Act.14-2__Operation Night-Princess
作戦開始時刻、2200時
Operation Night-Princess
オペレーション・ナイトプリンセス
『作戦開始時刻に到達。アルファ、ブラボーチームは火急速やかに行動を開始し、囚われの姫君らを素早く保護、これを無事に回収地点まで連れ出せ』
「アルファ了解。作戦行動を開始する」
『ブラボー了解。作戦行動を開始する』
マリンフォート港の南西の一角、大量に積まれた木箱の物陰から辺りを覗き込み、安全を確認した奏はQDサプレッサーを銃口にねじ込んだ17式小銃を構えつつ前進を開始した。背後から援護するように前進する唯依は銃身を短く切り詰めた、いわゆるカービンタイプの17式小銃をカッティングケーキの要領で振り、死角を確実に潰していく。
進み、不意に奏がハンドシグナルで敵がいることを告げた。
「ここには俺とお前の二人しかいない。素早く片付けろ」
「了解」
木箱から僅かに右半身を晒した唯依は17式小銃に搭載したエイムポイント社製のT-1マイクロダットサイトの赤い光点をドラム缶に火を焚いて暖をとる敵歩哨の頭部に重ね、短く息を吐き出すなり躊躇うことなく引き金を絞った。サプレッサーによって抑制され、鞭を打つかのような鋭い音を響かせ、放たれた6.8mm×43SPC弾は一直線に後頭部から弾頭を侵入させ、一瞬にして歩哨の命を奪った。
前のめりに倒れ、ドラム缶に頭を突っ込むように死した歩哨。奏は急いで抱き起こすと木箱に背を預けさせるように倒し、簡単なブービートラップを仕掛けた。
『アルファ、ブラボーチームに通達。たった今パッケージと思しき熱源が馬車から北西の小屋に運ばれた。船に連れ込まれたら作戦遂行は不可能となる。速やかに小屋周辺の安全を確保し、パッケージを保護せよ』
「アルファ了解。北西部に向かう」
『ブラボー了解。援護位置に向かう』
空に飛ばした無人偵察機から地上の様子を監視し、情報を地上部隊に伝達する役目を担うデルタチームは、クロスベル基地の空軍エリアから監視を実行すると共にシェパード海兵隊基地にある本部にリアルタイムの情報を送信していた。
「敵兵四名確認。位置に着け」
「木箱の上に乗る。手伝って」
「了解」
木箱に背を預け、下半身に力を入れて腰を落とした奏は手のひらを重ねた。17式小銃に安全装置をかけて背中に回した唯依は奏の手のひらに右足を乗せ、息を吸うと頷いた。
「三、二、一……!」
奏は掛け声と同時に勢いよく押し上げ、唯依は高い位置にある木箱に手を掛けると振り子のように身体を振ってよじ登った。その際に物音がしたものの、激しく打ちつける雨音が全てを掻き消してくれる。安堵の息を洩らした唯依はそのまま木箱の上で伏せるとヘルメットに固定した暗視装置を下げ、照準具を覗いた。
「永遠に」
「おやすみ」
不吉な合図と同時に引き金を引いた奏はすぐさま照準を右にシフトし、鮮血を撒き散らして死した仲間を呆然と見つめる敵兵を撃ち倒す。同様に敵兵を排除した唯依は危なげない様子で木箱から木箱に飛び移ると少し先を巡回する歩哨二名を見つけた。
「軽装歩兵が二人。私が仕留めるね」
「気をつけろよ」
「あいさー」
気の抜けた返事を返した唯依はレッグパネルポーチに差し込んだ銃剣鞘から17式多目的銃剣を抜刀し、右太腿部に固定したレッグホルスターから9mm拳銃を取り出すと右手に持ち、大きく深呼吸をした。歩哨が真下を通り過ぎる瞬間、唯依は舌で唇をなぞると木箱から飛び降りた。
「やあ……ッ!」
