Act.12-2__Under the moonlight
同日、旧リーンベルク王国
ホロータウン上空
日本国海兵隊強襲偵察隊
榛名唯依少尉
太陽が東の彼方に沈み、辺りは夕闇の混沌に覆われている。月明かりが照らす地上は無数の人影がこれでもかと徘徊しており、一見すれば賑やかな祭りが行われているかのような雰囲気だ。しかし徘徊しているそれが生ける屍、いわゆるゾンビでなければの話だ。
食事を求めてさまよい歩くゾンビの群れは辺り一帯を耳障りな呻き声で埋め尽くしている。だがそんな呻き声をかき消すように、月が煌めく夜の空を四羽の鳥が轟音を引き連れて疾駆した。
『リーンからルナへ。ホロータウン上空の制空権を確保した。繰り返す。ホロータウン上空の制空権を確保した!』
闇夜の空に溶け込み、空を疾駆するの鳥の正体は八咫烏。日本が世界に誇る第五世代の最新鋭ステルス多用途戦術機、F-3戦闘機のコックピットの中でそう宣言した結城凛中尉は上空を飛び回り、周辺警戒を開始した。
『クルーズからルナへ。地上の大型魔獣は片付けた。エントリーの準備を』
八咫烏に追従し、後方から地上を睨むのは鷲だ。航空自衛軍が主力とする戦闘機であり、現存する第四・五世代の機体で右に出るものはいないと謳われているその機体はF/A-15Jアサルトイーグルだ。腹に抱えた空対地ミサイルを全弾撃ち切った天原隼人中尉は、背面飛行を実施しながら眼下を飛行するヘリコプター群に視線を向けた。
「ルナ了解。この作戦の目的はホロータウンで確認された偵察隊の隊員四名の救出です。第一攻撃はアパッチによるミサイル及び機関砲による進路の確保。安全が確認され次第、第一班を先頭にエントリーを開始。第二班は一班と共に救助チームに加わり、第三班はランデヴーポイントの確保に回ってください。降下後の武器の使用は全面的に許可されています。思う存分撃ちまくってください」
森林迷彩が施された四機のAH-64Dアパッチ・ロングボウに囲まれ、護衛されるように飛行するUH-1Yヴェノムの兵員室の中で作戦概要の再確認をしているのは本作戦の指揮を一任された榛名唯依少尉だ。
ステラ・アッシュフォード中佐がブラックホーク二番機の隊員全員の死亡を宣言した日から一日が経過した今日。唯依を初めとする海兵隊の隊員三十名は大陸から離れた位置に存在する島、クロスベル島に建設されたクロスベル基地を上官の命令により視察していた。
午前から午後にかけての視察は何の障害もなく、順調に進んでいた。視察を終え、シェパード海兵隊基地へ帰還する準備をしていた彼女らの元へ、クロスベル島の管理人であり、武装アンドロイド計画によって生み出された人工知能のフィラデルフィアがやってくるなりこう告げた。
『旧リーンベルク王国、現アタナシウス帝国領ホロータウンで交戦中の味方を確認しました。確認されたのはトラヴィス・フォールズ少佐。アルト・レッドフィールド准尉。アリス・レッドフィールド准尉。結城奏中尉の四名です』
この報告にいち早く反応した唯依は、ステラ中佐が言っていた来るべき時を待つという言葉の意味を再度模索しつつ、しかしフィラデルフィアに続きを催促した。
『どうします?』
意味深な問いかけ。フィラデルフィアは続けた。
『状況はハッキリ申し上げますと劣勢です』
劣勢。この言葉に隊員全てが息を呑んだ。たった四人で、しかも疲労困憊の状態で敵と戦っている味方。フィラデルフィアは相も変わらず無表情のまま、隊員たちの顔色を気にすることなく、彼らに問うた。
『そんな圧倒的不利な状況でも仲間のために戦場へ向かう覚悟はありますか? 例えそれが自身の生命を危険にさらすことになってもです』
その問いに対して戸惑い、躊躇する者は一人もいなかった。視察団の中にはブラックホーク一番機に搭乗していた者が多くおり、彼らは次こそ救ってみせると意気込んでいた。満場一致で救出作戦が決定され、そして現在。
「アパッチ隊、準備はいいかい?」
『いつでも!』
「了解……アパッチ隊、攻撃開始っ!」
『了解! 全機、野郎共を蹴散らしてやれッ!』
攻撃命令を受諾したパイロットが小翼に搭載されたM261ハイドラ70ロケットポッドに接続されたボタンを押し込み、刹那、小気味良い音を連続させながら大量のミサイルが発射された。地上で空を見上げるゾンビはわけも判らないまま、ミサイルの洗礼を浴び、吹っ飛び、あるいは地上ごと削られていった。
