4
三年生になった祐太郎は平穏無事に学校生活を送っていた。
金曜日の夜。祐太郎の部屋。
休みの前日は一緒にゲームをすることが多い。
この日もリオと祐太郎は一緒にゲームをしていた。
「高校に入学した時はコミュレベル11で、三年生になった今レベルは25まで上がった。二年間でレベルが14上がった計算になるね。一年だと7上昇───ってことはだよ。高校卒業までにはレベル30いきそうだね」
リオは嬉しそうに言った。
「そう上手くいくかなあ? レベルは上がれば上がるほど必要経験値は増える。レベルも上がりにくくなるんじゃなかったっけ?」
「だからそれも込みで、卒業間近には30まで上がりそうって話だよ」
「上がるかなあ?」
「なに? やる気ないの? 『上がるかなあ?』じゃなくて、上げようよ。上げる努力しようよ」
「わかってる。やる気はあるよ」
祐太郎は苦笑いを浮かべた。
「うん、頑張ろう!」
「………」
張り切ってるリオとは対照的に、祐太郎のテンションは今イチ上がってなかった。
(卒業までに、か……)
祐太郎はゲームもやや上の空で、何事かを考えていた。
「リオ、ちょっと見てもらいたいモノがあるんで、掃除が終わったら俺の部屋に来てくれるか?」
休日。
リビングで拭き掃除をしていたリオに祐太郎が言う。
「見てもらいたいモノって何?」
「来ればわかるよ」
祐太郎はそれだけ言うと、二階へ上がっていった。
(なんだろう? 見せたいモノって?)
何を見せてくれるのか少し楽しみではある。
掃除を終えたリオは祐太郎の部屋に向かった。
「見せたいモノって何よ?」
「これだよ」
原稿の束をリオに渡す祐太郎。
「これ……マンガ?」
「以前ボロクソ言われたリベンジだよ。新作を描いてみた」
「枚数がけっこうあるね。長編?」
「うん。おかげで描くの時間かかった」
「読んでいい?」
「もちろん。率直な感想を聞かせてほしい」
事故に遭った主人公が転生した先は人間が十人しかいない、原始的な世界だった。
とりあえず力を合わせて生きていくしかない。
ところが、一緒に暮らしていくなかで奇妙なことに気付き始める。
十人全員が別の異世界から来た転生者で、価値観がまるで違っていたのだ。
食べ物の好みや趣味嗜好、習慣や生活様式、体の特徴や身体能力、考え方や感じ方などなど、全てがバラバラ。
最初は上手くいっていた生活も、この違いによって次第に仲間内での衝突が増えていき……。
「……うん、前よりは面白くなってるよ。絵も上手くなってる」
読み終えたリオは率直な感想を口にした。
「ホント?」
「ホント」
「お世辞じゃなく?」
「お世辞じゃなく。異世界に転生したら別の異世界から転生した人間しかいなかった話、というのは変わってて面白かったよ」
そう褒めると祐太郎は少し嬉しそうに俯いた。
「たぶん、佳織ちゃんも面白いと言ってくれそうな気がする」
リオがそう言うと、祐太郎は意外そうな表情になった。
「見せなきゃダメなの?」
今度はリオが驚いたような顔になる。
「い…いやいや、逆に聞きたいよ。見せないの? その為に描いたんじゃないの?」
「違うよ。最初に言った通り、以前のリベンジだよ。前作はイイネしてくれた人が二人しかいなかったからね。イイネを三人にするのが目標」
「えらく低いな、おい」
「前作を上回れば十分だよ」
(……祐太郎、佳織ちゃんのことはどう思ってるのかしらね? 前作のは結局見せなかったし、せっかくの新作なのに見てもらいたくないのかなあ? でも変に焚き付けるのは良くないみたいな事をクロにも言われたからなあ……)
ちょっと考えた末、リオはこう言った。
「ね、じゃあさ、美術部の皆に見てもらったら? 美術部って絵心のある人が多いわけでしょ? 絵については的確なアドバイスがもらえるんじゃない?」
「それは……そうなのかな?」
「そうだと思うよ。見せるの恥ずかしい?」
「恥ずかしくはないよ。ただ別にアドバイスを求めてるってわけでもないからなあ」
「アドバイスをもらって絵のクオリティを上げてからネットに公開したほうが、イイネを3つもらう確率も高まるんじゃない?」
それはそうかもしれない。
と納得した祐太郎はリオに言われた通り、美術部の誰かに新作を見てもらうことにした。
放課後の美術室。
その日の部活が終了して少し間を置いてから、祐太郎は残っていた部員に切り出した。
「あのさ、ちょっと見てもらいたいモノがあるんだ」
カバンから新作の漫画を取り出し、皆から見えるように持つ。
「なにそれ?」
「漫画を描いてみたんだ。絵についてアドバイスがあれば欲しいなと」
「へー沢井っち、漫画なんて描くんだ?」
「普段は描かないよ。気まぐれで描いただけ」
前作が酷評されたリベンジで描いたとは言いにくいので、適当にごまかす。
「見せて見せて」
その場に残っていたのは四人で、全員が漫画を回し読みする。
「面白いじゃん」
「わたしも面白かったです、先輩」
「背景をもうちょっと描きこむと、わかりやすくなっていいんじゃないかな」
「色つけると読者に伝わりやすくなると思います。陰影のつけ方はけっこう好きです」
読み終えた感想はこんな感じで、まあまあ好評だった。
祐太郎はキャラの表情、ポーズ、遠近感など絵についての意見を更に聞いてみた。
皆、絵に対しては真剣だ。
ここはこうしたほうが良くなるんじゃない?───みたいなアドバイスをたくさんくれた。
場に残っていた福田という同級生の女子が言う。
「これ、佳織にも見せたら?」
「ぅえ?」
予想してなかった提案に、祐太郎は素っ頓狂な声をあげた。
「この部で漫画描いてるの佳織だけじゃん。ウチらより、もっと的確なアドバイスもらえると思うよ」
「いや、いいよ。もう帰ったじゃん」
「まだ近くにいるかもよ。ちょっと聞いてみる」
福田はスマホを取り出した。
「いや、いいってば。わざわざ聞いてみなくても」
