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探していた本は、ほとんど簡単に入手できたが、残りの数冊が見つからない。重い本を抱えて本屋を巡り歩いていると、道の角から巡回中のエルドレットが現れた。


「本の買い出しか?」


セシリアの抱えていた本をひょいと取り上げてエルドレットが訊ねた。あんなに重かった本の包みを小脇に抱え、そのうちの一冊をぱらぱらめくっている。外国の戦史だ。買う時に彼は好きそうだと思ったのを思い出した。


「何冊か見つからないのがあって‥。ミケル分隊長が欲しがっている外国の本なんですけど」

「古書店も覗いてみたらいい。と言ってもこの街には二軒ほどしかないが」


エルドレットはセシリアの持っているリストを覗き込んだ。


「ミケルらしいな。この戦術書は俺も読みたい。良い本だと聞いたが普通の本屋にはないんだな‥」


セシリアの荷物を持ったままでエルドレットが歩き出し、セシリアは慌てて彼を追った。


「古書店はこっちだ」

「エルド様、街の巡回は?」

「巡回がてらだ。気にするな」


付き合わせるのは申し訳なかったが、正直あの重量の本を抱えて歩くのは不安だったので彼に甘えることにした。ただし本は半分持たせて貰う。


しばらく歩いていると、何だか視線をよく感じる気がした。主に女性からだ。

そういえば、サラがエルドレットを見ている娘はたくさんいると言っていた。彼女たちからすると、エルドレットに荷物を半分持って貰って並んで歩くセシリアは相当腹に据えかねる存在だろう。

娘たちからの視線を怖く思う反面、端から見て嫉妬の対象になるぐらい似合いに見えているのかと少しだけわくわくした。


古書店への路地に入った時、前を行くエルドレットがふと足を止めた。


路地裏でお互いの身体に腕をまわし、口付けを交わす騎士と女。

名残惜しそうに唇を離し、女が騎士の頬をするりと撫でた。


「じゃあカイル、またね」

「ああ。気を付けて帰りなよ」


そう言って女を見送った金髪の騎士は、くるりと振り返って「げ」と呻く。

初めて見る光景に身体中が熱くなって何も言えないセシリアの傍らで、エルドレットがものすごく深いため息をついた。


「そういうことは場所をわきまえろ、頼むから」

「いいでしょ、第三分隊は今日非番なんだから。子どもじゃあるまいし、女の子にキスしたぐらいで怒らないでよ」


カイルにそんなつもりはないのだろうが、真っ赤になってしまったのが暗に子どもだと言われたようで、セシリアはそっと身を縮めた。


「非番の日におまえがどうしようと勝手だが、制服を着ている時は自重してくれ」

「ああそっか。俺制服着てたんだ。ごめん、気を付ける」


素直に謝ったカイルはひらひら手を振って去って行く。眉間に皺を寄せて見送ったエルドレットが、セシリアに「すまん」と謝った。気遣われるのも子どもだと言われている気がして、全然気にしてない風を装ったが、高鳴った鼓動はなかなか治まってくれなかった。



古書店を二軒覗いたが、結局目当ての本は見つからなかった。古書店の店主は、「王都か貿易港に行けばあるかもしれないねえ」と言っていた。

エルドレットはセシリアを城まで送ってくれて、次の休みがいつか訊ねた。二日後だと言うと、「俺は午後から非番だからトリエンテへ行ってみるか」と提案される。馬なら大して遠くない港町だ。

返事を躊躇っていると、どちらにしてもエルドレットも用事があると言う。それならと甘えることにして、今日のお礼を言って別れた。




「聞いたわよ、セシリア。エルドレット分隊長と二人でお出掛けですって?」

その日の晩、風呂場で出会ったサラがお湯に浸かるなり切り出した。

「サラ様、誰に聞いたんですか」

「アルヴィンよ。そのサラ様っていうのと敬語、やめましょ。友達でしょ」

「はい‥じゃなくて、うん。えっと、アルヴィン分隊長は誰から?」

「エルドレット分隊長からだって。トリエンテに行くって言うから問い詰めたら、セシリアを連れてくって言ってたって」

サラが興味津々といった瞳を向けてくるので、セシリアは手短に事情を説明した。

「本当に成り行きなんだよ?」

「そっか。でも意外だわ、分隊長って思ったより面倒見いいのね」

「自分が司書にってあたしを拾って来たから、責任感じてるんじゃないかなあ」

「どうかしら。確かに責任感は強いわね。不器用なぐらいに」

サラに自分の意見を肯定されて、少し気分が重くなった。それに気付いて動揺する。


彼が責任感で動いているのは悲しい‥?


「でも分隊長は素敵な人よ。年の割に落ち着いてる気もするけど、同年代のアルやカイル分隊長がはしゃぎすぎなのね、きっと」

「エルド様はいくつなの?」

「今年三十一だったかな?」


ちょうど十違う。


だからあんなに安心していろいろ任せられるんだ。

お兄ちゃんみたいだもん。


そう言ってみると、サラは「なるほど」と手を叩いて納得した。


「分隊長も妹ができた感覚なのかしら。もしかしてご実家に妹さんがいたりするのかな」


喉に魚の骨が引っ掛かったみたいに、妙に心にしこりが残った。

その気持ち悪さに気がつかないふりをして、サラと一緒にお湯からあがった。



***



二日後はとてもいい天気だった。午前中は巡回に出ていたエルドレットが昼に迎えに来てくれて、食堂で昼食をとってから出掛けることにする。

青鹿毛の愛馬を引いてきたエルドレットは、まずセシリアを乗せてくれてからひょいと身軽に騎乗した。


「そんなに長い道程ではないが、しんどくなったら言えよ。歩き方がおかしくなる前に」


口元に笑みを浮かべてそう言われ、セシリアは思いっきり膨れた。


しかし、エルドレットと馬に相乗りするのはサラの馬に乗せて貰うのとは勝手が違う。彼の身体に腕をまわしてしがみつくのにも抵抗があったし、何より城を出て街中を進む時の視線が痛い。

