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異世界の戦場  作者:
Phase.1
14/37

Act.12-1__Ghost town

旧リーンベルク王国

ホロータウン

2107年3月5日

日本国海兵隊強襲偵察隊

結城奏中尉




 アシッドライン村で起きた悲劇的な出来事が夢の中に現れ、結城奏中尉は悪夢にうなされながら目を覚ました。寝起きは最悪。レジスタンスと共に奴隷となった人々を解放したあの戦闘で敵味方合わせて多数の死傷者を出した。事後処理をしている最中、奏が目にしたのは死体の山。その誰もが死の恐怖に怯えた表情を浮かべたまま生涯を終えていたように見えた。



「くそっ……!」



 空に向かって無意識に伸ばしていた手が震えている。それが恐怖なのか悲しみなのか、はたまた悔しさなのかハッキリすることはなかった。奏はハンヴィーのルーフから降りるなり運転席のシートで熟睡しているアルト・レッドフィールド准尉を半ば八つ当たりのような勢いで叩き起こした。



「て、敵襲であります……ふわぁあああ」



 飛び起きたアルト准尉は叫びつつ自動拳銃の納められたレッグホルスターに手を伸ばすも、自身を起こしたのが奏であると解ると緊張が拡散したのか、大きなあくびを洩らした。その様子がこの上なく滑稽で、悪夢にうなされて苛々していた自分がどうしようもなくばかばかしく感じた。



「起きろ、朝だ」



 ハンヴィーから少し離れた位置から食欲をそそる香りが漂い、二人の鼻孔を刺激する。



「あっ、ユウキ中尉。おはようございます」


「おはよう。朝からご苦労様だ」


「おはよう、ルテナント」


「おはようございます、トラヴィス少佐」



 アシッドライン村を出発する直前、村の者たちがせめてもの礼と称して彼らのために分けてくれた食材を使い、アリス・レッドフィールド准尉は手慣れた手つきで朝食の用意をしていた。その傍らでは米海兵隊武装偵察隊に所属する、トラヴィス・フォールズ少佐が武器の手入れを入念に行っていた。



「おはよう、アリス」


「ああ……いたんだ、愚兄」


「ひどいっ!?」



 簡易椅子に座り、アリス准尉からカップに注がれた野菜とベーコンのスープとパンを受け取る。決して不味いというわけではないが戦闘食糧以外の、つまり人の手によって作られた料理をいただけるのはありがたい。



『いただきます』



 全員に行き渡ったところで食前の挨拶。スープを一口飲めば、温かさが全身に行き渡り眠気を覚ましていく。パンは柔らかく、香りも良い。



「それにしても誰もいませんね、ここ」



 静かな食卓に話題を提供しようとしたのか、アリス准尉は不意にそう呟いた。奏は辺りを見渡し、「確かに」と答えた。アシッドライン村を出発してから数時間が経ち、元々お世辞にも燃費が良いとは言えないハンヴィーの燃料が心許なくなってきた頃、燃料の補給が可能な場所を探していた奏たちはたまたま目に付いたこの街で夜が明けるのを待つことにした。到着したのが夜遅かったこともあり、昨日はハンヴィーで寝泊まりをした。


 だがしかし、朝になっても人一人、それどころか動物すら見かけない。このままでは燃料の補給どころか、現在地を知ることもできない。唯一判っているのは西に向かっているということだけ。



「どこか不気味だな……」



 朝食を終え、この日は人気のない不気味な街の探索をすることに決めた奏は、ハンヴィーにレッドフィールド兄妹を残して歩き始めた。街はそれなりに広く、全部を調べるとなると相当な時間が必要だろう。不気味なほどに静かなこの街に人の気配は感じられない。万が一会敵しても対処できるようなるべく見通しのいい大通りを進み、銃身を切り詰めたカービンタイプの17式小銃を左右に振り回す。



