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コミュニケーションの神様  作者: 咲良ゆう
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 朝の登校風景。

 今日もリオと祐太郎は並んで歩いていた。


「ねえ祐太郎」


 歩きながら祐太郎がリオに話しかける。


「他人とどう付き合えばいいのか? 悩んだことはない?」

「あるよ。たぶん今も悩んでる」

「そう。だったら覚えといて。笑顔を向けられたら笑顔を返す、バカと言われたらバカと言い返す、頬を叩かれたら頬を叩き返す。要するに自分がされた事と同じ事を返すのが人付き合いの基本だってこと」

「単純すぎない?」

「単純でいいのよ。相手からのアプローチの場合、好意には好意を返し悪意には悪意を返す。こちらからアプローチする場合、初手は好意を示す。初手から悪意は使っちゃいけない」

「相手と同じように振舞えばいいってこと?」

「うん。クラスメートっていう対等な立場での付き合いなら、これで上手くいくと思うよ」

「上手くいくのかなあ……」


 祐太郎は納得いってないという顔をした。


「まぁ今はわからなくてもいいよ。心の片隅にでも留めておいて」


 リオは説明を重ねることはしなかった。


「あとさ、学校や学校周辺では人前で祐太郎と話すのやめとくね」

「なんで?」

「理由は二つあって、私に頼らず友達を作ってほしいのが一つ。二人だけでイチャイチャ話してると面倒な嫉妬がとんでくる危険性があるのがもう一つね」

「人のいない所では話していいのか?」

「いいよ。二人で話したい時はこれを使って」


 リオは祐太郎にコインを渡した。


 {聞こえる?}


「聞こえる…なにこれ?」


 {テレパシーコインだよ。心の中で会話できる神具───神具ってのは神様が使う特殊アイテムのことね───スマホより便利だよ。ポケットの中にでも入れといて}


「すげえな」


 {祐太郎も何か喋ってみて。私の頭の中に語りかけるイメージで}


 言われた通りやってみる。


 {聞こえますか聞こえますか。いまあなたの心に直接話しかけています……}

 {やると思った。まあ使い方はそれで合ってるよ}


「でも乱用はやめてね。そこそこ神通力を使っちゃうアイテムなので」

「わかったよ」




 友達はどうやって作ればいいのか?


(どうやって作るんだっけ? 友達って?)


 自分から話しかければいいのはわかってるが、その勇気が出ない。


(でも、話しかけられるのを待つという方法もあるよな…?)


 祐太郎はとりあえず様子見することにした。

 初日は誰とも話すことなく終わった。




 二日目。

 この日も祐太郎は様子見に終始した。


 一方のリオは休み時間、複数の女子と喋るようになっていた。




 三日目。

 祐太郎は様子見を続けた。


 リオはグループを形成しながらも、多くの女子に気さくに話しかけていた。


(……………)


 三日も経つのに何も行動を起こしてない祐太郎を見て、リオは何かを考え始めていた。




 四日目。

 今日も祐太郎は沈黙を貫いていた。


 {祐太郎、ちょっと屋上の扉の所まで来て。図書室の近くの階段を上がった所}


 休み時間、テレパシーコインでリオに呼び出される。

 屋上は閉鎖されていて、普段は誰も来ない場所というのがうかがえる。

 実際、そこに居たのはリオと祐太郎の二人だけだった。


「ねえ、友達作る気あるの?」


 開口一番、リオは不満げに言った。


「……あるよ。今は『見』に回ってるところ」

「『ケン』ってなに?」

「様子見」

「なんで様子見してるの?」

「話しかけられても友達はできるよね。それを待ってるんだよ」

「話しかけられるっていう根拠はなんなの?」

「根拠はないよ。でも逆に、俺に話しかける人がいないっていう根拠もないじゃん。でしょ?」

「………」


 ドヤ顔で言う祐太郎にリオは言葉を失った。




 一か月後。

 祐太郎は未だボッチだった。


 休み時間も一人。

 昼食時も一人。

 教室移動も一人。


 クラスの中でメチャクチャ浮いてる存在となった。


(辛い……なんでこんな事になったんだろう……)


