聖壇の前
私は真っ白なウエディングドレスに身を包み、振り返った。
「どうかな?」
新郎姿の魔王が私を上から下までまじまじと見つめた。何も言ってこないので不安に思っていると、魔王が頷いた。
「うん……綺麗だ」
「本当に? 間が長くなかった?」
「見惚れていただけだ」
照れている魔王が可愛い。
「けど、魔王様の横に並ぶの嫌だな」
「何故だ。お前から誘ってきたのに」
「そうだけど……魔王様格好良すぎるんだもん。なんか際立つよね」
「美羽も可愛すぎると思うがな。まぁ、何でも良い。早く写真撮ってもらうぞ」
「うん」
私と魔王は青い空の下、広大な海を背景に様々な角度から幾つも写真を撮ってもらった——。
「良いね! それっぽいよ」
「流石プロだな。よく撮れている」
「これなら信じてくれそうだね」
そう、この結婚式の前撮り写真は、私が魔王と結婚したことを異世界にいる攻略対象達に知らしめる為にしている行為。実際は結婚などしていない。
『美羽が結婚でもすれば流石に諦めそうだがな』
この魔王の一言で閃いた。結婚したことにしてしまえば良いのでは? と。
『魔王様、私と結婚する?』
『ゲホッ……ゴホッ……な、何を』
『魔王様大丈夫!?』
緑茶でむせた魔王の背中をさすりながら、私は魔王に提案した。
『魔王様と結婚したフリが一番良いかなって。魔王様って魔界の王様でしょ? 惚れ薬で操られてない限り誰も手出し出来ないじゃん』
『な、なんだ。フリか。フリなら任せとけ』
流石に結婚式まで挙げると費用がかかり過ぎる。魔界で挙げればタダ同然らしいが魔界の人たちに誤解を招いても困るので、写真だけ撮ることにしたのだ——。
「後は手紙を添えれば完成だな」
「そうだね。でもやっぱ、自分が招いた種だし……これ持って直接謝罪しに行くよ」
「そうか。俺も付いて行こう。監禁でもされたら堪らんからな」
「はは、あり得るね」
私と魔王が話していると、ブライダル館のスタッフが声をかけてきた。
「せっかくなので、良かったらこのまま式場もご覧になっていかれませんか?」
「どうする?」
「せっかくだから行ってみるか」
「では、こちらへどうぞ」
私と魔王はスタッフの後ろをついて歩いた。
◇◇◇◇
スタッフに誘導され、通されたチャペルは天井が高く、そこにあるステンドグラスが太陽の光を通してキラキラと輝いていた。
「わぁ、テレビや雑誌でしか見たことなかったけど、チャペルって綺麗なんだね」
「ふふ、一世一代の晴れ舞台ですからね。では、私は外で待機していますので、ごゆっくりとご覧下さいませ」
スタッフは外へと出て行った。
「そういえば、魔王様は教会とか大丈夫なの? チャペルは教会ではないんだろうけど」
「入ったことないから知らんが、ここは問題なさそうだ」
「それなら良かった。ウェディングドレスも着てることだし、せっかくだからあそこ立ってみようよ」
私は魔王の手を引き、聖壇の前に立った。
「ここで愛を誓うんだよ。一応神様の前だから嘘は吐いちゃダメなんだって」
「そうか。美羽も結婚したいと思うのか?」
「そりゃしたいよ。小さい頃の夢は『花嫁』だからね。次は誰とここに立てるのかな」
「誰とも立つな」
「え?」
「あ、いや……」
言葉に詰まっている魔王に私は苛立ちを覚えて言った。
「どうしてそんな酷いこと言うの? こんなんだけど私だって女の子なんだよ。結婚の夢くらい持ったって」
「違う!」
「何が違うの? 魔王様は優しい人だと思ってたのにさ、顔が良いからって私のこと馬鹿にしてるんでしょ。もう良い、帰————」
私は魔王に口を塞がれた。魔王の唇で。私は驚きの余り、目を見開いた。
そっと魔王の唇が私から離れると、魔王は私の目を見て真剣な顔で言った。
「次も俺と立ってくれ」
「え?」
何を言われたのか理解できなかった。どこに一緒に立つと言うのだろうか。
「ここに他の奴とは立って欲しくない。ダメか?」
ここ、って聖壇の前? つまりそれは……。
「うそ……」
「ここは嘘を言ってはダメなんだろ?」
私の頭の中はパニック状態だ。
「だけど、魔王様はレイラが好きで……」
「既に何度も振られている。俺は新しい恋をしてはダメなのか?」
「いや、良いけどさ。だけど、魔王様は魔界の王様で、別世界の人で……」
「毎日会ってるだろ。元は違う世界でも今は一緒に住んでる。なんなら俺は魔王をやめてこっちに住む」
「そんなことしたら魔界が困るんじゃ……」
「魔界は弱肉強食の世界。二番目に強い奴が魔王になるだけだ。ごちゃごちゃ言ってないで美羽の気持ちはどうなんだ?」
「えっと……」
魔王が真剣な瞳で見ている。まるで獲物をロックオンしたかのように見ている。
「ここでは嘘はダメだからな。あと、先延ばしも無しだ」
「うっ……」
流石魔王だ。見破られている。先程の質問で私の心配事は全てクリアしている。つまり後は私の気持ち次第。考えては駄目だ、ここは本能で応えるしかない。本能で……。
私は魔王の体にギュッと抱きついた。
「美羽、これは……そういうことで良いのか?」
「うん。大好きだよ」
その瞬間、私は両脇を持ち上げられた。まるで子供を高い高いするかのように。
「魔王様、恥ずかしいよ。キャ」
「すまん。嬉しくて、つい。」
そのままくるりと踊っているかのように一回転してから、魔王の腕の中に収まった。
魔王の顔を見上げると、その向こうで天井のステンドグラスが私たちを祝福するかのようにキラキラ輝いていた。
「よし、行くぞ」
「どこに?」
「美羽の気が変わらない内に悪い虫を取り除きにだ」




