Act.2__Assault Reconnaissance Force
本章は『エンゲージ』『イントゥルーダー』『アウトブレイク』を書いていらっしゃる「イリーガル」様とE☆でサークルを主催している「D-sawa」様から大事なお子様をお借りしたコラボ章となっています。
スメラギ皇国
シェパード海兵隊基地
2107年4月4日
日本国海兵隊強襲偵察隊
榛名唯依少尉
何者にも染まらぬ純白の色、ほのかに赤みを帯びた桜の花が一面に咲き、海から吹き込む風は実を結んだそれらを器用に絡め取っては宙を舞わせ、道行く誰もを魅了した。異世界に迷い込んだ中東派遣団の彼らがスメラギ皇国に拠点を置いてから二ヶ月が経ち、アタナシウス帝国との間で勃発している戦争にも変化の兆しが見えてきた。
一部の貴族や現役及び退役軍人が集い、現帝国から以前の武を尊ぶ栄誉ある帝国を解放するというスローガンを掲げるレジスタンス『叛逆の狼』が水面下から浮上し、その活動を開始した。帝国政府は未だ対処法を確立していないが帝国全土にレジスタンスを見つけ次第処刑するとのビラが配られた。レジスタンスのメンバーの中には学生も含まれているらしく、士官学院をはじめとする学院では帝国軍による調査も実施されている。
そんな帝国内の状勢はいざ知らず、スメラギ皇国の首都ミナヅキに建設されたシェパード海兵隊基地の射撃場では地球と寸分変わらぬ訓練が行われていた。
「正面の的に弾倉一本……撃て」
銃身を切り詰めたカービンタイプの17式小銃に搭載したエイムポイント社製のT-1マイクロダットサイトの赤い光点を四百メートル先に設置された人形的に重ねた榛名唯依少尉は短く息を吐き出すなり引き金を絞り、少々撃ちずらそうに的を撃ち抜いた。数発撃ち、単射に合わせた切換レバーを連射位置に移動させた唯依は指切りによる短連射を実施し、命中率の向上を図った。
弾倉内の弾を撃ち尽くしたことを確認した唯依は右太腿部に固定したレッグホルスターから9mm口径のSIG P226を手慣れた手つきで抜くなり両手で構え、小銃とは異なり、二十五メートルの位置に設置された拳銃用のターゲットに照準を定めた。引き金を引く度に手首を軽い衝撃が貫き、しかし慣れ親しんだその感触にどこか安心感を覚えた。全弾撃ち尽くし、遊底が後退したままの拳銃を机の上に置いた唯依はイヤーマフを外し、その場で大きく背伸びをした。疲れが溜まっているのか、どうもここ最近は熟睡することができない。それどころか悪夢を見る数も頻繁に増えていた。
「いやはや、好調な成績ッスね」
FNハースタル社のM249ミニミ軽機関銃の派生型であるMk.48機関銃を元にして設計・開発された14式機関銃──部隊愛称イヨ──を肩に担いだ九条幸村曹長は、どこか羨ましそうに的の弾痕を確認した。短めの茶髪を掻き、やれやれと溜息を洩らす。
「その様子から察するにあまり調子はよくなさそうだね」
「ええ、お恥ずかしながら。どうも弾がばらけちゃって。制圧射撃って意味ではいいんでしょうけど……あーあー、イヨがなかなかデレてくれない!」
箱型の弾倉を外した状態の14式機関銃に頬を擦り寄せる幸村に苦笑する。
「それじゃあいつでも素直に言うことを聞いてくれるように躾をしないとね」
「躾ッスか……ぐへへ、よきかな。待ってろよ、イヨ! それじゃあ失礼!」
「うん、いってらっしゃい」
手元の17式小銃──部隊愛称アイナ──に目を落とし、やはり素直なできた子だと撫でてやる。どんな環境でも駄々をこねず、加えて道具を使わずに数種類もの銃器に変更可能なこの銃は豊和工業が世界に誇る小銃だ。その有用性を買われ、同盟国の一部法執行機関向けに輸出もされている。
「失礼します、隊長。指示通り四百メートル射撃を実施しました」
「ああ、見せてくれ」
若干の若さが残るテノールヴォイス。射撃場に隣接された待機所でなにやらパソコンにデータ入力を行っていた男性を見て、唯依は思う。先日行われた作戦において第一偵察小隊から指揮官が消えた。というのも撤退間際に敵の銃弾をその身に受け、荒れ狂う夜の海に姿を消したからである。
悲しみに暮れる時間もなく、中東派遣団の日本側の司令官を務める篠ノ之薫少将は後任として、一時的に同行していた陸上自衛軍が唯一持つ対ゲリラ・対テロ特殊部隊である特殊作戦群特殊偵察班に所属する隊員を指名した。氏名年齢等は陸上自衛隊時代と同様に明かされておらず、顔は常に黒のバラクラバとサングラスに覆われているため素顔を知っているのは上層部だけだろう。
そんな彼らに唯一与えられた情報は『イリーガル』というコードネームのみ。所属ゆえに常に冷静沈着の彼が何故採用されたかは些か疑問ではあるが、上官の命令には素直に従うしかなかった。
「調子は良さそうだな。次は五百に設定し、無理であれば四百と五十メートルで対応してみるといい」
「了解です。失礼しました」
バラクラバでは飽きたらず、骸骨を模したマスクを着けたイリーガルの表情はやはり判らない。何とも言えない気持ちのまま待機所を出た唯依は、もやもやした感情をどこにぶつけたものかと頭を悩ませる。そんな犬のように唸る唯依に近づく人影が一つ。
