Act.10-1__The encounter with the Resistance
旧リーンベルク王国
アシッドライン村
2107年3月3日
日本国海兵隊強襲偵察隊
結城奏中尉
旧リーンベルク王国、現アタナシウス帝国領アシッドライン村。アタナシウス帝国に占領される以前、スメラギ皇国に向かう業者やその逆の業者が休憩するための宿場町が栄えていたアシッドライン村も、帝国の占領下となった今では当時の活気は消え失せ、どんよりとした暗い雰囲気が漂っていた。
その村の一角に存在する見た目からして怪しい一軒の宿屋があった。外装はぼろく、お世辞にも綺麗とは言えなかった。そんな見かけのせいか客は一人もいなかった。そんな人気のない不気味な宿に新品であろう黒い外套のフードを深く被った二人組が周囲を警戒しながら割り当てられた部屋へと潜り込んだ。
「アルト、アリス。村の人々から情報は入手できたか?」
廊下に人影がいないことを確認した結城奏中尉は情報収集の任務を終えたアルト・レッドフィールド准尉とその妹のアリス・レッドフィールド准尉の両名に収穫有無を尋ねた。アリス准尉が手を挙げ、報告を始める。
「ではまず私から。村人に声をかけたところ幾つかの情報が手に入りました。まず始めにここは旧リーンベルク王国、現アタナシウス帝国領アシッドライン村です」
「ふむ、続けろ」
「先の戦争で多くの民は西のスメラギ国に避難し、帝国との国境付近に住んでいた民は虐殺、もしくは奴隷となったそうです。そしてその奴隷を扱う商人、いわゆる奴隷商人の一行が今日この村に泊まるそうです」
奴隷。その単語を聞いた奏とトラヴィス少佐の耳がぴくりと跳ねる。世界中を捜したとしても奴隷というものに肯定的な意見を持つ者は少ないだろう。賃金を払い雇う奴隷ならまだしも、戦争の後の奴隷はそれとは異なるだろう。
「次は自分が報告します。酒場に集まっていた村人の話を聞いたところ、その奴隷を解放すべく組織された反帝国勢力、いわゆるレジスタンスがこの村に潜んでいるそうです。決行は今日の夜、そう話していました」
「レジスタンスか、興味深いな。報告ありがとう。ゆっくり休んでくれ」
『はっ!』
奏はその場から立ち上がり、必要最低限の装備をまとめると徒歩で酒場に向かった。その目的はレジスタンスについて詳しい情報を集めるためだ。
宿を出てからしばらく歩いた場所に建っているのはアシッドライン村唯一の酒場『ドウェルグ』だ。帝国領になる以前は栄えていたであろう酒場も現在では人影は全くと言っていいほど見当たらない。
奏は酒場の扉を潜るとカウンターに向かい、マスターと思われる初老の男性にミルクを頼んだ。初老の男性は軽く微笑むとカウンターの奥へと消え、コップに入ったミルクを一杯持ってきた。
「お待たせ致しました」
礼を述べてそれを受け取ると、初老の男性は少しだけ驚いたような表情を浮かべた。奏は初老の男性の挙動を気にすることなくミルクを口に含み、渇いた喉を潤した。ミルクは程よく冷えており、口に含んだ途端に甘い香りが広がっていく。ミルク特有の臭みもなく、非常に飲みやすくなっていた。
「美味い。マスター、お代わりをもらえるか?」
「かしこまりました。このミルクはアシッドライン村の特産品なので気に入っていただけたようで何よりです」
お代わりのミルクを受け取った奏はそれを一気に飲み干すと咳払いを入れて気持ちを切り替えるとコップを拭いている初老の男性に尋ねた。
「マスター、やはりこの村に女性が少ないのは帝国軍のせいか?」
周りの客の耳に入るようにわざと声量を大きくする。初老の男性の表情がほんの僅かだが歪んだ。さらに後方で椅子の擦れる音が複数。意識を集中させて気配を探る。足音の数と微かに聞こえる金属音から察するに軽武装した人間が三人。
「後ろのお前たちがレジスタンスか?」
「死ね、帝国の狗めッ!」