「聞いてみるだけだって」
難色を示す祐太郎に構わず、福田はスマホを操作している。
彼女は少し強引なところがある。
ちょっとして福田が言う。
「読んでみたいので来るってさ」
「マジで!? わざわざ呼びつけるかね」
祐太郎は少し呆れ気味に言った。
「本人が来たいって言うんだからイイじゃん」
お節介なタイプの福田に悪気がないのは知ってる。
むしろ善意でやったことなのだろうというのがわかっていので、祐太郎は強く文句を言えなかった。
普段、祐太郎は佳織となるべく距離をとるよう振舞っていた。
デッサンの時も離れた所に座り、それ以外もなるべく近付かないようにしている。
それにはある理由があった。
しばらくして佳織が学校に戻ってくる。
後ろには同じ美術部員である山口という男がいた。
(うわ、最悪のパターン……)
山口は二年生の途中から美術部に入ってきた男だった。
普段から佳織に付きまとうことが多く、帰る方向が同じという理由で、よく佳織と一緒に帰ろうとしていた。
今日もそのパターンなんだと思われる。
山口が佳織に気があるというのは、皆うすうす感じてることだった。
祐太郎はこの山口のことが苦手だった。
親は高級官僚で家は金持ち。
いつも学年トップをとるほど成績優秀。
自分を賛美する人間をいつも欲してるので、取り巻きを常にはべらせている。
性格は傲慢で尊大、常に上から目線で物事を語る。
普通の人とは比べ物にならないぐらいのナルシスト。
優秀な俺様を見ろ、あがめろ、褒め称えろという意識が言動の端々に滲み出ている。
俺様は正しい、間違ってるのはいつも他人という意識なので、何か問題があると自分の落ち度には気付かず、すぐ他人のせいにする。
気に入らないものを見つけると即座に発狂し、感情に任せて攻撃するという異様な攻撃性。
実際はそういった臭気を放つ腐った人間なのに、自分をとんでもく高みにおき、魅力的な優れた人間だと思い込んでいる。
ちょっと思いつくだけでもこんなに欠点がある。
佳織のことは嫌いではない───というか、どちらかといえば好ましく思うが、それ以上に山口と関わりたくないのだ。
佳織に対する好意的な気持ちより、山口に対する嫌悪感が数倍勝る。
だから山口とは距離を置くし、山口が付きまとう佳織にも距離を置かざるを得ないのだ。
「沢井君、漫画描いたんだって? すごく面白いって評判聞いたよ。見せて!」
「おい、ハードル上げんなよ」
祐太郎は呆れた苦笑いを浮かべながら福田に苦情を言った。
「イイじゃん。実際、好評だったんだし」
「そりゃ面と向かってつまんないとは言いにくいだろうよ。というか面白いって言うしかないじゃん。そんなハードル上げたのなら見せるのやめようかな」
見せたくないという本音を冗談めかして言ったが、これは良くなかった。
「沢井ー、ここまで来てそりゃないべよ」
「佳織ちゃん、せっかく戻ってきてくれたのに、この仕打ちはないと思うよ沢井君」
非難の声が飛んできた。
「わかってる。冗談だよ」
観念した祐太郎はしぶしぶ佳織に原稿を差し出した。
「……いいの? 沢井君が嫌なら読まないけど……」
佳織は申し訳なさそうに言った。
すると黙って聞いていた山口が口を挟んできた。
「読んで大丈夫だよ。沢井のクソくだらない冗談なんか気にする必要もないよ」
イラっときたが、我慢。
美術部でしか関わりがない山口とは、本音をぶつけあうケンカなんかしたくない。
祐太郎は卒業まで、山口とは距離をとるという道を選んだのだ。
「面白い! 面白いよ沢井君。絵もセンス良く描けてると思う。マンガ上手いんだねー。知らなかったよ! これ初めて描いたの? すごい!」
佳織はやや過剰なほどに祐太郎の作品を褒めた。
(やめてくれ。持ち上げないでくれ)
祐太郎は切実に願った。
「俺にも見せて」
山口が佳織に言う。
「……いい?」
佳織は祐太郎の意思を伺った。
ここでダメと言ったら、どうせまたひと悶着起こるのだろう。
「……いいよ」
もうどうでもいいよ。
好きにしてくれ…という心情。
読み終えた山口が祐太郎に言う。
「ま、初めてにしてはそこそこ描けてるのかもな。背景はスカスカだし、セリフは漢字が少なくて小学生なみだが、学歴ない奴でも読めるってのはメリットだな。わかりやすいのは良いわ。構図はワンパターンで芸がねえな。そういうシンプルなやつが好きな奴は好きなんだろうから別に構わんが。仕切り屋のヒロインはクソだな。蹴り飛ばしくたくなったわ。ま、でも及第点なんじゃねえの。初めてにしてはさ」
(そうか。俺はお前を蹴り飛ばしたくなったぞ)
ケチをつけるのが大好きな山口は、基本的に減点法でしか語らない。
褒める時は殿様が下民に対するような褒めてつかわすという居丈高な態度。
それがよくわかる感想だった。
おそらく大好きな佳織が漫画を褒め称えたのが気に入らなかった───という心情もあったのだろうと思われる。
(もういいかな……)
「読み終わったなら早く返そうね」
祐太郎はわざと幼児を諭すように言った。
原稿を受け取り手早くカバンにしまうと、祐太郎は一つ深呼吸をして言った。
「クソなのはお前だろ。オマエの人間性は吐き気がするほどのゴミクズだわ。自分を優秀で魅力的な人間だと思い込んでるようだけど、オマエを持ち上げてる取り巻き以外はオマエをクズだと思ってるぞ。もっともオマエは自分を客観視できない暗愚の王様だから、そんな事もわからないんだろうけどな。上から目線でしかモノを語れないガ○ジってことに気付いてないんだろうな。オマエはさっさと病院行ってこいってレベルのナルシストだし、どうしようもないほど傲慢なゴミクズだから。俺はこんなゴミクズとはもう関わりたくないんで今日で美術部はやめるわ。そんじゃ」
言うだけ言って、スタスタと美術部を出て扉を怒りに任せて力いっぱい閉める。
ガゴン!