城壁の外に出た時はほっとした。


トリエンテまでは大した距離ではなく、馬を速足で進めると午後のお茶の時間には街の門が見えてきた。緩やかな坂をのぼって門をくぐると、丘陵地につくられた街が姿を現した。眼下に広がる白壁の街と、その向こうに見える海にセシリアはほうっと息をつく。海を見たことがなかったので、村の近くにある湖の大きなものを想像していたが、全然違った。


馬から降りるなり食い入るように海を見つめているセシリアを、馬を預けたエルドレットが笑って促した。


街で一番大きな本屋と古書店で、残り三冊のうち二冊は入手することができた。あとの一冊である外国の本は、エルドレットが心当たりがあると言って港へ向かう。


港に着くと、海を覗き込むセシリアに「落ちるなよ」と注意してから彼は水夫に声をかけた。


「カインを見たか?」

「ああ、奴なら一昨日から寄港してるぜ。お、ちょうど出てきやがった。あそこだ」


水夫に指され、エルドレットが礼を言って歩き出す。宿屋から出てきた薄い金髪の男ーーたぶん男ーーがそれに気付いて手を挙げた。


「エルド、久しぶりですね」

「ああ。調子はどうだ」

「まあまあです。香辛料の値が戻ってくれたら上々って言えたんですけど。どうしたんです?後ろに可愛い子猫を隠してるみたいですが」


さらりと金髪を流して顔を覗かれ、セシリアはおずおずと頭を下げた。金髪の男ーー声を聞く限り男ーーは、にっこり微笑む。


「手に入れて欲しい本がある。おまえから可能だろう?」


エルドレットがぺらりと羊皮紙を渡すと、彼はちょっと目を通してから顔を上げた。


「わかりました。手に入ったらお城に連絡しますね」


エルドレットが頷くと、彼はひらひらと手を振って踵を返した。それを見送り、「船乗りの方ですか」と訊いてみる。するとエルドレットは口元に苦笑を浮かべ、「海賊だ」と答えた。


「え、か、海賊?」

「ああ。変わり種の海賊なんだ。あいつに任せておいたら本は大丈夫だから安心しろ」

「はあ‥」


セシリアの用事は終わったので、今度はエルドレットの用事だ。彼は商会の本部に用があると言って街の中心の方へ歩き出した。

街の中心には広場の奥に立派な建物があり、エルドレットがそこで用を済ます間セシリアは広場の噴水で水浴びをしている小鳥を眺めていた。


「あのう、すみません」


急に声をかけられて振り向くと、若い娘が二人頬を紅潮させて立っている。セシリアが「何か?」と訊くと、二人は目を輝かせた。


「さっきの方、もしかしてエルドレット分隊長ですか?」

「え、ええ。そうですけど?」


二人の娘はきゃあっと黄色い悲鳴をあげる。


「一度お目にかかりたいと思ってたんです!素敵ですよねえ、エルドレット分隊長!」

「ご存じ?先の反乱軍鎮圧の時、お一人で十人の敵を捕縛されたそうよ!」

「それで分隊長に抜擢されたのよね。素敵!」


ぽかんと二人のおしゃべりを聞いていると、商会本部から出てきたエルドレットが階段を下りてきた。娘二人はきゃーっと叫んで固まってしまう。エルドレットは思いっきり怪訝な顔をして、説明を求めるようにセシリアを見た。


「エルド様に憧れてるんですって。反乱鎮圧の時にご活躍されたって」


セシリアが説明してやると、なぜかエルドレットの顔が曇った。「失礼」と低く呟いて二人の傍をすり抜ける。それが彼女たちにはまたたまらなかったようで、歩き出した背後でまた悲鳴があがるのが聞こえた。


エルドレットはしばらく様子がおかしかった。また港の方へ下りてきたものの、ベンチに座って眉間に皺を寄せ、むっつり押し黙っている。セシリアは隣でぼんやり海を眺めていたが、ふと思い立って「すぐ戻ります」とその場を離れた。


少しだけ歩いて、先ほど広場から戻ってくる時に見た屋台でクレープを二つ買う。エルドレットが甘いものを食べるかわからなかったので、さっぱりしたラズベリーソースと、チョコレートソースのものを選んだ。それを両手に戻ると、彼はまだ険しい顔で座っていた。


「エルド様、クレープ食べません?」


笑顔で話しかけると、彼はこちらを向いて怪訝そうに片眉を上げた。


「さっきおいしそうだったから買って来ちゃいました。甘いもの食べられます?ラズベリーとチョコレートなんですけど」


ふっとエルドレットの目元が優しくなった。


「おまえはチョコレートが好きなんだろう」

「え、あ、はい。よく知ってますね‥」

「この前チョコレートケーキ食べてただろ。ありがとう、こっち貰う」


エルドレットは微笑んでラズベリーのクレープを受け取った。


彼が笑ってくれたことが何だか嬉しい。さらにかじったクレープも予想以上においしくて、ますます嬉しくなった。


それにしても、クレープを食べてるエルド様ってちょっと珍しいかも。


そう思ってそっと彼の横顔を見ていると、さっそくそういう気配に聡いエルドレットにばれ、頭を小突かれた。

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