第三話
「このくらいで良いかな」
遥がそう言い、私の方へと向き直る。私は、それに向かって深く頷く。もう、たくさん戦ったのだから、このくらいで良いでしょ。
レベリングの結果、私のレベルは、15まで上がった。私も、この世界での動作に慣れるとともに、レベルが順調に上がってきて、満足だ。
こうして、実際の時間で五時間を超える長い長い戦いは、幕を閉じたのだった。
・・・・・・・・・
「で、『九皇』討伐のために、次は何をするの?」
私は、そう遥に問う。すると、遥は、
「じゃあ、次は、ギルドに入ろっか」
と気楽そうに答える。
「ギルドに入ると、何か良いことがあるの?」
「うーん、金銭面では、ちょっとマイナスかも。でも、受けられる保証は手厚いのが揃ってるから、多少お金を出してでも入ったほうが良いんじゃないかな」
「保証の具体的な内容って?」
「そうだなぁ……私の所属してるギルド、『九皇殺し』を例にして紹介すると、例えば、探索面だと、戦闘で深い傷を負った時に、回復薬が割り引きされたり、一緒に活動するプレイヤーとか、NPCとかを派遣してもらったり、そういった、手助けになるレベルの保証がある感じかな。あと、このギルドの最大の目標である『九皇の討伐』に関係してることだと、『九皇』に挑める技量を持った人材の育成をしたり、『九皇』に挑戦する時に、高級で性能の良い武器とか防具とかを支給してくれたりと、『九皇の討伐』にはかなり力を入れてる感じだよ」
「なるほど。その『九皇殺し』に入れば、『九皇』を討伐できる可能性が高まるってことね」
「そういうこと! それじゃあ、早速、『九皇殺し』の本拠地に向かおう!」
「よし、行こう!」
私達はそう言い、『九皇殺し』の本拠地へと向かうのだった。
・・・・・・・・・
一方、その頃。遥から、そちらに新たなメンバーを連れて行くと連絡を受けた『九皇殺し』の本部は、新メンバーを迎え入れる為の準備で忙しいようだった。
「新メンバーの歓迎を急げ! あと2時間くらいで到着するらしいぞ!」
「遥さんが言うんだから、優秀な人材に違いない!」
そう大慌ての者たちが大勢いるのに対し、ただ一人だけ落ち着いたままの者がいた。
「待ちなさい。まだ、その新メンバーがギルドに入るとも限らないじゃない。例え、それが遥から招待を受けた人だとしても。もう忘れたの? このギルドには、入会試験があるって事を。誰かから推薦を受けたとしても、その入会試験をクリアしなければこのギルドには入れない。そうでしょう?」
「ええ、その通りです! ここにいるメンバーは、全員、厳しい入会試験を乗り越えてきた者たちです!」
「その通り。そして、その掟が私の許可無しに変えられる事はない。となれば、遥が推薦してきた新メンバーも、その入会試験を受ける事になるわよね。ということは、新メンバーがこのギルドに入る確率は100%では無いわ。その上、入隊試験は厳しいものだから、私たちのギルドに入会できる確率なんて、かなり低いものになるわ。だから、あまり期待しない方が良いわよ。」
ただ一人落ち着いていた人物にそう冷酷に告げられたギルドメンバー達は、がっくりと肩を落とす者たちが大半だった。しかし、その落ち着いていた一人も、気難しそうに表情を歪める。何かを冷静に考えているようだ。
果たして、何を考えているのか……
・・・・・・・・・
「輝夜、その名前どうしたの? テルルンって……」
「いつもの名前よりはまだマシでしょ?」
「確かに、いつもの適当な文字列に比べれば、全然良いけど、なんて言うか……子どもっぽすぎない?」
「まあ、そうだけど……でも、遥みたいに本名を晒すよりはまだマシでしょ?」
「うぐ……それはそうだけど……でも、輝夜みたいに、3歳児くらいがやってるのかと思われるよりはマシでしょ!」
「まあ……いつもよりはマシだけど、確かに、3歳児がやってると思われるのは嫌だなぁ……」
こうして、私が引いたことによって、この口論は終わりを告げた。そして、私と遥の仲が改善したのを良いことに、遥が長々と話し始める。
「それじゃあ、『九皇殺し』への入会方法を説明するわ。『九皇殺し』には、他のほとんどのギルドとは違う、少し変わった文化があるの。その文化っていうのは、ギルドへの入会試験。これをクリアしなければ、『九皇殺し』には入会できないの」
「入会試験……それって厳しいの?」
「あんまりかな。っていうのも、この入会試験の主な目的は、実力のない者を振るい落とすわけじゃなくて、入会したことによって得られる報酬品を攫って逃げていく者、いわゆる泥棒を入会させないためにあるものだから。しかも、入会すらせずに、こっそり侵入して、報酬品とか、溜め込んだ莫大な資金とかを狙う、本物の泥棒に対しても、準備は万端だよ」
「え? プレイヤーキルはできないんじゃないの?」
「何も、プレイヤーキルしたいわけじゃないよ。ただ、ギルドの誇りを傷つけたくないだけ。それに、泥棒を始末するのだって、プレイヤーが出向いて殺すわけじゃないから。まず、侵入ができそうな通路には、事前に罠が仕掛けてあるんだよ。その罠の数々を用いて、ギルドの深層に辿り着かれる前にさくっと始末しちゃおうってわけ。でも、たまにいるんだよ。マジでギルドから色々盗もうとしてるやつが」
「そういう人たちに対しては、どうするの?」
「ゲームの公式から配布された、ダイヤモンドゴーレムでぶっ潰す」
「公式さん、何やってるんですか……?」
「いや、むしろ、公式のこの対応は正しいんだ。このゲームが発売された当初、溜め込まれた巨額の資金を狙って、こっそり侵入して、ちゃんと盗みを働いて帰るヤツが」
「え……盗みが成功しちゃうの……?」
「もともと、ほとんどのギルドの創立者たちは、このゲームにおける泥棒の水準がそんなにも高いとは思ってなかったんだよ。で、その結果、散々盗みを働かれたってわけ。実際、ゲームが発売された当初、最も勢いのあったギルドは、たった一回盗みを働かれただけで、ギルド壊滅まで追い込まれたからね」
「そんなに小癪な泥棒が……」
「その結果、見かねた公式が、こうしてダイヤモンドゴーレムを配布したってわけ。
さて、話が逸れたわね。入会試験について話を戻すと、試験は、とあるモンスターと戦って、その結果で合否が決まるの」
「そのモンスターっていうのは……?」
「それは毎回変わるから、見当は付けられないの。たださっき戦った、『ビッグマンティス』と同じくらいか、それよりも強いモンスターが出てくるの。まあ、輝夜ならきっと勝てるよ! それに、まだ、こっちの鋼の短剣も解禁してないわけだし」
「そうだね。なら、勝てるかも!」
「自信が湧いてきたみたいで、良かった! 『九皇殺し』の本拠地まであとちょっと! 頑張ってね、輝夜!」
「うん、頑張るね!」
そう言い、私たちは、『九皇殺し』の本拠地に向けて、少しずつ、着実に歩を進めていく。