思い出
初夏の暮れ。照る向日葵、熟れた無花果、黄色く輝く梅の核果、赤く燃ゆる大紅団扇、紫玉の花を咲かせた矢筈豌豆。どれも幽遠のような黄昏に染まり、その真性を失っている。
彼女はその幻を解く魔術師だった。一つの莢果に触れて千切り、土を払って細工をした。そして唇を莢の端に付けて、息を吹いて鳴らした。ピュー、と高い音が響いた。
「これはカラスエンドウ。夏の終わり頃に蟻が好む蜜を出して、それを吸わせる代わりに他の害虫も食べてもらうの」
彼女が触れて語ると、森羅万象はその存在意義を訥々と現していく。例え、そのものがどんな幻惑に迷い、夕闇に翳ろうとも、その手は神域であった。
もしも、あの手に今一度だけ触れて貰えたなら、その言葉をどんな一言でも告げてくれたなら、貴方が居ない世界でも、私が生きる意味を見つけられるだろうか。貴方の魔術で、私にかかった呪いは解かれるのだろうか。それが貴方に拠るものだったとしても。