 自分だけがボッチというのは針の筵にいるような気分だ。


(もう学校行きたくない……明日から引きこもろうかな……)


「おバカ!!」


 そう怒鳴ったリオが指を鳴らすと、教室から屋上前の空間に景色が変わった。




「幻夢……か……」

「正解。今はまだ四日目だよ」


 ドヤ顔をした直後から祐太郎は幻夢を見ていたことになる。


「今のは幻夢だったけど、このままだと一か月後はこうなるよ。これが祐太郎の望んだ未来なの?」

「………」


 こんな未来は望むわけない。

 祐太郎は気まずそうに押し黙った。


「ねえ、祐太郎が学校へ行くのはなんの為?」

「……コミュレベルを上げる為」

「だよね。だったら自らアクションを起こすべきじゃないの? 積極的に友達を作るべきじゃないの?」

「でも話しかけられても友達はできるわけだし……」

「そりゃそういうケースもあるでしょうよ。でも”今回は”そういうケースじゃないでしょ。三日も経つのに誰にも話しかけられないっていうのは、そういう巡り合わせって事なんだよ」

「そうは言ってもさ、話しかけるより、話しかけられる存在でありたいじゃん?」

「おバカ!! 何様のつもりなのよ!?」


 リオは怒鳴った。 


「アンタはそんな魅力溢れる人間なの!? 違うでしょ! コミュレベル低いのに、なんでそんな思いあがった感覚持てるのよ!? そんなゴミみたいなプライド捨てなよ!! 他人を不快にさせる迷惑な存在だった過去を思い出しなさい! 何様のつもりなのよホントに!」

「………」


 たしかに中学の頃の自分は、他人を不快にさせる迷惑な存在だった。

 だからハブにされたし、イジメられたのだ。


「学校行くのはコミュレベルを上げる為なんでしょ? だったらその努力しないでどうすんの? コミュレベル上げるには他人と関わることが必要なのに、なんで他人と関わろうとしないのよ。積極的にアクション起こさないなら意味ないじゃん!」

「……そうだね。忘れてたわ」


 コミュレベルが高いほど幸せになる確率は高くなる。

 だからコミュレベルを上げるため学校を利用する。

 

 半年前に一大決心したのに、すっかり忘れていた。


「……頼むよ祐太郎。コミュレベルを上げるのが目的なんでしょ? それを忘れないで……」

「うん、ゴメン……」


 祐太郎は目的を再確認した。

 たしかに自分は思いあがっていた。

 他人を不快にさせる迷惑な存在だったのに、話しかけるより話しかけられる存在でありたいなんて、思い上がりもはなはだしい。

 そんなゴミみたいなプライドは捨てるべきだ。


「祐太郎に必要なのは謙虚さをもつことというか、身の丈に合ったプライドを持つことだと思う」




 コミュレベルを上げるにはどうしたらいいのか?

 それはとにかくまず人と関わること、話をすることから始まる。


 新しいクラスの恒例イベントである、自己紹介をきっかけにするのも一つの方法。


 陽キャっぽい人たちが出身中学の話で盛り上がっていたが、ノリが合わなさそうなので敬遠。

 そもそも保健室登校していた過去を思い出したくないので、出身中学の話はしたくない。


 ではどうするか?


 祐太郎はゲーム好きという自己紹介をしたクラスメートに話しかけることにした。

 大人しそうな印象で、オタク仲間っぽい匂いを感じたのだ。


 真後ろの席なので声をかけやすいのもある。

 名前が菅野なので、名簿順だと沢井祐太郎の後ろだったのだ。


「ねえ、ゲーム好きなの?」


 後ろを振り返り、勇気を出して声をかけてみる。


「うん」

「俺はRPGやシミュレーションが好きだけど、どんなジャンルが好き?」

「僕も好きだよ。RPGやシミュレーション。町作り系とか王道系とか」

「王道系?」

「ファイナルクエストシリーズは全作やってるよ」

「オンライン版も?」

「うん。やってみたら面白かったので今も続けてるよ」

「おお! 仲間仲間。俺もいまプレイ中だよ。面白いよね」


 同じゲームをやっていたとは幸先が良い。

 オタク仲間っぽい匂いは間違いじゃなかった。

 