今の唯依はさながら獲物を狩る狼と言ったところだろう。横に並んだ歩哨の一人に掴みかかり地面に押し倒した唯依はサプレッサーのねじ込まれた拳銃を右の歩哨の足、腹、頭の計三カ所に撃ち込んだ後、下で暴れる歩哨の首筋を一閃し、見事に二人を片付けた。
「はぐれ歩哨か……」
恐らくは作戦開始直後に倒した歩哨の片割れだろう。木箱に張りついて息を殺した奏は敵が目の前を通過するのを待ち、敵の姿を視界に捉えるなり襟首を掴んで引き寄せると腹部に膝蹴りを叩き込んだ。膝が綺麗に鳩尾に入ったのか、苦しそうに喘ぐ歩哨の頭部にサプレッサーを押しつけての零距離射撃を見舞う。
湿った地上に赤い血飛沫が舞い、空から降り注ぐ雫がそれら全てを綺麗さっぱり洗い流してくれる。敵にとっては不都合な雨も、二人にとっては幸運の雨。物音は雨音に掻き消され、剰えバタバタと味方が死んでいくのだ。差し詰め二人は“幽霊”もしくは“死神”といったところだろう。
「あー、今のは痛い……」
「お前も人のことを言えんだろう」
「そうかな?」
「そうだ」
物資保管地帯も終わりが近いのか、積まれた木箱の数は次第に減ってきていた。終点を越えた先、ぽつりと建つ一件の小さな小屋。デルタの情報通り重要人物を軟禁しているのか、複数の兵士が見張りとして立っていた。
「敵勢五人。周囲の警戒を頼んだ」
「了解」
初めに小屋の左、正面から死角になる位置に立っている敵兵を無力化する。物陰から銃口を僅かに覗かせて入り口の左右に立つ二名の敵兵を的確に処理。物音に反応し、小屋の右から姿を現した二名の敵兵も同様に射殺した。
「小屋の周囲を制圧した」
『デルタ了解。ブラボーチームは援護位置に着いた』
「周辺に敵はいるか?」
『ノー』
「了解。内部に突入する」
扉の両側に張りつき、大きく深呼吸。吸って吐くだけの簡単な呼吸法が固まった緊張を解してくれる。二人は顔を見合わせ、頷いた。扉を僅かに開き、唯依が音響閃光手榴弾を小屋の内部へ投げ入れた。閃光が扉から洩れ、発せられる音が鼓膜を揺すった。
扉を蹴破り、突入した二人は音響閃光手榴弾の効果によってパニックに陥っている敵兵を捉えると、瞬時に最優先目標を確認。危険度レベルを判断すると切換レバーを単射から連射に切り替え、発砲した。衝撃が肩を蹴りつけるたびに鮮血が宙を舞い、敵兵が仰け反り死していく。血飛沫に脳漿が混ざり合い、何ともいえない色の液体が壁に撒き散らされ、一種のアートと化す。
「全制圧完了」
「この二人がパッケージかな?」
床に倒れ込むようにして気を失った女性が二人。ポーチから事前に受け取った王妃と皇女の写真を取り出し身元確認を急ぐ。煌びやかなブロンドの髪は手入れが行き届いていないのか汚れ、それなりに肉付きのよかった頬も食事を満足に採れなかったのか痩けており、逃亡生活の苦しさを物語っていた。警備兵の懐から取り出した鍵を使って彼女らを拘束する手枷足枷を外した奏は小屋の中に残る証拠品を探った。
「アルファからデルタへ。パッケージを確保した。チャーリーを回収地点に送ってくれ」
『デルタ了解。ブラボーはアルファの援護を』
辺りを物色するもめぼしい品は見つからず、撤退準備を始めた奏は不意に聞こえるはずのない電子音を耳にした。無線ではないその音は小屋の壁に接した四つの長机の下から聞こえてきた。王妃を肩に担いだまましゃがんで下を覗き込み、そこにあった物を目にした奏は咄嗟に叫んだ。
「走れッ!」
一瞬何のことか理解できずにいた唯依も緊迫感を含んだ叱責に似た叫びに何かを感じたのか、皇女を背負ったまま一目散に小屋を飛び出した。
「伏せろ!」
