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中庭

真っ暗な中庭にカンテラを一つ置いて、腰を下ろしてセシリアの隣で木にもたれたエルドレットは、三年前の話をしてくれた。


その頃、エルドレットは第三分隊の班長をしていた。アルヴィンと、今では王都にいるリオンという騎士が残る二つの班を率いていた。リオンはエルドレットが騎士になった時にいろいろと教えてくれた先輩らしい。教え方は雑で手荒だったが。

サラやガイはそのリオンの班だった。彼らはみなリオンを慕っており、端から見ても良い班だった。


ある時、とある街で反乱を企てている連中がいると情報が入った。第三分隊と第五分隊がその偵察及び鎮圧に派遣された。二分隊は二重の包囲網を敷いて賊の捕縛を試みたが、ここで作戦に綻びが生じた。原因はガイの裏切りである。彼の仲間が外側を包囲していた第五分隊の一班を急襲し、彼はサラとリオンを除く班員を殺害して包囲網を突破した。


その後彼は捕らえられ、ヴァルトガルド城で拘束されていたが逃亡をはかった。結局、アルヴィンとサラが再び彼を拘束することに成功し、審議の結果彼は処刑されることが決まった。そしてそれを実行したのがエルドレットである。


そのことに罪の意識を覚えたわけではない。ガイの裏切りを見抜けなかったこと、仲間を簡単に失ってしまったこと、自分が何もできなかったことを悔いていた。そしてそれを最後にリオンに謝ってしまったことを。


配置替えが内示され、王都へ行くことが決まったリオンにエルドレットは心中を吐露して謝った。その時気付いてしまった。自分は、自分が楽になりたいから謝っているのだと。リオンは決して許さないと言わないことを見越して謝っているのだと。


案の定、リオンは「おまえが謝ることじゃねえ」と答えた。「気持ち悪いからその湿気た面をどうにかしとけ」という彼なりの励ましをくれて、彼は去って行った。


残されたエルドレットは、亡くした仲間に恥じぬよう、リオンに恥じぬよう、分隊長としての責務をまっとうすることに全力を尽くした。


しかし、素晴らしい功績、騎士の鑑、エルドレット分隊長に任せておけば大丈夫、とまわりの期待に応え、信頼を得るたびに気持ちはどんどん重くなっていった。騎士の勤めに打ち込むたび、自分個人の感情がどこかへ行ってしまうような感覚を味わっていた。



彼が話している間、セシリアはずっと彼の腕に手を置いていた。

話し終えた彼は息をつき、頭を後ろの木にもたせかけた。


セシリアは彼の腕に置いていた手に少し力を込めた。


「エルド様は、騎士らしくあるために困っていたあたしをここへ連れてきてくれたんですか」

「否定はしない」

「一緒にごはん食べてくれたのも?トリエンテに連れて行ってくれたのも?嵐の時に助けてくれたのも?」


エルドレットは珍しく困ったような顔をした。


「あたし、エルド様にいろいろ優しくして貰って嬉しかったです。騎士らしくあるためにそうしてくれたのかもしれないけど。でも、トリエンテでクレープ食べた時のエルド様は、素のエルド様だったと思います。今も、たぶんそう」


セシリアの言葉に、エルドレットは黙ってこちらを見ている。


「あたしにはエルド様が背負ってるものがわからないから勝手なことを言います。あたしは、エルド様はもっと肩の力を抜けばいいと思います。理想にすがりつかなくてもいいと思う。無理して立派にならなくてもいいです。だって、素のエルド様も好きだもん」


言ってしまってからしまったと思った。

勢い込んで言っちゃったけど、彼はどう思っただろう。


エルドレットの腕がぐいっとセシリアの肩を抱いて引き寄せた。


「もう一回」

「え?えっと、エルド様はもっと肩の力を‥」

「もっと後」

「‥無理して立派にならなくても‥」

「その後」

「素のエルド様も‥?ちょっとエルド様、からかってるでしょ」


ばれたか、とエルドレットが笑みを含んだ声で言った。肩を抱いていた手がさらりと髪を撫でる。


「様は要らない。敬語も要らない。おまえは不思議だな。おまえの前だと気張らずにいられる」


彼の肩に頭を載せ、髪を彼に撫でられ、彼の匂いに包まれながら目を閉じる。


そういえば、栗色巻き毛の彼女は「エルド」と呼んでいたっけ。


余計なことを思い出して、ちくりと胸の痛みを味わいながら彼の肩に頬をすりつけると、ぎゅっと肩を抱く腕に力が入った。




起床の鐘で飛び起きたセシリアは、一瞬自分がどこにいるのかわからなかった。確認すると寝ているのは自分のベッドで、ちゃんと毛布もかかっている。しかし服は寝巻きではなく、ワンピースのままだった。


身支度をして食堂へおりていくと、第一分隊が中庭で調練の最中だった。エルドレットも普通に参加している。セシリアは正直眠気でふらふらで、彼のタフさに驚くしかなかった。


