【エッセイ】夏目瀬石の「冷やし中華はじめました」♯3 LINEで人を殺めるということ
先日LINEでメッセージを送ったあと、なにげに、登録されている「友だち」リストを見ておりました。それほど社交的ではない私でも、それなりの数の友だちが登録されています。もう一年以上やりとりしていない人もちらほらおります。
そこで、少し整理、幾人かの友だち登録を削除することにしました。
普段ならこんなこと気にも留めないのですが、失業中ではたっぷり時間があるせいか、いろいろなことが気になるものです。
まず、おそらく今後相手からLINEが送られてくることはないだろうし、私から送ることもない「友だち」をピックアップしました。
そして次に、その中から削除する「友だち」を選んでいきます。その際の判断で用いたのは直感です。その人のイメージが頭に浮かべられ、「この人は残そう」「この人はいいかな」といった具合で選んでいくのです。つまりは私のその人に対する感情(ひらたく言えば、好き嫌い)によって削除するか否かを決めたわけです。
削除の手続きは簡単です。まず相手の名前を「ブロックリスト」に移動させてから、「削除」するのです。そして、さいわいと言っていいのか、削除したことが相手に通知されることもないようです。
私はまずは"彼女"を選びました。彼女は仕事を通して知り合った女性です。ここでその名前を見るまで、すっかりその存在を忘れておりました。
私は彼女を「ブロックリスト」に移動させ、次に「ブロックリスト」を開き、彼女の名前にチェックを入れました。すると「削除」の文字が画面に浮き上がってきました。
今は携帯電話という文明の利器を通じてかろうじて繋がっているが、次に人差し指の先が画面に触れると、これからの人生において二度と彼女と接することはないんだな、そう思うと、一瞬私の指先は躊躇しました。しかし、もう決めたことです。私は指先に力を入れ、「削除」を押しました。
その瞬間、私は不意に最近読んだある小説を思い出していました。それは村上春樹さんの小説です。その主人公の女性は特殊な能力を持っていて、人間の首筋のある部分に細い針をすとんと落とすと、その者の心臓の動きを止めることができるというものです。針を落とされた相手は命を落としてしまうのです。
つまりは「削除」の最後の一押しの指先の感触が私に小説の中の殺人を想起させたのでした。
たしかに実際に相手を殺したわけではありません。しかし、まがりなりにも繋がっていた関係、まさしくLINE(=線)を断絶し、私にとって亡きものにしたという意味においては、人を殺めたといえるのではないか。そんな考えがふと頭をよぎりました。
気がつくと、「ブロックリスト」から彼女の名前は消え、「友だち」リストからも名前が消えていました。
一一私にとって、彼女はもう存在しないのだ。
心の声が響いていました。そして、なんとなく罪悪感というか、後味の悪さが残っておりましたが、そこではたと考え直しました。
彼女にとって、私の方がもう存在しなかったのではないか。つまり、すでに彼女は私を削除していて、そのことを私が知らないだけなのではないか。
それにお互いが削除しあっていたとしても、お互いがそれぞれの世界で活動していることはまず間違いのないことだし。
ならば、いま私たちにできることといえば、途切れた線を嘆くことよりも、新たにすてきな線を求めて、いまの世界で誠実に一生懸命に生きていくことかもしれませんね。




