表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界の戦場  作者:
Phase.2
27/37

Act.5-2__Operation Last-Prayer

作戦開始時刻、0830時

Operation Last-Prayer

オペレーション・ラストプレイヤー




 日付が変わり、作戦当日。長きに渡ったアタナシウス帝国によるリーンベルク王国の統治を終わらせるべく、三国とレジスタンスによる最大級の奪還作戦が始まろうとしていた。揚陸艦より陸揚げされた戦車隊を筆頭に多くの歩兵部隊が展開し、後方支援として配備された榴弾砲や迫撃砲の数々。空は常に戦闘機が飛び回り、海からの襲撃に備えて展開した艦艇の群れは一言で表せば圧巻のそれだった。


 本作戦の最終目標は王都ルークの奪還及び拘束された市民たちの解放となっている。既に敵勢力に関しての大まかな情報は強襲偵察隊と武装偵察隊により調査済みであり、それに対しての備えは完了している。しかし常に最悪を想定しておくのが戦の常識。誰もが緊張の息を呑む中、遂に作戦開始を告げる命令が全部隊に通達された。



『解放を願う祈りは今日で終わりにしよう。王都ルークを奪還し、拘束された市民を解放せよ! 作戦開始!』


『了解!』



 原子力空母『ジョージ・ワシントン』より発艦した戦闘機の編隊が上空を駆け抜け、満載した空対空ミサイルを各々のターゲットに向けて発射し、作戦開始一分も経たずして撃墜宣言が飛び交った。負けてはいられないと前進を開始した『ライノ』のコールサインを持つ戦車隊が一斉に120mm滑腔砲を放ち、大型の魔獣を葬り去った。



「俺たちも動くとしよう。準備はいいか、カナタ?」


「もちろん。戦紅の歌姫が眷属の力、しかと楽しみにさせてもらいます」


「あまり期待はするな」



 死神を連想させる漆黒の刃を有する刀を片手に持つ少年──カナタ・アインフォルトは、上空より眼下の戦闘を眺めながら小さく深呼吸をした。アタナシウス帝国出身のカナタは士官学院に在学中、帝国軍に故郷を無実の罪で焼き払われ、その際に両親を亡くし、その場に居合わせた妹は未だ意識が戻らぬままスメラギ皇国の軍病院に入院している。


 そんなカナタはアタナシウス帝国の四門貴族が一柱、ラインハルト公爵家が懐に持つ情報監視偵察局に所属しており、数々の作戦において活躍し、今では『緋の死霊スカーレット・ゴースト』の異名で帝国全土に指名手配されている重要人物だ。



作戦指令本部(ユグドラシル)へ。こちらゴーストリード、これより作戦行動を開始する」


『ユグドラシル了解。これより君たち二人は戦場を徘徊する亡霊ゴーストだ。なるべく痕跡を残さぬよう静かに作戦を遂行せよ』


「了解。通信終了」



 大型サプレッサーが内蔵された18式特殊消音小銃の槓桿を前後させて6.8mm亜音速弾を薬室に送り込んだレイは深呼吸をし、吸血鬼としての力を僅かに解放した。途端に膨れ上がる魔力にカナタは思わず顔をしかめた。感知されぬよう魔力を抑え、レイは政治家や軍の重役が囚われている牢獄に向けて一気に降下を開始した。遅れぬよう、カナタは周囲の風を器用に操りながらレイの後に続いた。



「左右の塔に三人ずつ。右は任せた。なるべく静かにやれ」


「了解です」



 脱獄不可能の牢獄として有名なステイルビッツ牢獄の左翼の監視塔。遠方に見える戦火の様子を眺める憲兵を標的に定めたレイは異空間より取り出した何の変哲もない刀を頭上より突き刺し、間を開けずにナイフ型の魔力刀を投擲。片手で保持した18式特殊消音小銃の引き金を絞り、最後の憲兵を排除した。何が起きたのか理解できずに屍と化した三人の憲兵を灰に変え、処分。