という衝撃音が辺りに鳴り響く。
距離を置いた付き合いにも限界はある。
卒業まで距離を置くつもりだったが急遽方針転換、堪忍袋の緒が切れた祐太郎は勢いのまま美術部をやめた。
もし自分の大事な人が一生懸命作った作品をあんな風に貶されたら絶対に許せない。
『コミュニケーションにおける最も大事なことって知識じゃないの。実践力なの。いや、知識ももちろん大事だけど、それを実行する行動力がなかったらなんの意味もないのよ』
脳裏に浮かんでいたのはエイミの言葉だった。
後悔はまったくない。
むしろ我慢してたことを言ってやって清々しい気分だった。
「美術部やめるって、そりゃまた思い切ったことしたねえ……」
リオの部屋。
美術部をやめたと聞かされたリオは、話を聞くため祐太郎を呼んだのだ。
「後悔はないよ。むしろスッキリしたわ」
「………」
晴れやかな表情の祐太郎とは対照的にリオは何事かを考えていた。
(バグ……ではないよね。でも一応確認しとくか)
三日後。
再び祐太郎を自分の部屋に呼ぶ。
「おめでとう。レベルアップだね。1つ上がって、26になったよ」
「え!? 今回のあれでレベル上がるの!?」
「うん」
驚く祐太郎。
「今回ってWINーWINの関係を築いたわけでもないし、本音を上手くぶつけあったわけでもない。言ってみれば縁を切っただけ。コミュニケーションを断絶しただけ。なのにコミュレベルが上がるんだ?」
「縁を切るというのもコミュニケーション技術の一つだよ」
「……そうなの? あれ? 前もそんなことがあったような……」
「前のやつはネトゲの中の関係だったからね。リアルとは違うよ」
祐太郎はギルドをやめたことを思い出した。
「面倒な人とは関わらないのも技術のウチなのよ。縁切りも含めてね。祐太郎はこれまでリアルで面倒な人を縁切りしたことはなかったよね? それが経験値として加算されたんだと思う」
「………」
リオの言ってることもわかる。
たしかに山口は面倒というか、関わるだけで心が疲弊するような厄介な人だったので。
「そっか……そうと知ってればここまで我慢しなかったのにな……」
もっと早く縁を切ればよかったと、祐太郎は悔やんだ。
「ゴメンね。もっと早く説明すれば良かったね。美術部に面倒そうな人がいるというのはなんとなく知ってたけど、ここまで厄介な人だとは思わなかった……」
「いや、いいよ。詳しく言わなかった俺の落ち度だよ」
ちょっと大人なコメントにリオは少し感動した。
祐太郎も成長してるんだなあと。
「WIN-WINの関係ってね、誰に対してもそれを求めろって話ではないのよ。互恵的な関係が築けそうならそうすればいいけど、無理そうなら関係は最小限にとどめる、関係を切ってしまうのも十分アリなんだから」
「覚えとくよ」
祐太郎は頷きつつ、あることを考えていた。
(そうか。それなら、あの問題も……)
翌日。学校。
ある時から、東間という男が違うクラスから遊びに来るようになっていた。
いつも他人を見下した態度で、実際は雑魚であるにも関わらず自分は優秀だと思い込んでいて、しかも他人を煽るのが大好きという典型的なイキリ屋。
『ボク他人の欠点を上手く言い当て過ぎる所があるからなあ』が口癖で、そう予防線を張ることで他人の悪口を言いやすくしていた。
ある日、東間がいつものように悪口を言ってきた。
「ボクが言ったんじゃないよ? 三組の田中が言ってたんだよ?」
東間は心から楽しそうな顔をしていた。
悪口を言われた相手は中村といって祐太郎が仲良くしてた友達であり、最初は流してた祐太郎も我慢の限界を迎えていた。
『WIN-WINの関係ってね、誰に対してもそれを求めろって話ではないのよ』
脳裏にあったのはリオの言葉である。
「おい! いい加減にしろよ!」
祐太郎は東間に怒鳴った。
「三組の田中が悪口を言ってた? バカじゃねえの。悪口言ってるのはテメーだろ!」
祐太郎の剣幕に一瞬ひるんだが、東間はすぐに言い返した。
「ボクが言ったんじゃないよ! 三組の田中が言ったって言ってるだろ!」
「どっからどう見てもテメーが悪口言いたいだけだろうが! 人のせいにすんな! 悪口の報告を装って自分が悪口言う奴は、控え目に言ってクズだ」
「ボクが言ったんじゃないって言ってるだろ! 中村を心配して田中が悪口言ってたことを教えてやってるのに、そんな風に言われる覚えはない!」
「心配? バカだろオマエ。本当に心配してる奴は悪口を楽しそうに報告したりはしねえよ。オマエがしたいのは中村への心配じゃなく、田中が言ってた体を装って中村に悪口言うことだろ!! そうやってごまかす所がクズなんだよ!」
「ごまかしてないよ!」
「ごまかしてるだろうがよ! オマエさあ、よくウチのクラス来るけど、自分のクラスに友達いないのか?」
「………」
指摘が図星だったのか、東間は黙った。
実際、東間は傲慢なイキリ屋の性格が災いして、クラスで居場所をなくしていたのだ。
「もう来んなよオマエ。マジでウザイわ。誰もオマエのことなんか求めてねーからな。身のほど知らずで傲慢で悪口ばっかりのイキリ屋なんて迷惑な存在でしかねえわ」
ちょうどチャイムが鳴り、東間は無言で帰っていった。
次の休み時間。
祐太郎は友達の皆に感謝の言葉を述べられていた。
イキリ屋の東間は皆が迷惑していたのだ。
だから祐太郎の激しい言葉も、それを言い過ぎに感じる者は一人もなく、それどころか全員心からスッキリした良い笑顔をしていた。
(祐太郎、成長したなあ……)
リオはその様子を感慨深そうに見ていた。
友達の為に怒るというのはなかなかの行為だ。
コミュレベルは上がらなかったが、リオは祐太郎の成長を喜んだ。
その翌日。美術部をやめた二日後のこと。
放課後。ひと気のない廊下。
祐太郎は山口を除く、山口以外の美術部の主なメンバーに呼び出されていた。
「なに? 俺もう美術部やめたんだけど?」
「沢井、マジでやめるの?」
福田が祐太郎に尋ねる。
「やめるじゃなくて、既にやめたんだよ。もう顧問にも言ってきた」
「!?」
びっくりした顔になったが、それも一瞬で福田はすぐに落ち着いた表情になった。
「そっか。決意は固いんだね。ってことで……沢井、部活やめるってよ」
福田が他の部員を見回すと、他の部員は申し合わせたように頷いた。
「沢井君がやめるなら私もやめるよ」
「!?」
佳織が口火を切ると他の部員も続いた。
「わたしもやめる」
「アタシも」
「僕も」
福田が最後に言う。
「ウチもやめるぞ」
「な……なんで!? 俺に付き合うこともないんじゃない? なんでやめちゃうの!?」
「あんたと同じだよ」
「え?」
「自分で言ってただろ。『オマエを持ち上げてる取り巻き以外はオマエをクズだと思ってる』って。ありゃ当たってるぞ。山口にムカついてるのは、あんただけだと思ってたのか?」
「………」
「ウチらは皆、アイツのクズさにうんざりしてたんでな。あんたが啖呵切ってくれて良かったわ。ウチらは概ね共感したし、アイツと縁を切る良いきっかけを作ってくれてサンキューまである」
祐太郎は驚いた。
山口が好かれてないだろうとは推測してたが、ここまで嫌われてるとも思ってなかったのだ。