ぼんやり彼らを見つめていたセシリアは見つけてしまった。そのなかに栗色巻き毛の彼女がいるのを。


同じ分隊だったんだ。


そのまま彼らを見つめていると、調練が終わった。彼女はエルドレットのもとへ行き、「エルド、ごはん食べよう」と誘った。


「ジュリー、おまえの頭は飯だけか」

「そんなことないわ。でも朝食は体の資本よ。しっかり食べるポリシーなの」


そう言って微笑んだ彼女は、ジュリーというらしい。


「ね、それよりどうなったの例の件。ちゃんとあの船長に頼んでくれた?」

「伝えはした。カインだって暇じゃない。気長に待て」

「わかってるけど、冬になっちゃうわ」


ジュリーが頬を膨らます。

彼女は何かをエルドレットに頼み、彼はそれを入手するようカインに頼んだらしい。

セシリアの本と同じように。


特別なことじゃなかったんだ。

そう思って、セシリアはくるりと踵を返した。



「ねえ、セシリア完全に思考が停止してない?」

「俺も思った。ずっとあのポーズで固まってるよな」

「大体察しはつくけどねー。ミケルが図書室で見た時も固まってたって」

「重症だな。察しがついてるなら何とかしてやれよ、カイル」

「俺には無理だよ。ね、サラちゃん」

「ええ、そうですね‥」

「おい、何だよ。俺だけ除け者にすんな」

「アルは鈍すぎだろ」


少し離れたところでそんな会話が繰り広げられているとは露知らず、セシリアは悩んでいた。


ジュリーについて話を聞きたい。そしたらすっきりするはずだ。

でももし、聞きたくない答えが返ってきたら?

セシリアには素をさらけ出せると言ってくれた。しかしそれは女として好きだとかそういう話ではない、と思う。むしろ家族のような存在?それはそれで嬉しいけどーー‥やっぱり妹ということか。



「風も出てきたし、中庭でずっとぼーっとさせておくのは良くないわよね?」

「どれくらいあそこで固まってるんだ」

「図書室が閉室してからなので、二時間ぐらいです」

「あれ、トラヴィスよく見てるねー。というかいきなり現れるからびっくりした」

「分隊長を呼びに来ました。明日の警備計画を決めて下さい」

「‥優秀な副隊長がいて俺は幸せだなー」


ギャラリーは一人減ったものの、セシリアは全く気付かない。


こういう時、物語ならどうするだろう。きっと彼が誤解を解いて、優しく彼女にキスするんだよね。そしたら彼女の嫉妬が晴れてーー‥。

ああでも、前提条件として彼も彼女のことが好きで、他の女性とのことは誤解じゃなくちゃいけないんだ。

現実がそんなにうまくいくとは思えない。



ふと目の前に影が落ちた。顔を上げると、エルドレットが怪訝な顔でこちらを見下ろしている。昨夜のことを思い出し、顔が熱くなった。


「何してるんだ?アルとサラが心配してるぞ」


彼の視線を辿ると、たしかにアルヴィンとサラがこちらを見ていた。


「ちょっと‥王道のロマンスについて悩んでいたんです」

「何をネルみたいなことを‥」


セシリアははっとして立ち上がった。ずっと肌寒いなか座っていたから、身体が軋む。


「ネル様!あたしちょっとネル様のところ行って来ます!」

「何でそうなる」


エルドレットの困惑した声を背中に聞き、ぽかんとしているアルヴィンとサラの傍をすり抜けて医務室へ急ぐ。

残された騎士三人は、完全に意表をつかれて呆然としていた。



ネルはセシリアをロマンスを読む仲間として認知しているらしく、セシリアが医務室へ行くと喜んで迎え入れてくれた。

ご丁寧に紅茶を淹れてくれて、街で評判のマカロンまで出てくる。


自分のことだとばれないように、セシリアは慎重に話をした。


年上の騎士が年下の姫に心を開いてくれている。姫はそれが嬉しいのだが、あくまで妹として騎士が接していると思っている。騎士の傍には見目麗しい娘がいつも寄り添っていて、騎士は彼女にもとても優しいのでそれが姫の心を乱してしまう。さて、この物語はどのような決着となるのだろうか。


「きっと姫は騎士に想いを伝える。騎士がどう応えるかわからないけど、そうしないと姫は前に進めないもの」

「でも姫は、騎士との関係が壊れるのが怖いんです、きっと」

「そんなのずるいでしょ。だってもう元通りにはなれないもの。姫が想いを伝えなくても、騎士のことが好きなのは変えられないんだから」


うっとセシリアは言葉に詰まった。


「大丈夫、言おうと思わなくてもそういう言葉は自然に出てくるから。あたしがエルドやアルちゃんに好きだって言うようにね」


今度は違う意味で言葉に詰まる。

ネルはセシリアの様子には気にせず微笑んだ。


「素敵なお話ね。何て本?」

「まだ本にはなってないんです。姫が決着をつけてないから」


そう言って立ち上がると、セシリアは紅茶とマカロンのお礼を言った。


「聞いてくれてありがとうございます、ネル様」

「いいのよ。そのかわり、エルドとアルちゃんによろしく伝えて。外にお迎えも来ているみたいだし」


え、と思って扉を開けると、サラが壁にもたれてセシリアを待っていた。彼女は決まり悪そうに笑って、「エルドレット分隊長に頼まれたの」と言った。


「セシリアが心配なんだけど、自分が医務室まで行くと話がややこしくなるって。食堂でアルと一緒に待ってるわ。みんなでごはん食べましょ」


セシリアはこくりと頷いた。


サラの言うとおり食堂にいたエルドレットは、案じるような探るような目でセシリアを見た。セシリアがロマンスの物語のことでネルに相談があったと言うと、わかったようなわからないような顔をした。それが少し可愛かった。

お気に入り登録して下さっている方がたくさんいて下さってびっくりしました。

ありがとうございます。

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