Act.6__Reason for existence
リーンベルク王国
ルーベルト城
2107年5月24日
日本国海兵隊強襲偵察隊
榛名唯依少尉
五月の暖かな風が吹き付ける正午。リーンベルク王国の王都ルークを象徴するルーベルト城の広間に一機のティルトローター機が舞い降りた。MV-2Jのサイドドアが開き、ミサイル護衛艦『やまと』の艦長を勤める篠ノ之薫少将が眉間にしわを寄せた厳しい表情でリーンベルクの地に足を着けた。
出迎えの若い青年大臣が篠ノ之少将に会釈をし、握手を求めた。厳しい表情を和らげ、握手に応じた篠ノ之少将に青年大臣は微笑み、城へと招き入れた。四人の護衛も続く。
長い通路を進み、護衛の一人である榛名唯依少尉は、ところどころに置かれた見事な装飾品に感嘆の声を洩らした。スメラギ皇国の黒鷺城も見事な城だが、こちらはこちらで素晴らしい。と、ここで自らが篠ノ之少将の護衛であることを思い出し、短く咳払いをした。
数分と長い通路を歩き、漸く謁見の間に続く巨大な扉の前に到着した。扉というよりも門と言った方がしっくりくるであろう扉の両側に控えていた騎士が扉を開き、篠ノ之少将らは騎士の後に続く形で謁見の間に足を踏み入れた。玉座まで続くレッドカーペットを進んだ篠ノ之少将は、玉座に座るユークリッド・D・リーンベルクの前に膝を着くと頭を垂れた。
「ユークリッド陛下。この度は王都への招待状を送ってくださったこと、誠にありがとうございます」
「何を言うか。頭を下げねばならぬのはこちらだ。どうか頭を上げてくれぬか。我々の故郷を取り戻してくれたことに加え、我が妻と娘の命を救ってくれた貴君らにはどれだけ礼を言っても足りぬ。本当にありがとう」
「わたくしからもお礼を言わせてください。夫と娘、そして何よりもこの国の民をお救いくださったこと、心より感謝を申し上げます」
「有り難きお言葉。しかし我々は我々の職務を全うしただけでございますゆえ、そのようなお言葉はもったいないものでございます」
ユークリッドの妻、リリーナ・D・リーンベルクは首を振ると目尻に溜まった涙をハンカチで拭い、再び篠ノ之少将に礼を述べた。涙を流されるとは思わず、困った顔を浮かべた篠ノ之少将はユークリッドに助けを求める視線を向けるが、彼は苦笑するだけだった。
「申し訳ございません、王妃様。先程の言葉は撤回させていただきます。ですのでどうか……」
それ以上の言葉は見つからなかった。
「妻がすまないな。だが解ってやってはくれないだろうか。我々にとって民は大切な家族なのだ。ゆえに貴君らには感謝の言葉を受け取ってもらいたいのだ」
「解りました。恐れ多くも陛下と王妃様のお言葉を有り難く頂戴致します」
「うむ。そうしてくれると助かる」
後方に控える唯依たちが小さく笑い、篠ノ之少将はどこかやるせない気持ちになった。女性を泣かせてしまったのは何十年振りだろうか。日本に置いてきた妻と娘夫婦の顔を思い出し、心の中で溜息を吐いた。
「どうかしたか?」
「いえ、国に置いてきた家族のことを思い出してしまいまして。お恥ずかしい限りです」
「そうか。確か貴君らは異界からやってきたのだったな」
「はい。既にこちらの世界に来てから三ヶ月が経ちました。あちらの世界では毎日のように連絡が取れましたが、こちらの世界では連絡を取ることができません。私を含め、この世界に残った隊員の多くが心細さを感じているでしょう」
ユークリッドの表情が一変、眉間にしわを寄せ、険しい表情となる。
「そして何より……」
篠ノ之少将は目を閉じ、ユークリッドと同様の険しい表情のまま、こう告げた。
「我々は仲間を失い、この世で生きていく術を、そして我々が中東派遣団であるという存在意義をなくしてしまったのです……」
三日前の作戦において中東派遣団は原子力空母をはじめ、ミサイル護衛艦『やまと』を除いた全ての護衛艦はこの世界から一隻残らず消失し、中東派遣団は全勢力の約八割強を失った。司令官を篠ノ之少将として部隊を再編成するも管理下に置かれたスメラギ皇国及びリーンベルク王国に対して行える全ての手を尽くし終え、その存在意義を失った。