多少の怪我は知ったことではない。王妃を地面に横たわらせ、覆い被さった直後、背後の小屋が轟音を轟かせながら爆炎を周囲に巻き上げた。たまらず耳を塞ぎ、迫り来る炎に苦悶の声を洩らした奏は歯を食いしばると立ち上がり、無線機に向かって怒鳴りつけた。
「回収地点に急ぐ! いいな、ブラボー!」
『りょ、了解! 撤退を援護する!』
炎上崩壊する小屋を後目に回収地点の方向を見据えた奏は王妃を肩に担ぎ直し、17式小銃を右半身で保持したまま移動を開始した。
『デルタから報告! 貨物船及び周辺の敵が真っ直ぐにそちらに向かっている! 数は一個中隊……いや、二個中隊規模だと!?』
「ああもう、くそったれぇっ!」
「いたぞ! いたぞぉーッ!」
「接敵!」
こんな時に運が悪い。やはり女性と言ってもそれなりに重さはある。思わず投げ出したくなる感情を抑え、ブラボーと合流した奏は重荷と化した王妃を隊員に押しつけ、迫り来る敵兵に照準を重ねた。切換レバーは単射のまま射撃し、次から次へと現れる敵に対して舌打ちをした。
『現在航空支援が向かっている! 到着まで十分!』
「アルファ了解!」
空弾倉を飛ばし、弾納から6.8mm弾がフル装填された新しい弾倉を抜き出し挿入口に叩き込むと乱暴に槓桿を引いた。木箱から僅かに身を晒して射撃するが激しく降り注ぐ雨が視界を遮り、満足に敵の有無を確認することができない。
『不味いな……』
モニターで現場の状況を監視するデルタの小さな呟き。こんな時に不謹慎なことを言うな。そう注意しようとした、その時だった。背筋を悪寒が走り、反射的に覗かせた顔を木箱の裏に引き、同時に木箱が削れ、頬に裂傷による痛みが走った。加えて鼓膜を震わせる音響が奏に衝撃を与えた。確証はない。しかし奏は叫んだ。
「敵は銃を所持しているぞ!」
『そんな報告は受けていないぞ!?』
「知るか! 各員注意しろ!」
この時代の科学技術はかなり遅れている。銃を造るとしても火縄銃、あるいはマスケット銃が造れるか造れないか危ういところのはずだ。現実に起きていることに対して疑問を感じざるを得なかった。
身を屈め、次から次へと鳴り響く銃声に舌を打つ。しかし錬度が低いのか、銃弾は明後日の方向に散らばっていく。伸脚の態勢のまま射撃を見舞い、弾切れを起こせばポーチに突っ込んだM67破片手榴弾を間を空けずに投擲した。
『チャーリーが間もなく回収地点に到着する!』
「アルファ了解! 五分、いや三分で向かう!」
『デルタ了解』
「前進しろ!」
奏は爆風で飛ばされてきた敵兵の死体に肩から下げられていたAK-47アサルトライフルを拾うと作動確認を行った。純正のAKアサルトライフルとは異なることから察するに恐らくはデッドコピー版だと思われる。流通ルートが気になるが今はそれどころではない。奏は17式小銃の樹脂製弾倉の横を見て残弾確認を行うとブラボーの隊員から弾薬がフル装填されている弾倉を二本拝借した。
『チャーリーが回収地点に到着……まてまて、チャーリー急速反転! RPG!』
『間に合わん! 海に飛び込め!』
『くそったれ! チャーリー、ダウン!』
回収地点の方角は炎によって照らされており、移動中の奏たちはチャーリーの隊員たちの無事を祈ることしかできなかった。しかし撤退用のボートを失ってしまったため、代わりの撤退手段を探さなければならなかった。
「予備の回収地点にグリフォンを飛ばしてくれ!」
『既にグリフォン1が向かっている! 何とか到着まで堪えてくれ!』
「了解!」
予備の回収地点に方向を転換し、奏は自ら殿を務め、目に入る敵を片っ端から排除した。躊躇いは存在しない。相手を殺して生きるか、撃たずに死ぬかの境界線。
「ピン抜きよし!」
「投げ!」
