3
二度目の春を迎え、祐太郎は二年生になっていた。
コミュレベルは20のまま。
半年もの間、コミュレベルは1つも上がらなかったのだ。
この長い停滞の状況にリオは焦っていた。
(すっかり調子崩しちゃったな。そろそろレベル上げておきたい所だよね……)
{いや、近いウチにレベルは上がると思うよ。たぶん1ヵ月以内に}
休み時間が終わって先生が来るまでの間、リオと祐太郎はテレパシーコインで話をすることがある。
そろそろレベル上げたいねーという話をしたら、祐太郎がそんな事を言ってきた。
{なにその自信。1ヵ月以内にレベルが上がるって何を根拠に?}
{コミュレベルって、要するに未知の経験というか、未知のコミュニケーション技術を習得すればいいんでしょ?}
{大雑把にいうとね}
初対面の人間に声をかける勇気、上手く付き合う技術。
父親との関係を改善、家族と上手く付き合う技術。
イキリ屋に対処する技術。
先輩と良好な関係を築く技術。
これらが祐太郎が今まで得てきたコミュニケーション技術だ。
{クラス替えで顔ぶれも変わったし、未知の経験はしやすいんじゃない? 未知の経験しやすいってことは、未知のコミュニケーション技術も習得しやすいってことなんじゃない?}
{そう簡単なものじゃないよ。未知の経験をしても、それに上手く対処できなければコミュレベルは上がらないんだから}
{わかってる。でも後輩とのコミュニケーション技術なら上げやすいと思わない?}
{クラス替えしても、後輩ができるわけじゃないじゃん}
{そうだね。でも美術部なら?}
{……あ!!}
そこまで言われて、ようやくリオは気付いた。
たしかに美術部なら一年生の後輩が入ってくるだろうし、未知の経験を積み、未知のコミュニケーション技術を習得することができる。
祐太郎の予想通り、美術部には一年生が六人も入ってきた。
みな温厚で大人しかったので、良好な関係を築くことは難しくなかった。
1ヵ月後。
後輩と上手く付き合った祐太郎は見事にレベルアップした。
レベルは1つ上がったので、これでレベル21である。
放課後、一緒に廊下を歩きながら祐太郎が言う。
{いつもこんな簡単にレベル上がればいいんだけどなあ……}
{コミュたつへの道は険しいものなのよ。レベル80まで頑張ろう!}
{80!? ゴールはレベル30じゃなかったのか!?}
{冗談だよ。ゴールはレベル30だから、あと9だね}
{やめろよ。心臓とまるかと思ったわ……}
部活に行く祐太郎を見送るリオ。
(しかしこれ、1つしか上がらないのか……。レベル2~3上がると思ってたんだけどなあ)
レベルが上がったのは嬉しいが、予想よりも上がらなかったことにリオはガッカリした。
(後輩と上手く付き合うのはたいして難しくもないと思うけど、それを差し引いても、やっぱりレベル上がりにくくなってるわね……)
レベルは上がれば上がるほど、次のレベルアップへの経験値が多く必要になる。
この辺はゲームと同じである。
(……でもまぁいっか。レベルが上がったことは上がったし)
帰り道、リオは前向きに考えることにした。
「全然良くないよ。レベルも上がってないし。だいたいコミュニケーションにおける最も大事なことまだ教えてないじゃん」
「ええー……」
エイミにダメ出しされたリオはたじろいだ。
二人がいるのはファミレスである。
帰り道、エイミに声をかけられ、コミュニケーションクエストの中間報告を求められたのだ。
「つい最近レベルは上がったじゃん」
「1つだけね。その前の半年間は停滞してたよね?」
「だって上がりにくくなったんだもん……」