 祐太郎と菅野はゲームの話で盛り上がった。


 休み時間が終わり、雑談も終わる。

 良い感触。


 ふとリオを見ると、一瞬だけ笑みを返してくれた。


 グッド。その調子で頑張って。


 テレパシーコインを使ったわけではないが、そう言われたような気がした。

 祐太郎は学校に来て、初めて良い気分になった。



 

 その日以降、趣味が同じで気の合った菅野とは友達になった。

 そして数日後。


 テレレテッテッテー。

 突然、頭の中にファンファーレが響いた。


(なんだ!?)


 驚いた祐太郎は辺りを見回した。


「どうかした?」


 菅野が不思議そうな顔で祐太郎に尋ねる。

 

「いや、今なんか音しなかった?」

「?? 特には……?」


(気のせいか……?)


 休み時間が終わる。


 {ゴメンゴメン。説明してなかったね}


 頭の中にリオが話しかけてきた。


 {さっきのはオマエの仕業か! あの妙な音は!}

 {あれはレベルアップ音だよ。祐太郎のコミュレベルが上がったってこと。おめでとう! レベル13になったみたいだね}

 {13? 俺のコミュレベルは11じゃなかったのか?}

 {だから一気にレベルが上がったってことだよ。低いレベル帯ではこういうケースもあるの。逆に高レベルになるほど上がりにくくなると。この辺はよくあるゲームシステムと同じやね}