「いや、でも、こんなに一斉にやめて美術部はどうなんの?」
「知らん。山口と取り巻きだけでやってくんじゃね? 知らんけど。ちなみに取り巻き二人以外のマトモな後輩も全員、美術部やめるってのに賛同してるぞ」
「うえ!?」
なんだか自分の知らないところで、事態は予想以上に大きくなっていたらしい。
「いっせいにやめたら問題にならんか? 顧問のばあちゃん先生もさすがに黙ってないんじゃない?」
「問題になっても構わないよ」
佳織が言った。
「あの人の付きまといは前々から迷惑だったし、問題になったら全てを白日の下に晒すつもり」
強い決意の光が佳織の目には宿っていた。
(そんな迷惑してたのか……)
「沢井は知らないだろうけど……顧問のばあちゃん先生な、佳織が山口のつきまといに迷惑してるって訴えても、なんの対策もしなかったんだわ。あなたのことが好きなのよ、つきまといぐらい大目に見てあげなさい、みたいな感じで」
それは酷い。
祐太郎は心の中で憤った。
部員が困っていても手を差し伸べないとか、訴えをなんだと思ってるんだろうか。
顧問はあまりやる気のない人だとは思っていたが、想像以上に酷い対応だ。
「その時に退部しようとは思わなかったの?」
祐太郎の問いかけに佳織が答える。
「わたし、美術部好きだったからね。なんでアイツの為にわたしがやめなきゃならないんだろうっていうのもあって……」
「………」
気持ちはわかる。
「でも今回のことで目が覚めた。部室や備品が使えなくなるのは痛いと思ってたけど、わたしが好きだった美術部は場所や物のことじゃない。みんなと居るのが好きだったんだなって気付いて。部室や備品なんかなくてもいいのよ。ただみんなと一緒に居られれば十分なの」
「………」
(いい子やなあ……)
祐太郎は少し感動した。
「……チラと思ったんだけど、山口って自己愛性パーソナリティ障害なのかもな」
「なにそれ? 心の病気か?」
福田が尋ねる。
「うん」
「よう知らんが、仮に病気だったとしてもウチらが介護しなきゃならんって道理はどこにもないだろ? 実際迷惑しかかけられてないのに。病気なんだから優しくしてやれ、なんて無責任なキレイゴト垂れ流すバカがいたら、だったらテメーがなんとかしろって話だわ。介護する側の苦痛だって大きいのだから、介護する側にも優しくしてやれというロジックが成り立つのだから」
「それはまあ……うん。福田が正しいと思う」
仕切り直して、話を続ける。
「……でだな、部活の名称なんてなんでもええのよ。アートクラブでもイラスト部でも。それこそ芸術同好会みたいなサークル活動とかでもいいし。放課後は空いてる教室たくさんあるから、どっか適当に使う感じで十分だと思うぜー」
「なんかメチャメチャ話が膨らんでるのな。そこまで騒動が大きくなってることに驚いたわ」
祐太郎が率直な感想を述べると福田は答えた。
「それだけ皆うんざりしてたってことさ。アイツには、な」
他の部員たちも福田の言葉に頷いてる。
「ウチらが新しい部活ってか、サークル始めたら沢井も遊びに来いよ。いつでも歓迎だかんな」
「それは是非、行かせてもらうわ」
「祐太郎、何があったの!?」
家に帰るとリオが驚いた顔で尋ねた。
「なにって……何が?」
「またレベルが上がってるじゃん! これでレベル27だよ」
(へー、あれでレベル上がるのか。今日のことで美術部のメンバーとは前より絆が深まった感はあるよな。それが奏功したのかね。雨降って地固まるってやつか)
「なにがあったのよ!?」
「まあたいした事じゃないよ。夜にまた話そう」
「??」
不思議そうな顔をしているリオの前で、祐太郎は楽しそうな笑みを浮かべていた。
五月。
「あっと3、あっとさーん♪」
リオは上機嫌で夕食の準備をしていた。
リビングでスマホをいじってた祐太郎が言う。
「浮かれてるね」
「そりゃ浮かれるよ。なんたってあと3つレベルを上げればゴールなんだもん。祐太郎の調子もいいし、浮かれるなってほうが無理だよ」
「俺、調子いいの?」
「いいよー。きてるよー。この1ヵ月という短期間でレベルが2つも上がったからね。この辺になるとレベルも上がりにくくなるというのに。高校卒業までには確実に上がるね。この調子でどんどん行きまっしょい」
なおも浮かれてるリオをよそに、祐太郎は何かを考えていた。
(あと3か……そうなんだよな。卒業なんだよな……)
「なあ、リオ。明日予定あるか? 買い出しとか?」
「特にないよー」
「だったらさ、カラオケ行かないか? 練習したいというかレパートリー増やしたいんで、付き合ってくれんか? 前みたいに」
以前のカラオケ会のやり直しの為に、リオにはカラオケの練習に付き合ってもらったことがある。
「いいよー」
上機嫌のリオは軽いノリで承諾した。
翌日の日曜日。
カラオケ店。
祐太郎は新しい曲を練習し、一曲交代でリオもカラオケを楽しんだ。
休憩中、リオが言う。
「そういや祐太郎、アレはどうする?」
「アレってなに?」
「テレパシーコイン。もうとっくにメンテは終わって手元にあるよ」
リオがそう言うと、祐太郎はアレってそれかーというような顔をした。
「いや、いらないよ。学校でも話しかけていいんだろ?」
「まあね」
事実、祐太郎は学校でリオに普通に話しかけるようになっていた。
(へー、祐太郎も成長してるんだねえ)
神具に頼らないというのは成長を感じる。
精神的に強くなってくれるのは嬉しい。
祐太郎が続けて言う。
「嫉妬が怖いので、あんまベタベタ話しかけるわけにもいかんけどな」
「ん? それって私のことを好きな男子がいるってこと?」
「そりゃいるだろ。おまえは可愛いんだから」
「へっ?」
意外な言葉にリオは驚きと照れが入り混じった感情になった。
(なんだこれ? なんで急に持ち上げるの?)
「祐太郎の友達で私のことを好きな男子がいるってこと?」
「わからない。居てもおかしくないなっていう話」
なんだかよくわからない。
(アンチラバーズ使ってるから、私が誰かの恋愛対象になることはないんだけどね)
リオは今日も靴下の中にアンチラバーズ・アンクレットを忍ばせている。
面倒な嫉妬を避けたいというのは、祐太郎に独り立ちをしてもらう為の方便でしかない。
だがそれを説明すると、アンチラバーズのことまで説明しなきゃならなくなるので、リオは黙っておいた。
それから二人はひとしきりカラオケを楽しんだ。
店を出た祐太郎がリオに言う。
「せっかくだから映画でも見てくか?」
「………」
珍しい提案にリオは一瞬きょとんとした表情を浮かべた。
「いいよ。何か面白いのやってるの?」
映画は巷で話題になってるアクションもので、まあまあ面白かった。
映画のあとはお茶をして、リオの希望で服や小物を適当に見ることになった。
(やってることはデートみたいなんだけど全くドキドキしないのは、なんなんだろうな。リオはかなり可愛いと思う。でも妹と買い物してるぐらいにしか感じないのはホントなんなんだろ)
「あ、これ可愛いー」
アクセサリー売り場で、リオはハート型のネックレスを見ていた。
その様子を見ていた祐太郎は閃いた。
(そうだ!)
そしてすぐに、それより良いことを思いつく。
(あ、いや、待てよ! それなら!!)