「『なったんだもん』じゃないわよ。甘えたこと言うな」
エイミはいつもの魔法少女ぽい衣装ではなく、目立たない普通の恰好をしている。
パッと見は大学生のお姉さんという感じ。
学校帰りのリオは制服姿だったので、ハタから見るとまんまファミレスに来た姉妹にしか見えない。
「お姉ちゃん、『コミュニケーションにおける最も大事なことまだ教えてない』って言ったよね?」
「ええ」
「それってなんなの?」
リオは以前、エイミの地獄の特訓を受けたが、それは神通力の習得が主で、コミュニケーション技術についてはあまり教わってない。
もっともエイミからすれば、コミュニケーションの知識や技術は教えられるより、リオ自身が自分で体得してほしいという願いもあり、大半を神通力の特訓に充てたのだ。
「………」
だが、その思いは裏目に出てることをエイミは感じた。
(リオが自分で気付いてほしかったんだけどなあ……)
エイミはリオに会う前、一週間ほど祐太郎を観察し、祐太郎のコミュニケーション技術には大事なモノが欠けてると感じていた。
何が欠けているのかリオも気付いてくれているのがベストだったのだが、気付いてないなら仕方がない。
「……それは追々、説明するよ。祐太郎君のコミュニケーション技術には最も大事なものが欠けてると思う」
家に帰ってきた祐太郎は驚いた。
キッチンで夕食の準備をしていたのはリオではなくエイミだったのだ。
「お帰り」
茹でたじゃがいもの皮を指でむきながらエイミが声をかける。
(じゃがいもって素手で剥けるのか……)
リオはリオで、じゃがいもが素手で剥けることに驚いていた。
「ただいま……」
意外な再会に祐太郎は目を丸くした。
と同時にどこか嬉しそうな表情になったのをリオは見逃さなかった。
「ど、どうしたの? なんで夕食の準備を!?」
「神具のメンテナンスに来たの。夕食の準備はそのついでね」
「メンテナンスって?」
「テレパシーコインね。もうすぐ効力が切れるのでそのメンテ。一時的に回収するけど、その代わり学校内でリオに話しかけてもOKだよ」
祐太郎がリビングのソファーに座ってるリオのほうを見る。
「そうなの?」
「そう。明日からは学校で話しかけてもいいよ」
「………」
祐太郎は少し複雑そうな顔をした。
「じゃあテレパシーコインは一旦預かるね」
リオが手を差し出す。
やや渋々といった感じで祐太郎はその手にテレパシーコインを渡した。
「メンテってどれくらい?」
祐太郎の問いにはエイミが答えた。
「二週間ぐらいかな。メンテ中は篠宮映美として地上に滞在予定なので、わたしにも話しかけてOKだよ」
篠宮は親戚の苗字である。
設定上とリオと同じく従姉妹ということなのだろう。
「OKってこてゃエイミも学校へ───いや、それよりも一緒に住むってこと!?」
「うん。二週間だけね」
驚きつつも祐太郎は嬉しそうだった。
ハッピーなサプライズという感じ。
「お姉ちゃん、マジで!?」
エイミも一緒に住み、しかも学校に行くと事前に聞かされてなかったリオは、ただ驚いていた。
翌日の朝。
登校風景。
「じゃ、行こっか!」
エイミは明るく言った。
「ああ、うん……」
少し照れくさそうな顔をしている祐太郎。
朝はエプロンをしてたのでじっくり見ることが出来なかったが、制服姿のエイミはすごく可愛い。
どこか子供っぽいリオと違って、エイミは若手清純派女優のような凛とした美しさがある。
エイミの可愛さに、祐太郎は思わず見とれた。
(なにデレデレしてんだコイツは……)
その様子をリオは面白くなさそうに見ていた。