「どうかしましたか、榛名少尉? そんな難しそうな顔をして」
「……野中二曹」
俯いていた顔を上げ、自らの名を呼んだ人物を特定する。女性の命とも称される髪を短く切り、しかし仕事柄汚れてしまう髪を丁寧にケアしているのか、艶のある黒の髪を有する女性隊員。名は野中綾乃。階級は二等軍曹で、第一偵察小隊に所属する狙撃手の一ノ瀬蘭二等軍曹とは訓練学校時代からの同期だという。
「悩み事ですか? 私でよければ相談に乗りますよ。これでもお姉さんですから」
微笑み、胸を張る綾乃。イリーガルの第一偵察小隊隊長就任と同時期に橘樟葉少佐率いる第二偵察小隊に配属された綾乃は部隊にもすぐに馴染み、今ではマリ子の愛称で親しまれている。
「ありがとうございます。実は今射撃の採点表を隊長に届けてきたんですけどどうも慣れなくて」
「イリーガル隊長ですか? まあ所属する場所が場所ですからね。しょうがないと言ってしまえばそれまでです」
それに見た目からして厳ついですから、と綾乃は付け加えた。遠慮のない綾乃の言葉に思わず声を出して笑ってしまう。
「あの人も悪気があるわけじゃないですし、しばらくしたら慣れると思いますよ。根はとてもいい人ですから」
「そうですね。見た目で判断するのは隊長に失礼ですし、頑張ってコミュニケーションを取ってみます」
「ええ、そうしてあげて」
コミュニケーション。まずは何から始めようか。
「ところで野中二曹は今までどこに?」
「んー、軽迫撃砲の訓練をちょっとね」
そう言って肩を揉む綾乃は、海兵隊に入隊して間もなく取得できうる限りの特殊技能を片っ端から取得しにかかり、三曹に昇進した際にアメリカ合衆国に渡った彼女はファロン海軍航空基地にて統合端末攻撃統制官の資格を取得するという輝かしい経歴を持っている。
一家に一台欲しいを言い換え、一隊に一人欲しい特殊技能所持者という言葉が一時期隊の中で流行った。
「野中二曹はいろんな特殊技能を取得していらっしゃいますよね。同じ女性として尊敬します」
「ふふっ、ありがとう。これからは強偵同士仲良くしましょう。いざという時には軽迫と航空支援で敵をぶっ飛ばしてあげるから」
「その時は是非!」
談笑を交わしながら射撃場に向かい、途中の売店で飲み物を購入した。初春が過ぎ、四月に入ったとはいえ、まだまだ時折肌寒い風が吹く。そんな時に飲む程良く温まったアップルティーは極上とまではいかないが普段の数倍美味しく感じる。
ホッ、と一息吐き、鼻から抜けていく林檎の芳醇な香りの余韻を楽しむ。午後の訓練も頑張ろう。そう気張る二人に静かに忍び寄る人影がいた。
「アップルティーいただきっ!」
それは綾乃の手に握られていたアップルティー入りのペットボトルを素早く取り上げ、腰に手を当てると誇らしげに胸を張った。
「……久規二曹。人のアップルティーを取らないでください。返してください。盗みは犯罪ですよ」
「バレなきゃ犯罪じゃないんだよねー、これが」
「普通にバレてますから」
綾乃の切り返しに満足そうに笑う女性隊員の名は久規カレナ。階級は二等陸曹だ。彼女は綾乃と同様に先日第二偵察小隊に配属された女性隊員だ。イリーガルと同じ陸上自衛軍に所属するカレナは女性ながら戦闘職種に就いており、しかし彼女の装備の自由さを見る限り、通常の部隊勤務でないことは一目瞭然だった。事実、カレナは日本の非合法作戦を担当する非合法任務班の隊員だ。
しかし陽気な性格ゆえに親しみやすく、周囲からは少々うざったらしいムードメーカーとして認知されている。
「ごめんよマリ子ちゃん。お姉さんにも一口頂戴な」
「嫌です。お断りします。久規二曹はそう言って絶対に全部飲んでしまいますから信用なりません」
「相変わらずマリ子ちゃんは冷たい冷たい。そんなだからマリ子ちゃんはマリ子ちゃんなんだよ」
「意味が解りません。とりあえず返してください」
今にでも一戦交えそうな雰囲気が辺りに漂う。唯依はあたふたと戸惑いつつも仲介に入ろうとするが、なかなか初めの一歩が踏み出せない。しかし、そもそもこんな事態に陥った原因は何だ。思い返してみる。
「早くアップルティーを返してください」
アップルティー。目を瞑り、開けては再度カレナの手に握られたアップルティーを見つめる。全ての原因がそこにはあった。怖ず怖ずと挙手をして、唯依は口を開いた。
「あの、久規二曹」
「どうした、ユイユイ?」
「ユイユイ……あー、いえ、私のアップルティーでよければいりますか?」
平和的に解決。唯依が差し出したアップルティー入りのペットボトルは瞬く間にカレナの手に渡り、綾乃のアップルティーは無事に返却された。見事な早業だ。やれやれ、と心の中で呟き、これ以上面倒なことはゴメンだと祈る。しかしその矢先。唯依から受け取ったアップルティーを綾乃に見せつけるように持ったカレナは大きく息を吸い、こう言い放った。
「マリ子ちゃん。不毛な争いはやめよう」
「貴女が言えるセリフかぁっ!」
異世界の地にて。綾乃の怒りと呆れが入り交じった叫びが蒼く澄み渡った大空に木霊し、これから起こり得るであろう賑やかな生活に心を躍らせる唯依だった。