祐太郎は思いついたアイディアに興奮していた。
1ヵ月後。
六月。日曜日。
リビングでジュースを飲んでる祐太郎にリオが声をかける。
「今日も友達のところ?」
「うん」
ここ1ヵ月ほど、毎週のように祐太郎は友達の家に遊びに行っていた。
友達との仲を深めるのはコミュレベル上昇も期待できるし、引きこもりだった過去を考えると外へ出るのは歓迎すべきことだ。
だが、リオは今イチ腑に落ちないものがあった。
「ねえ祐太郎。友達の家って菅野君の家だよね?」
「そうだよ」
「新しい友達でも出来た? 例えば菅野君の中学時代の同級生とか?」
「いんや。出来てないよ。集まった面子は高校の友達だけ」
「ホントに?」
「ホントだよ。なんでそんなこと聞くのさ?」
「だってコミュレベル上がってるんだもん」
「そうなの? いくつ?」
「2つも上がったので、今はレベル29だね」
「マジで!?」
祐太郎は目を丸くして驚いた。
「うん、マジで。何があったのよ? 友達との仲を深めただけでは、普通こんなに上がらないよ?」
「………」
(そうか……そんなに上がったのか……)
少し考えてから祐太郎は言った。
「……実は菅野の家に遊びに行ってたというのは嘘で、ホントはバイトしてたんだ」
「バイト!?」
今度はリオが目を丸くして驚いた。
「なんのバイト?」
「ポスティング。短期バイトだよ」
ポスティングというのはチラシなどをポストに投函する仕事。
「それをやってたの?」
「うん。レベルが上がったのはそれが原因じゃないかな? バイトって未知のコミュニケーション技術だし、そこそこ上手くやってたのが経験値になったのかもね。ってかリオ、言ってたよな。バイトすればコミュレベルは上がるって」
たしかに言った覚えはある。
「バイトは自信ないとか言ってなかった?」
「ないけど、チャレンジしてみようと思って。ポスティングぐらいなら出来そうかなーって。ただ、甘く見てたよ。コミュスキルはそこそこあればいいけど、代わりに体力はメチャクチャ使うんだよな」
「そうなの?」
「重いチラシの束を持って何キロも小走りするわけだからね。募集文は嘘で、簡単な仕事ではないよアレは」
「肉体労働ってそうなんじゃない? それを簡単に感じるのは体力のある運動部系の人で、文化系の人にとっては簡単じゃないんだろうね」
見た目も中身も文化系である祐太郎にはキツイ仕事と思われる。
「かといって、肉体労働以外の仕事だと一定レベル以上のコミュスキルがないと厳しいだろうからね。体力系のものをやるしかなかったんだよ」
「………」
言ってることはわかる。
祐太郎が自発的にバイトをやったのも素晴らしいと思う。
「でもなんで急にバイトやろうと思ったの?」
「なんでも何も、オマエが望んでたんだろ。コミュレベル上げるっていうのは」
祐太郎は笑いながら言った。
「そうだけどさあ……」
どこか訝し気な顔をしているリオ。
そんなリオを見た祐太郎はカバンから、ラッピングされた何かを取り出した。
「???」
わけがわからないといった表情のリオに祐太郎がラッピングされた物を差し出す。
「開けてみて」
「なにこれ?」
受け取ったリオが包みを開けると、中にはネックレスが入っていた。
「これ……」
「お礼の品、もらってくれ。それ気に入ってただろ?」
それはあるハート型のネックレスだった。
たしかに以前『これ可愛いー』と言った覚えがある。
「お礼って、なんのお礼?」
「いろいろお世話なったお礼。感謝してるんだ、リオには」
「仕事でやってるわけであって、別にお礼なんていいのに」
「単に仕事でやっただけとしても、世話になった事実は変わらない。だから貰ってもらえると嬉しい」
「うーん……わかった。貰うよ」
受け取ったネックレスをつけてみるリオ。
「どう? 似合う?」
「うん。似合う。可愛いよ」
「ありがとう」
リオはニッコリ微笑んだ。
(喜んでもらえて良かった。これで最初の目的は果たしたな。問題なのは次のミッションだ。レベルが2つも上がるなんて予想外だった。あと1つか……)
「あっと1、あっといっち♪」
朝の登校中。
リオはご機嫌だった。
「朝から楽しそうだな。また変な歌うたって」
「そりゃそうでしょ。ゴールのレベル30まで、いよいよあと1になってリーチなんだもん。変な歌も出るよ」
「自分で変な歌とかいうなよ」
「レベル30になったら、もっと変な歌聞かせてあげるよ」
「別に聞きたくないっての」
祐太郎は笑った。
リオと一緒にいるのは楽しい。
「でもさ、祐太郎成長したよね。中学時代はひきこもりだったのに、自発的にバイトするまでになるって、すごい進歩だと思う。見直したよ」
自分で稼いだお金でプレゼントを買ってくれたことも嬉しかった。
リオの中で祐太郎の株は爆上がりだ。
「見直すのはまだ早いよ。また何かバイトしてレベル上げるつもりだから」
「そうなの?」
「うん」
「いいね! 期待してるよ!」
とある建築現場。
髪を金髪に染めた先輩が祐太郎に命令する。
「おい、新人! あっちにある栗石持ってこい!」
(きた!)
心の準備が出来ていた祐太郎はすぐさま言い返した。
「うるせえ! 命令してんじゃねえ! 栗石ってなんだよ。新人にわかるわけねーだろうが! ボケが!」
「ああ! なんだとテメー!!」
金髪男もすぐに言い返す。
ちなみに栗石というのは10センチから15センチの基礎工事で使う石のこと。
「今なんつったゴルァ!」
祐太郎の胸倉をつかみあげる。
「新人がわからない言葉使ってんじゃねーよカスが。栗石の説明が先だろ。言う前にもっとよく考えろよ、あたま悪ィな。そんな事もわからない低能だからボケっつったんだよ!」
「っのヤロー!!」
金髪男がグーで祐太郎の顔面を殴りつける。
殴られた祐太郎は衝撃で倒れた。
「カスは! テメーだろ!」
倒れた祐太郎を蹴り始める金髪男。
「新人のクセに! 偉そうな! 口を! きいてんじゃねえ!」
執拗に蹴りまくる金髪男の脚に祐太郎がタックルをかます。
「うおおお!」
祐太郎は金髪男をタックルで倒し、マウントをとるような感じで顔面を殴りつけた。
「おい?! なにやってんだ!?」
騒ぎに気付いた他の作業員が集まってくる。
「そこ! なにやってんだよ!」
「やめろ!」
「落ち着け!」
翌日。月曜日。
(祐太郎……起きてこないな? どうしたんだろ)
昨日も体調が悪いからご飯はいらないとメールを寄越し、さっさと寝てしまった。
今日も起きてこない。
何かあったのだろうかと少し心配になる。
リオは祐太郎の部屋のドアをノックした。
「祐太郎、寝てるの? 学校遅れるよ?」
……………。
返事はない。
「まだ体調悪いの? 大丈夫?」
……………。
やはり返事はない。
「起きてるの? 入っていい?」
ドアを開けようとした瞬間、すごい勢いでドアを閉められる。