(しかしこの人、マジで学校来る気だよ。なに考えてんだろ……)
理由は聞かされてないので、リオはエイミが何を考えてるのかさっぱりだった。
学校。
エイミは何食わぬ顔で同じクラスメートとして過ごしていた。
(神通力ってすげえな。何でもありかよ)
祐太郎はエイミの力に感心した。
ただ、その神通力も友達を作るほどには使ってないらしく、エイミは一人、本を読んで過ごしていた。
さながら、文学系美少女という感じ。
トイレに行った帰り、祐太郎はエイミに声をかけた。
「なに読んでるの?」
「ラノベだよ。異世界モノ」
「好きなんだ?」
「うん。ラノベ、マンガ、ゲーム全部好きだよ」
趣味がリオに似ているのはさすが姉妹といったところか。
祐太郎はそんな風に考えた。
「そういや最初に会った時もゲーム一緒にやってたね」
「ふふ、そうね。帰ったら一緒にやりましょう」
「今やってもいいけど」
「うーん。学校ではやめとく。学校では学校の友達と遊んであげて」
そういう事ではなく、友達もエイミも一緒に遊びたいのだが、本人がそう言うならそれを尊重することにした。
「それは残念。オタサーの姫になる素質十分なんだけどなあ……」
「え? 祐太郎君ってオタサーだったの?」
「いやサークルには入ってないけど」
二人は笑いあった。
数日が過ぎたが、祐太郎はエイミにばかり話しかけた。
リオに話しかけたことは一度もない。
この日も祐太郎はエイミと楽しそうに話していた。
その様子をリオは遠くから渋い表情で見ていた。
(またイチャイチャしてる。なんなのアイツは……)
祐太郎に迫られたことがあるリオは、祐太郎の気持ちがエイミに移ったような気がして面白くない気分になっていた。
(お姉ちゃんはアンチラバーズ使ってないのかな? ……ありうるな。短期滞在のようだし。しっかしそれにしても祐太郎、お姉ちゃんに話しかけ過ぎでしょ。どんだけイチャイチャしたいのよ)
「莉緒、なんか怒ってる?」
雑談してたクラスメートがそんなことを言ってきた。
心外だったリオは否定した。
「別に怒ってないよ」
「そう? なんかすごい顔してたけど……」
「いやさ、じゃがいもの皮を手で剥こうとしてらあまりの熱さに火傷しそうになったことを思い出して」
「あれはいったん水につけて少し冷ます必要があるのよ」
「そうだね。失敗したよ。何も教えてくれないの腹立つわ」
その日の帰り道。
「お姉ちゃん」
「なに?」
「そろそろ教えてくれていいんじゃない? 祐太郎に欠けてるコミュニケーション技術ってなに?」
(まだ気付いてなかったのか、この子は……)
「ヒント。祐太郎は学校で一度もリオに話しかけてない」
「それの何がヒントなの?」
声には苛立ちが混じっている。
「祐太郎は自分に夢中だっていうモテ自慢?」
「違うわよ!」
予想の斜め上の回答がきて、エイミは思わず全力で突っ込んだ。
「そんなわけないでしょ! 祐太郎君があんたに話しかけないのは、あんたがカースト上位グループと一緒にいることが多いからだと思うよ」
リオはクラスの誰とでも普通に接するが、一緒に居る時間はたしかにカースト上位グループが多いかもしれない。
ちなみにエイミも一人で本を読むことをやめてクラスにしっかり溶け込み、上位グループともたまに話したりするようになっていた。
エイミが話を続ける。
「祐太郎君の友達付き合いの範囲は狭い。だからたぶん、わたしの予想は当たってるはず」
「?? 意味がわかんないんだけど?」
「見てもらったほうが早い。明日の土曜日カラオケ行こう。そこで見せるよ」
「カラオケ?」
カラオケで何を見せるというのか?
