夏の終わり
そして、今年の夏休みも残すところ一週間を切った。
「なんかさ、田中からのメッセージがウザいんだけど」
私が愚痴をこぼすと、レイラが目を輝かせて言った。
「スマホとは何とも便利ですわよね。どうやってこの文章が相手に届くのでしょう。このカメラも素晴らしいですわ。肖像画を描かなくても一瞬でその時の様子を残せるのですから」
田中と食事に行った後、私は田中と連絡先を交換した。レイラが携帯電話を持っていないので代わりに。
正直、連絡先の交換はしたくなかった。田中が嫌いだから。けれど、田中が言うのだ。
『連絡先教えてくれないと、自宅に手紙送るよ』
そんな事をされたら迷惑極まりない。兄だけならまだしも、魔王に手紙を見られたら最悪だ。田中の命だけなら百歩譲って良いだろう。だが、私にまでその火の粉が飛んでくるのは困る。
そして、泣く泣く連絡先を交換したのだが、メッセージの頻度が多すぎて鬱陶しい。
「私、受験生なんだけど。こんなしょうもないやり取りに時間を割きたくないよ」
そう、中身のない会話。おはようを始め、何を食べたか、今何をしているのか、趣味は、好きな食べ物は何か。
それも、レイラのだけではなく私のことも聞いてくる。故に二重で送信しなければならない。田中の方が送信回数が少ないので腹が立つ。
「レイラは田中のこと好き? 男として」
「悪い方ではないと思いますが、恋愛となると分かりません。この少女漫画のように胸のトキメキはありませんわ」
レイラは恋がどういうものか少女漫画で勉強中だ。レイラの言葉で私は決意した。
「連絡を取るのはもう止めにしましょう。疲れました……と、これで良いでしょう」
そう文字をスマートフォンに打ち込み、送信ボタンを押した。すると一分も経たない内に返信がきた。
「早ッ! しかも長ッ!」
長すぎて読むのが面倒になり、そのままスマートフォンの画面を閉じた。そこに重要な内容が書かれているとも知らずに——。
これで田中との連絡を気にせず残り一週間レイラと有意義に過ごせる。そう思っていると、ふとあることに気が付いた。
「私が学校行ってる間、レイラひとりぼっちになっちゃうけどごめんね」
「大丈夫ですわ。美羽の家事は見ていましたもの。私が家を守りますわ!」
「え、レイラ家事する気なの?」
「もちろんですわ。将来は仕事と家庭を両立出来る女性になりたいのです。家事くらい朝飯前ですわ」
レイラは張り切っているが、実は未だに家事は出来ない。掃除をさせると更に散らかり、洗濯は洗濯機が漫画か! と突っ込みたくなるほど泡だらけになって危うく壊れかけた。
炊事は何度も手を切って火傷をして、出来上がったものはお世辞にも美味しいと言えるものではなかった。
生粋のお嬢様だから一つずつゆっくりやっていこうと思い、ひとまずレイラ自身の事から始めた。体や髪の洗い方、箸の使い方、お茶の注ぎ方等を教え、やっと先日習得したばかりだ。
「家事は私が帰ってからするよ。レイラは他にやりたいことやって良いよ」
「やりたい事が家事なのですわ」
「そ、そっか。じゃあ、一番危なくない掃除を任せようかな」
「お任せ下さい!」
「じゃあ早速掃除の仕方教えるね」
レイラが一週間で掃除を習得できるかは分からないが、やる気に満ち溢れているレイラに何もやらないでと言うのは酷な話だ。
私はレイラに掃除機の使い方。ゴミの分別の仕方、物を元あった場所に戻す等、至極簡単な事だけを教えた。細かいことは混乱するので、これだけ覚えててくれたら十分だ。
「レイラ、凄いよ。出来てるよ!」
レイラは掃除機を操っている。そして、四角い部屋を丸く掃除をしていることは気にしない。写真立てや置いてあるものが壊れるのに比べれば、四隅に埃が残るくらいが丁度良い。
レイラが順調に掃除機をかけていると、ふと何かに気がついたようだ。
「美羽これはなんですの?」
レイラが手に取ったのは去年、商店街の福引で当てた手持ち花火だった。
「それは花火だよ。せっかくだから今日の夜やってみよっか。お兄ちゃんも少し早く帰ってくるみたいだし。魔王様は、いなくても良っ……」
「俺もやりたい」
「うわっ、魔王様いたの?」
魔王が突然横に現れた。こんな時『キャッ!』とか言えたら可愛げもあるのだろうが、私はそんな女子力を持ち合わせてはいない。
「いちゃ悪いのか。俺もやるからな、花火」
「じゃあ魔王様も入れて四人でしよ。これだけじゃ少ないからもう少し買い足そっか」
◇◇◇◇
辺りが暗くなった頃、私とレイラ、兄と魔王の四人で近くの河川敷にやってきた。
「お兄ちゃん、花火なんていつぶりだろうね」
「花火大会は行くけど手持ち花火は随分としてないな。レイラちゃんこれ持って」
「こうでしょうか?」
「うん、火付けるから離しちゃダメだよ」
シャー、パチパチ……。
花火が爆ぜる音が響く。煙が風によって流された。
「わぁ、これが花火……。綺麗ですわね。あ、もう消えてしまいましたわ」
レイラは感嘆の声を出したかと思えば、花火が消えたと同時に寂しそうな顔をした。そんなレイラに次の花火を手渡しながら言った。
「今日は特別に沢山買ったからいっぱいしよ。そして夏の思い出作ろうね。ほら、魔王様も」
「なんか楽しいな。レイラをこの世界に、美羽の元へ飛ばして正解だったな」
魔王の発言にふと引っ掛かりがあったので、私は聞いてみた。
「レイラをこの世界に飛ばしたのは偶々なんでしょう?」
すると魔王の口からは予想外の返答をされた。
「いや、転移させる瞬間、美羽がレイラのことを可哀想だと言っていたのが聞こえたからだ」
「え……」
確かに言った。乙女ゲームのエンドロールを眺めながら『悪役令嬢は可哀想』だと。
「じゃあ敢えて私を選んだってこと?」
「そうだと言っているだろう」
家族は別として、自分が誰かに選ばれるなんて今までそんな経験がなかった。いつも一人ぼっちだったから。
魔王が私を選んでくれたこと、レイラに出会えたことが嬉しくて涙まで出てきた。
「おい、美羽泣いてるのか?」
「泣いてないよ、花火の煙が目に染みただけ」
「この煙は目に入っても大丈夫なのか? 美羽、目を見せてみろ」
そう言って、魔王が私の顎をクイッと持ち上げて真っ直ぐに私の目を見た。
「ち、近いから。やめてよ、大丈夫だから」
「洗いに行った方が良いんじゃないか?」
「大丈夫だから。それより魔王様、ありがとう」
私は、今の幸せな気持ちを笑顔に乗せて伝えた。すると、いつもは私が赤面するのに対し、何故か魔王の顔がみるみる赤くなっていった。
「夏の終わりは恋が芽生えやすいよねー」
兄の言葉は花火の音によってかき消えた。