質問に対する答えは奏が求めたものではなかった。怒りを孕んだ怒声が店内に反響し、鋭利なナイフを鞘から抜き放った際に生じる独特な音が奏に危機を伝えた。咄嗟にカウンターから飛び退いた奏は懐から17式多目的銃剣を抜刀すると茶色のフードを深く被った人間と対峙した。
「はあッ!」
床が軋む音。再び店内を貫く怒声。振り下ろされたナイフを器用に受け流した奏は隙だらけの足を掬いあげると襟元を掴んだまま床に叩きつけた。フードが捲れ、二十代半ばであろう短髪の男が顔を露わにした。
「ぐあッ!?」
仰向けに倒れた男を無理矢理に立ち上がらせ、その首筋に銃剣を添える。鋭い目つきで男の仲間を牽制した奏は、銃剣を懐に戻して敵意のないことを主張した。
「俺はお前たちに聞きたいことがあるだけだ。敵意はない」
しかし彼らが警戒を緩めることはなかった。溜息を吐いた奏は致し方ない、と男を解放した。床の歪みに足を捕まえられた男が前のめりに倒れ込む。
「さて、もう一度問おう。お前たちがレジスタンスか?」
今度は威圧的な視線を向けずに問う。すると突然、間に割り込んできた初老の男性が奏に向かって頭を下げた。
「申し訳御座いません、お客様。何卒御容赦を。殺すのであればせめてこの老いぼれのみを殺してくださいませ」
「……俺は誰も殺すつもりはないし、かといって殺されるつもりもない。それ以前に俺は帝国の兵士でもなければ帝国の使いでもない。ただの一般人だ。勝手に勘違いしないでくれ」
やれやれ、と呆れたポーズをした奏はカウンターの椅子に腰を下ろした。
「それで、質問の答えは?」
「……確かに、我々はレジスタンスの一部で御座います。そしてお客様が仰られたことについても全て当たっております」
初老の男性は弱々しく頷くと年期の入った顔を悔しそうに歪めた。
「ふむ、そうか。それで決行は今夜と聞いたのだが間違いはないか?」
「ええ、確かに決行は今日です。しかしどうしてそのようなことをお聞きになるのです? もしやお客様の知人もお捕まりに?」
世間一般の普通の人間が進んで奴隷商人討伐に喰いつくのは異常である。そのことに疑問を抱いた初老の男性は奏が自身らと同じ境遇なのかと尋ねる。
「いや、そういうわけではない。しかし国民を守る立場にいる以上、奴隷というものを見過ごすわけにはいかない。その作戦には我々も参加させてもらう。俺の名前はレイだ。よろしく頼む」
「そう、ですか。国民を守る立場にいる人物が加わってくれるのなら心強いものです。ダーイン、ダーイン・ヘグニフォックと申します」
初老の男性──ダーイン・ヘグニフォックは思い詰めた苦々しい表情を幾分か安心されると手を差しだして握手を求めた。握手に応じた奏はフード三人組に視線を移す。
「そこのフード三人組。名前は?」
懐からこの世界の通貨の一つである銅貨を取り出すとテーブルに置いた。
「イクス・トートベルだ。さっきは悪かったな……」
頭をがりがりとかきむしったイクス・トートベルは非礼を詫びると同時にバツが悪そうにそっぽを向いた。
「フィーナ・リンクスよ。よろしくね」
茶色のコートの下をちらつく銀の胸当て。西洋剣よりも細いレイピアと呼ばれる剣を腰に携えたフィーナ・リンクスがフードを脱げば、色素の薄い茶色の髪がふわりと宙を踊った。年齢は二十歳前後だろうか。若く見える。
「ハイド・テトラドールだ。先程は無礼を働いてすまなかった」
最後の一人、コートの上からでも判る筋骨隆々な肉体を有するハイド・テトラドールは、渋めのテノールヴォイスでそう言うと奏に握手を求めた。ごつごつとした手からは幾度の戦いを潜り抜けてきたということが自然と伝わってきた。スキンヘッドには幾つもの斬撃痕が残っている。そしてレジスタンスの三人組の中では一番年上のように見える。
「今から二時間後。この森の街道を奴隷商人及びその護衛が通ります。今日は村の中央部の宿屋で食事を採り、お休みになる予定です」
村の地図を広げ、宿の位置を確認する。