『右翼の監視塔を制圧』


「よくやった。階下を制圧しつつ合流地点で会おう」


『了解』



 錆び付いた茶褐色の重たい扉を押し開けたレイは階段下に気配があることを察し、足音を極力立てぬよう階段を降りると巡回する兵士の口を背後から押さえ、銃剣を横に倒して心臓を抉るように突き刺すと続けて喉笛を斬り裂き、物陰に死体を隠した。ステイルビッツ牢獄は主に二つの区画に分かれており、現在レイがいる場所は政治家や軍人など、比較的偉い人間が収監された区画であり、巡回する兵士のほとんどが手馴れの兵士である。そしてその下の区画は精神病者や犯罪者を収監する区画となっており、中央に監視塔を置き、ドーナツ型の檻が何層にも重なっている。



「首都攻防戦の真っ最中だってのに俺らはいつもと変わらず牢屋の監視。自分で選んだ仕事とはいえ、そろそろ飽きてきたよ」


「馬鹿なことを言うな。それにゼルノーツさんの耳に入ったらお前も死刑囚と同じようにあの斬馬刀で真っ二つにされるぞ」


「おっかないな、そりゃあ……」



 通路の壁に寄りかかり、隣に聞こえる程度の声で囁き合う兵士の会話を盗み聞いたレイは、兵士の影から僅かに突き出した銃口を影に沈めた。



「それにしてもゼルノーツさんの斬馬刀は何人の生き血を啜ったんだろうな? 俺がこの仕事に就く何十年も前から処刑執行人をやってるらしいし」


「噂では何千と斬ってきたらしいぞ。それも老若男女躊躇わずな。命乞いをする死刑囚の恐怖に怯えた声を楽しんでから笑いながらぶった斬る。俺の友人が執行に立ち会ったことがあるらしいが思わず吐きそうになったって言っていたな」


「自業自得とはいえ、死刑囚に同情するよ」


「全くだ」



 その言葉を最後に二人の兵士は命の灯火を消され、ただの肉塊として通路に転がった。



「ゼルノーツ……一応警戒しておくか」


「その必要はないぜェ。なんたってお前は今から死ぬんだからなァ」



 背後からの囁き。虫が背筋を這うような気持ちの悪い感覚がレイに不快感を抱かせ、しかしそんなことを気にする様子もなく、飛び退いたそこに振り下ろされる馬斬り用の巨大な刀。着地と同時に切換レバーを連射位置に移動させて射撃。斬馬刀の腹に直撃した6.8mm弾は見事に潰れ、通路一帯に心地よい音を響かせた。異空間に18式特殊消音小銃を放り込み、斬馬刀を担ぎ直す男を見据える。



「扱いにくそうな得物を使うんだな」


「斬馬刀は、馬だけじゃなく人間もぶった斬ることができるからなァ。処刑人のオレには丁度いいエモノさァ」


「趣味が悪いな」


「ははァ、よぉく言われるぜェ。オレはオーガ・ゼルノーツだァ。しばしよろしくなァ、坊主」


「レイ・ハーフメルナだ。悪いが貴様と馴れ合うつもりはないぞ」


「上等ォ!」



 同時に地を蹴り抜く。大振りに薙がれた斬馬刀の軌道を読み、宙で身体を捻りつつ上段からオーガ・ゼルノーツの頭頂部を蹴りつける。連撃を加えようと壁を蹴り、しかしそれよりも早く斬馬刀の二撃目が迫る。瞬時に創造した刀で斬馬刀の重い一撃を受け止めるも、細身の刀がそれを受けきれるわけもなく、斬馬刀の斬撃を受けたレイは煉瓦の壁を突き破り、ルークの空に投げ出された。咄嗟に不可視の足場を形成する。



