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おにいちゃん①

 私はサイラスと二人きり、薄暗い部屋の中、一人涙を流している。それを見たサイラスはハンカチで私の涙を拭った。


「まだ一日は始まったばかりなのに、こんなので大丈夫なの?」


「だって、サイラス殿下が……」


「僕はもっとハードなのが好きだけど、君のために優しめなのを選んだんだよ」


「はい。ありがとうございます」


「この芝居が終わったらお昼食べに行こう」


 そう、今はサイラスと二人で芝居を観ている真っ最中。


『罰としてね、僕に君の時間を一日ちょうだい』


 私はサイラスのこの言葉を聞いた瞬間、丸一日かけて拷問されるのかと恐怖したのだが、見当違いだったようだ。


『ミウは貴族じゃないんでしょ? 露店とかも抵抗ないんじゃない? 付き合ってよ』


 サイラスはただ単にお忍びで遊びに行きたかっただけだった。私はその瞬間、一気に力が抜けた。


 サイラスに一日付き合えば、メイドとしてサイラスの部屋に侵入したことを咎めないと約束してくれたので私はその誘いに乗った。


 魔王はそれでも心配していたが、サイラスが私に一切危害を加えないという契約を交わし渋々承諾した——。


「感動しました! お芝居でこんなにも感動するなんて思ってもみませんでした。サイラス殿……んぐっ」


 サイラスの名前を呼ぼうとすれば、手で口を塞がれた。


「しー、今日はお忍びなんだから」


 しまった。ここは劇場の出入り口だ。人は沢山いる。私は村娘、サイラスはその兄といった具合に二人とも簡素な服装でぱっと見はサイラスだとは気付かないはず。私が失言さえしなければ。


 辺りを見渡せば、誰もサイラスの存在には気付いていなさそうでホッとした。私はサイラスから解放されると、すぐに聞いてみた。


「申し訳ありません。ですが、何とお呼びすれば宜しいですか?」


「んー、そうだね。サイって呼んでよ」


「サイ……様?」


「うん。愛称呼びも悪くないね。それから、デートなんだからそんな畏まらなくて良いよ」


「え、デート……?」


 聞き返せばサイラスにニコリと微笑まれた。愛称呼びにデート……まるで恋人同士みたいだ。


「ほら、デートなんだからそんな離れたところにいないでこっちへおいで」


「は、はい……」


 それまで平気だったのに、デートだと認識したら一気に緊張してきた。だって、喪女の私はデートなんて生まれてこの方一度もしたことがない。

 

 だが、デートとは具体的に何をするのだろうか。いつもの癖でスマートフォンを手に取ってみたが、ここにネット環境がないことに気が付いた。諦めて鞄にスマートフォンを収めようとすればサイラスに聞かれた。


「それって何なの? 魔力一切感じないけど何かの魔道具?」


「あ、えっと……そんなとこかな。ここでは使い道ないかも」 


「ここでは?」


 サイラスが怪訝な顔をするので、私は話題を変えることにした。


「今日は学園は? おやすみ?」


「うん。ミウが来たからサボっちゃった」


 てへっ、と笑うサイラスは思った以上に可愛いが王太子が学園をサボっても良いのだろうか。私も学校をサボったので人のことを言えないが。


「だからさ、お忍びでこんなとこいるの見られたら示しが付かないから宜しくね」


「うん。気をつけるね」


 それから暫く歩いて行くと、露店が並んでいた。


「わぁ、色んなお店があるんだね! お祭りみたい!」


 そこには串焼き等の食べ物から雑貨やアクセサリーの類を売っている店等、様々な店が並んでいた。


「どうする? 先に何か食べる?」


「うん! あ、でも私お金持ってないや。私見てるからさ、サイ様、食べて良いよ」

 

「え、それは……一緒に食べようよ」


◇◇◇◇


 私とサイラスは広場のベンチに並んで、二人でお肉を頬張っている。


「うん、美味しい! 昨日お城で食べたお肉も美味しいけど、タレがたっぷりかかって食べ応えのあるこのお肉も良いかも」


「そんなに美味しそうに食べてくれるなら誘った甲斐があったよ」


「でも、本当に良かったの? 奢ってもらっちゃって。後で返してって言われても困るよ」 


「はは、そんな格好悪いことしないよ」


 サイラスとお肉を食べながら、ふと思い出した。このお忍びデートは本来シャーロットと行くもの。ゲームでもこのデートは好感度アップのチャンスなのだ。


「シャーロットとは来ないの? 恋人同士って聞いたんだけど」


「シャーロットはこういう場所は嫌いみたい。でも、恋人……なのかな? よく分かんないや」


 シャーロットはサイラス攻略に惚れ薬しか使っていないのかもしれない。普通に好感度を上げていけば、サイラスはこんな複雑な表情を見せないと思う。


 私がサイラスの顔をじっと見ながら、肉に齧り付いているとサイラスがふっと笑った。


「ミウ、ほっぺにタレ付いてるよ」


「ん? どこどこ?」


「反対、もう少し下。ちょっと待って」


 サイラスはポケットからハンカチを取り出して、優しく頬のタレを拭ってくれた。


「ありがとう。私、子供みたいだね」


「僕は妹のお世話をしているみたいで楽しいよ」


 サイラスは本当に楽しそうに笑っている。それを見ていると、自然と私の口角も緩んだ。


「じゃあ、サイ様は、もう一人のお兄ちゃんだね!」

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