「そこをイクス殿とハイド殿率いる強襲部隊が襲撃し、護衛の殆どを壊滅させます。注意がそちらに向いている間、フィーナ殿とこの老いぼれを含む少数班で奴隷となった人々を救出するという計画となっております」
奏は唸り、一つの疑問を投げかけた。
「作戦はそれだけか?」
「ええ、まあ。それに彼らは元傭兵でその業界では名も轟かせています。この老いぼれも多少の腕は立つはずです」
奏は短く唸った後、眉間に手を当てた。甘い、甘すぎる。作戦に支障が起きた場合の対応策を考えていないのでは作戦は失敗し、全ては終わる。
「あと三つはプランが必要だ。例えば襲撃が失敗した場合のプラン。イクス・トートベルとハイド・テトラドール、その他のメンバーが死んだ場合のプラン。フィーナ・リンクス、ダーイン・ヘグニフォックの少数班による救出作戦が失敗した場合のプランだ」
どんな作戦においても万が一の場合を想定したプランは必要だ。戦争においても、何においてもだ。身近なことで例えるとしたら勉強もそうだろう。常に最善のプランだけを考えていても、もしもの備えがないのでは話にならない。
「何が言いてぇ?」
「単刀直入に言おう。この作戦は失敗する」
無慈悲に、冷静に、奏はそう言い放つ。奴隷解放の大義名分を掲げて戦うことは評価する。だがしかし、予備のプランも立てずに戦うのは命を捨てるのと同じだ。無意味だ。無駄死にと言ってもいい。
「んだとォッ!」
額に青筋を立て、イクスは奏に詰め寄った。自分の力を過小評価されたことに怒っているのか、それとも馬鹿にされたと勘違いしているのか。いずれにしても奏は言葉を撤回するつもりも謝罪するつもりもない。
「失敗しないという根拠はどこから出てくる? 敵の人数は、武装は、人物はどうだ? お前たちは全て把握しているのか? たかだか少数のレジスタンス風情が正規の軍に勝てると思っているのか? 自惚れるな。有名な傭兵だったらしいがそんなことは興味の欠片もない」
くだらん。奏はそう吐き捨てた。命を預ける以上、中途半端な作戦で失敗したくはない。そして奏たちの最終目標は元の世界に帰還することだ。こんなところで終わるわけにはいかないのだ。
「くっ……!」
「反論できないか? まあいい。今から一時間で決めるぞ。時間はもう残り僅かなんだ。いいな?」
「解ったよ畜生……」
よろしい。奏はそう言って広げた地図に目を向けた。ペンで印をつけながら頭の中に浮かんだ作戦を伝え、彼らの意見を取り入れては訂正を繰り返していく。作戦は既に始まっている。一分一秒、無駄にすることは許されない。時間は刻一刻と迫っている。その緊張感が奏を焦らせる。
「長距離からの狙撃は必須か。そうなると狙撃ポイントを探さなければいけないな」
地図に目を通し、奏は一つのポイントに印を書き込んだ。アシッドライン村から北に六百メートルの地点に存在する丘だ。視察はしていないが村全体を見渡せる位置にあり、狙撃ポイントとしては最適だろう。
「ダーイン、少しいいか?」
「どうかしましたか?」
「聞くのを忘れていたがレジスタンスの規模はどの程度なんだ?」
人数がいればいるほど作戦の枠は広がり、幾つものプランが浮かび上がる。ダーインは「そうですね……」と顎に手を添えた。
「五十人前後、と言ったところでしょう」
「五十人か……」
どう配置したものか。最低でも百人は欲しいところだが無理は言えない。脳をフル活用し、プランを練り上げる。
「確保した後には護衛も必要。そうすると各四十、十で分けるか。リスクが高いが致し方あるまい。残りはこちらでカバーするか……」
武器に関して問題はない。弾薬もある。だが数で圧倒されてしまえばそれまでだ。一種の賭け。
「残り一時間か。早いな」
腕時計を確認すれば残りは一時間と少し。集中していると時間があっという間に経ってしまうというのは本当らしい。
「ダーイン。ここに幾つかのプランを書き記しておいた。これを参考に残りを編成してくれ」