「ポイントAを通過。引き続きポイントBに向かう」


『了解』



 外が幾ら明るいとはいえ店の奥には光が入ってこない。小窓から侵入する僅かな光が不気味なそれを演出し、心臓の鼓動が加速する。



「クリア」



 17式小銃は被筒部にピカティニーレイルが完備されており、奏は暗闇で対応できるように搭載したタクティカルライトで目に付く場所全てを照らし、安全を確認していく。鼠一匹見逃すわけにはいかない。


 宿屋に一般家屋に教会など。目に入るもの全てを確認するも、やはり人一人いない。ポイントXに到達した頃には空は暗くなり、月明かりとオプションのタクティカルライトのみが頼りとなっていた。



「ここまで来て人一人、それどころか生きている生物がいないだと? 一体全体どうなっているんだ、この街は?」


『中尉。一度お戻りになっては? 暗視装置がない以上、それより先は危険だと思うのですが』


「アルト准尉の言うとおりだ。一度戻ろう、ルテナント」


「……了解。一時撤退する。ポイントDに到着したら再度連絡を送る」


『ラジャー』



 無線を切り、移動を開始しようとした、その時だった。ポイントY地点で何かが動いたのを奏は見逃さなかった。



「ポイントYにて生存者と思われる人影を確認した!」


「撤退を中止し、前進する。アルト准尉。いつでも動けるように準備しておけ」


『了解……ッ!』



 17式小銃の槓桿を少しだけ下げ、薬室内に銃弾が装填されているのを瞬時に確認するなり地を蹴って追跡を開始した。人影は薄暗い裏路地に向かった。約五百ルーメンもの照度を誇るタクティカルライトが裏路地を照らす。



「しかし妙だ。何故逃げる必要がある?」



 思わず、脳内の言葉が口から零れる。裏路地を左折し、さらに追跡。ポイントYから最終地点のポイントZに到達した。裏路地の終点の壁に張り付き、顔を僅かに覗かせて人影を追う。人影は直ぐに見つかり、走り去っていくその先を確認する。



「あれは教会か?」



 奏の背筋にぞくりと悪寒が這いずり回る。それが後方からだと気付いた奏は路地裏から大通りに飛び出した。トラヴィス少佐も何かを感じ取ったのか、瞬時に飛び退くとACOGの赤い光点を裏路地に向けて合わせた。



「危なっ!?」



 奏の目の前を鋭利な爪が通り過ぎた。切換レバーを単射位置に持ち上げ、指切り短連射。消炎制退器から火花が散り、6.8mm×43SPC弾が目の前の影を貫通した。銃弾をその身に受けたことによりノックバックが生じる。敵が仰け反った瞬間を見逃さず、奏は無線機に向かって叫んだ。



「現在、ポイントZで敵と交戦中! 至急援護を!」


『アイサー! 愚兄、ポイントZにハンヴィー出して!』



 タクティカルライトで襲いかかってきた影を照らし、奏はその容姿に思わず息を飲んだ。皮膚は爛れ、その瞳は白く濁り、身体は腐っているのか腐乱臭が酷い。影の正体は生ける屍、いわゆるゾンビと呼ばれる生物に他ならなかった。



「テンプレなら頭を撃ち抜けば!」



 17式小銃に搭載したACOGのさらに上、近距離に素早く対応できるように備わった無倍率のRMRサイトを利用して照準を重ねた奏は小説や映画から得たにわか知識に基づいて引き金を絞った。6.8mm弾がゾンビの頭部に吸い込まれる。脳漿と血漿が入り乱れた液体を周囲に撒き散らしながらゾンビは地に沈んだ。念のためにもう二発お見舞いしておく。



