レイラのバイト先
放課後、私はレイラがアルバイトをしている近所のスーパーにやってきた。
店内に入るといつもの光景。レイラを探して歩いていると、レイラをスカウトした店長に声をかけられた。
「いらっしゃいませー。あ、君はレイラちゃんの友達の……」
「斉藤です」
「そうそう、斉藤さん。レイラちゃん初日なのに頑張ってくれてるよ」
「そうなんですね。今どこにいますか?」
レイラの居場所を聞けば、快くレイラの元へと案内してくれた。
「ここだよ」
「ここって……」
事務室? てっきりレジ打ちか商品陳列作業かと思っていた。それとも今は休憩時間なのだろうか。そんな疑問を抱えながら事務室へ入った。
「レイラちゃん。お友達が心配して見に来てくれたよ」
「まぁ、美羽。学業お疲れ様でした」
「レイラ、何やってんの? どうしてスーツ?」
レイラは髪の毛を後ろで纏め、ピシッとスーツを着こなしている。まるでキャリアウーマンのようだ。
「わたくし、経理と営業を任されておりますの」
「え……のんびりレジ打ちじゃないの? 商品陳列は?」
「美羽、今はレジもセルフレジの時代。通常のレジは一つあれば十分なのですわ。商品陳列などわたくしに出来るとお思いですか? 商品を壊して借金を作るのが関の山ですわ」
「確かに……」
レイラは自分の欠点を分かっていたのか。では、レイラの作るご飯がまず……私の口に合わないことも知っているのだろうか。
心の中で余計なことを考えていると店長が熱弁し始めた。
「君たち二人がいつも買い物に来てくれていただろう? そこで僕はレイラちゃんに一目惚れしたんだ」
「一目惚れ?」
「あ、外見じゃないよ。外見も勿論可愛いけどさ。レイラちゃんの商品一つひとつに対する思い入れと言ったら良いのかな、野菜やお肉、日用品に関しても購入した一つひとつに対しての評価を言って歩いてたでしょ。あれは店の改善と営業に役立つ」
確かに、レイラはスーパーに来ては商品に対しての感想を述べている。異世界にはない物珍しいものが沢山あるからというのも理由の一つだが、それにしても一度食した物や使用した物をあれ程細やかに分析できる人はそうそういない。
「それにね、計算するスピードの速さ、あれは尋常じゃないね。ひと月のお金の流れを把握し、将来設計を見据えた預貯金の仕方。これは経理にもってこいだ」
「店長さんよく見てますね……」
生粋のお嬢様のレイラだが、一緒に暮らし初めてからの楽しみが、私と一緒に預金残高を見ることなのだ。少しずつ貯まっていくのが嬉しいらしい。
計算も早いし無駄遣いをしないレイラならお金の管理も任せられると思い、兄と相談して我が家の財布はレイラに任せている。
「本来なら正社員として雇いたいんだけど、レイラちゃんにフラれちゃってね」
「どうして? 正社員の方が断然給料も高いのに」
「わたくしは、将来の夢を探している最中なのです。一つのところに縛られるのはもう少し吟味してからが良いですわ」
「なるほど。でも、これならレイラも続けられそうだね。安心したよ。私、買い物してから先帰ってるね」
レイラに手を振って、私は店の売り場へと歩いた——。
店のカゴを手に取り、本日の晩御飯は何にしようかと悩んでいると、壁のチラシが目に入った。
「卵がひとパック八十八円……今日はオムライスだ」
急いで卵売り場まで行くと、卵は最後のひとパックだった。
「良かった、間に合った」
私が卵に手を伸ばすと、同時に誰かの手が卵に伸びた。そして、私も卵を離さず、もう一人も卵から手を離さなかった。
「これは私が先に取ったんです」
「いや、僕が先だった」
「私です」
「僕だ」
私はその相手をきっと睨めば、その人も私を睨んでいた。その人は帽子を被り、マスクをしていたが、見覚えのある顔だった。
「田中?」
「誰だそれは」
「田中でしょ? 帽子なんて被って珍しいね。着替えてから拓海と後で来るんじゃなかったの?」
「何の話だ。それよりその手を離せ」
私は喋りながらも、ちゃっかり卵から手を離していなかった。
「ねぇ、これ譲ってよ。私のこと好きなんでしょ?」
「自意識過剰にも程があるな。それよりお前、どこかで見たことが……」
「当たり前じゃん。さっきも一緒にいたし。田中さっきから変だよ。あ、そうだ。これ私に譲ってくれたらさ、田中の分もオムライス作ってあげるよ」
私がそう提案すると、その人は私をじっと凝視してきた。
「え、何? サラダも付けようか?」
「思い出した。お前、いつも最前列に並んでるやつか」
「最前列?」
「いつも貢いでもらってるからな、特別にこの卵はやるよ」
「良いの? ありがとう。田中、オムライスはどうする?」
その人は卵から手を離し、鞄の中から一枚の便箋を取り出して私に手渡した。
「また今度な。これ僕の御守り」
便箋を開いてみると、見覚えのある文字が並んでいた。
「こ、これってまさか……ホンモノ?」
「今度ファンサたっぷりしてやるからまた来いよ」
その人は私がリクに書いた手紙を私の手からそっと奪い取り、丁寧に鞄に入れ直してお肉コーナーへと歩いて行った。
「あれはホンモノのリク? 田中じゃなくて? だから話が噛み合わなかったの? なんでこんな激安スーパーに?」
私の頭の中は“?”でいっぱいになった。そして、ついつい後を付けてしまった。
「せっかく生リクが目の前にいるんだもん。店の中くらい良いよね」
リクは牛肉を手に取って戻した。そして豚肉をカゴに入れた。次は加工品のコーナーへ。カレールーを手に取ってカゴに入れた。そのままレジへ……行かずに再びカレールー?
「お前、良い加減にしろよ」
「え、あ、すみません。ついついファン魂が」
「それは、ただのストーカーだ。ちょっとスマホ貸せ」
「え、あ、はい」
私は素直にスマートフォンを差し出せば、リクに肩を抱かれた。
「キャ、え、なに?」
「記念写真。家まで付いて来られたら困るからな。はい、撮るよ」
カシャ。
「はい。せっかくだから僕のにも」
カシャ。
「もう付いてくるなよ」
嵐のようにリクは去って行った。何が何だか分からないが私のテンションはMAXだ。これはもう小夜に話をしなければ。急いで小夜に電話した。




