第五話
「輝夜様、入会試験の準備が完了しました。準備が終わり次第、入会試験に移りたいと思います」
そうガルムが、ベクタール様との会話に夢中になっている私に告げる。私は、せっかく良いところだったのにと心の内で愚痴をこぼしながらも、入会試験に向けての準備を始める。
「輝夜、落ち着いていけば、きっと合格できるはずだよ! 自分を信じて頑張って!」
遥がそう言って、私に鋼の短剣を渡してきた。私は、その短剣を受け取り、
「分かった! この試験に受かって、『九皇』を倒しに行こう!」
と遥の応援に応える。そして、ガルムの方を向き直り、
「準備できたよ!」
と報告する。
「承知致しました。では、試験会場に参りましょう」
私は、そう言って進みだしたガルムの後をついていく。
「輝夜、頑張るのよ。合格して、またたくさんゲームの話をするわよ!」
そうベクタール様の声が後ろから聞こえてきた。私は、後ろは振り返らず、後ろ側に向けて親指を立て、グッドマークを出すことで、その応援に応える。
そして、私の後ろからついてきている遥とともに、試験会場に向けて進んでいく。
それから、ガルムの後ろに淡々とついて行くと、突然彼が立ち止まった。
「着きましたよ」
そう言ったガルムの背中越しに、その先の風景を見ると、そこには、石畳の並んだ、まるで闘技場のような場所が広がっていた。四角い石が整然と佇むその様子は、圧巻の一言に尽きるわ。
「それでは、これから、入会試験を始めます」
そうガルムが落ち着いた様子で告げると、一気に辺りの空気が張り詰めた。私は、その雰囲気に気圧されないように、短剣を構えて、せめてもの抵抗を見せる。
「まずは、様々な種族と戦ってもらい、それぞれの種族についての得意不得意を見させていただきます」
そうガルムが言い放つと、彼は、右腕を高く振り上げ、その手に、闇の炎のようなものを浮かばせる。そして、彼が手を振り下ろすと、その炎は真っ直ぐ私の方に飛んでくる。私は、その炎を横っ跳びで避ける。レベリングの時に動きを慣らしておいたおかげで、楽に動けるようになってきたわ。
さて、ガルムが放った炎の行方を目で追っていくと、私の後ろの方の地面に着弾した後、燃え上がった。流石に、あの炎に被弾していたら、無事という訳にはいかなかっただろう。私がそう考えていると、辺りに悪臭が充満した。それも、本物の炎だとは思えない、強烈な匂いが。
そして、案の定、その炎は普通のものではなかったようだ。私が強烈な匂いを感じ取ってから少ししたくらいの時だった。闘技場の周りに高くそびえ立っていた外壁を跳び越えて、とある一匹の魔物が飛び込んできたのだ。
その魔物は、緑色の皮膚を持った、狼だった。そして、その狼からは、歴戦の勇者のような、威圧感の強い覇気が感じ取れた。そして、私を獲物として見ているようだ。
これはやるしかなさそう、というよりも、やらなきゃやられる。私はそう感じ取り、短剣を構え直す。
先に動いたのは、狼の方だった。狼の様子を見ていた私に、突進してきた。でも、注意深く狼を見ていた私には、その攻撃を避けるのは容易だった。私は高く跳び、さらに、アクロバティックに宙返りまで決める。
私は、石畳に着地すると同時に、狼に向けて走り寄っていく。狼は、闘技場の外壁にぶつかり、クラクラしているようだ。私は、そんな状態の狼の背中に、両手の短剣を突き刺す。
短剣を突き刺された箇所から、狼の鮮血が飛び散る。すると、その鮮血がついた場所が燃える。石畳も、私の短剣も燃え始めた。
私は、狼を確実に仕留めるため、狼に刺さったままの短剣を、狼の肉を引きちぎるかのように動かす。と、傷口はさらに広がり、鮮血がドバっと流れ出る。
私の服や靴、顔の一部も返り血を浴び燃える。
「熱っ! 早く消さないと……」
その時、私の頭に、ある一つの案が浮かんできた。狼を仕留めてしまえば、この炎も消えるのではないか、と。
私は、そう考え、狼を短剣で滅多刺しにする。これまでの私の攻撃で弱りきっていた狼は、その猛攻を受けると、呻き声を上げ、息絶え、光の粒子となって消える。
すると、私の服や顔で燃えていた火は消える。
「はぁ……良かった」
私はそう安堵の息を漏らす。
「良い調子ですね。じゃあ、次に行ってみましょう」
ガルムがそう言い、そして、炎を投げつけ、辺りに悪臭を充満させる。と、その悪臭を嗅ぎつけて、またも魔物が飛び込んでくる。だが、飛び込んできたのは、狼ではなく、カブトムシのような外見をした魔物だった。
カブトムシは、空を飛べるため、空中戦に持ち込まれたら、分が悪くなる。間違っても上方向に飛ばないようにしなければ。