 {ちょっと話しただけでレベルが2つも上がるの?}

 {低いレベルの時は上がりやすいのよ。自分から積極的に友達を作ったというのが良い経験値になったんじゃない?}

 {そうなの?}

 {初対面の人に話しかけるっていうのは勇気がいることだからね。上手く関係を築けてるのもポイントになったんだと思う}


 勇気を出して話しかけた甲斐があったというもの。

 祐太郎はちょっと嬉しくなった。


 {それはそうと…あのレベルアップ音、なんとかならんのか? うるさいわ}

 {わかった。レベルアップ音は鳴らさないようにしとくよ。レベルダウンの音は『オーノー!』のままでいい?}

 {なんでマリオなんだよ}




 高校生活は最初こそ躓きがあったものの、大まかには順調な滑り出しをみせたといってもいいぐらい上手くいった。

 入学してから一ヵ月、菅野とは昼飯を一緒に食べるほどすっかり仲良くなった。


 昼飯といえば毎日の弁当も祐太郎は楽しみだった。


 その日の朝。

 リビングに入ってきた祐太郎はキッチンで料理をしてるリオに挨拶した。


「おはよう」

「はよー」


 笑顔で挨拶を返すリオ。


「今日は和食なんだ。ん? これはなに?」

「焼鮭のフレーク。骨がないから食べやすいよ。ご飯に乗せてもいいし、スプーンで食べてもOK」

「それはありがたいね。骨とるの面倒だし」

「物足りなかったら牛肉のしぐれ煮とか、ひき肉入りのオムレツもあるよ」


 リオは料理が上手い。

 毎日の弁当も彼女が作ってくれてるのだ。

 可愛い女の子の手作り弁当が毎日食べられるというのはちょっと嬉しい。


 制服の白いブラウスの上にエプロンをつけてる姿もすごく良い。




 料理だけじゃなく家事の全てはリオがこなしていた。


 学校から帰る途中に買い物。

 帰ったらまず掃除をして、その後は夕食の準備。

 夕食後は洗濯物の取り込みとアイロンがけ。

 朝は早起きして洗濯。

 並行して弁当作りと朝食の準備。


「私は居候だからね。これぐらいはやらないと」


 家事を全部やるのは大変じゃないかと聞いたら、こんな答えが返ってきた。


 今まで掃除や洗濯は父親が休日にまとめてやっていた。

 食事はスーパーの弁当や総菜や、たまに頼む出前が主だった。


 リオが全てをやるようになってから、家の中が明るく綺麗になったような気がした。


 それまで全てやってくれていた父親への感謝、いま全てをやってくれてるリオへの感謝。

 祐太郎は何もしない引きこもりだった自分が恥ずかしく思え、謙虚な気持ちで二人に感謝することができた。


「居候の私はともかく、お父さんには感謝したほうがいいよ。その気持ちを伝えたら、きっと喜ぶんじゃないかな」


 感謝はしてるが、面と向かって言うのは恥ずかしい。


「………」


 そんな祐太郎の心情を察したリオが追加で提案する。


「直接言うのが恥ずかしければ、簡単なメモ書きでもいいと思う。ひと言でもあれば嬉しいもんだよ」


(メモかあ……)


 本当は直接言ったほうがコミュレベルは上がるのだろうけど、リオはそれを強要しなかった。

 自発的に言ってほしいのもあるし、メモが渡すことが出来れば面と向かって伝えるハードルも下がり、いつかは直接言えると思ったからだ。




 後日。

 祐太郎の父親が会社で弁当の包みを開けると、メモが挟まれてるのに気付いた。

 メモにはこう書かれてあった。


『今までゴメン。いつもありがとう。   祐太郎』


(アイツ……)


 父親の心に温かい気持ちが溢れる。


 この日以来、祐太郎は父親とたまに喋るようになった。

 引きこもりをやめた時もそうだったが、父親の表情はより明るくなったような気がした。 



 

 高校入学から1ヵ月が経った。

 あれから祐太郎のコミュレベルは15に上がっていた。


 菅野以外のクラスメートに対しても勇気を出して話しかけるのを頑張ったのと、父親との関係を改善させたというのが経験値になったのだ。


「でも、最近レベル上がらんのだよな。初対面の人に声をかけても」


 キッチンのテーブルでジュースを飲みながら祐太郎は言った。

 近くで拭き掃除をしているリオが答える。


「レベルが上がるとレベルアップに必要な経験値が増えるってのもあるし、同じ経験ばかりだとレベルは上がりにくいわよ」

「そういやそんなこと言ってたな」

「うん。だからなるべく様々なタイプの人と関わって、いろんな経験をしたほうがいいのよ」

「いろんな経験って例えば?」

「部活とかバイトとか。いろんな場所、いろんな状況で上手くコミュニケーションとれれば、コミュレベルは上がっていくと思う」

「バイトはちょっと自信ないなあ……」

「だったら部活はどう?」

「部活かあ。特にやりたい部活もないんだよなあ」

「ま、焦らずゆっくり考えればいいよ。引きこもりから保健室登校になって、一般的な学生生活を送り始めたのはつい最近だからね。一歩ずつ進んでいけばいいと思う」


 そう言ってくれるのはありがたい。


「でもリオはいいのか?」

「何が?」

「俺のコミュレベルを早く上げて天界に帰りたいんじゃないの? リオ的にはさ」

「うーん……それはそうなんだけど強引に進めるのは良くないと思うんだ。さっきも言った通り、祐太郎が一般的な学生生活を送り始めたのはつい最近なのだから焦ることはないと思う。───もっとも、私がムチで尻を叩いたほうが祐太郎のやる気が出るっていうなら、そうするけどね?」


