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異世界の戦場  作者:
Phase.1
13/37

Act.11__Flowing down the drop of Tears

スメラギ皇国

シェパード海兵隊基地

2107年3月4日

日本国海兵隊強襲偵察隊

榛名唯依少尉




 リアス大陸の最西端に位置するスメラギ皇国の首都ミナヅキ。その象徴とも言える黒鷺城の裏手に建設されたシェパード海兵隊基地の会議室にて、日米海兵隊の幹部と一部下士官を含む隊員が重苦しい雰囲気を漂わせている中、とある音声データが再生された。



『メーデー、メーデー! 二番機は攻撃を受けて制御を失った! メーデー、メーデー! 二番機は墜落する!』



 今から三日前、旧リーンベルク王国、現アタナシウス帝国領で特殊部隊による偵察任務が行われることが会議で決定した。作戦にはブラックホーク二機が投入され、作戦地域を目前に捉えた彼らは茂みの深い森に潜んでいた帝国軍の竜騎兵部隊に奇襲を受けた。この音声記録は竜騎兵の攻撃を受けて制御を失い、墜落炎上したブラックホーク二番機のパイロットによるSOS無線だ。テールローターをブレスによって破壊され、メインローターを竜騎兵の特攻攻撃によって破損したことによりブラックホーク二番機は墜落した。



「この音声データに基づくとブラックホーク二番機の乗員は死亡。生存者はゼロと思われる」



 音声データを止め、重苦しい雰囲気の中で淡々と結論を述べたのはステラ・アッシュフォード中佐だった。圧倒的不利な状況から命からがら脱出した偵察隊のメンバーからの事実確認を得た上での判断だった。



「待ってくださいステラ中佐! 全員の遺体すら確認していないのに死亡と判断するのは如何なものかと思います! 正式な救助班を派遣することを提案致します!」



 机を打ち抜く勢いで立ち上がり、場を揺るがす声量で異議を申し立てたのは榛名唯依少尉だ。行方不明、否、殉職と判断された結城奏中尉の指揮する強襲偵察隊第一偵察小隊に所属する唯依は、今にも飛びかかりそうな鋭い雰囲気を漂わせた。



「ルテナント・ハルナか。その提案は受諾できない」


「どうしてですか。何故ですか。理由は!?」



 刹那、怒濤の勢いでステラ中佐に詰め寄った唯依は肩を掴むなり激しく揺さぶり、瞳に涙を溜めたまま理由を問いつめた。その気迫に誰もが言葉を失い、そして呆然と立ち尽くす。動こうとする者がいれば、唯依は鋭い眼力でその者を制した。近づき難い状況だ。



「落ち着け、ルテナント・ハルナ!」



 肩を掴む力が増し、ステラ中佐は僅かに顔を歪ませた。落ち着くように声をかけるが逆効果。唯依の瞳から一筋の雫が零れ落ち、頬を伝う。



「もう嫌なんですよ! 誰かを失うのは。目の前で死ぬのを見るのは!」



 涙の雫を流し、やはり叫ぶ。意味深な言葉。今の状況をどうこうする余裕も、唯依を落ち着かせることもできない。ステラ中佐は痛む肩を無視し、半ば発狂気味の唯依に対して平手打ちを叩き込んだ。鞭を打つような鋭い音が鳴り、信じられないような表情を浮かべた唯依に対し、ステラ中佐は溜息を吐いた。



「一度、宿舎に戻って頭を冷やしてこい。話はそれからだ。サージェント・イチノセ。彼女を外に連れ出せ!」


「しかし!」


「これは命令だ!」


「……了解しました!」



 上官の命令には逆らえない。部屋の隅に待機していた第一偵察小隊の狙撃手である、一ノ瀬蘭二等軍曹は頬を押さえて膝を着く唯依の肩に手を添え、立ち上がらせると会議室から退室した。



