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異世界の戦場  作者:
Phase.1
12/37

Act.10-2__Operation Dainsleif

作戦開始時刻、1800時

Operation Dainsleif

オペレーション・ダーインスレイヴ




 作戦開始時刻に到達し、奏の腕時計からアラームが鳴り響いた。村の各地に展開しているレジスタンスに作戦開始の合図を出すべく、ダーインは通信用の魔石に声を吹き込んだ。



「ダーイン・ヘグニフォックから全部隊に告げる。オペレーション・ダーインスレイヴ、開始ッ!」



 暗闇の中で獲物を喰い破る牙を研いでいた彼らはその合図を心待ちにしていたかのように己を奮い立たせると武器を手に作戦を開始した。商人らが食事を採っている宿から炎が立ち上がり、地が震えた。物陰に潜んでいた奏も行動を開始した。17式小銃の槓桿を前後させ、消炎制退器を取り外して装着したQDサプレッサーに手を当てる。


 暗闇から顔を覗かせて通りを見渡せば宿屋に向かって駆ける兵士たちがいた。第一段階の陽動は成功だ。しかしそれでも帝国兵は一個中隊規模で展開しているため、通りには五名の敵兵が残っていた。



「距離が距離なだけ接近戦はこちらが不利だな。こっちで片付けたとしても気付かれるのがオチだ。ダーイン、俺とファザーで一人ずつ殺す。残りはそちらでいけるか?」


「二人は確実に仕留められますが一番奥の通信兵を仕留めるのは困難かと。申し訳ありません」



 いきなりの障害に苦虫を潰したような表情を浮かべる。幾つかの対応策を考えるも全てボツ。そんな奏にトラヴィス少佐は一つの提案を持ちかけた。



「レイ、奥の通信兵はアインに任せよう。この距離ならキルゾーンだ」


「了解」



 切換レバーを安全から単射に持ち上げ、アリス准尉らが潜む丘の方角を見据える。



「いけるか、アイン?」


『余裕です』


「合図は任せる」


『三秒ください』



 奏は耳元まで手を持ち上げると指を三本立て、一秒ごとに折り畳んでいく。そのハンドサインにトラヴィス少佐はM27 IARのグリップを強く握り締め、ダーインの部下は弓の弦に矢をつがえた。



『ばんっ!』



 無線機から可愛らしい擬音語が発せられ、同時に帝国通信兵の頭部が弾けた。奏は瞬時にゴーサインを出すと物陰から飛び出し、ACOGの赤い光点を帝国兵の頭部に合わせると迷うことなく引き金を引いた。


 QDサプレッサーによって銃声が削られた6.8mm×43SPC弾が銃口から放たれ、一直線に目標へ飛翔した。側頭部から侵入した銃弾は頭蓋骨を貫通すると脳に穴を穿ち、帝国兵に苦痛を味あわせることなく絶命させた。


 警戒していた兵士は息をしておらず、全員が確実にターゲットを仕留めていた。小銃を保持しながら素早く移動し、建物の陰に滑り込むと援護位置に着いた。



「ファザーは最後に。先にダーインを渡らせてください」


『レイ、九時の方向から敵兵。仕留めます』


「了解。頼んだ」



 ダーインが渡り終えた頃に九時の方向から帝国兵が姿を現した。周囲を警戒しているように見えたがそれもつかの間、アリス准尉のMk.11 Mod0から放たれた7.62×51mm弾が兵士を穿ち、頭部がスイカのように爆ぜた。



『クリア』



 ダーインの部下が無事に渡り終えたのを見届けるとトラヴィス少佐は周囲を警戒しながら前進し、中間あたりで路地から姿を現した帝国兵を冷静に射殺した。


 その後、アリス准尉の援護を受けながら前進を続けると大きな小屋を見つけた。小屋の中から苦しそうに喘ぐ声が聞こえることから捕まっている人々が中にいることは確実だった。