ブラボーの隊員が二つの破片手榴弾を投擲する。
「くそっ、数が多すぎる! デルタ、周辺状況を教えてくれ!」
『状況は最悪だ。アルファ、ブラボーチームの進路上は良いとしても後方からの敵兵の数は尋常じゃない。追いつかれるのも時間の問題だ』
「……アルファ了解」
状況は最悪。その言葉に思わず溜息。
「奏、私たちに指示を!」
「俺が囮になる」
ひどく冷静な声で淡々と告げる。その瞳に迷いはない。味方を、愛する人を助けることができるのなら自分を犠牲にすることなど容易い。
「え……?」
「二度も言わせるな。俺が囮になる」
「馬鹿なことを言わないで! そんなの絶対に許さない! みんなで一緒に帰るんだよ!」
もう二度と好きな人と離れる怖い思いはしたくない、と唯依は必死になって引き留めた。初めてこの世界に飛ばされた時も、偵察任務の際にブラックホークが襲われた時も、生きていると信じていながらも散々に苦しんだ。一度は自ら命を絶とうと考えたこともあった。それでももしかして生きているかもしれないという僅かな希望がそれを止めた。しかし次はない。それは唯依自身判っていた。
ブラボーの隊員も同じく奏を引き留めた。海兵隊においてどんな状況であろうと仲間を犠牲にすることは許される行為ではなかった。しかし奏は今まで見せたこともないような鋭い眼力で彼らを一睨みすると言葉を遮った。
「現時刻を持ってアルファは解散。榛名唯依少尉をブラボーの指揮官に任命する。ブラボーリーダーは彼女の補佐を頼む」
「待ってよ!」
「黙れ。これは命令だ、いいな?」
突き放すような口調でそう言った奏は森林色のブーニーハットを深く被り直すと一息吐いた。しかし愛する者と別れるのだ。何か一つ言い残しておこうと頭を悩ませた。
「俺、結城奏は榛名唯依のことを心から愛している。だから生き残れ。な?」
さようなら、の別れの言葉は必要ない。年相応の笑みを浮かべてみせた奏は名残惜しそうに唯依を抱き締め、優しく頭を撫でた。
「いってきます」
そう言ってその場から離れた奏は無線の電源を落とした。これ以上彼女たちの声を聞いてしまえば甘えてしまう。滝の如く降り続ける雨の中、大きく息を吸い込んだ奏は吼えた。
「Come on, Mother fucker!」
隠密作戦は失敗。これから先は単独での陽動作戦になるため、銃口にねじ込んだサプレッサーを乱暴に外した奏は満足に狙わず、17式小銃を腰だめで構えたまま乱射した。それでも固まった敵には当たるようで、味方の仇を討とうと敵兵は我先にと奏を追った。
「痛っ!」
しかし敵も撃たれるだけではない。一発の銃弾が兵士の間を器用に避け、木箱を抉りながら奏の左脇腹を掠めた。鋭い痛みに顔を歪ませた奏は歯を食いしばりながらもポーチから破片手榴弾を取り出すとおおよその位置に放り投げた。全身を巡る痛みを無視し、身体に鞭を打った奏は遠方から伝わるグリフォンの羽音に少々の安堵感を覚えた。
あと少しで任務は完了、万々歳。女々しいとは感じつつも、せめて彼女らが撤収する様子を見ておこうと警備の薄い貨物船の積み荷庫から甲板に登り、見張り台に続く梯子を全力で駆け上った。無灯火で低空を這うように飛行するMV-2Jグリフォンが回収地点でホバリングし、ゆっくりとその高度を上げていく。
「最後にもう一度……」
無線機の電源を入れ直し、耳を澄ます。走っている際にどこかにぶつけたのか、若干のノイズ混じりの音声。
『アルファ、ブラボー、チャーリーチームの回収完了。これより帰還する……』
『待って! まだ奏が残ってる! 生きている人間を放っておくのかい!?』