リオはエイミが何をしようとしてるのか、さっぱりわからなかった。
休日。
リオとエイミと祐太郎はカラオケ店に来ていた。
歌の上手さはエイミが一番でリオは普通、祐太郎はやや苦手という感じ。
それでもボカロ曲やアニソンを中心にカラオケはけっこう盛り上がった。
「ちょっとお手洗い行ってくるね」
エイミが退室する。
残された二人は適当にカラオケを続けた。
(遅いな。お姉ちゃん)
十数分経ってるのにエイミが戻ってこない。
と思った矢先、戻ってきた。
クラスメート数名を連れて。
カラオケは予想外の大人数となった。
エイミが連れてきたクラスメートは女二人と男三人の計五人。
リオ、エイミ、祐太郎と合わせて総勢八名のカラオケ大会である。
「どういうこと?」
祐太郎は小声で隣にいるリオに尋ねた。
「知らないわよ。私だって驚いてるんだから」
リオも小声でボソボソと返す。
「ウエーイ!」
戸惑ってる二人とは対照的に、エイミはタンバリンを持ってノリノリだった。
(なんなんだこのハイテンションは……)
祐太郎は完全に気後れした。
いまここにいるクラスメートはいわゆる上位カーストの人達で、ほとんど話したことはない。
正直、苦手な人達である。
エイミにこんな一面があるとも思わなかった。
(お姉ちゃん、なに考えてんだろ)
戸惑ったのはリオも同じである。
ただ、自分はこのクラスメートともよく話すので問題ない。
エイミもこのクラスメート達と普通に話す程度の関係は築いてる。
だが祐太郎だけはこのクラスメート達とほとんど話さない関係なのだ。
当然、居心地が悪いと予想される。
(大丈夫かな、祐太郎……)
リオの心配通り、祐太郎は居心地の悪さを感じていた。
三人で歌ってた時は盛り上がってたのに、今や貝のように押し黙っている。
「男女対抗でチーム戦やろっか! 勝ったチームには粗品があるよ! この店の割引クーポン!」
一方、エイミはいつになくハイテンションで場を盛り上げている。
「いいよ!」
「勝負だな! 俺のとっておきを聞かせてやるぜ!」
クラスメート達もエイミと同じくハイテンションで盛り上がっている。
対抗戦は良い勝負で、最後の祐太郎で勝敗が決まるという状態になった。
「よっ! 出ました!」
「われらが大将!」
「いけ! 沢井! おまえの力を見せてやれ!」
男子たちが祐太郎を囃し立てる。
「沢井君、やっと登場だね。頑張れー」
「どんな歌声なのか、ちょっと興味あるわ」
女子たちも興味津々で祐太郎を見ている。
「………」
ローテンションの祐太郎はこんなノリについていけるわけもなく無言だった。
「大丈夫だよ。普通に歌えば」
不安そうなしている祐太郎をリオが励ます。
全く気が進まなかったが、このリオの一言に祐太郎は救われる思いがした。
「さっと歌ってパッと終わらせたほうが良いよ」
まごまごしてる祐太郎にリオは小声でそうアドバイスした。
少しの逡巡のあと、意を決して祐太郎がマニアックなアニソンを披露する。
(アニソンならメジャーな曲か、せめてパンピーも知ってそうなボカロ曲にすればいいのに……)
リオは選曲を残念がった。
祐太郎はこういう時の機転が利かない。
頑張って歌ったが、得点は無情にも低めだった。
そのせいで男子チームの負けとなった。
「なんだよー沢井ー知らない曲歌っといてこれかよ」
「大将、不発やったなー」
「ドンマイ。マイナーな選曲センスは面白かったぞ」
冗談めかして男子たちが笑いながら祐太郎をイジる。
「………」
祐太郎はすぐにでも帰りたい気分だった。
こんな場にはもう一秒だって居たくない。
不機嫌そうな顔になった祐太郎に男子たちが気付く。
「おい、ムクれんなよ。ノリ悪ィな」
「冗談だっつの」
「そこで黙られると俺らが悪者みてーじゃん」
エイミが割って入る。
「まあまあ、まあまあ。沢井君は真面目なんだよ。わたしは良かったと思うよ、沢井君の歌」
「………」
今更そんなフォローもらっても嬉しくない。
祐太郎は憮然とした表情のまま押し黙った。
「お姉ちゃん! どういうつもりなのよ! なんであの人たち呼んだの!? あの人たちと祐太郎が仲良くないのを知らなかったとは言わせないからね!」
カラオケ会が気まずい感じで終わった帰り道。
クラスメート達と別れた瞬間、リオはエイミに怒鳴った。
「……ちょっと話そうか。そこの公園で」
その公園はかなり大きめで中央に屋根つきの休憩所があり、イスとテーブルもあった。
三人はその東屋のイスに座った。
祐太郎とリオが並んで座り、エイミがその対面に座るという絵図である。
「まず謝らせて。ゴメンね、祐太郎君。騙し討ちみたいなことして。気分悪かったよね。本当にゴメン」
エイミは神妙に頭を下げた。
「………」
祐太郎は無言のままで、リオが代わりに言う。
「謝るぐらいならやらなきゃいいじゃん。なんであんな事したのよ」
「知ってほしかったから」
「なにを?」
「コミュニケーションにおける、とても大事なことを」
「だからなんなのよ、それ」
リオが口を尖らせる。
「説明するから祐太郎君、ちょっと質問させて」
エイミは祐太郎をまっすぐに見つめた。
「さっき祐太郎君が受けた仕打ち、自分の大切な人にされたら許せる? 許せない?」
「!?」
その言葉を聞いた瞬間、リオはハッとした。
(そうか! そういうことだったのか!)