『それより先はバックアップが出来ませんのでご注意を。ですがそこに近付いていくエネミーはお任せください。確実に仕留めます。幸運を』



 小屋の入り口は荷物搬入用の大きな扉が一つと人が通る小さな扉が二つ。奏とトラヴィス少佐はそれぞれ小さな扉に張りつくと制圧用の音響閃光手榴弾を用意した。安全ピンを抜き、レバーを握り締める。



「ダーインは部下を率いて周辺警戒を頼む。ファザー、準備は?」


「いつでもいける」



 その声に合わせて勢いよく木製の扉を蹴破り、小屋の中にスタングレネードを転がし入れた。五秒を待って起爆し、小屋の扉から閃光が溢れ出た。



「接敵!」


「撃てッ!」



 小屋の中にいた帝国兵は十人。 その誰もがスタングレネードの効果によって錯乱していた。トラヴィス少佐はM27 IARを素早く突き出してACOGの赤い光点を帝国兵に重ね合わせると引き金を引いた。


 セレクターはセミオート。一人に二発、いわゆるダブルタップと呼ばれる射撃法で帝国兵に5.56×45mm弾を撃ち込んだ。小屋の中が静まり返り、捕まっている人々の啜り泣く声が妙に鼓膜を打ちつけた。床には合計二十発の空薬莢が無造作に散らばっており、進むたびにブーツに当たった空薬莢が風鈴のような音を鳴らした。


 捕まっている人々が収容されている檻は南京錠と鎖が何重にも巻かれており、人々には手枷と足枷が着けられていることから抜け出すことは不可能だろう。奏は17式小銃を脇に回し、レッグホルスターからSIG P226を抜き出すと南京錠に向けて発砲した。


 乾いた発砲音が響き、熱を持った空薬莢が重力に従って地面へと落下する。



「どういうことだ?」



 銃口から放たれた9×19mm弾は確実に南京錠を捉えた。しかし、南京錠は何ともなかったかのようにそこに存在し続けていた。



「離れろルテナント」



 トラヴィス少佐はそう言ってM27 IARを南京錠に向けると発砲した。サプレッサーに削り取られた銃声と共にトラヴィス少佐の右肩を軽い衝撃が叩く。



「どうなってんだ、おい」



 しかし結果は同じ。効果はなく、発砲した当人であるトラヴィス少佐は憎々しげに南京錠を睨みつけた。



「ダーイン、少しこっちに来てくれ!」


「お呼びでしょうか?」


「この南京錠の解除を頼みたい。俺たちでは何とも出来ない」


「かしこまりました。少しお時間を頂きます」



 南京錠の解除をダーインに引き継ぎ、二人は小屋の外で周辺警戒を開始した。少し離れた位置からは爆発音や金属音が絶え間なく聞こえてくることから戦闘の激しさが想像できる。



『こちらアイン、バックアップを再開します。現在周辺に敵影なし。裏路地等の警戒は怠らないでくださいね』


「レイ了解。何かあれば報告してくれ」


『ラジャー』



 つい数分前まで茜色に染まっていた空も今では暗闇に侵されつつある。戦いが長期戦になればなるほど互いに困ることになる。



『十二時方向から敵影多数!』


「コンタクト! 迎撃用意!」



 小銃を突き出すように構え、向かってくる帝国兵に向かって発砲する。真鍮製の空薬莢が排莢口から吐き出され、弧を描きながら宙を舞った。切換レバーを単射から連射位置まで移動させて射撃を再開。数秒後には弾倉内の弾が空になり、ボルトが後退した状態で静止した。



「トランジション!」



 小銃から手を離し、レッグホルスターからSIG P226を抜き出して二発ずつ発砲。近付いてくる帝国兵の頭部を確実に撃ち抜いていく。次々とやってくる帝国兵に手榴弾を投擲し、近くの建物裏に移動するなり弾倉を取り替えた。