「かしこまりました。お任せください」
コップに注がれた水を飲み干し、宿へと向かう。距離が離れていないのが幸いだ。拠点としている部屋の前に立ち、扉を三度ノックした。
「フォースリーコンは?」
「眠らない」
トラヴィス少佐が決めた合言葉を交わす。鍵が解除され、部屋に入る。アルト准尉とアリス准尉は既に起きており、拳銃の分解整備を行っていた。
「只今戻りました。作戦の概要が決定しましたので報告に」
「ご苦労様。聞かせてもらおう」
息を吸って吐き出す深呼吸。
「まず今回の作戦では四つの班が編成されます。一つ目は強襲班。二つ目は救助班。三つ目は護衛班。四つ目は狙撃班となっています。トラヴィス少佐は自分と救助班に。アルト、アリスはこの村から北に六百メートルの地点の丘から狙撃班として二人一組で行動してもらいます。護衛にジークとフィーナ・リンクスというレジスタンスのメンバーをあてがいます」
ジークというのは白銀の狼の名前だ。ブラックホークが墜落して奏が重傷を負い、白銀の狼の力によって回復した後、感謝の気持ちを込めて命名したのだ。第二次世界大戦で名を馳せた大日本帝国海軍が誇る零式艦上戦闘機を当時の連合軍がジークというコードネームで呼んだことを由来にしている。
「それで?」
「定刻に強襲班が奴隷商人及び護衛の騎士らに奇襲し騒ぎを起こして注意を引きつけます。救助班はその合図と共に前進。奴隷となっている人々を救出し、ダーイン・ヘグニフォックという男性の酒場まで誘導します。それと最低限音を立てないためにサプレッサーを装着してください」
サプレッサー。減音器とも呼ばれるそれは発砲音を軽減する装置だ。主に隠密行動をする際に用いられることが多い。
「救出後、酒場は護衛班が警戒します。救助班は強襲班と合流して敵と交戦。狙撃班はフィールドの指示と狙撃による援護を任せます。予備のプランはこちらの紙に」
一通りの説明を終え、予備のプランを書き記した紙を手渡す。トラヴィス少佐は素早く目を通すとポーチに収納した。
「了解した。作戦は聞いた通りだ。さあ海兵、準備にかかるぞ」
『了解!』
宿から撤収し、向かった先はアシッドライン村から歩いて数分の位置に存在する森。アイリスの森と呼ばれるその森は様々な野生動物や薬用品の材料が自生している神聖な森として世界的にも有名だ。
だが神聖が故に度々盗みを働こうとする愚か者がいる。しかし、そのような目的で森の深奥部に侵入した者が生きて帰ってきたという話は一切存在しない。
そんな誰も近寄ろうとしない森の深奥部に聳え立つ一本の大樹。堂々と背を伸ばした大樹は自らの居場所を主張し、その圧倒的な存在感を漂わせている。
「十分以内に準備を済ませろ。弾薬が足りなければハンヴィーから持っていけ」
その大樹の根元に、ケーブルが切断されて失ったと思われていたハンヴィーが止まっていた。時は遡り、ブラックホークが墜落した後のことだ。トラヴィス少佐やアルト准尉がジークに先導されて向かった先は墜落地点から数百メートル離れた地点だった。
辺りは茂みに覆われており、視界は最悪。だがそんな時、彼らは違和感を覚えた。その理由。辺りは茂みに覆われている一方で、とある場所のみが茂みにも、それこそ草にも覆われていなかったのだ。
そして、その中央にハンヴィーはあったのだ。それこそ傷一つ見当たらない完璧な状態で。予備の武器や各種弾薬、携帯食糧に水や医療道具なども無事だった。その後、装備を再編成。ハンヴィーを移動拠点として舗装された街道をただ真っ直ぐに進んでいき、そして偶然にもアシッドライン村を見つけたのだ。
しかし問題はハンヴィーの隠し場所についてだった。この世界にはエンジンを搭載した車がない。あるのは馬車や竜車といった動物や魔物を使った車しかないのだ。
どうしようかと頭を悩ませていると、何の前触れもなしにジークが遠吠えをあげた。しばらくすると森の奥から地響きが鳴り響き、忽然と大きな狼が現れ、ハンヴィーを森の深奥部まで誘導したのだ。誰も近寄らない深奥部はハンヴィーを隠すにはもってこいの場所だった。