「………」
しばしの沈黙。
「……許せない」
自分が今日受けた仕打ちを大好きな祖母にされたらどう思うか?
置き換えて考えたら、とうてい許せるものじゃないということに祐太郎は気付いた。
「以前わたしが言ったこと覚えてる? 『自分の大切な人にされたら許せないと思うことは自分自身に対しても許してはいけない』っていうの」
「……覚えてる」
「自分の大切な人にされたら許せないと思うことを、どうして自分に許してしまったの?」
「………」
また沈黙。
いったいなぜなのか?
祐太郎は自分の心に問いかけていた。
「……そこまで考えてなかった……」
(やっぱりか)
エイミは「ふぅ」と一息ついて、優しく話し始めた。
「あのね、コミュニケーションにおける最も大事なことって知識じゃないの。実践力なの」
「………」
「いや、知識ももちろん大事だけど、それを実行する行動力がなかったらなんの意味もないのよ」
「………」
「………」
これはとても大事なことで、よく噛みしめてほしいのでエイミはわざと次の言葉を続けなかった。
「………」
場は長い沈黙に包まれた。
沈黙を破ったのはリオだった。
(お姉ちゃんの言ってることはわかる。わかるんだけどさ……)
「……そうは言ってもさ、『自分の大切な人にされたら許せないと思うことを自分に許してしまう』ことってけっこうあるんじゃない? そういう経験がある人は多いと思うんだけど」
リオの言葉をエイミはあっさり肯定した。
「うん、その通り。だから大事なのは次回どうするかってことだよ。受けた傷をごまかして家族やネットに八つ当たりするのがダメな人。受けた傷を受け止めて、対処法を考え、実践するのがダメじゃない人。わたしはね、祐太郎君には後者のタイプになってほしいと思ってるの。家族やネット、無関係な誰かや何かに八つ当たりするダメな人になってほしくないのよ」
「………」
沈黙してる祐太郎の代わりにリオが言う。
「受けた傷を受け止めるってのも難しいよね」
「まあね。でもその受けた傷を家族やネットなどに八つ当たりしてるようでは不幸しか生まれないよ。負の感情が拡大再生産されるだけじゃん。周囲にとっても、本人にとってもね」
「言うほど簡単じゃないよねえ……」
「うん。コミュニケーションスキルを磨くっていうのは、こういう辛く厳しい現実に向き合うってことでもあるからね。一朝一夕にはいかないよ。だからゆっくりでいいの。一歩ずつでいいの。大事なのは少しでもコミュニケーションスキルを上げること、WINーWINの関係を作ることなんだから」
(WINーWINの関係かぁ。私もそれは同意だし理想ではあるよね……)
「でもちょっと思ったんだけど、全ての人がWINーWINの関係を目指してるってわけじゃないよね」
「そりゃもちろんそうだよ。わたしは別に戦いや競争を否定してないし。お互い納得した上で勝者と敗者を決めるなら、それはそれでいいとも思ってる。でも納得しないまま勝者と敗者を作るのは違うとも思ってるよ。WINーWINの関係を目指さない、誰かを不幸にすることでしか幸福を得られないタイプの人間がいるのは知ってる。ただまぁ、よほど業の深い人だなあとも思う。関わりたくはないわね」
エイミは話が脱線しかかってるのに気付いた。
祐太郎がほったらかしなのも良くない。
「ちょっと話が逸れちゃったね。えっと、祐太郎君。今日受けた傷、受け止められる? 次はどうしたらいいか対処法を打ち出せる? その対処法は実践できそう?」
「………」
祐太郎は何も答えなかった。
エイミはじっと答えを待った。
「……わからないよ。そんないろいろ言われても……」
「そっか。じゃあせめて頭の中でシミュレーションだけはしておいて。次こうきたらこう返そうっていうのを。WINーWINの関係を作るにはどうしたらいいのかっていうのは考え続けてね」
「そうは言ってもさ、あんな粗暴なやつらにWINーWINの関係を作る意識なんてあるのかな? こっちがそう思っても、相手が『誰かを不幸にすることでしか幸福を得られない人間』だったら意味ないと思うんだけど」
(やっぱり誤解してたか……。あの男の子たちはそんな業の深いタイプではないのよね。いやまあ、そう見えちゃうのもわからないもないけど……)
「ちょっと待ってもらえる? 天界の友達呼ぶから」
「天界の友達?」
「うん。一応、神様。女の子、可愛い女神だよ。呼んでいい?」
「……いいよ。なんか知らんけど」
祐太郎は同意した。
よくはわからないがどんな女神なのか興味はある。
(友達って誰だ?)