「リロード!」



 その宣言と共に入れ替わるようにトラヴィス少佐が離脱。しかし手土産に破片手榴弾を投擲していたらしく、帝国兵の中心で爆発した。



「地獄絵図だな……」


『オールクリア。ひどい景色ですね……』



 機械的な行動を続けていたせいで目の前に詰まれた帝国兵の死体に無関心だった奏は、鼻を突く血の匂いに思わず鼻を覆った。丘の上からもこの惨劇が確認出来るらしく、アリス准尉の沈んだ声が無線機越しでも判った。



「終わりましたよ、レイさん……こ、これは、予想していたよりも地獄絵図ですね……」



 南京錠の解除を完了したダーインが捕まった人々を引き連れてくると、路上の惨劇に反射的に目を瞑った。



「ご苦労様。早速だが時間がない。素早く移動するぞ。アインは引き続き索敵とバックアップを頼む」


『はいっ!』



 奏は労いの言葉をかけると次の指示を出した。トラヴィス少佐を先頭に任せて酒場まで先導させ、奏は殿で後方から敵が向かってこないように警戒を続けた。



『酒場まで敵影なし。駆け抜けてください!』


「捕まっていた方々の体力を考えるとそれは無理だ。すまないがこのままで頼む」


『あっ、そうでしたね。了解』



 しかしアリス准尉が報告してきたことは正確で酒場まで敵に遭遇することはなかった。捕まっていた人々はダーインの酒場の地下に匿い、周辺に精鋭数名を護衛として配置し た。



第二段階セカンドフェーズ クリア。第三段階サードフェーズに移行する」



 酒場から南に進み、当初の予定に従ってイクスたちの援護へと向かう。小銃に装着していた消耗品のサプレッサーを取り外してダンプポーチに収納した。遠くから轟く爆音はその勢いを低下させ、戦いが確実に収束に向かっていることを想像させた。



「こちらもこちらで酷い有り様だな……」


「目を逸らすなよ。これが戦場だ。人の死だ」


「了解」



 震える手を無理矢理抑え込んで小銃の銃把を強く握り締めると大きく深呼吸をして緊張感を解す。



「よし。ここからが正念場だ。いくぞ!」


「了解!」



 建物の陰から飛び出そうと足を一歩踏み出した、その時だった。二人の目の前を大きな影が通り過ぎた。


 反射的にその影の行方を目で追いかけ、二人は言葉を失った。その瞳に捉えたのはまさに今から援護に向かおうとしていたイクスに他ならなかった。その身体はまるで業火に放り投げられて火炙りにされたかのように皮膚は爛れ、身体の一部は所々が炭化していた。



「一時撤退だ。走れ!」



 あまりの衝撃に呆然と立ち尽くす。しかしそんな奏の頭の中でけたたましい警鐘が鳴り響く。しかし身体は動かない。見かねたトラヴィス少佐に腕を掴まれ、引きずられるようにして走り出す。だがその時、奏の背筋を冷たい何かが駆け抜けた。



「見ィーつけたァーッ!」


「くそったれぇッ!」



 嫌に低く、獲物を狩る狩人のような。否、殺戮を楽しむ狂人のような低く、耳に粘っこく残る声が奏の耳を侵す。振り向けば死ぬ。そんな言葉が脳裏を掠める。ただひたすら恐怖から逃れようと片手で保持した小銃を後方に向けて乱射するが、走り、なおかつ満足に照準せずに放った弾丸がまともに当たるはずもなく、民家の壁に無数の穴を穿つだけだった。



「振り返るな。走り続けろルテナント!」



 小銃の弾を撃ち尽くし、レッグホルスターから抜いた拳銃を乱射する。そんな奏にトラヴィス少佐は無駄なことをせずただ走り続けるように指示を出した。身を守る道具も今ではただの重荷でしかない。腕や足に襲いかかる負荷を忘れるほどに裏路地を疾駆した。



『こちらアイン。レイとファザーの後方に敵性を確認。援護を開始します!』



 路地から大通りへ飛び出し、丘からの射線上に敵を誘き出す。それが幸を成したのか、インカムから響く天使の旋律。一瞬。丘の上で発砲炎マズルフラッシュが散らつき、頭上を駆け抜ける7.62mm弾の風を切る音が妙に鮮明に聞こえた。