「初めての場所で、しかも多少狙いづらいかもしれないが頼んだぞ。アルトも何か判らないことがあればフィーナ・リンクスを頼れ。ここの地形を理解している彼女ならば機械よりも正確な指示をくれるはずだ」
一般的に狙撃手には観測手と呼ばれる相棒が付き添い、二人一組で行動するのが普通である。それは狙撃に必要な情報を伝えると同時に接近する敵を排除し、狙撃手が狙撃に集中できる環境を整えるためでもある。
「やるだけ、やってみます……」
アルト准尉がいるとはいえ、初めての相手に全てを任せられるわけがない。アリス准尉は心の中でそう呟き、不安そうな表情を浮かべる。だがしかし、目の前で自身を信頼してくれる者がいる。
それだけで十分だった。アリス准尉は自身の得物、Mk.11 mod0の側面を優しく撫でると軽く微笑んだ。その仕草を兄であるアルト准尉は知っている。その仕草を知らない奏も自然とそれが意味することを理解できた。アルト准尉とアイコンタクトを交わせば、その瞳には兄として妹を信頼しているという気持ちが表れていた。
「よろしくね。ジークちゃん」
【ガウッ!】
森に溶け込むようなデジタル森林迷彩の戦闘服に身を包み、同パターンのブーニーハットを被ったアリス准尉はジークのふわふわした頭を撫でた。
「フィーナ・リンクスは既に丘の上で待機しているはずだ。到着後、レイの仲間と伝えればいい。いいな?」
「了解!」
装備を整え、二人と一匹が丘の上に到着したであろう頃、奏とトラヴィス少佐は酒場にやってきていた。店にはやはり客は見受けられず、ダーインがカウンターでグラスを洗う音がただゆっくりと時間の流れを物語った。
「こちらの準備は整った。ダーイン、あんた達も覚悟は決まったか?」
「もとより覚悟など決めております。今日のこの出来事が人々の希望となり、旗印となることを祈っております」
ダーインのその言葉に満足そうに頷くと、奏は口元を緩めた。それに吊られたようにトラヴィス少佐とダーインが小さく笑う。
「レイからアインへ。敵さんはやってきたか?」
奏は無線機のスイッチをオンに切り替え、丘で監視行動を開始しているアリス准尉へ状況報告を求めた。
『こちらアイン。街道にエネミーの一団と捕まっている方々を確認。護衛のナイトもかなりの数です。今ここで全員を仕留めるのは不可能。監視行動を続けます』
「レイ了解。敵の規模はどれくらいだ?」
ヘッドセットから響くアリス准尉のソプラノヴォイス。ダーインに敵がやってきたことをハンドサインで伝え、装備の最終チェックを行わせる。
『護衛のナイトは中隊規模。商人が五名に捕まっている方々は百を越えているかと思われます』
「了解。プランAからプランDへと移行する」
『アイン了解』
予想していた以上に敵の規模が大きいことに舌打ちを打つと街道で奇襲する予定だったレジスタンスの部隊を引き上げさせるようにダーインへ指示を出す。同時にプランの移行を宣言すると、奏とトラヴィス少佐は商人らが泊まる宿屋の下見に向かう。今回の作戦に参加するレジスタンスは総勢五十人。敵の騎士が中隊規模ということから多少の犠牲者は出るだろう。
「最後にもう一度確認しておきます。自分とトラヴィス少佐は捕まっている人々を救助した後、この酒場へ誘導。その後は強襲班と合流し、護衛の騎士を片っ端から殲滅します。それと身の危険を感じたら後方に身を引いてください」
「了解。必ず成功させよう」
拳と拳を叩き合わせ、最後の覚悟を決める。人を殺す覚悟。その罪を背負って生きる覚悟。絶対に助け出すという覚悟。その他諸々の覚悟だ。
残り時間は三十分ジャスト。空を見上げ、深呼吸。天頂に昇った月の形は満月。成功するように見守ってくれ。そう祈っておいた。
何かを得て、何かを失う戦い。月明かりの下で、戦場の音が微かに聞こえた。