ダンジョン
拓海と田中は唖然としている。それもそのはず、私の家から突然見知らぬ土地に瞬間移動したのだ。
それにしても、魔王は何人連れて異世界まで転移ができるのだろうか。私、小夜、兄に拓海、田中を連れて異世界転移とは、その魔力量は計り知れない。
いつも留守を任せているレイラは、なんとアルバイトの面接に行くらしい。
『わたくしもお兄様や美羽の脛ばかり齧っているわけには参りませんわ。自立に向けて仕事をしてみようと思いますの』
と、レイラは自立に向けて一歩ずつ前へ進んでいるようだ。ちなみに、レイラは近くのスーパーの店長さんと仲良くなったようで、既に働かないかと勧誘を受けているらしい。なので、面接は形だけ。
さて、話が逸れてしまったが今は異世界、乙女ゲームの世界だ。それを拓海と田中に簡単に説明した。しかし、二人はすぐには受け入れられないようだ。
「手品か何かか? ドッキリじゃないのか? 田中、お前もグルか?」
「アホか。俺も何がなんだか分かんないよ。ダンジョンって何だよ。格好良いけどさ、俺ゲームしかやったことないよ」
「拓海君も田中も美羽が好きなんでしょ? だったらツベコベ言ってないで戦う戦う。美羽は格好悪いの嫌いだよ」
小夜のその言葉に拓海と田中の競争心に火が付いたようだ。背景がメラメラと燃えている。
「って、魔王様、わざわざ魔法で炎出さなくて良いから!」
「なんだ。こういう演出をした方が美羽も喜ぶと思ったんだが」
魔王は意外とお茶目なところがあるようだ。悪気が全くないので怒るに怒れない。
「でもさ、ダンジョンってやっぱ魔物討伐でしょ? 私たち丸腰だし、魔王様とお兄ちゃんしか戦えないんじゃない?」
「大丈夫だ。そこの二人には俺の剣を貸してやるから。美羽と小夜は見ていれば良い。それよりも、アイテムはきっと上の層だと思うんだ。アイテム取得は今日一日じゃ無理かもな」
「なんで?」
私だけじゃなく兄、拓海、田中も不思議そうな顔で魔王を見ている。上級の層だとしても魔王がパパッと魔物を倒して、アイテムを拓海と田中に横流しすれば良いのではないか? そんな疑問に小夜が応えてくれた。
「アイテムはその層のラスボスを倒したら貰えるんだけどさ、倒した人の物になるんだよ。だから魔王様が倒したら魔王様の物ってこと」
「そういうことだ。サポートくらいは出来るがな。レイラにも今回のアイテムはこの二人に譲れと言われている。だから、上層に行けるように下層でまずは鍛えんとな」
「マジか……」
拓海は剣道をしているから基礎体力もあるし剣を渡せばどうにかなるとは思う。だが問題はこっちだ。
「田中、大丈夫? 今ならやめられるよ」
「ば、馬鹿言うな。拓海に美羽を取られて溜まるか。このRPGで鍛えた知識で絶対に乗り越える!」
「でも、魔法は使えないんだよ……? 剣だけだよ。しかも扱ったことないんでしょ?」
「うっ……大丈夫だ。美羽の応援があれば。応援してくれるんだろ?」
「もちろん応援はするよ! 頑張ってね、田中!」
すると、田中と私の背景がキラキラと輝き出した。私と田中はこのまま手を取り合って……。
「じゃないよ! 魔王様、ふざけすぎ!」
「すまんすまん。じゃあ、行くぞ。まずは受付をしよう。受付通してないと報酬は貰えんからな」
「それは急ごう。拓海、田中行くよ」
◇◇◇◇
受付を済ませた私たち六人はダンジョンの最下層に入った。
「僕は別行動するよ」
「お兄ちゃん、どこ行くの?」
「一緒に行動しても最下層の魔物じゃ大した報酬にならないだろうし、少しここで慣らしたら上に行って出来るだけ稼いでくるよ」
「お兄ちゃん無理しないでね!」
「美羽も小夜ちゃんも魔王から離れちゃ駄目だよ」
兄は古代遺跡で手に入れた剣を背負って先に進んでいった。
兄は異世界に来てもお金を稼ぐことが最優先らしい。私も兄と一緒に稼ぎたいが私にはまだアイテムがない。足手纏いにはなりたくないので、魔王の後ろで勉強をしていよう。
魔王の真後ろで化学の参考書片手に歩いていると、拓海と田中は魔物に出会したようだ。チラリと覗いてみると、そこにいたのはスライムだった。
「これがあのスライムか。拓海、あれは切っちゃ……」
「田中、あれは俺が切る」
田中が拓海にスライムを切るなと警告しようとしたが、その言葉は拓海の素早い行動でかき消えた。拓海の剣がスライムを真っ二つに切り裂いた。
案の定、田中と拓海は言い合いを始めた。
「拓海の馬鹿! スライムは剣じゃ倒せないんだ。増えるだけなんだよ」
「そうなのか? 早く言えよ」
「基本中の基本だろ。お前RPGしたことないの?」
「ゲームはしないんだ。剣で駄目ならどうするんだ?」
拓海と田中を見ながら、私は魔王に言った。
「スライムは雑魚でも、剣しかない二人には無理だよ」
「そうだな。あれは俺が倒そう」
魔王が前に出ようとすれば、田中が鞄から何かを取り出した。
「スライムはホウ酸ナトリウムとポリビニルアルコールが水素結合したもの……そしてホウ砂を多く入れると固まるんだ」
「田中何言ってんの?」
「さぁ」
小夜に尋ねてみたが、田中が何を言っているのか小夜も分からないようだ。
「つまり、ホウ砂の代わりにこの目薬を使えばいけるはずだ」
先程田中が鞄から取り出したのは目薬だったようだ。
田中が一つのスライムに向かって走り出すと、分かれたもう一つのスライムが田中に向かって飛んできた。田中は目薬を向かって来たスライムに数滴垂らし、もう一つのスライムにも同様に数滴垂らした。
スライムはボトリッ、と地面に落ちて動かなくなった。
「これは……倒したってことで良いのかな?」
「良いのだろうな」
私は田中の元に駆け寄って、興奮気味に早口で田中に言った。
「田中やるじゃん! さっきの何? すごいよ。見直したよ。どこでそんな難しい言葉覚えたの? 田中は頭良かったんだね! てっきり一軍にいる人は馬鹿ばっかかと思ってたよ」
「美羽……俺のこと馬鹿だと思ってたの?」
「あ、えっと……ごめん」
興奮のあまり正直に言いすぎた。田中は気分を害しただろうか。害しただろうな。私が俯くと、田中は私の頭をクシャクシャっと撫でて言った。
「やっぱ俺、美羽好きだわ」
その笑顔に少しドキリとした。少しだけ。