「があッ!? 痛えなァー、何だよオイぃっ!」


『銃弾を身体に受けて怯むだけってどういうことなのよ!?』



 アリス准尉の金切り声に酷似した悲鳴が現状の危険さを伝える。手元に残る武器は17式小銃と17式多目的銃剣。9mm拳銃。破片、音響閃光手榴弾のみ。対人としては強力でも、現状では決して強力とは言い難い装備である。


 建物の間をすり抜けながら全力疾走。身体から酸素が枯渇していき、空気中から補給しようと喘ぐ。アリス准尉の狙撃によって多少の距離が稼げたことに安堵するもつかの間、辺りから爆音が轟いた。



「レイ。君はハンヴィーまで後退しろ」


「ファザーは?」


「囮になる。ハンヴィーにバレットが積んである。あれを使ってアイツを仕留めろ!」


「でしたら俺が囮に!」



 囮。下手をすれば死ぬ危険性が非常に高いその行為を上官にさせるわけにはいかない。ゆえに奏は自らが囮になると名乗り出た。トラヴィス少佐はこれから先も必要な人物だ。



「……これは命令だ! ゴー、レイ!」


「……了解っ!」



 しかしトラヴィス少佐はそれを許可しなかった。何故。再度申告しようと口を開いた奏をトラヴィス少佐は眼力で制した。瞳に映るのは信頼。真っ直ぐな瞳で奏を捉えている。


 これ以上言っても無駄な事は一目瞭然だった。ならば信頼に応えてみせようと奏は敬礼し、地を蹴った。周囲を警戒しつつ向かった先はアイリスの森。舗装された街道を走り、とある目印を見つけると勢いよく左方向にダイブ、一瞬の浮遊感。


 ダイブした先にはもふもふした柔らかい毛並みを持つ大きな動物が静かに佇んでいた。奏はその背中に着地するとそのまま前転した。すると大きな動物、シンフォリアウルフは足場の悪い森の中を全力で駆け始めた。


 人々からシンフォリアウルフと呼ばれるこの狼はアイリスの森の守り神、叉は土地神と呼ばれており、その体長は約十メートルと信じられないほどの大きさだ。


 初めて出逢ったのはハンヴィーであの街道を走っていた時だ。ジークの遠吠えを聞いて駆けつけ、森の奥から忽然と姿を現し、ハンヴィーを森の深奥部に導いてくれた狼、それがこのシンフォリアウルフだった。



「再装填……完、了っ!」



 空になった弾倉をダンプポーチに仕舞い、新しい弾倉をプレートキャリアに固定した弾納から引き抜くと挿入、マグキャッチ上に備わったアンビタイプのボルトリリースを手のひらで叩き、後退したボルトを前進させた。



【ガルッ!】


「ありがとう。少しだけ待っていてくれ」



 シンフォリアウルフが姿勢を低くすると奏は一気に飛び降りた。隠していたハンヴィーの後部ドアを開けると、鍵のかかったガンケースが収まっているのが確認できた。ガンケースの横に掛けられた鍵を取ると錠を解除し、ケースを開く。


 中に入っている武器の中から12.7×99mm弾という巨大な弾を使用する対物狙撃銃アンチ・マテリアル・ライフルと呼ばれるバレットM82A3を取り出すと、幾つかの弾倉を一緒に引き抜いた。しゃがんでいるシンフォリアウルフの背中に再度乗り込むと丘の上に向かった。



「よし、ここで降ろしてくれ。ありがとう」


【ガルッ!】



 丘の一歩手前で降りると、奏はしゃがんでいるシンフォリアウルフの鼻先を軽く撫でた。目を細め、満足そうな表情を浮かべたシンフォリアウルフは森の奥へと帰っていった。


 丘はアシッドライン村の全体が見晴らせる程の位置に存在している。しばらく進み、アリス准尉とジーク、スポッター役のアルト准尉とサポート役のフィーナの後ろ姿を捉えた奏は忍んで近付くとその横で伏せ撃ちの姿勢をとった。