「入るな! ダメだ!」
「な! なに!? なんで入っちゃダメなの?」
一瞬間を置いて、リオがあることに思い至る。
「……もしかして朝勃ちってやつ? それなら生理現象だから心配しなくても───」
「───違うわ!」
今度はすごい勢いでドアが開いた。
「どうしたのそれ?!」
リオは驚愕した。
祐太郎の目の周りはうっ血して、紫色になっていたのだ。
「ちょっとぶつけただけ」
「ちょっとぶつけただけで、そんな怪我はしないでしょう。昨日なにがあったのよ!?」
場を部屋の中に移し、祐太郎はベッドに腰かけて昨日のバイト先でのトラブルを説明した。
「───だからだな、俺は悪くないんだよ。栗石がなんなのか説明しないまま『持ってこい』って命令したから、説明されてないのにわかるわけないって返したら胸倉つかんできたんだよ。やたら命令口調だったしアタオカなんだよ、その金髪男は」
「それで殴り合いになったの?」
「向こうがいきなり殴ってきたんだから、応戦しないわけにはいかないだろ。自分の大事な人が殴られたら絶対に許せないね、俺は。それとも黙って殴られるのが正解なのか? 降りかかる火の粉を払わずに我慢しろとでも?」
「そんなこと言ってない」
話を聞くと正当防衛に思える。
「とりあえず今日は学校休むよ。こんな顔じゃ無理だし。病院行く」
病院に言っておくのは賛成だ。
「わかった。私も付き添うよ」
「一人で行ける。リオは学校行っていいよ」
「私が一人で行ってもしょうがないでしょ。私は祐太郎の為に学校行ってるんだから」
幸い怪我は軽めのものだった。
顔の打撲は1~2週間で治るとのこと。
それから2週間後の夜。
祐太郎の部屋。
「もう顔の腫れは引いたね」
「そうかな?」
「そうだよ。綺麗になってるよ。痛みもないんでしょ?」
「まあ……」
目の周りをさする祐太郎。
「明日から学校行けるよね?」
「うん……」
元気がない返事に、なんかモヤモヤする。
「なに? 行きたくないの? 二週間も休んだのに?」
「そんなこと言ってないだろ……」
「じゃ、なんでそんなテンション低いの? 不満があるなら聞くよ?」
「不満……別にないよ、不満は。テンション低い時があってもいいだろ。いつもハイテンションでいなきゃならんのか?」
「違うよ。テンションは普通でいいよ。でも今の祐太郎はテンション低すぎるって言ってんの」
「うるさいな……そういう時もあるよ。明日は学校行くって言ってるんだから、いいだろ」
鬱陶しいからあれこれ聞くな、とでも言いたげな口調だった。
(まあいいか。学校行くっていうなら)
また引きこもりに戻るんじゃないかという危惧は少しだけあった。
顔の腫れが引くまで休みたいと言い出し、二週間も休んだのだ。
だが、学校へ行く気になってるなら大丈夫だと思える。
七月下旬。
夏休みになった。
「今日から夏休みだね」
「うん」
学校帰り。
二人は一緒に帰っていた。
「祐太郎、夏休みは何かバイトするの?」
「しないよ。前のことがあったからね。しばらくバイトはいいや」
「そう……」
リオはガッカリしたが、事情を知ってるだけに無理にバイトは勧めにくい。
「じゃあさ、予備校の夏期講習とか行ってみない?」
「夏期講習?」
「うん。大学行くんでしょ? だったら───」
「───いいって。俺が受けるトコは、そんなに学力必要じゃないし」
地元にある学力がそんなに必要じゃない大学。
それが祐太郎の進学予定先だった。
「だったら車の免許とるなんてどう? 短期合宿とかあるよ」
「それもいいわ。車の免許は別にいま欲しくない。必要になったらとるよ」
「あって困るもんでもないし、就活が有利になるんじゃない?」
「いいって。無くて困るもんでもないし。免許の更新料ムダじゃんか」
「そりゃまそうだけど……」
夏休み中、コミュレベルが上がる何かをやって欲しかったのだが、祐太郎はどれも難色を示した。
「バイト先でケンカになって怪我してから、調子悪いんだ。勘弁してくれ」
「………」
(気持ちはわからなくもないけど……)
バイト先のトラブルをここまでひきずってるとは思わなかった。
「それより夏休みはゆっくり過ごそうよ」
話を変える祐太郎。
「リオ、海とかプールとか行くか? 一緒に」
「それって私の水着姿が見たいってこと?」
「見たい───って言ったほうがいいんだろうな。こういう時は」
「ひとこと多いんだよ、このチェリーボーイ」
「悪かった」
二人は笑いあった。
(こうやって話す時は自然体に感じるんだけどなあ……)
笑いながらリオは些細な違和感を感じていた。
こうやって二人で話す時は普通なのだが、学校に居る時はどうもどこか以前より覇気がなさそうに見えるのだ。
十二月。
季節は冬になった。
最後にレベルアップしてから半年も経つのに、コミュレベルはあれから一向に上がってない。
ゴール直前で足踏みしてることに、リオはやきもきしていた。
今はレベル29で、あとたった1つ上げるだけなのに、その1つが上がらない。
「もうすぐ冬休みだね」
「そうだな」
「バイトはまだやる気になれない?」
「悪いけど、その気にはなれない」
「冬期講習とか?」
「それは行かなくていいって、言っただろ」
ダメだろうと思いつつも聞くだけ聞いてみたのだが、やっぱりダメらしい。
「じゃあさ、もうすぐクリスマスだよね? 合コンしてみない?」
リオは温めておいたアイディアを祐太郎に披露した。
「合コン?」
「うん。彼女作るチャンスだよ。違うクラスの女の子誘うから、新たな出会いがあるかもよ?」
「いやー、いいよ。たぶん俺のことなんか好きにならんだろうし」
「それは会ってみなきゃわからないでしょう」
「わかるよ。だいたい、俺が好きなのは橋本佳織なのだが。それはリオだって知ってるはずだろ? なんで合コンなんか行かなきゃならんのさ」
「………」
(え、まだ好きだったの? そういう話しないから、忘れてたわよ)
この件は見守ると決めてから、リオはあえて触れないでいたのだ。
「じゃあ、佳織ちゃんにアタックしてみる?」
恋愛や合コンでも、コミュレベルは上がると思われる。
リオはここぞとばかりにプッシュした。
「サークルでは仲良くやってるんでしょ? 佳織ちゃんと」
「それもねえ……たしかにサークルでは楽しくやってるけど恋愛に発展しそうな雰囲気はゼロだな」
「そりゃ告ってないからでしょう」
「ふられたら、サークルに行き辛くなっちゃうってば」
「………」
(チキンだなあ……)
背中を押してやりたいが、クローディアの忠告が気になってその気になれない。
「それよりさ、リオ。冬休みはスキーかスノボにでも行かないか?」
「二人で?」
「うん」
「滑れるの?」
「一応ね。子供の頃、よく親に連れていってもらったから滑れると思うよ。リオが初めてなら教えてあげられるし」
(こやつ……意外な特技を……)
