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シリーズ 『LOVE AFFAIR』

青春的恋愛事情

作者: 美籐樹

青春的恋愛事情

とある高校生たちのはなし

彼が泣いているところを初めて見たのは、中学校の頃だった。


いや、正確には泣いていると思われる様子を感じ取ったという状況だったのだけれど。


私たちが校舎を出る頃には、外はもう薄暗くなっていた。

「菜々子ちゃん、どうしましょう。」

「嫌、断わる。」

「まだ何も言ってないけど」

言わなくたって分かる、何年友人をやっていると思っている。


この友人 秋穂が私のことをちゃん付けで呼ぶときは、厄介な事を頼む時と、忠告をする時だけだ。

そして今回はシチュエーション的に前者だ。


こうして彼女は忘れ物をしたとかで、さっき出てきた校舎に戻って行った。

この暗がりに私を待たせて。


「アキは暗いのもお化けの類も平気だろうけど、私は好きじゃないんだ、いや決して苦手ではないんだけどね。

はぁ…もう置いて帰ろうか。でも大切な友人を裏切るなんて私には出来ない。あぁ私ってなんていい人なのかしら。それに加えあの友人は…」

怖さを紛らわせるため、とりあえず喋り続けることにした。


ガサガサ、ガサガサ

「ひぃ!」

何処からか音がして、つい品のない声が出る。

「か、風か。お、驚かせないでよ。風の分際で生意気ね。」



見上げると、空はオレンジ色から黒へ色を変えていた。


「もう星が見えはじめてる。日が落ちるのが早くなってきたなぁ。」

星が見える空から少し横に視線を移す。木の葉っぱの影に何が見えた

「あれ?何かいる。キツネかな?にしては大きいなぁ。タヌキ?」


幽霊は足がないから木登りしないはず、あれは動物に違いない、となんの根拠もない確信で木に近づいて行く。


そして上を見上げると。

「なんだ人じゃん。」

「…チッ」

うわ、舌打ちされたし。

「グスン」

ん?鼻をすする音?

「グスン」

やっぱり。

「花粉症?…な訳ないか。」

「うっせーわ、グスン」

少し低い声が返ってきた。

どうしたもんかと悩んでいると


「なっなこ〜、あれ?居ない。妖怪にでも食われたのかしら」

私を呼ぶ声とともに物騒なことが聞こえてきた。



「あれれ、こんなところにポケットティッシュが落ちているなぁ。誰のかなあ?」

我ながら酷い演技力。

「もしかしたら、ここにあるバックの持ち主さんのものかも。」

そう言って私は木の根元に置いてあるバックの上にポケットティッシュを乗せて、秋穂の元へ走る


「あ、居た。どこ行っていたの?」

「大型哺乳類に恩を売ってきた。って言うか妖怪になんぞ喰われるか。むしろ私お腹減った、なんか奢れ。」

「何で。」

「大切な友人を待っていてあげた、私の優しさに、だよ。」

そうして下らない話をしながら、帰り道を行く。

なのでこの夜の出来事なんて、すっかり忘れていたのである。

数日後に、あの大型哺乳類が現れるまでは。


「古谷菜々子。」

「はひ?」

「ちょっと顔貸せ」

誰、この人?

っていうか朝から絶対絶命のピンチ。


「人違いですよ、人違い。私古谷さんじゃありませんから」

「さっき返事したし、クツ手にしてんじゃん。」

しまった!私の手には名前が書かれた、学校指定の中グツ。


着いてくるよう言われ、やってきたのは校舎裏。そういう場所としてはお約束のところ。



「あの、ご用件は?」

居た堪れなくなってこちらに背を向ける彼に聞いてみる

「これ、返す。」

そういって差し出されたのは、ポケットティッシュ。


この時になって初めて声の記憶が一致した。

「あ!泣き虫大型哺乳類!」

「泣いてたわけじゃねえし!」

「これくらいわざわざ返さなくてもいいのに。」

「借りを作ったままにするのは俺の流儀に反する。」

「ふーん、まぁいいですけど。」

少し安心して気持ちに余裕が出来たので、改めて相手を観察する


「西宮拓哉?“や”ばっかり。ん?同んなじ二年生じゃん!うわ、緊張して損した。ってかよくよく考えれば顔貸せっておかしくない?ビビって縮んだ寿命返せ、ついでに身長もよこせ。」