「ヴェノムガンナー、スタンバイ!」
「ドアガン、チェック!」
「撃てぇーッ!」
ドアガンナーに命令を下す。ガンナーは左右のドアに設置されたM134ミニガンを地上に向けるなりトリガーを押し込んだ。多銃身から凄まじい速度で吐き出される銃弾はレーザーの如く列を並べ、一種の芸術を作り上げる。
「前方の教会から味方のビーコンを確認!」
その言葉に機内から歓声が湧いた。しかし教会内に味方がいる以上、これより先は大火力のミサイルは使用不可になる。
「降下部隊は装備の最終チェックを!」
『機関砲スタンバイ。降下部隊の活路を切り開きます』
赤外線モニターに映る大量のゾンビ。にやり、と口元を緩ませたアパッチのガンナーは「ロックンロール」と口ずさみ、機首の下に搭載された30mmチェーンガンに接続されたトリガーを押し込んだ。連続して撃ち出される砲弾が地上を削り、進路を切り開いていく。
「降下開始! 降下開始! 降下後は周囲の安全を確保しろ!」
『了解!』
ホバリング状態のヴェノムからロープが垂らされ、唯依は真っ先に飛びついた。降下し、17式小銃の槓桿を素早く前後させた唯依は銃剣鞘から抜刀した銃剣を銃剣ラグに差し、着剣するなり目の前に接近していたゾンビの腹を突き、発砲した。衝撃で抜けた銃剣を今度は腐敗して柔くなった脳天に突き刺し、足蹴りを放つ。
「交戦規則はサーチアンドデストロイ。派手にいけ!」
『了解!』
上空からの援護があるとはいえ、目の前の敵は自分自身で片付けなければならない。唯依は目の前で呻くゾンビに肉薄し、頭部に銃剣を刺し込み発砲。零距離で放たれた6.8mm×43SPC弾が貫通し、脳漿を撒き散らす。衝撃で抜けた銃剣を構え直し、右から迫るゾンビの腹部を一突きし、間を空けずに発砲した。ノックバックで前屈みになったゾンビの首にステラ中佐直伝の回し蹴りを叩き込み、無力化した。
「汚いなぁ、もうッ!」
戦闘靴にこびりついた腐った肉に嫌悪感が増していく。小銃を腰だめで構えるなり銃口を左右に振り回しながら発砲した。弾倉内の銃弾がなくなり、ボルトが後退した状態で静止する。咄嗟に右太腿部のレッグホルスターから9mm拳銃を抜き出した唯依は片手で構えたまま狙いを定めて発砲した。貫通力を増すために弾頭を金属で覆った、フルメタルジャケット弾が頭蓋骨を粉砕して脳を貫通。脳漿や黒い血飛沫を激しく撒き散らした。
「クリア、前進せよ!」
全方向を警戒し、素早く前進。ゾンビが現れては無力化した。
「一班は私と突入。二班は周辺の警戒を!」
音響閃光手榴弾の安全ピンを引き抜いた唯依は合図と同時それを教会に投げ込んだ。閃光が迸り、耳を貫くような高音が空気を切り裂く。
「突入!」
突入して全方向を素早くクリアリング。安全を確保する。
「敵影なし、クリア」
小銃を脇に回してハンヴィーへ接近。フロントガラスは蜘蛛の巣のようにひび割れ、ところどころに血が付着している。運転席側の扉を開き、ハンドルに頭を預けるようにして気絶している二名の男性兵士の呼吸を確認した唯依は待機していた衛生班に指示を出し、別地点に待機しているブラックホークまで運ぶよう指示を出した。続いて後部座席にぐったりと横たわっている二人と一匹を確認した唯依は同様に衛生班を呼び、運ばせた。
「フィラデルフィアへ。パッケージ確保。繰り返す、パッケージを確保した」
『フィラデルフィア了解』
衛生班の護衛を行いつつ後退。担架を運び込び、隊員全員が乗り込んだことを確認した唯依はパイロットの肩を叩いた。
「パッケージの収容を完了。基地に帰還します」
「基地に帰るまでが作戦だ。最後まで気を抜かないように警戒を怠るな」
攻撃ヘリと輸送ヘリが飛び立ち、進路をクロスベル基地へ向ける。唯依は衛生班と共に乗り込んだブラックホークの兵員室の中で横たわる少年の頬に手を触れさせた。確かに感じる温もりが手遅れでないことを無言で告げ、唯依は霞む視界を袖で拭った。
「無事で良かった……」
空に浮かんでいた暗雲はいつの間にか消え去り、天に浮かぶ大きな月から放たれる月光が彼らを祝福するかのように優しく照らしていた。