「アイン、敵の様子はどうだ?」


「ゆ、ユウキ……レイ、どうしてここに!?」



 音もなく突然現れた奏に思わずコードネームではなく本名で答えそうになったアリス准尉だったが、奏の鋭い目つきによってそれは静止を余儀なくされた。



「ファザーの指示でハンヴィーまで後退してコイツを持ってきたわけだ」


「ファザーの命令ですか。ではファザーは?」



 淡々と状況を説明し、背中に背負っていたM82A3の二脚バイポッドを立てる。12.7mm弾が十発装填された大きな弾倉を挿入し、槓桿を前後させて初弾を薬室に送り込んだ。



「村で囮になっている。アイツを誘き出す囮にな」



 ただ静かにそう言い放つ。アリス准尉の顔が戦慄に崩れていく。



「えっ、囮……ですか?」



 頬が引きつり、信じられないようなことを見聞きしているような、そんな状態のアリス准尉に奏は視線を合わせる。



「そうだ。アインも見ていたから解るだろう。あいつには俺たちの装備は効かない」


「ファザーを見捨てる気ですか!?」



 信じられない、そう言わんばかりにアリス准尉は奏の襟元に掴みかかった。海兵隊が仲間を囮に、悪い言い方をすれば見捨てることなどあってはならない。


 奏はそれに対して何を言うわけでもなく、ただ自身の襟元を掴んで離さないアリスの手を両手で包むと、その瞳を見つめた。



「今できる最善の方法を考え、そして導き出された結果がこれだ。納得が出来ないのも、味方を囮にして危険に晒すのを黙っていられない気持ちは俺にも痛いほど解る。だが、これはファザーが選択したことだ」



 襟元を掴む力が緩んでいく。海兵として、今何をすべきか理解したのだろう。



「ファザーが助かり、なおかつハッピーエンドを迎えられるかどうかはアイン、お前の腕にかかっている。どうか、今だけは俺を信じてくれ」


「イエッサー!」



 トラヴィス少佐を見捨てる気など一ミリもない。今できることは一分一秒でも早く敵を仕留め、トラヴィス少佐を助けることだ。信じてくれた人を裏切る。そんなことはしたくないし、あってはならないことだ。



「十時方向。距離、五百メートル。風は殆どなし。コリオリを考慮して若干の余裕を」


「了解」


「スポット!」



 アルト准尉の声に従って対象を探し出し、レティクルの中心に捉える。そして露わになる敵の姿。見た目は三十代後半から四十代前半。しかしその体格は三十代とは思えないほど筋骨隆々である。手には斧と槍が合わさった、いわゆるハルバートと呼ばれる武器が握られている。


 そして何よりの特徴。それは顔の左半分から肩へと広がっている火傷の痕。皮膚が再生していないことから火傷の症状の酷さが窺える。



「レイからファザーへ。狙撃ポイントに到着。いつでもいけます」


『ファザー了解。大通りへ誘い出す。敵の位置を教えてくれ』



 アリス准尉とアルト准尉に現状維持を指示。奏はスコープを東に移してトラヴィス少佐を捉えると敵までのおおよその距離を測り、伝えた。



「ファザーから西に百メートル前後です。酒場は避けて下さいね」


『了解』



 両手で頬を軽く叩いて気合いを注入。その手に握る対物狙撃銃の銃把を強く握り直すと観測を開始した。確実に先手を打つために安易な行動はとれない。確実に、一発で仕留める。