「予想通りだ」


『ポイントHを通過!』


「敵の正体はゾンビだ! 確実に頭部を撃ち抜けば殺れる。落ち着いて対処しろ!」


『ゾンビって……うぅー、ラジャーっ!』



 活動停止したゾンビをその場に放置してハンヴィーと合流するために移動を開始しようとする。が、しかし。大通りはアリの如く大勢のゾンビが徘徊しており、道を塞いでいる。



「だからと言って裏路地を使えばそれこそ終わりだな……」



 奏は覚悟を決めると、グレネードポーチに突っ込んでいたM67破片手榴弾を取り出すなり安全ピンを抜き、ゾンビの群れに向かって投擲した。放物線を描くように地面に落下した手榴弾は五秒フェーズで起爆し、周囲に金属の破片を爆風で送り届けた。



「航空支援が欲しいな、くそったれ」


『ポイントRで敵と接触、交戦中です! 援護に迎えません!』


「了解した。危険だと判断したら俺を置いて逃げられる場所まで逃げろ、いいな!?」


『しかし、それでは!』


「いいな!?」


『ら、ラジャー!』



 爆発から難を逃れたゾンビを確実に仕留め、次から次へと現れるゾンビを排除していくが数が多すぎる。



「ルテナント。こっちだ!」



 やはり仕留めても仕留めてもゾンビはアリのように湧いてくる。それも正確に奏を狙ってきている。トラヴィス少佐の元に駆け寄り、瞬間、奏の脳裏に一つの予想が掠めた。



「いや、まさかな……」



 これには何か理由があると踏んだ奏は小銃を脇に回すと足音に細心の注意を張りながら建物の中に足を踏み入れ、近くに転がっていた花瓶をゾンビの群れ近くに向かって投げつけた。花瓶が割れ、徘徊していたゾンビの視線が一点に向けられた。その先には花瓶。



「やはりそうだ。奴らは音に反応している」


『ポイントRからポイントVに到達。もう少しです!』


「了解!」



 ならば、と背嚢に手を伸ばした奏だが、肝心のサプレッサーをハンヴィーに置いてきたことに気づき、舌打ちをした。レッグパネルポーチに差し込んだ銃剣鞘から17式銃剣を抜刀。建物内に侵入してきたゾンビの後方に回り込み、銃剣を振り抜く。鋭利な刃は確実に延髄を切断。全ての電気信号を遮断し、その活動を停止させた。



『ポイントY、ポイントZ!』


「今行く!」



 ハンヴィーがM134ミニガンと共に轟音を引き連れてポイントZに到達。奏は建物から飛び出すとハンヴィーに群がろうとするゾンビの頭部に銃弾を撃ち込んでいく。その後ろをジークが追いかける。


 トラヴィス少佐とジークが乗り込んだのを確認し、奏はハンヴィーの後部座席に滑り込むように乗り込み、勢いよく扉を閉めた。窓から銃口を突き出して無差別に発砲する。



「よし、出せ!」


「了解ですっ!」



 アルト准尉がアクセルを踏み込めば、ハンヴィーに搭載されている6.2L水冷V型8気筒ディーゼルエンジンが唸り声を上げる。車窓から周囲を見渡せば一面がゾンビで埋め尽くされていた。ハンヴィーの進路上にも多数のゾンビの群れがいる。



「突っ込みます!」



 アルト准尉がそう宣言し、奏は銃座でミニガンを掃射しているアリス准尉のベルトを引っ張って強制的に車内に戻した。その数秒後、ハンヴィーのバンパーがゾンビの群れと接触。ボーリングのピンの如く、ゾンビが地に伏せていく。


 しかし、不意に車体が制御を失った。



「タイヤが血で滑っている!?」



 トラヴィス少佐がそう叫んだ。目の前には教会の扉が迫っていた。奏は反射的にアリス准尉とジークに覆い被さり、叫んだ。



「対衝撃態勢ッ!」



 ハンヴィーが教会の扉を突き破り、並べられていた椅子を薙ぎ倒していく。教会には幾つもの銅像が並べられており、ハンヴィーはそれらにぶつかりようやく停車した。



「しまっ……た……」



 頭を強く打ちつけた奏は亀裂の入ったフロントガラスの向こう側から押し寄せてくるゾンビの群れを睨みながら、その意識を手放した。









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