私は、いち早くカブトムシを仕留めるために、カブトムシの元へ颯爽と駆けて行く。が、途中で気づかれてしまい、カブトムシは空中へと飛んでいってしまう。私は、深追いせず、カブトムシが降りてくるのを待つ。
カブトムシの魔物は、すぐに降りてきた。ただ、一つだけ、手を出せない理由があった。それは、カブトムシに完全に敵対視されており、そして、カブトムシがこちら側に向かって突撃してきているからよ。
私は、横っ跳びで攻撃をかわそうとしたけれど、その行動さえもカブトムシの魔物に読まれていたようで、立派な角に突き上げられてしまう。
「キャッ」
そう悲鳴を上げると同時に、この状況はマズいと直感で理解した。
私の体は宙を舞い、横から強い衝撃を与えられる。そして、外壁に背中から打ちつけられた。
私は、外壁を伝って、ゆっくりと石畳に向かって落下していく。石畳に辿り着けば、カブトムシの猛攻から逃れられる、そう私は考えた。でも、直後、この世界はそんなに甘くない事を思い知らされる。
ゆっくりと落下している私に向かって、カブトムシの魔物が迫ってくる。あの頭ではね飛ばされたら大ダメージを負うと直感で理解し、せめてもの抵抗をと思い、迫ってくるカブトムシに向けて、短剣を向ける。カブトムシが近づいてきたその時に、頭に突き刺して少しでもダメージを与えられるようにはなった。
でも、こんな弱っちい威嚇で魔物が怯む訳がない。カブトムシは、私に向かって、突撃を続けてくる。私の構えていた短剣がカブトムシの頭に突き刺さるけれど、全く気にしていないようだ。そのまま、私へ向けて、その角を振るう。私は、伝っていた壁からも離され、落ちる速度はより速くなったように感じる。そして、勢いよく石畳に落下したことで、落下時のダメージも追加で受けてしまう。
私は、全身を強い痛みに襲われながら、何とか立ち上がる。そして、カブトムシに向けて短剣を構え直す。
私が体勢を立て直せたのは良いけれど、カブトムシが宙を飛んでいるという事実は変わらない。そのせいで、なかなか攻撃に踏み切ることができないのが現状ね。
悔しいけれど、私には羽も翼も無いから飛ぶことができない。このまま、カブトムシが疲れ果てて地上に降りてくるのをただ待つしかないのかしら……
そう考えていたとき、私の頭に、一つの案が浮かぶ。それは、確実性が無いのは否めないけれど、一番勝利に近いものだった。勝つためなら、ある程度は手段を選びたいが、やる時にはしっかりとやらなければ。
そして、私は、その作戦を実行に移す。カブトムシの飛行高度が下がり、私が跳べばギリギリ手が届きそうな高度にまでカブトムシが降りてきた。その時、私は、右手に持っていた短剣を投げ捨てた後、全力で地を蹴り、カブトムシに向けて跳躍する。私が精一杯伸ばした右腕は、カブトムシの脚を捉える。そして、私は、右手でカブトムシの脚を掴みながら、左手に持った短剣で、カブトムシの羽を切り落としにかかる。カブトムシは、私を振り落とそうと、体をジタバタさせる。けれど、私は、必死でカブトムシの体にしがみつき、その抵抗を耐え忍ぶ。そして、カブトムシの体の上に登り、カブトムシの脚と羽を切り落とす。と、羽を失ったカブトムシは、石畳へ向けて、重力のままに落ち始めた。
私は、外壁へと飛び移り、壁を伝ってゆっくりと石畳へと落ちていきながら、カブトムシの様子を窺う。
カブトムシは、何の抵抗も受けないまま、石畳へと落下した。それによりダメージを負ったようで、ピクピクとしか動かなくなっていた。しかし、光の粒子になって消えていかないということは、まだ絶命していないということだ。なかなかにしぶといカブトムシだなと思いながら、石畳にこの足を付ける。そして、カブトムシに向けて、トドメの一撃を刺す。カブトムシは、光の粒子となって消えていった。
「良いですね。それじゃあ、次は、強めの相手と戦っていただきましょう」
そうガルムが言い、手を叩く。と、彼の後ろにある大きな扉から、大きいゴーレムが出てくる。と、
「なっ……ダイヤモンドゴーレム!?」
そう驚き慌てる遥の声が聞こえてくる。その名前を聞いて、流石に私も動揺を隠せない。何せ、そのゴーレムの名は、遥から、ギルドの守護者だと聞かされていたものと全く同じだったからだ。
「今のテルルン様の戦闘なら、ミツボシレベル相手でも良い勝負ができるでしょう。頑張ってみてください」
そうガルムが言うと、ダイヤモンドゴーレムがピクッと動いた。そして、顔を上げ、咆哮を上げる。
これはやるしかない。そう悟った私は、短剣を構え、ゴーレムと応戦する。