「レイ、敵が移動を開始しました。移動方向はファザーの位置ではないかと思われます」



 しかし敵に急な動きがあったのか、アリス准尉は少し慌てたような声色でそう告げると、奏の肩を二回叩いた。



「一応距離は離れているはずなんだがな。どういうことだ? フィーナ、説明出来るか?」



 頭に疑問符を浮かべるが幾ら考えても結論にたどり着かない。そこで奏はアルト准尉のサポート役として同行させていたフィーナに協力を仰いだ。



「危うく空気になるかと思ったわ……っと、今はそんなことどうでもいいわね。そうね。あれは恐らく熱感知系のトラップだと思うわ。おおざっぱに説明すると、あの村一帯を微量の魔力で覆い、移動した際に変化する熱量などを感知するというわけ。ともあれ結構な実力者よ、あいつは。名前は忘れたけど」


「ふむ、ますます混乱しそうな話だな。対処法はなさそうだな……」


「そんなことはないのだけれど貴方たちには無理だわ。だって魔力が全くと言っていいほど感じられないのよ」



 何やら意味深なことを呟くフィーナ。しかし現状を打開する策にならないことを悟った奏はそれ以上深く詮索はしなかった。



「そうなると必然的にあいつを狩り尽くすしか方法はないわけだな。レイからファザーへ。現在の進路上に敵がいます。右から迂回してください」


『ラジャー』



 トラヴィス少佐へ報告して進路を変更させる。しかし、その瞬間。爆音が耳を貫いた。



『小賢しい真似は終わりにしようぜェッ! さっさと殺し合おうかァーッ!』


『ハッ、イかれてるなァっ!』



 トラヴィス少佐の驚き半分と呆れ半分の悲鳴。乾いた発砲音が空に響き渡ったのは同時だった。立て続けに倒壊する、否、崩壊炎上していく建物。その中から飛び出したソレは、背筋が凍りつくかと錯覚させるような視線をトラヴィス少佐へ向けると不気味な笑みを浮かべた。



『さあ、この炎で燃やし尽くされる準備は出来たかァ?『


『これが巷で噂の中二病というやつか?』


『チューニビョウ? 何だそりゃァ?』


『答える義務はない!』



 そう言うや否や、トラヴィス少佐はセレクターをフルオートに導くと間髪入れずにトリガーを引いて発砲した。右手と右肩で保持した状態のまま、ベストから破片手榴弾を外すと投擲。5.56mm弾を全身に浴びて怯んでいる敵に背を向けると後退し、建物の陰に滑り込んだ。


 五秒の間を置いて信管が起動し、炸裂。爆風と共に金属片が周囲に飛び散った。



『Ha-ha! Fuck you, son of a bitch!』


「まだです、ファザー! 敵はそんな簡単にくたばるタマじゃない!」



 奏に叱責され、罰が悪そうな表情を浮かべると当初の目的通り大通りに向かって疾駆した。



「コンタクト!」


射撃準備完了レディ・トゥ・ファイア!」


「ロックンロール!」



 大通りに姿を現したトラヴィス少佐を視認し、その合図と同時に奏の隣で伏せていたアリスが発砲した。オートマチックライフル特有のラピッドファイアが機能し、トラヴィス少佐の後方を追いかける敵に次々と命中させていく。



「フィーナ、俺に指示をくれ」


「了解。風向きは東から微力。貴方の持っている物であれば修正は必要ないと思うわ」


「感謝する」



 意識を切り替え、機械のように冷徹へ。情けも躊躇もなく、ただ狩人が獲物を狩るように。スコープを覗き込む。息を吸い、吐き出す。吐き切り、照準が定まった一瞬を見逃さず引き金に力を込める。



「ちっ……」



 奏の肩を強力な衝撃が蹴った。小銃よりも遥かに強い衝撃に照準が僅かにブレ、弾丸は敵後方の壁に穴を穿つだけだった。衝撃を考慮し、再度修正を加えると発砲した。鼓動が加速し、全てがスローモーションになったような錯覚に陥る。


 撃針が銃弾後部の雷管を叩きつけ、火薬が炸裂。バレル内に彫られたライフリングによって螺旋回転が加えられ一気に加速。銃口から解き放たれた12.7mm弾は五百メートルの長距離をあっという間に詰め、敵の右肩に着弾した。