「無茶苦茶な力だな。(オーガ)の名は伊達じゃないってか?」



 再び刀を創り出し、斬馬刀の斬撃に耐えられるよう強化の術式を刻む。通路に戻れば暇そうにあくびを洩らすゼルノーツがおり、その様子に少なからず苛立ちを覚えた。



「場所が悪いな」


「はっ、負け惜しみかァ?」


「黙ってろ、筋肉達磨」



 座標を固定。指を鳴らして転移。一瞬の浮遊感を味わい、歪んだ視界が周囲の景色を認識する。耳障りな唸り声が四方八方から幾度となく鼓膜を震わせる。



「一般区画だァ? なんたってこんな場所に……」


「ここならそれなりに広いだろう? それに貴様の余裕綽々な態度には少なからず苛立ちを覚えているんだ。処刑人を牢獄で処刑する。これほどに皮肉な屈辱はないだろう?」


「はッ! そんな気遣いはいらねェ! どうせ勝つのはオレなんだからよォ!」



 筋骨隆々な体躯から放たれる威圧感。ゼルノーツの魔力が周囲の空気を重たい雰囲気に変え、それに対抗するように魔力を解放したレイは一般区画の囚人が次々と気を失っていくのを感じ取った。好都合。



「それで本気か、オーガ?」


「まだまだよォ!」



 ゼルノーツが魔力を解放する度に揺れる大気。常人なら気絶、もしくは高密度の魔力を身体が受け入れきれずに拒絶反応を起こしてしまうだろう。しかしそんな状況でも平然とその場に立ち続けるレイは指を鳴らし、魔力の波を周囲に放った。途端に膨れ上がるゼルノーツの魔力が掻き消え、大気の揺れが収まった。



「ヒトの身で鬼の力を身籠もり、なおかつそれを操るだけの技量を有することに関しては素直に賞賛の言葉を贈ろう」


「そりゃあありがてェ。で? そういうお前はその腹に何を飼ってやがんだァ? 鬼の力を当てられても平然としていやがるんだァ。普通の人間じゃあないだろう、ン?」



 ゼルノーツの問いに対して無言を貫き、レイは自らの心の内で膨れ上がる破壊の衝動を無理矢理に抑え込む。定期的にレイを蝕む破壊衝動は自らの力量不足を示しており、加えて他者の血を吸ったことのない吸血処女ゆえのものだ。吸血鬼は他者の血を吸って初めて一人前と認められる。同族同士での吸血行為はそれに該当せず、レイの意識の奥底に潜む結城奏がその行為を拒み続ける。ゆえにレイは永遠の半人前だ。


 しかしそれでも、ゼルノーツが自らの問いに後悔することになるのは直後のことだった。破壊衝動が消え去り、閉じていた瞼の下から現れた真紅の瞳。途端にレイを中心に溢れ出る高密度の魔力が世界を揺るがす。



「戦紅の歌姫が眷属、レイ・ハーフメルナ──推して参る!」



 伝説の吸血鬼の眷属が相手とはいざ知らず、驚きを隠せないゼルノーツがそれを表情に表すよりも早く、目前に迫っていた漆黒刀の黒い刃が彼の胴体に閃を疾しらせた。苦痛に顔を歪ませつつも俊敏な動きでゼルノーツに無数の傷を付けていくレイに対して斬馬刀を振るうことで状況の打開策を見つけ出そうと試みる。



「ちょこまかと動きやがってェ!」



 魔法と斬馬刀の斬撃を組み合わせて対抗するゼルノーツだが、一度攻撃を与えたと思えば蜃気楼の如く消え去るレイの姿に次第に恐怖を覚え始めた。四肢から鮮血が溢れ、荒い息を吐き続けるゼルノーツと距離を置き、レイは刀を鞘に納め、姿勢を低くした。居合いの構え。



「貴様に個人的な恨みはない。しかしそれでも今は戦争中だ。潔く諦めろ」


「諦めろだァ? 馬鹿言えェ! オレはこれから先も斬って斬って斬って斬って斬りまくるッ! それがオレ、オーガ・ゼルノーツなんだからよォ!」



 最後の力を振り絞り斬馬刀を持ち上げたゼルノーツは恐怖を振り払い、あの余裕綽々な顔つきでレイに突貫を仕掛けた。斬馬刀を上段で旋回させ、颶風を纏わせた刃が狙うのはただ一つ、レイの首。