「ルナちゃん」



 啜り泣く唯依の頭を胸に引き寄せ、そっと、優しく抱きしめた。年上として、姉のように、母のように。唯依が落ち着くまで、蘭は彼女の頭を優しく撫で続けた。



「どうしてっ……!」


「ルナちゃんの気持ちは解ります。今すぐ飛び出して助けにいきたい気持ちも解ります。でもダメなんです。ここは組織で、個人的な感情のために人員を割くわけにはいかないんですよ。それに帝国領は未だどうなっているのかも判りません。どうか、どうか今だけは耐えましょう」



 唯依自身、この会議に臨む前からこうなることは理解していた。ステラ中佐が提案を受諾しなかった理由も何もかも、全て予想していた。けれど心の奥底に眠った記憶が、その気持ちを忘れ去ろうとする。消し去ろうとする。



「ごめんなさい、蘭ちゃん。落ち着いた」


「それは良かった。とりあえず宿舎に戻りましょう」


「うん。了解」



 溜息を吐き、大きく深呼吸をする。幾分か気分が落ち着いた。宿舎に戻り、氷魔法を応用した冷蔵庫から冷えたミネラルウォーター入りのペットボトルを取り出す。



「少し、休みますか?」



 口では大丈夫と言ってもやはり心配なのだ。蘭は背後から唯依に腕を回すと耳元でそう囁いた。吹きかけられた吐息が耳を刺激し、甘い声が洩れる。慌てて口を押さえるが、それよりも早く唯依は背中に柔らかい衝撃を感じた。



「蘭、ちゃん……」



 押し倒された。そう気づくのに然程時間は掛からなかった。蘭は額に触れるだけのキスを落とし、唯依の頬に手を添える。呼吸も全て正常で異常は見当たらない。親指で涙の跡をなぞり、艶かしい舌を這わせる。瞳を閉じ、何の抵抗もせずに受け入れる。蘭自身、決して性的欲求を満たすためにやっているわけではない。人肌の温もりを感じさせることで少しでも安心させたいという、唯依を思いやる気持ちから来るものだ。



「んっ……!」



 声を抑えるために口を覆った手も解かれ、あろうことか頭上で固定されてしまった。恥じらった声に甘い声。そのどれもが蘭にとっては嬉しく、少しばかり危険な感情が高ぶってしまう。しかしあえて唇を避ける辺り、唯依のことを思っているのは確かだ。妙なところで気を利かせてくる。



「中尉は無事です。少尉なら判るでしょう?」


「うんっ……判るよ。それに奏のことを信じるって決めたんだ。どうせ、そのうちふらふらと帰ってくるよ」


「ええ、そうですね。隊長はしぶとく生きていますよ」



 頭を撫で、最後に再び唯依の額にキスをした蘭は満足げに頷き、いつもと変わらぬ悪戯な笑みを浮かべた。



「いやはや、全く。隊長も馬鹿な人ですね」


「奏が馬鹿? どうして?」


「えー、だってですよ。少尉みたいな美人で可愛い女の子と十八年も一緒なのに襲わないなんて馬鹿としか言いようがないでしょう。あっ、襲うってのはもちろん性的な意味でですよ!」


「お、襲うって、そんな……!」



 ときたま見せる頼れる大人の女性から、悪戯好きの子供のような性格に戻るまでの間が早すぎる。しかしそれよりも蘭の言葉に動揺を隠せていない唯依がいた。あまりそういった話題に免疫がないのだ。



「はぁー、相変わらず初心ですね。たまにはガツンとヤってあげないと中尉は襲ってくれませんよ!」


「だ、だから……その、奏は!」


「幼馴染だから違う?」


「そ、そう!」



 盛大な溜息を吐き出した蘭は呆れ顔で首を振るなり、人差し指を立てた。



「少尉は男心が解っていませんね。最近の男は草食系が多いんですよ。特に中尉みたいなの!」


「奏は草食系、なのかな?」


「あー、そう言われるとアレですね。中尉はただ単に興味がないだけなのかも。まさか男に…………じゃなくて! とりあえず少尉から猛烈なアタックを仕掛けないことには馬鹿中尉は動きませんよ!」



