、今言えること。太平洋上空を飛行し、空母群に接近していた敵影の正体。


 体長は十五から二十メートルの巨体。全身は鎧のような黒白の鱗を纏い、口内に潜む鋭利な牙は万物全てを噛み砕くかの如く。そんな巨体を支えるのは背中から生える大きな翼。


 それは“ドラゴン”と呼ばれる伝説の生物に他ならなかった。



「神話の世界……」


『リーン! 前方、接敵!』



 その姿に見惚れていた凛は伊織の声で我に返ると反射的にサイドスティックを倒し込んで機体に傾斜を掛ける。その横を黒白の鱗を合わせ持つ巨体が横切る。



「危なっ!?」


『こちらコントロール。現時点で未確認生物を我が艦隊に敵対するボギーと認定する。各機に通達。ボギーを撃墜せよ!』

 

「了解!」



 撃墜命令。途端に凛の瞳が動揺を含むそれから獲物を狩る猛禽類を連想させる鋭利なものに変化した。こんな状況で不謹慎かもしれないが、凛の頬は緩んでいた。



「オフェンシング・スプリット!」


『ラジャー!』



 オフェンシング・スプリットとは、先行する一機が敵編隊の前を通り過ぎて囮役となり、囮を追尾し始めた敵の後方にもう一機は回り込むという二機編隊で行う戦法の一つだ。例外として敵が囮を無視するようであれば、囮役の機が後方へ回り込むというのも戦法の一つとなっている。



「竜さん、おいで」



 まるで子供を誘うように。サイドスティックを操作して機体を揺らし、ドラゴンの注意を引きつける。飛行の邪魔をし、なおかつ誇り高き竜を挑発する愚行を冒す人間を見逃すほどドラゴンは優しくない。強靭な顎を大きく開き、咆哮を轟かせて本気であることを示す。



「喰いついた! 指示は頼んだ、ハル!」


『ラジャー!』



 命の瀬戸際だというのに無性に胸が高鳴る。非常識だと思いつつも小さく微笑む。



『三秒後、右回避急旋回』



 とくんっ、とくんっ、と心臓の脈打つ鼓動が伝わってくる。不思議な感覚だ。三秒という短い時間がとてつもなく長く感じる、そんな錯覚に襲われる。



「……ライトブレイク、ナウッ!」



 仲間を、僚機を、親友を信じて、サイドスティックを右に倒し込み回避、急旋回。



『Fox3!』



 伊織は機関砲発射を宣言するなり操縦桿に備わったトリガーを引いた。F-3に搭載されたGAU-2A 25mm機関砲が短い咆哮を轟かせ、一秒にも満たない射撃ではあったが撃ち放たれた砲弾はドラゴンの臀部から頭部にかけてを喰い破り、その生命に終焉を齎した。仲間が鮮血を撒き散らして海に沈んでいくのを見たドラゴンは翼を使って軌道を変更すると鋭い牙の見え隠れする巨大な口を大きく開けた。口内に赤い粒子のような物が収束していく。揺らめくそれは炎に酷似していた。


 今まさに危機が迫っているというのに伊織は冷や汗一つかいていない。理由はすぐに判った。下方から高度を上昇させ、機首の先端をドラゴンに向けた凛はグラスコックピットに表示されたガンレティクルの照準を今から死せる巨体に合わせた。トリガーを引き、ワンテンポ遅れて開いた機関砲カバーから幾多もの火線が飛び散った。砲弾は鱗に覆われていない柔らかい皮膚をいとも簡単に貫通するとそのまま勢いを殺さず背面を突き抜けた。苦悶の咆哮を挙げてドラゴンは息絶え、海上に突っ込むと派手な水飛沫を上げた。



「もう一匹は蜂にぞっこんみたいね。ボギー、方位ベクター040、距離レンジ3」


『任せます』



 残りは一匹。蜂に喰いつくドラゴンを二羽の八咫烏が追いかける。多機能ディスプレイに表示された索敵レーダーのインジケータを確認する。機首に備わる電子走査アレイレーダーが目標を捉えた。レーダー上の輝点に赤い照準コンテナが重なり、耳元でロックオンを知らせる電子音が鳴った。初めての実戦が戦闘機ではなく、未知の生物になるとは思わなかった。



「Fox2!」



 短距離空対空ミサイルの発射をコール。兵装庫(ウェポンベイ)が開き、側面に搭載された04式短距離空対空誘導弾──AAM-5が炎をブラストリフレクターに叩きつけて発射された。機首を上げてロールした凛は白尾を連れて目標に音速で向かっていくミサイルに手を振る。音速で空を駆けるミサイルはそのままドラゴンの背中に突き刺さり、信管を起動させた。爆発四散。



「スプラッシュ!」


『ナイス、リーン』


「ありがとう」



 海に降り注ぐ粉々の肉塊を見届けた凛は撃墜を宣言した。伊織が横並びになり、相棒の戦果を讃える。



『こちらコントロール。ボギーの消滅を確認。よくやった』



 シートに背中を預け、安堵の溜息を一つ。生き残ったという気持ちが何より大きいが、しばらくして生き物を殺したという現実が凛を襲う。



「何にも……感じない、か」



 だがしかし、意外にも心にそれほどの負担はない。凛は自身の心が麻痺しているのか、はたまた自身が冷淡なのか。しばし自問自答をすることになった。



『レーダーコンタクト!』


「どうなってんのよ!」



 突如、広域索敵レーダーに無数の輝点が表示された。



『ボギー……およそ、百ッ!』


「コントロール!」



 伊織の言葉に息が詰まる。現状での打破は無理。そう考えた凛はコントロールに指示を仰ぐ。



『さあ、始めようか。我々の戦争を……』


「……っ!?」



 不意に凛の視界が霞んだ。誰か、男性の声が聞こえた気がした。しかし機内には凛以外の誰もいない。無線からでもない。説明するなら脳に直接響くような嫌な感じである。気のせいだろう。そう決めつけ、再度指示を仰ごうとした、まさにその時だった。


 凛の前方で雷とは異なる、核爆発のような閃光が炸裂した。あまりの眩しさに咄嗟に手を目の前に翳す。光は収まることを知らないかのように機体を包み込んだ。再び凛の視界が霞んだ。今回は意識も朦朧としている。落ちる、そう感じた時には既に遅かった。ふわふわとした浮遊感を最後に凛の意識は閃光の中に取り込まれていった。







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