「敵ながら見事な心意気」



 鯉口を押し上げ、賞賛の言葉を贈る。そして、



「執行する!」


「執行の時間だァ!」



 両者の叫びが牢獄に木霊し、二人の執行者が交差した。



「願わくば、彼の者に祈りが届きますように」



 静けさの残る牢獄にレイの祈りを込めた言葉が拡散し、ゼルノーツの強靱な肉体は魂を抜かれたかの如くステイルビッツ牢獄の冷たい床に伏せ、それ以降動くことはなかった。他者によって命を奪われる時、人は誰もが皆恐怖の表情を浮かべて死していく。しかしゼルノーツだけは満足そうな笑みを浮かべて死んでいった、なんていうことを誰かに話したとして、それを事実だと信じる者は真実を知るレイ以外は世界中を探してもいないだろう。



「レイさん!」



 任務を終えて一般区画に降りてきたカナタの後ろにはリーンベルク王国の大臣や武器を手にした軍人が控えており、レイは彼らの怯えた表情に溜息を吐いた。



「そちらのパッケージはどうしたんですか?」


「これから解放するところだ。知っての通り戦闘の後でな」


「オーガ・ゼルノーツ相手に無傷だなんて、流石は真祖の眷属ですね」


「いや。逆に自分の未熟さを思い知らされたよ。ほんの少しの力を使っただけで身体への負担が大きいんだ」


「アレでほんの少し!?」



 思わず卒倒しそうな反応を見せるカナタから視線を外し、一般区画に上の階で囚われていた政治家たちを転移させる。そしてそのまま無言でスメラギ皇国に送ったレイは、再度溜息を吐いた。



「ゴーストリードよりユグドラシルへ。作戦は成功。これより王都奪還作戦に加わる」


『ユグドラシル了解。よくやってくれた。引き続き頼んだぞ』


「は。通信終了」



 ゼルノーツの遺体を弔い、カナタの肩に手を置く。レイの言いたいことを理解したのか、カナタは頷き、ステイルビッツ牢獄の出口に向かって歩き始めた。レイも後に続き、一分一秒でも早くこの戦争を終わらせなければいけないと改めて感じたのだった。



 *



『補給班、急げ!』



 原子力空母『ジョージ・ワシントン』の駐機スペースを慌ただしく走り回る整備班の隊員。補給に戻った戦闘機と入れ替わるように発艦する戦闘機。F-3のコックピットの中、整備班の隊員から受け取った水分を補給した結城凛中尉は戦場を見渡し、今までに味わったことのない不思議な気分に包まれていた。


 聞き慣れている戦闘機のエンジン音が妙に胸に響いては気分を高揚させ、しかし一方で周囲に展開した護衛艦群から放たれるミサイルや艦首に搭載された速射砲が噴煙を吐き出す様子は時折夢のように思えてならない。ここが夢の世界ではなく、現実であることは重々承知している。しかし戦争を体験したことがなく、書籍やテレビの特集などで得た知識しかないためにそのような馬鹿げた考えが浮かんでくるのだろう。自らに嘲笑を送る。



「真那、補給終了までどれくらい!?」


「まだしばらくかかるかも!」


「了解!」



 ヘルメットに内蔵された無線から飛び交う情報に耳を寄せつつ、整備員の岡西真那三等軍曹に声をかける。恐らくは今空を飛んでいるパイロットの中で最も敵を撃墜したであろう凛はどこか落ち着きがない。三ヶ月前に太平洋で事件に遭遇した時と同じような嫌な予感がする。


 武器弾薬整備員アーマメントが兵装庫にAAM-5短距離空対空誘導弾とAAM-00スカイクラスターの二種類のミサイルを積み込み、アーマメントがボードにそれらを表記して凛に掲げてみせた。多機能ディスプレイに目を通し、兵装とその他の計器に異常がないことを確認。



『補給完了、誘導する!』


「了解!」



 風防を閉め、誘導員の指示に従いスロットルレバーを操作し、機体をカタパルトまで移動させる。甲板要員を纏めるカタパルトオフィサーが機体前方に立った。そのまま右手を差し上げ、二本指を立てる。


 凛は緊張を紛らわすために深呼吸をするとスロットルレバーを最大出力位置まで押し込んだ。クルーがノーズギアとカタパルトのプライドルが繋がっていることを最終確認する。最後に全ての計器が正常に稼働していることを再確認。端へ移動したカタパルトオフィサーが右手を天に向かって高く挙げ、前方を指差した。カタパルトオフィサーが膝を折り、腰を屈めながら二本の指で甲板に触れようとした、その刹那。