リオも興味津々だった。
数十分後、場に現れた女神にエイミが言う。
「久しぶりね、色ボケ女神」
「元気だったか? 掃除キ○ガイ」
エイミとクローディアは笑いながらグータッチした。
(誰かと思ったらコイツかい!)
拍子抜けしたリオは心の中でツッコミを入れた。
エイミとクローディアが会話を続ける。
「良かったよ。アンタがまだクビになってなくて」
「神通力はアタシのほうが上だからな。もしクビなるとしたらおまえが先だと思うぞ。でもクビになっても安心しろ。おまえはアタシが嫁にしてやるから」
「ふざけんな色情魔」
「照れんなよ。カマトト女神」
二人は笑いあった。
ひとしきり軽口を叩きあったあと、エイミが祐太郎に視線を戻す。
「祐太郎君、このクローディアとわたしは悪態つきあってるけど親友なの」
「だからなんなの?」
「クローディアとわたしは悪態つく関係が理想だと思ってるけど、別に祐太郎君とは悪態つきあう関係になりたいとは思ってない。何が言いたいかっていうとコミュニケーションの理想形は人によって、関係性によって違うってことだよ」
「??」
まだわかってない様子の祐太郎にエイミが話を続ける。
「つまりね、カラオケの男の子たちは、こんな風に悪態つきあえる関係がコミュニケーションの理想形だと思ってるってこと」
「!?」
そこまで言われて祐太郎は理解した。
「祐太郎君は菅野君みたいな大人しいタイプとやんわり付き合ってるよね。それがコミュニケーションの理想だと思ってるよね。でもあの男の子たちは違うのよ。悪口ぽいことも気軽に言い合える関係がコミュニケーションの理想だと思ってるのね。全く違うのよ、コミュニケーションの理想形が」
「………」
「だから祐太郎君にとってはあの男の子たちが粗暴な人間に見えるし、あの男の子たちにとっては雄太郎君がノリの悪い奴に見えてしまったと。でもこれってどっちに非があるとかじゃなくて、単にコミュニケーションの理想形が違うだけの誤解なのよね。わたしは祐太郎君のノリが悪くないことも知ってるし、あの子たちが粗暴でないことも知ってる。要するにお互いを知らないが為の悲しいすれ違いなの。お互い不器用なだけなのよ」
「………」
「あの子たちにWINーWINの関係を作る意識がない? それは大きな間違いだよ。意識はあるけど祐太郎君の理想形とは違うの。嚙み合わってないの───ただそれだけなのよ」
「………」
「祐太郎君に『自分の大切な人にされたら許せないと思うことを自分に許さない』行動力があれば、軽口を返せるだけのコミュニケーション技術があれば、あの男の子たちとも案外仲良くやれたと思う。想像はしにくだろうけどそういう未来もあったのよ」
「………」
「ああいうタイプの人達は世の中に一定数いる。上手い関わり方を習得しておくことは人生においてプラスになる可能性が大きいし、コミュニケーションスキルのレベルアップにもきっと役立つと思うよ」
「……上手い関わり方ってどんなの?」
「それは自分の胸に聞いてみて。どんなふうに接したらWINーWINの関係になれるのかを」
「なんでこっちが歩み寄らなきゃいけないの? こっちがへりくだるみたいで気分良くないんだけど……」
「強要するつもりはサラサラないよ。関わりたくなければ距離を置けばいいし。ただ、祐太郎君のコミュレベルは高いといえないけど、彼らもコミュレベルは高くない───むしろレベル低いと言えるわね。だって祐太郎君みたいなタイプとの接し方を知らないのだから。祐太郎君と彼らは、お互い自分の理想形を相手に押し付けるだけで、お互いレベルの低いコミュニケーション技術を披露してる状態になってる。そんな状態の中で、こちらが先にコミュニケーションレベルの高さを見せつけるのは痛快なことだと思わない?」