「いいけどさあ……筋肉痛になるのよね、あれって」
「入念にストレッチすれば大丈夫だよ」
冬休み。スキー場。
約束通り、二人は一緒にスノボをした。
子供の頃からやってると豪語するだけあって祐太郎は上手かった。
リオと祐太郎は楽しい時間を過ごした。
(夏は海、冬はスノボ。リア充みたいな活動やなあ。ってか、私が祐太郎と遊んでも意味ないのよね。新たな出会いがあるとかならまだしも)
ロッジの前で、リオが祐太郎に言う。
「次は友達と来てみたら? ナンパしてみるのも手じゃない? コミュレベル上がるかもよ」
「いや、俺の友達は……俺が言うのもなんだけどスノボよりコミケってタイプだからなあ。ナンパなんてしたがらないと思うよ。俺個人としてもナンパなんてしたくないし。ゲレンデには出会いがいっぱいとか、嘘だあれ」
「そう決めつけることもないでしょう」
「……そういや、オマエ、さっきナンパされてたな」
「されてないよ。中級者用のコースはどこですかって聞かれただけ」
「ナンパだろうがそれは」
(あれ? なんか怒ってる? アンチラバーズ使ってるから嫉妬なんかしないはずなんだけど……)
後日。
いつものビルの屋上にリオはクローディアを呼び出した。
「───というわけなんだけど、どう? アンチラバーズ壊れてない?」
クローディアは渡されたアンクレットを色んな角度から眺めたり、触ったりして調べている。
「壊れてないぞ、別に。エネルギー切れでもない」
アンクレットをリオに返す。
「うーん。じゃあ私の気のせいか……祐太郎が私に気があるかもっていうのは」
独り言のようにリオが呟く。
「なに? 仕事、行き詰ってんの?」
「まあちょっとね。ここ半年ほど停滞気味で困ってる」
「だったらエイミにでも相談してみたら?」
「お姉ちゃんに?」
「ああ。コミュ神の仕事のことならアタシより的確なアドバイス出来るでしょ」
「でもお姉ちゃん、忙しいだろうからなあ……」
(いや、アイツは妹の為なら、すっ飛んで来ると思うぞ)
「相談するだけでもしてみたらええよ。相談だけなら、そんな時間もかからんっしょ?」
(それもそうかもね。相談してみようかなあ)
「別に忙しくはないわよ」
突如、上空から聞こえてくる声。
リオとクローディアが見上げると、そこにはエイミの姿があった。
「エイミ!」
「お姉ちゃん!?」
降下してきたエイミはビルの屋上にふわっと着地した。
「仕事は終わり。天界に帰るわよ、リオ」
「ふぇ!? どういうこと?」
「言ったでしょ。仕事は終わりだから、天界に帰るって」
「いや、待って。仕事は終わってないよ!?」
「既に終わってるよ、仕事は。正確に言えば”あんたが天界に帰ること”で仕事が完成するといったほうが正しいかな」
「??? 意味がわからないんですけど……」
「一緒に来ればわかるよ」
飛び立つ前にクローディアに向き直ってひと言。
「バタバタしててゴメンね、クロ」
「いいさ。仕事なんだろ?」
「うん。全て片付いたら連絡するよ」
クローディアは飛び立っていったリオとエイミを見送った。
(相変わらず妹に夢中だな……せわしない奴)
リオとエイミの二人は祐太郎の部屋にやってきた。
部屋には祐太郎もいる。
「久しぶり。元気だった?」
「久しぶり…うん。元気だよ」
「祐太郎君……今日はお別れを言いにきたの。わたしとリオはこれから天界に帰るので、祐太郎君と会うことは二度とないと思う」
「ええ!?」
全く予想できない寝耳に水の言葉。
飛びあがりそうなぐらい、祐太郎は驚いた。
「なんで!? なんでいきなりそんな話になるの!?」
「仕事が終わったからだよ」
「終わったって……待ってくれ。俺のコミュレベルを30まで上げるのが仕事なんだよな?」
「そうだよ」
「俺まだレベル29だぞ!? 30になってないのに、なんで終わりなのさ!?」
「リオがこのまま地上にいたら、祐太郎君のレベルが30まで上がらないからだよ」
「!!」
エイミの指摘に祐太郎は言葉を失った。
「わたしが気付かないと思った? この半年間、祐太郎君のレベルが上がらない理由を」
「………」
無言のまま俯く祐太郎。
「リオがいるから祐太郎君のレベルは上がらない状態になってる───でしょ?」
「………」
祐太郎は何も言わなかった。
いや、言えなかった。
「……あのー、お姉ちゃん、そろそろ説明してほしいんだけど……。どういうことなの? 私が地上にいると祐太郎のレベルが上がらないって。なんで? それに祐太郎。レベルが上がらない理由を知ってたの? 心当たりがあるの? どうして?」
蚊帳の外だったリオが二人に尋ねる。
「………」
「………」
エイミも祐太郎も無言だった。
「……祐太郎君、どうする? わたしの口から説明したほうがいい?」
「………」
祐太郎は何も答えなかった。
(まぁそりゃ言いにくいよね……)
自分が言ったほうがいいと判断したエイミがリオに言う。
「……祐太郎君のレベルは上がらなかったんじゃなくて、わざと上げなかったってことだよ」
「は? なんでそんな無意味なことを?」
「無意味なことではないよ。祐太郎君にとっては、とても大事な意味のあることだったんでしょうね───リオと一緒にいるっていうのは」
「え……?」
「つまりね。祐太郎君はリオと一緒に居たいが為に、わざとレベルを上げなかったってことだよ。レベルに30になったらリオが天界に帰っちゃうでしょ? それが嫌だったってこと」
「うぇえ?」
全く予想しなかったことを言われたリオは一瞬、思考停止した。
「この半年間、祐太郎君はコミュレベル上がりそうなことに消極的だったんじゃない?」
「………」
バイト、夏期講習、冬期講習、車の免許、合コン、佳織ちゃんへのアプローチ、思い当たるフシはたくさんある。
たしかに祐太郎はそのすべてに消極的だったのだ。
「……バイト先で怪我して、調子悪かったんだよ」
祐太郎が口を挟む。
「それもわざとでしょ? ウラも取ってあるよ。あの金髪男は態度こそ傲慢だけど、暴力を振るったことは一度もないっていうのが周りからの評価。金髪男の態度も問題だけど、祐太郎君の態度も良くなかった。ケンカ腰だったっていう証言もとれてるよ」
「………」
「わざとトラブルを起こして、バイトしなくて済む口実を作ったんだよね。あわよくばコミュレベルを下げようと思った……ってのもあるのかな?」
「………」
完全に真相を見抜かれている。
エイミは全てお見通しらしい。
「ねえ祐太郎君。そんなにリオと一緒に居たい?」
「……居たいよ。一緒に居ると楽しいし。出来ればずっと傍にいてほしい」
(祐太郎……)
リオはものすごく照れくさくなった。
祐太郎にそこまで思われてるとは気付かなかった。
「ありがとう。リオのことそこまで思ってくれて。姉として嬉しいよ。でもね、申し訳ないんだけど、ずっと祐太郎君の傍にいるわけにはいかないの」