 蘭の決起迫る勢いにたじろぐ唯依。既にその顔は赤みを帯びており、脳内では様々な想像、否、妄想が繰り広げられていた。



「あっ……はぅ」



 遂には仰向けでベッドに倒れ込むという始末。枕を胸に抱き、ごろごろと転がる。



「わー、猫みたいですね」



 棒読み。つい数分前までのシリアスな雰囲気とは異なり、真逆のピンクい雰囲気が漂っていた。しかし結果オーライという言葉もある。ゆえに問題なし。



「そろそろ戻りますか?」


「うん」



 蘭に促され、唯依は反省の色を浮かべた顔のまま会議室に足を向けた。しかし到着するも人一人っ子いない。会議は既に終了していた。何か残っていないか、と視線を巡らせた蘭はステラ中佐が座っていた席に一枚のメモ用紙が置かれていることに気がついた。拾い上げ、朗読する。



「この手紙を読んでいるということは会議室に戻ってきたのだろう。だが残念、会議は終了した。ルテナント・ハルナ、先ほどは殴ってしまいすまなかったな。しかしああでもしなければ貴様は止まらなかっただろう。だが先ほどの貴様は愚行を犯そうとした。周りのことを考えず、個人的な感情で部隊を動かすよう私に言ったことだ。彼らが死んだということを信じたくない気持ちはあの場にいた全ての者が思っている。だがしかし割り切るしかないのだ」



 割り切ることが可能ならどれだけ楽なのだろう。唯依は誰かに語りかけるわけでもなく、一人呟いた。



「帝国領の情報も少ない今、我々にできることはたかが知れている。ゆえに我々は耐え忍び、来るべき時を待つしかない。だから今だけは耐えてくれ。必ず捜索チームを派遣する。どうか、その時は力を貸して欲しい。以上だ……」



 拳を強く握り締める。指の爪が喰い込み、僅かに痛みが奔る。しかしそれ以上に、唯依は自分自身の愚かさを嘆いた。悲しみ、怒りを感じているのは自分だけではない。海兵隊という一つの組織全体が感じているのだ。



「それなのに私は……」



 焦燥に駆られ、上官に盾をつき、剰え味方の命を危険に晒そうとした。未遂とはいえ、愚かなことをした。一時的な感情で動く。戦場では決して許されない行為だ。仮に此処が戦場だとすれば既に死んでいる。そして味方にまで危険が及んでいるだろう。



「きっと奏も同じように言うよね。まだまだ子供なのかな、私は……」


「自分自身を子供だと感じたのならば少尉はまだまだ成長できますよ。今はまだ子供だとしても、いつかはきっと大人になれます。肉体的にも、精神的にも」



 そして、と蘭は続ける。



「その道のりの途中で様々な体験をして、人はその度毎に何かを学びます。楽しいこと、辛いこと、他にもたくさんのことを学びます。時には挫折したりもします。でもそこで逃げてしまえば全て終わりです。それこそ積み上げた全てが破壊され、全てが無駄になります」



 蘭の瞳が、真っ直ぐに唯依の瞳を捉えた。



「そうならないために仲間がいます。家族がいます。友人がいます。恋人がいます。人間は生まれてから死ぬまでの何もかもを一人で過ごすことはできません。必ず誰かに助けられ、逆に助けることもあります。どんな困難な状況であってもそれは変わりません。少尉には自分やマリーンの隊員がいます。同じ部隊の仲間がいます。そして隊長、結城奏中尉もいます」



 だから。蘭はそう言って唯依を胸に引き寄せると言葉を繋いだ。



「少尉の楽しいことや辛いこと。笑いたい時、泣きたい時。それら全てを一緒に共有したいんです。頼って、頼られて。そうやって生きていきたいんです」



 気づけば、唯依の瞳からは雫が溢れ出していた。涙の雫。蘭の胸に顔を埋め、静かに嗚咽を洩らす。自分は馬鹿だと。愚かだと。けれど、そんな自分にも温かい仲間がいるのだと。



「ありがとう」



 たったの五文字の簡単で、一番の感謝の言葉。たったの五文字、されど五文字。言葉とは面白いものだ。



「どういたしまして」



 また一つ、少女は成長した。天頂から地上を照らす太陽は彼らを祝福し、空を駆け抜けるそよ風は新たな出来事の訪れを告げていた。









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