「…変な女。」

気持ちが緩み、ついいつもの癖でしゃべり倒した私にそう言って笑う西宮君の顔が少し可愛かったのでドキッとしてしまった。


「身長はやれない、大事な商売道具のひとつだからな、あと寿命も。せいぜい牛乳飲めや、チビ。ついでにそのまな板も大きくなるだろうからさ」

前言撤回

言うだけ言って去って行った男 西宮拓哉、私のいつか踏み潰すリストの上位にランクイン。



とは言っても、この西宮拓哉との腐れ縁は高校になってからも続いた。


相変わらず、身長も胸も大きくならない私とは違い、西宮は高校に入って成長したようで、今では硬式野球部のエースなのだそうだ。


だがこの性悪は相も変わらず、むしろ私に対する態度は年々酷くなっている。

廊下ですれ違うたびに、口パクで


「チービ」

「ま・な・い・た」

終いにはこれだ。


「はぁぁぁ??」

「いや、こっちがはぁ?ですけど」

「たしかにまな板ですけど、それが何か?ふざけんじゃないわよ、これは発展途上国なのよ。」

「ちょっと菜々子、病院行く?いい精神科、紹介するわよ」

突然叫び喋り出した私に隣を歩く、秋穂が驚いたように言ったが、それでも私の怒りは収まらない。


「今に見ていやがれ、これからどんどん大きくなるんだから。これから、これから…たぶん。」

がしかし、隣の秋穂と見比べ、絶望が襲う。


「うわぁ〜ん、アキ、アキのおっぱいはどうしてそんなに、たゆんたゆんなのぉ?この世には神も仏も居ないのね…」

「ダメだ、こりゃ。」



ここまでされて仕返しをしないとあっては女が廃る、と何かギャフンと言わせてやりたいのだが、

野球部のエースで且つ見た目もそこそこ良くて女の子からキャーキャー言われる彼奴と

地味で取り柄もなくて、友人曰くマニア受けだけは期待できるだろうという残念な見た目の私では、勝ち目は明らか。

ありすぎる差にギャフンのギの字も言わせられない。


と思っていたところに、チャンス到来!

なんと件の西宮青年が目の前で明らかに弱っているではないか。

でもそんなこと出来なかった。


教室の電気も付けずに、椅子に座る後ろ姿は、いつも見ているものとは違うものだった。

「どうしたの?」

「…」

しかし彼は背を向けたままで、答えない。


「分かった!明日が大会でビビってんのね、あんた。それで私に元気付けてほしいと。」

「…違うわ…」

「あーもう、面倒くさい男だなぁ。この私を放課後に残らせて、何事かと思えば…これだから泣き虫は、ぐじぐじと。」

「泣き虫って、昔のことだろ」

やっとこちらを向いた顔は少し照れたような顔だった。

「あ、認めた。皆さん聞きました?今認めましたよね、この人」

皆さん、とは言うが私と彼以外にここに人はいない。


「うっせーよ、チビ」

「ふふぃふぁふぇん」

頬っぺた抓られた、解せぬ。


「緊張してんの?ナントカ大会だから?」

「夏の県大会。緊張はしてる。」

「ずいぶんハッキリ言うね」

抓られた頬っぺたを摩りながら、西宮の横の席に座る。


「これで負けたら最後だから。負けたら終わっちゃうんだ。」

噛みしめるように、自分に言い聞かせるように呟くが、その姿が逆に弱々しさと頼りなさを醸し出していた。


「はぁ?何が最後よ、勝負事なんてみんなそうでしょ。あんただけが特別そうなんて思ってんなら、甚だしい勘違いね。最後だから、何?人間ね、ケツに火が付いてからの方が本気だせんのよ。ありがたく火付けられなさい。それに相手だって高校生でしょ、あんたと同じ盛りのついた大型哺乳類よ。何を緊張することがあるのよ」

そう言うと彼はいつかのように笑った。


「ホント変な女…でもスゲーな、お前。あの夜もそうだったろ。あの時さ、野球辞めるつもりだったんだ、俺。」

今じゃ脳みそまで野球の、この野球馬鹿が?


「今考えたら情けない理由なんだけど。成長痛で、身体中痛くて、何しても上手くいかなくて、辞めるつもりだった。」

「成長痛か、羨ましい話だ」

珍しく饒舌なので、黙って聞いていることにした。


「最後の見納めにと思ってグランドを眺めていたら、チビがやってきた。ちょっと感傷に浸ってるところだったから、変に気使われたらやだなぁとか思ってたら、あろう事かそのチビは下手な演技でポケットティッシュを置いていった。」

「悪かったなぁ、大根役者で。」

「で、気付いた。俺はあんなチビにまで気遣われるような男なんだなって。」

「聞き捨てならないが、今は置いておこう。」

「そしたら、詰まらない意地とか、悩んでた事が馬鹿らしくなってきてさ。」

「つまり要約すると、全て私のおかげ、みたいな?」

「まぁそうだな。」

「そうか、そうか西宮君。せいぜい感謝したまえよ」

言いながら、パンパンと肩を叩く


「感謝はしてる、ありがとう。」

「それを言うなら、負けて帰ってきてからにしなさいよ。」

「残念、それは大分先の事になる予定だからな。」

「けど安心しなさい、万が一にも負けて帰ってきても、この私がちゃんと泣いているところに立ちあって、からかってやるわ。だから木の上なんかで泣くのはやめなさいよ。」

「高い所に登っていれば、ポケットティッシュを落として行くヤツが見えるのに。」

そう言う彼の顔はいつもの意地悪な顔だった。


「なぁ、チビ。」

「私の名前はチビじゃない。自分が少し身長が高いからって…」

振り向くと屈んで窮屈そうにしながら、近づく顔があって、私との距離はあっと言う間にゼロになって。

何が起こったか理解したのは、唇が離れたあとだった。


「この盛りのついた大型哺乳類め!」

「ご馳走さま〜」

明日か明後日か、はたまたその先か、この男が泣いているところをまた私が見る事になるかもしれない。


その時こそ、これらの仇を返す絶好のチャンスなんだろうけど、なんか今はどうでもいいかなって思う。


願うとしたら、

「君に幸あれ、なんてね。」


去りぎわ、終わりぎわのキス、好きです

あと私の母校はキツネもタヌキもシカもおりました。

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