 刹那、敵の右肩から先が弾けた。まるで巨大生物に喰い千切られたかのように、ごっそりと。噴き出した鮮血が赤い血だまりを作る。



「あぁん? はあ……んな……何だこりゃ……ああああああ……っ!?」



 突然の出来事に状況が理解できていなかった敵だが、数秒して自身の右肩から先が消滅している事を認識すると、その場で蹲って苦痛の叫び声をあげた。トラヴィス少佐はその隙を見逃さず、スタングレネードを投擲。視界と聴力を奪った。


 勝った。その場に居合わせた誰もがそう確信した、その時だった。



『いいねェーッ! 最ッ高、だぜェッ! もっとだ、もっと! もっと殺し合おうぜェーッ!』



 戦意を喪失したかと思われていた敵は突然空に向かって吼えた。殺し合おう、と。その瞳に写るものは狂気。



「いつの時代にも、どこの世界にも狂気に侵された人間がいるんだな……」



 舌打ちを一つし、猛禽類を連想させるような鋭い眼で敵を睨みつける。



「リロード完了。援護を再開します!」



 マグポーチから新しい弾倉を取り出して装填を終えたアリスが援護射撃を再開しようとした、次の瞬間。



『熱ッ!?』



 突如敵を中心として紅蓮の炎が噴き出し、それは周囲に炎の壁として変化した。



「……ねえ、レイ。思い出したわ、アイツのこと。アタナシウス帝国最強の炎の使い手であり、『憤怒の狂帝』の異名を持つ、あいつは──ファルーガ・マグナ……!」



 後ろで顎に手を添えていたフィーナがそう言うも、今現在起きている全ての出来事は完全に予測範囲外。奏の脳裏にけたたましい警鐘が鳴り響く。



「撤退しろファザー! アイリスの森に逃げ込め、援護する!」


『こいつはマズイッ!』



 息を三割まで吐き出し、スコープのレティクルに薄っすらと見えているファルーガ・マグナを捉えると引き金を引いた凄まじい勢いで撃ち放たれた銃弾は宙を切り裂き、目標を撃ち抜く軌道に乗った。


 着弾。ファルーガの頭部が仰け反り、全てが終了した。



「嘘だろっ!?」



 刹那、奏は驚愕に目を見開いた。M82A3から放たれた12.7mm弾はファルーガの頭部に着弾したはずだ。



「アイツは何故立っている? 何故生きている?」



 奏の頬にいやな汗が流れる。引き金に添えた指の腹を連続で引き、連射。肩を蹴りつける反動は感じなかった。弾倉内の計十発を撃ち、槓桿が後退した状態で静止した。空の弾倉を取り外して新しい弾倉を挿入。後退した槓桿を引いて初弾を装填した。



「何か対応策はないの、フィーナさん!?」


「えっ、ああ……水魔法、又は氷魔法。それらの属性を持っている人が大勢いないと無理だわ……」


「そんなっ!? そんなのあんまりじゃないですか!」



 絶望。希望なんて存在しなかった。その場にいる全員が痛感し、諦めかけた。その時だった。



【ガルルルッ、ガウッ!】



 一つの咆哮が静寂の空に響き渡った。後退し、勢いよく地を蹴り抜き加速。ある程度の速度が出た瞬間、それは丘を飛び出して漆黒の空を駆けた。



「ジーク!?」


「ジークちゃん!?」


「え……っ!?」



 奏がジークと名付けた白銀の毛並みを持つ狼は重力に従ってアイリスの森へ落下していく。



【ガルゥッ!】


【グルゥ、ガアッ!】



 ジークが吼え、その声に応えるかのようにアイリスの森から一匹の大きな翼を持つ生物が姿を現した。そしてそれは自身の背中にジークを乗せると飛翔した。



「アレは……ドラゴンっ!?」


「あんな生き物いませんでしたよね!?」


「嘘……どうしてこんな所にスノウドラゴンがいるの!? 雪原地帯ならまだしも、ここは温暖気候で住処とは環境が違いすぎるわ!」



 ジークの毛並みの色と似た白銀の鱗を全身に纏い、全てを見透かすような蒼い瞳を持つそれの名はスノウドラゴン。主に雪原地帯などの寒冷地にのみ生息すると言われている、水や氷などを操るドラゴンだ。