「どうしてさ。コミュレベルが低い人を助けるのがコミュ神の使命なんだろ? 俺のコミュレベルは低いんだから一緒に居てくれよ!」
「高校生ならレベル30は及第点だよ」
「大学生になったら? 大学生はレベル40が及第点なんだろ? レベル30は及第点じゃないんだろ?」
「たしかにね。でも今の祐太郎君なら、一人でもレベル40に到達できると思うよ。RPGゲームに例えるなら、レベル40まで上げる為の武器や防具やスキルは備わってるってこと。世の中には武器も防具もスキルもなく、裸で放り出されてるような人がたくさんいるのね。わたしたちコミュ神は、そういう人を助けなければならないのよ」
「………」
エイミは優しく言った。
「リオと別れるのは寂しいよね。それはすごくわかる。でも昔の祐太郎君みたいに、コミュ神の助けが必要な人はたくさんいるのね。出口の見えない地獄で彷徨ってるような、自暴自棄になってるような人がたくさんいるの。祐太郎君、助けてあげてくれないかな? そういう人を。一人でも多く」
「………」
そんな風に言われたら頷くしかない。
引きこもりだった時の自分は世を恨み社会を憎み、半ば自暴自棄になっていた。
苦しむ人間の気持ちは痛いほどわかる。
「そんな言い方はずるいだろ、エイミ……」
「……ゴメンね。でもわたしは別に意地悪でリオと祐太郎君を引き離そうとしてるわけじゃないの。それをわかって欲しくて……」
「わかってる。エイミが意地悪だなんて思ったことは一度もないよ」
「………」
場は沈黙に包まれた。
といってもそれは重苦しい沈黙ではなく、優しいものだった。
祐太郎がリオに言う。
「ゴメンな、リオ。コミュレベルを上げなかったのは、エイミの言う通りわざとなんだ。コミュレベルが30になったら今の生活は終わってしまう。リオと別れるのが嫌だったんだよ。一緒に居るのはすごく楽しい。ずっと傍にいてほしいっていうのが正直な気持ち」
「………」
黙っていたリオが口を開く。
「そう言ってもらえるのは嬉しいよ。ありがとう祐太郎。私も祐太郎との生活は楽しかった。でもこのまま私と一緒に居たら祐太郎のレベルは上がらない。それは祐太郎にとって良くないことだよ。コミュ神として───ううん、親友として、わたしは祐太郎にコミュレベルを上げてほしいと心から願ってるわ」
「親友……」
「うん」
「親友になれたのかな……俺たち……」
「なれたと思うよ。言い方がしっくりこなければソウルメイトと言ってもいい。いや、表現はなんでもいいんだけど、私は祐太郎を大事な人だと思ってるよ。その大事な人には幸福になってほしいとも思ってる」
「リオと一緒に居ることが俺の幸福なんだけど……」
「ありがとう。でも祐太郎はこの先、私がいなくても大丈夫だよ。幸福を掴むだけの力はある。でもさ、お姉ちゃんが言った通り、私がいないとダメな人達がいっぱいいるのね。私はそういう人たちを助けなければならないの。だってわたしは───コミュ神なのだから」
「………」
リオ本人にそう言われたのではもう……。
ずっとリオと一緒に居たい。
それが偽らざる気持ちであり、自分の最大の望みだ。
だがそれは、同時にリオの助けを待つ人とっては邪魔になるものであり、良くない我がままなのだ。
「笑顔でリオを送り出すのが正解なんだろうな……すごく寂しいけど……」
「祐太郎……やっぱり祐太郎は成長してるよ。自分で正解に気付くっていうのはさ」
「気付きたくはなかったけどね、この正解は……」
苦笑する祐太郎。
「まあ、私達への記憶は無くなるので、直後は心にぽっかり穴があいた感じになるかもだけど、寂しさはすぐに消えるよ」
「やっぱり記憶、消えるんだ」
なんとなく予想はしていた。
「うん。そのほうが幸せだからね。でも消えるのは記憶だけで、身に付けたコミュニケーション技術は残るから。大丈夫。人生は厳しいし、これから何度も躓いたり失敗することがあると思うけど、きっと祐太郎は立ち直れる。幸福を掴む力はあるんだから、ヤケにならず自分を大事にしてあげてね」
「……わかった」
エイミが二人に言う。
「そろそろ行こうか。コミュ神の助けが必要な、次の人が待ってる」
「うん、助けてあげてくれ。苦しんでる人たちを」
「わかってる。任せて。それじゃ祐太郎君。元気で」
「ああ、エイミも」
「私も行くね。祐太郎。一緒に過ごした時間、楽しかったよ」
「ああ、俺もだ。すごく楽しかった」
「それじゃ」
リオとエイミは手を振り、祐太郎も手を振り返した。
一人、部屋に残された祐太郎。
(あれ? 俺、なにしてたんだっけ? ってか、なんで泣いてるんだろう……)
なぜか涙がわけもなく流れてくる。
でもそれは決して不快なものではなく、不思議と優しい気分になっていた。
─────半年後─────
大学生になった祐太郎は友達と楽しく過ごしていた。
その様子をリオとエイミは上空から眺めていた。
エイミがリオに言う。
「無事レベル30超えたね」
「うん」
「これで雄太郎君のミッションは正式に終わりと。コミュ神クビっていう話も完全になくなったよ。お疲れ様」
「祐太郎、元気そうだね、良かった」
「そうね。もう大丈夫でしょ。祐太郎君は」
「うん」
並んで空を飛びながら、エイミがリオに言う。
「さて、それじゃあんたには次の仕事に取り掛かってもらおうかな」
「ええー! もう!? このまま天界に帰るんじゃないの!?」
「もうって……半年も休みあげたでしょ」
「そうだけどさあ、足りないよ、半年じゃ」
「休んでるヒマはないよ。あんたはコミュ神として、まだまだ半人前なんだから」
「そうかな? 私もレベルアップしてると思うよ」
「とんでもない。あんたにはまだまだ教えなきゃいけない事がたくさんあるんだから」
「例えばどんな?」
「コミュニケーションにおける最も大事なことって、なにかわかる?」
「実践力でしょ? 自分で言ってたじゃん。覚えてるよそんくらい」
「違うよ。それは祐太郎君にとっての、答え。コミュニケーションにおける最も大事なことってなにか? と聞かれたら、人によって違う───というのが答えだよ」
「そうなの?」
「そうだよ。わたしが祐太郎君に言ったことは全て祐太郎君用にカスタマイズされたものだからね。だからあんたも、いろんな人と関わって知見を深めなさい」
「うえー。面倒くさいなあ」
「文句言わずに頑張る。そんなんじゃ祐太郎君に笑われちゃうよ」
「わかったわよ、もう……。次はどんな人を助ければいいの?」
「そうね。すぐカッとなってキレる人がいるの。周囲と上手くいかず苦しんでるので、この人を担当してもらおうかな」
「期間はどれくらい?」
「それはリオの頑張り次第だよ。早ければ数年で帰れるから頑張ってね」
「また年単位なんかい!」
─────END─────