『しかし、どこにいるのか検討もつきません』
『居場所なら判ってる! 奏のことだからどうせ見届けようと高い場所で見物してるはずだ! つまり、貨物船の見張り台の上だよ!』
この会話には流石の奏も驚きを隠せなかった。幼馴染、恐ろしい。しかし、
「全く、バカな奴だ」
『二曹はドアガンに。行くよ!』
呆れ半分、嬉しさ半分の何とも言えない気分に苦笑した奏は、やれやれと首を振った。
『この会話も聞いてるだろうから言っておくよ。チャンスは一回だけだよ、奏!』
「承知してるさ」
上部デッキが騒がしい。察するに居場所を特定されたのだろう。奏は浴びせられる銃弾が途切れる度に下を覗き込み、案の定梯子を登ってきている敵に対して銃弾を撃ち込んでいく。撃っては落ち、撃っては落ち。だがしかし、次から次へと敵は登ってくる。
「ラストマグ!」
空の弾倉を落下させ、プレートキャリアに固定した弾納から最後の樹脂製弾倉を引き抜き挿入。槓桿を乱暴に前後させる。
「プレゼントだ!」
敵にありったけの銃弾を贈り、さぞかし満足そうにグリフォンを待つ。低空飛行のグリフォンは見張り台のギリギリで減速すると後部ハッチを開けた。
「跳んでっ!」
その言葉に弾かれるように落下防止の台を蹴って跳躍。空を駆けるような独特の浮遊感。登るのを諦めた敵がコピー版のAKアサルトライフルを無闇やたらに連射している。その中の一挺のAKアサルトライフルから放たれた7.62×39mmフルメタルジャケット弾が運悪く奏の右足を撃ち抜いた。
痛みに顔を歪めつつも、その手を後部ハッチギリギリで待機している唯依へと伸ばす。
「捕まえた!」
『下方からRPG、回避する!』
伸ばした手が繋がり、その場にいた全員が歓喜に満ちた声を上げた。そしてグリフォンのパイロットが回避宣言をしたのは同時だった。強い風が吹き荒れ、回避と共に無理矢理に機体が傾いた。その衝撃で結ばれた二人の手が離れた。
「奏ッ!?」
「くそったれぇっ!」
奏は後部ハッチを片手で掴んで落下を回避する。しかし長くは保たないであろうことは奏自身がよく理解している。唯依が手を伸ばし、奏の手首を掴む。奏は安堵の気持ちに襲われるが、ここが戦場であることを思い出すと気を引き締め直す。
『上昇する!』
緊急回避の際に高度が下がり、しかし機長は下からの的になるまいと高度を上昇させた。だが悪いことに奏の手が限界に陥り、後部ハッチから手が離れた。唯依は絶対に離さないと言わんばかりに強く握り締める。
「絶対に離さない!」
現在の天候は雨。濡れた手首が潤滑油となり、掴んだ手を滑らせる。さらに下からは銃弾の雨。機体から飛び出している状態の奏は不意に胸に違和感を感じた。手を伸ばし、見てみればそれは赤い雫。他ならない奏の血。途端に鋭い痛みが奏を襲う。数発の銃弾が後部ハッチから侵入し、キャビンに火花を散らした。
「きゃあっ!」
そして、死神は唐突に残酷な終わりを告げた。
「しまっ……!?」
反射的に身を退いた、その反動で唯依の手が奏の手首から滑り抜ける。それが指し示すこと、すなわち落下。
「イヤだ、嘘だっ!」
「ありがとう。愛してるぞ、唯依……」
短くそう言い残し、空に投げ出された奏は急激に下がる高度に違和感を感じつつ、だんだんと離れ去っていくグリフォンを見つめる。そして遂に、奏の身体は波がうねり狂う闇夜の海に叩きつけられた。衝撃で意識朦朧に陥り、自身の身体が沈んでいくという謎の感覚を最後に、奏の意識は深い深い闇の奥底に溶け込んでいった。
闇夜の空に悲痛な叫びが木霊し、滝のように止むことを知らない雨は溢れ出る涙のそれを具現したかのようだった。