自分のコミュレベルの低さは自覚してる。
だが、彼らも実はコミュレベルが低いのだという指摘は非常に得心がいった。
「あのね、歩み寄りっていうのはコミュレベルの高さを見せつけることでもあるのよ。自分の理想形を押し付けるだけのコミュニケーションレベルが低い相手に高みから接してあげる───と考えれば気分良くないどころか、むしろ気分良くなると思うよ」
なるほど。この発想はなかった。
一般に歩み寄りというと、自分がへりくだるようなイメージがある。
だが実は、歩み寄ってるほうがコミュニケーションレベルにおいて高みに立ってるのだ───という考え方は新鮮だった。
(コミュレベルの高さを見せつける、か……)
悪くないかもしれない。
いや、むしろエイミの言う通り痛快なことなのかもしれない。
祐太郎はそんな風に思った。
一方のリオもエイミの言葉に感銘を受けていた。
(なるほど。こういう説得方法もあるのか)
歩み寄ることを『へりくだる』と評する祐太郎は以前より良くなったものの、まだ無駄にプライドが高かったり傲慢さを持ってたりする。
スクールカースト上位にいてもコミュレベルの低い人はたくさんいて、おそらくあの男の子たちも同じような傲慢さを持ってると思われる。
そんな両者の性格を見越した上で、上手く祐太郎のコミュレベルを上げる方向に誘導してるように見える。
この辺はさすがだなあと感じる。
筋金入りのひきこもりだった祐太郎を毎日学校に通う人間に変えただけのことはある。
エイミは最後の補足を加えた。
「どう付き合えばいいのか?───っていうと、お互いの理想形を尊重して歩み寄るのがベスト。それが無理なら、関わりを最小限にとどめる妥協点を探すのがベターな方法だと思う。彼らと良い関係性を築くのは祐太郎君のコミュニケーションスキルのレベルアップにもきっと役立つ、というのは再度言っておくね」
休み明けの月曜日。
学校。一限目の休み時間。
祐太郎は意を決して席を立った。
カースト上位のグループは苦手だし、正直話しかけるのも嫌だ。
だが、祐太郎はそんな苦手なクラスメートたちに近付いて行った。
ちょうど今グループ内にリオが居たというのも大きい。
勇気を振り絞って声をかける。
「ちょっといいかな。この間のカラオケなんだけどさ───」
話しかけられた上位グループのクラスメートたちが一斉に振り返る。
「空気を壊すつもりはなかったんだ。あの日はノリが悪かったのも否定しない。ノリについていけないなら、雰囲気が合わないなら帰ればいいのに、そうしなかったのは自分の落ち度だと思う。あの日の自分は全体的にKY気味だったと思う。自分の落ち度については申し訳ない」
上位グループは黙って話を聞いていた。
「ただ、俺はああいうノリが苦手だし、ああいうイジられ方も好きではないというか、むしろ嫌いというか苦手。そういうのもわかってもらえると嬉しい」
祐太郎はあのカラオケの日からずいぶん考えた。
そして、自分の良くなかった点を自分なりに分析した。
あの日はノリが合わないと感じたなら、場にいても苦痛なら速攻で帰れば良かったのだ。
自分の大切な人にされたら許せないと思うことを、自分に許してしまったのも大きなミスだ。
軽口を返せるだけのコミュニケーション技術があれば、もしかしたらこの男子たちとも仲良くやれたかもしれない。
この辺はエイミの言う通りだと思う。
もちろん、この男子たちに非がなかったわけではない。
だが、あの日は自分にも確実に非があった。
それは大きな反省点である。
