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図書室

セシリアの初仕事は、本の整理から始まった。まず書誌学の本を読んで、本の分類について勉強し、その分類に従って乱雑に置かれた本を並べていく。


あまりに図書室が荒れているので、サラに前の司書はどうしたのか訊いてみると、「ジュリアンねえ‥ちょっと気が弱かったのよね」という返事があった。


意外なことに、セシリアにとっては嬉しい誤算だったが、専門書の他に物語の本も豊富にあった。姫と騎士のロマンスまであり、図書室の本は誰が揃えているのかエルドレットに訊いてみると、「時々いるな‥そういう嗜好の奴」と呟かれた。


本の整理はなかなか重労働で、一日図書室にこもっていると身体がバキバキになった。数日続けているともうバッキバキである。

また変な歩き方になっているセシリアを見て、エルドレットが苦笑した。


「風呂で身体をほぐせ。それか医務で湿布薬を‥‥」


エルドレットが唐突に黙った。その視線を追っていくと、食堂から出てきた一人の騎士に目がとまる。ほっそりした色白の、物語に出てくる王子様みたいに美形の騎士だ。素敵な人、と眺めていると彼は足早にこちらへ来てエルドレットに抱きついた。


抱きついた?


「エルド!最近会えなくて寂しかったよ」

「用がなかったからな。離せ」

「嫌だ。せっかく会えたのに」


この展開は何だ?


ぽかんとしていると、廊下を歩いてきたアルヴィンがその光景を見て思いっきり顔をしかめた。


「おいネル、場所選べよ」

「きゃーっ!アルちゃんまで!」


美形の彼はエルドレットを放して今度はアルヴィンに飛びついた。が、アルヴィンはその腕をとって彼を宙に舞わせ、そのまま床に叩きつける。しかし彼は受け身をとり、きれいに着地してにっこり笑った。


「チッ。おまえのそういうところが可愛くねえ」

「えっ、じゃあ普段は可愛いの?」

「そういう意味じゃねえ!」


彼の相手はアルヴィンに任せたようで、一歩退いたエルドレットがこっそり「第四分隊のネルだ」と教えてくれた。

ネルはしばらくアルヴィンに纏わりついていたが、アルヴィンがセシリアについて話を逸らしたのを機にくるりとこちらを向いた。意外と骨ばった手でがっちり手を握られて、「『黒騎士物語』は読んだ?」と爛々と輝く目で訊ねてきた。黒ずくめの寡黙な騎士と天真爛漫な姫の物語だ。読んだと答えると、ネルはますます目を輝かせた。


「あの黒騎士、エルドに似てると思わない?」

「え、え?」


必死に記憶をたどり、黒騎士の描写を思い出す。


真っ黒な髪で、瞳も黒くて、寡黙で――・・・。

ああ、確かに甲冑が黒かったらエルド様っぽいかもしれない。


考え込んでいるセシリアを放置して、ネルはぺらぺらと黒騎士とエルドレット双方の格好良さについて話している。なるほど、姫と騎士のロマンスを図書室に置いて貰っているのはこの人か。

喋り続けるネルに気付かれないうちに、アルヴィンがそろりそろりと逃げ出した。それを合図のように、エルドレットが手を伸ばしてネルの口を塞ぎにかかる。


「ネル、仕事だ。湿布薬をくれ」

「エルド、怪我したの?大変。すぐ貼ってあげるから医務に・・・・・」

「俺じゃない。セシリアだ。貼らなくて良いから寄越せ」


ネルはちょっとつまらなさそうに医務室の方へ歩き出した。その後ろについて行きながら、エルドレットが「奴は衛生兵なんだ」と困ったように言った。

なぜあの性癖で騎士団の衛生兵になれたのだろうと不思議に思ったが、それは怖くて訊けなかった。




湿布薬のおかげで身体の軋みは少し楽になり、十日ほどぶっ通しで整理を続けたところ何とか本棚以外に散乱していた本は本棚に収まってくれた。次はいろいろと並べ替えて、どこに何があるのかを把握しなければならない。それも大変な作業だったが、本の虫であるセシリアにとってはそれほど苦痛ではなかった。本を並び替えながら、面白そうな本はチェックしておく。そして昼休みや業務外の時間にそれを片っ端から読んでいった。

我慢できない時はお昼の鐘が鳴った途端に本を開くのだが、そのまま熱中して食堂へ行くのを忘れてしまい、午後の業務につくこともあった。


そんな日が何日か続いたある日、お昼に図書室の扉が開いてエルドレットが姿を見せた。カウンターで本を読みふけっていたセシリアを見て、ぐっと眉間に深い皺が寄る。


「体調でも悪いのか」

「いえ、すこぶる元気ですけど」

「何で飯を食わない」

「これ、読んじゃってから行こうと思って」


つかつかと近寄って来たエルドレットが軽く拳をセシリアの頭に落とした。


「おまえ、もう五日も昼飯食ってないだろう」

「え…そうでした?」


呆れたような深いため息をついたエルドレットは、腕を組んで壁にもたれ、じろりとこちらを睨み付けてきた。なかなかの迫力である。


「厨房の奴が心配して俺に訊いてきた。おまえが最近昼に下りて来ないが身体の具合でも悪いのかって」

「いえ・・・・・本が止まらなくなっただけです・・・・・」

「本も良いが飯はちゃんと食え。ほら立て。行くぞ」


エルドレットがセシリアの腕を掴み、ずるずると引きずるようにして食堂へ下りて行く。二人で向かい合って食事をするのは初めてで、何を話していいのか一瞬わからなくなったが、彼はきれいになった図書室を褒めてくれた。それをきっかけに、ここ数日間の本の整理について聞いて貰った。


それからエルドレットは、自分の隊が昼休憩の際に、食堂でまだセシリアが食事に来ていないと聞くと、わざわざ図書室まで来てセシリアを引っ張って食堂へ行くようになった。


アルヴィンは過保護だと笑っていたが、セシリアはそれを知る由もなかった。




本の整理も大体終わり、セシリアは次の仕事へと移った。雇い主である師団長のトリスタンによると、図書室の采配はセシリアに一任するという。他の仕事が忙しすぎて図書室まで手が回らないというのが実情だが、セシリアにとってはやりやすい。


トリスタンから一年の予算を聞いて、図書室に購入希望図書を書いて入れて貰う箱を設置した。図書室が片付いてからは利用者も増えており、意外と図書室の需要はあったらしい。


初日に会ったミケルも図書室をよく利用する一人で、いつも小難しくてセシリアにはさすがに手が出せないような本を借りている。一度外国語と古語の本を十冊ほどカウンターに置かれた時には、一瞬ふらりと身体が傾いだ気がした。


ある日、そのミケルがずらずらと何かが書かれた羊皮紙を持ってカウンターに来た。何かと思えば、購入希望図書のリストである。優先順位が書いてあり、全部は買えなくてもいくつかは希望に沿えそうだ。そう言うと、彼は珍しく頬を緩めた。


他の購入希望図書も合わせてトリスタンに打診し、了承を得たものは街の本屋で購入して図書室に配架する。

本屋に行くための休みを半日貰って、セシリアは早速街へ出かけた。

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