【グルルルルゥ!】



 スノウドラゴンの強靭な顎が開かれ、その口内が露わになる。次第に周囲から白い霧のようなものが集い、そして放たれるブレス。



【ガウッ!】



 ジークが短く吼えるとスノウドラゴンの背中から跳躍し、あろうことかブレスに突っ込んだ。すると先程とは比べものにならないほどの霧が辺りに出現し、次の瞬間。それは結晶となって拡散した。結晶が地上に降り注ぎ、視界が回復する間もなく中央から何かが飛び出した。



【ワォオオオオオオンッ!】


『何かでっかいのきたじゃねぇかァーッ!』



 結晶の霧から飛び出したそれは一直線に駆け抜け、進路上にいるファルーガの前へと進み寄ると大音量で咆哮を轟かせ、天地を震わせた。



「ジーク、なのか……?」


「おっきくなっちゃいましたよ!」



 白銀の毛並みに紅の瞳。姿形に多少の違いはあれど、それがあの白銀の狼──ジークであると気付くのに時間はそれほどかからなかった。



「フェンリルぅ……あうっ……」



 一方でフィーナはそう言い残すと、ばったりと気を失った。



【グルルルルゥ!】



 ギロリッ、と。ジークの深紅の瞳がファルーガを捉えた。白銀の毛からは凄まじい冷気が溢れ、ある一定範囲の温度を一気に氷点下へ下げた。



『へ、へーい、大きな犬ッコロ。仲良くしようぜ、なッ?『


【ワォオオオオオオンッ!】



 ファルーガが全身の毛穴から大量の冷や汗を流し、寒さや恐怖からその唇は青ざめ、生き延びようとジークを説得するも上手くいかず、極めつけには周囲に展開していた炎が凍りつくという始末。ファルーガの命の灯火が消えるカウントダウンが刻々と近づいていく。


 ジークが喉を鳴らせば周囲の空間が幾つかに裂け、そこから細い鎖が現れ、ファルーガを拘束した。



「チェックメイト。終わりだ、ファルーガ・マグナ……」


「ばんっ!」


【グルルゥ、ガウッ!】



 形勢は完全に逆転。これが多くの罪無き人々を殺した代償だ。犠牲となった全ての者へのせめてもの手向けとなるように祈った。



「状況、終了……!」



 奏はダーインから受け取った魔石にそう宣言し、全てが終わったことを全隊に告げた。歓喜の声など聞こえるはずもなく、ただ静かに時間だけが過ぎ去っていった。



「アイン、ツヴァイ。ハンヴィーまで移動する。ファザーと合流しよう。戦いは、終わったんだ」


「……はい!」


「了解!」



 気絶したフィーナを背負い、両手にバレット対物狙撃銃を持ったままハンヴィーまで移動した奏は荷物を下ろすと特大の溜息を吐き出した。先程までの出来事は生と死の狭間を彷徨っているような感覚であり、生きている心地がしなかった。



「全員無事か!」



 だがしかし、今は違う。前方から聞こえてくるその声に、奏は小さく笑みを零す。アリス准尉とアルト准尉は勢いよく走り出し、声の主である、トラヴィス・フォールズ少佐の元へ向かった。



「トラヴィス少佐!」


「ご無事で何よりです!」


「よく働いてくれた。お陰様で生き延びことができた」



 三人の感動的なシーンに遭遇している奏は、いつの間にか小さくなって戻ってきていたジークを膝の上に乗せて運転席に乗り込むとポツリと呟いた。



「これで良かったんだよな?」


【ガウッ?】


「気にするな。独り言だ」



 何かを失い、何かを得た戦い。天頂に浮かぶ満月が地上を、死地を駆け抜けた彼らを照らし、一時の休息を齎す。










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