『発艦中止!』


「地震!?」



 正体不明の揺れが空母や他の艦艇を襲い、発艦が中断された。揺れは収まることをしらないかのように断続的に続く。そして、ここで誰もがその異変に気がついた。



「巨大な魔法陣……!」


『リーン、これは?』


「判らないけどヤバそうね」



 上空に突如として出現した魔法陣に目を向け、凛は徐々に光を帯びていくそれを睨んだ。ここにいてはいけない。直感がそう告げていた。



『こちら『こんごう』! 気象レーダーとレーダー諸々に異常発生!』


『こちら『きりしま』! 兵装システムに異常発生!』


『こちら『アンティータム』! 全機能停止システム・オールダウン!』



 この他にも次から次へと飛び交う無線に凛は驚きを隠せなかった。頭上に展開された魔法陣の光は次第に見ることすら困難となり、そして次の瞬間。『ジョージ・ワシントン』の周囲に展開している各護衛艦に落雷のような光が落ちたかと思えば、巨大な光の玉が護衛艦群を包んだ。



『なん──ッ………………』



 無線から流れ出るノイズ音。



『こちらCDC! ミサイル護衛艦『やまと』以外の全護衛艦のシグナルをロスト! 交信できません!』



 光が粒子として消え、そこには何も存在しなかった。



『本艦のシステムにも異常発生!』



 一番恐れていた出来事。



『総員は速やかに離艦せよ! これは艦長命令だ! ボートの用意を急がせろ!』


『ダメです、艦長! カタパルトと無線の電源を残して全て落ちています!』


『くっ、ならば一機でも多く発艦させよ! クロスベル基地まで飛べればそれでいい!』



 既にエンジンは停止しており、兵装の射出も止まっている。艦長の命令を耳にした凛は上げていたバイザーを下ろし、HMDで各計器に目を走らせる。異常は認められない。ノーズギアとプライドルは接続されている。



『行って、りっちゃん!』


「真那!」


『その子はいつでも飛べるから! さあ、早く!』


「貴女はどうするのよ!」


『私は大丈夫! これでも悪運が強いから!』



 機体の左翼、手を振る真那の笑う顔が胸を締め付ける。



『リーン、急ぎましょう!』



 ウィングマンの時波伊織准尉が叱責に似た声音で告げる。



『りっちゃん!』


「……二番機、私に続け!」


『了解!』



 カタパルトオフィサーの前方注視の手信号の後、立てられた二本の指が甲板に触れた。ブラストリフレクターに叩きつけられていた蒼焔が瞬き、凛は危険を顧みて自らを送り出してくれた仲間に敬礼を送った。



「ハル、これより空に残った残存勢力を排除する。武装及び燃料の危うい者はクロスベル基地まで飛べ!」


『ハル了解!』


『アイル隊、了解!』



 アフターバーナーを焚いたまま上空を旋回した凛の視線の先、魔法陣は彼女たちの気持ちを考慮することなく、一直線に悪魔の雷を『ジョージ・ワシントン』に落とした。思わず無線に向かって叫ぶも届かない。スロットルレバーを握る手に力が籠もる。



「行くわよ、ハル。エンゲージ!」


『ええ。エンゲージ!』



 黒煙上がる眼下を見下ろし、凛はやりきれない思いを胸に抱いたまま、ミサイルレリーズに乗せた親指を押し込んだ。搭載したAAM-5短距離空対空誘導弾が発射され、シーカーの発する索敵レーダー波に導かれるまま、ミサイルは目標を食い破った。


 そしてこれより二時間後。残存航空勢力は一掃され、阻む敵が少なくなったことにより地上部隊は勢いを増し、一気にリーンベルク王国の王都ルークを占領。これを解放した。


 解放を喜ぶ者が大半を占める中、ミサイル護衛艦『やまと』と数機の戦闘機を残して味方を失った海兵隊の面々は、幾ら彼らに崇め感謝されようとそれを素直に喜ぶことはできなかった。











評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