このグループと仲良くなる気はないし、仮に仲良くなりたいと思っても今の自分には無理だと思う。
かといって、何もアクションしないのはモヤモヤだけが残ってスッキリしない。
ストレスにもなるだろうし、コミュニケーション技術の向上もないし、レベルアップもない。
次また同じようなケースに遭遇したら、今回よりもマシな結果を残すために何か行動することが必要だと感じた。
だからせめて祐太郎は自分なりの答えである妥協点を見出したのだ。
それがこの会話の意味なのである。
「言いたいのはそれだけ。じゃあ」
立ち去ろうとした祐太郎をグループの一人の男子が呼び止める。
「待てよ。こっちも悪かったよ。無理やりノリに付き合わせようとして」
「ああ。俺らのノリを押し付けたのは良くなかったわ」
「沢井がああいうノリ苦手っていうのはわかったよ。まぁああいうノリが苦手な人もいるわな。巻き込んだのはすまんかった」
男子たちは口々に反省の言葉を口にした。
粗暴ではないというエイミの言葉は嘘じゃなかった。
祐太郎は小さく微笑んで軽く頷き、その場を離れた。
(やるじゃん。祐太郎。グッジョブだよ)
リオはそんな祐太郎を笑顔で見送った。
「上手くいったみたいだね」
学校近くのビルの屋上。
エイミとクローディアは下界の映像を見ることが出来る神具、ツツウラ鏡で祐太郎の様子を見ていた。
「わだかまりが解消するってカタルシスがあるのよね。祐太郎君にはモヤモヤが晴れる気持ち良さをアピールするのも手だったかもな」
エイミは独り言のように呟いた。
「まあ上手くいったんなら良かったじゃんか」
「うん。クロ、神具だけ貸してくれれば今日は付き合ってくれなくても良かったのに」
「アタシもちょっと気になってたからな。ゆーたろー君のことは。以前にも会ったことあるし」
「そうなの? いつ?」
「天界に帰るまでまだ時間あるんでしょ? 飲みながら話そうよ」
当初の予定だった二週間が経ち、エイミは今日の夜には天界に帰る予定になっている。
「こんな昼間から?」
「いいじゃん。この時間でも酒飲める店があるから案内するぜ。地上の酒は美味いぞ」
「それは知ってる。わかった、付き合うよ」
エイミは笑って了承した。
並んで空を飛んでるクローディアにエイミが言う。
「ありがとね、クロ。あの日会いに来てくれて」
「別にいいよ。アタシもあんたに会いたかったし。それより地上に来てたなら、もっと早く連絡よこせっての」
「ゴメンね。大事な仕事中だったんで。あと、ありがとうの意味は会いに来てくれたことだけじゃなくリオのこともだよ」
「ん?」
「祐太郎君と会ったことがあるってことは、おおかたリオがお世話になったって事でしょ。それも含めてのありがとうだよ」
(大事な仕事ねえ……しかしコイツ、妹のことになると夢中になるよな。親友のアタシをほったらかしにするほどに。天界の仕事を休んでまで妹の様子を見に来るとか、結局妹の仕事を手伝うことになるとか、けっこうシスコンだよなあ。まあそういうトコも嫌いじゃないが……)
エイミの助力により、祐太郎のコミュレベルは上がった。
レベルは21から2つ上がって、これでレベル23である。
更にリオの計らいにより後味の悪かったカラオケ会のやり直しをした。
あの男子たちはマイナーなアニソンを披露し、祐太郎もメジャーな曲を披露。
カラオケ会はそれなりに盛り上がった。
その後、その男子たちと祐太郎は友達になったわけではないが、機会があれば話をするような良い感じの関係となった。
カラオケ会のやり直しと、その後の良い関係は経験値として加算された。
三年生になった時、祐太郎のコミュレベルは25まで上がっていた。
ゴールまではあと5である。