 リオはいたずらっぽく笑った。


「それは遠慮しとくわ」


 祐太郎もつられて笑った。


「部活やバイトの前に、祐太郎にはもっと差し迫った問題があるんじゃない?」

「差し迫った問題?」

「うすうす気付いてるでしょ? 駒田のこと」

「………」




 駒田は最近喋るようになったクラスメートである。

 ゲーム好きということで、祐太郎や菅野にかまってくるようになったのだ。


 最初は三人で楽しく遊んでいたのだが、徐々に不安が芽生えてきていた。


 どうやら駒田は、よくいるイキリストらしいのだ。

 傲慢な態度だけでも不快なのに、ゲームは初心者に毛が生えた程度の技量で、大別すれば初心者に分類される程度の腕前。

 にも関わらず態度だけはやたらデカいという───要するに実力もないクセに自分が優秀だと信じ込み、偉そうに振舞う類のイキリ屋なのだ。


 こういう人間は単なる傲慢な人間以上に、より大きな不快さを周囲にまき散らす。

 祐太郎は駒田の態度にうんざりしていた。




 ある日の学校帰り、祐太郎は菅野に聞いてみた。


「なあ、駒田の態度ってどう思う?」

「態度?」

「俺は駒田のイキリに少し疲れてる」

「メッチャわかるわ、それ。僕もあのイキリ態度にはちょっとうんざりしてる」


 菅野は即座に同意した。

 それだけ駒田に思う所があったということなのだろう。


 菅野が同じ気持ちだったのは嬉しい。


(やっぱイキリストって嫌われるのが普通だよなあ……)


 中学時代イキリ過ぎて仲間外れにされた嫌な過去が思い出される。


(なんとかしたほうがいいよなあ……)


 そう思ったが、ふと気付く。


(………でも、どうやって??)




「リオはどうしたらいいと思う?」


 夕食の仕度をしているリオに祐太郎は相談した。


「大雑把に分けて三つ方法があるよ。一つは祐太郎と菅野が我慢すること。二つ目は駒田をハブにすること。ハブにするのは非推奨。我慢は場合によってはアリだよ」

「どんな場合ならアリなの?」

「例えば駒田との付き合いがあと一週間とかで、今後人生において二度と関わることがないような場合」

「一週間どころか来年のクラス替えまで、あと一年近くもあるんだが」

「我慢できる?」

「ムリ」

「じゃあ我慢するという案は却下だね」

「………」

「………」

 

 リオはひき肉の塊を両手でパシパシとキャッチボールしていた。

 どうやら今日はハンバーグらしい。


「……三つ目の方法ってなんなの?」

「それは以前、言ったじゃん」

「へ? いつ?」

「本音をぶつけあってコミュニケーションをとること。それが三つ目の方法だよ」


 言われて祐太郎は思い出した。


(そういや前に、そんなこと言ってたな)


「本音を洗いざらいぶちまけて上手くいくのかなあ?」

「本音を洗いざらいぶちまける───それも一つの方法だよね。実際それで上手くいくケースってあるし」

「リオはそうしたほうがいいと思う?」

「どうかな。個人的にはあまりお勧めではないかも」

「じゃあリオが思う、個人的にお勧めの方法ってなんなの?」

「そうね…私のお勧めは本音を部分的に解放するっていう方法かな」

「部分的?」

「そう。必要と思われる部分だけ、本音を出すの」

「必要と思われる部分って?」

「今回のケースだと、イキリは不快だからやめてほしい───っていう部分なんじゃない? 間違っても駒田はハゲだという本音は言わないほうがいい…というか、言う必要がないと思う。コミュレベルが高い人ってね、本音を解放する部分と隠す部分の取捨選択、本音の仕分け作業が上手くて、その本音の伝え方も上手いのよ。祐太郎にはそういう人を目指してほしいと思ってる」

「………」


 なんだか難しい話になってきた。

 本音の仕分け作業というのは初めて知る概念だ。

 

「本音の仕分け作業って言われてもよくわからんよ。これは言っていい本音、これは言っちゃいけない本音───それを仕分ける判断基準ってなに?」

「人間関係は互恵的なWINーWINの状態が理想なの。判断基準に迷ったら、どうしたらその状態に近付けるのか?───を考えればいいんじゃないかな」

「………」

「祐太郎は駒田とどんな風に付き合いたい? その付き合い方をする為にはどんな言動が必要だと思う? 自分の胸にそれらを問いかければ、自ずと答えは出ると思うよ」




(駒田とどんな付き合い方をしたいか? ……か)


 その夜。

 祐太郎はベッドの中で、リオに言われたことを熟考した。




 数日後。

 小さな公園。

 祐太郎と菅野と駒田は学校帰りに公園のベンチに座って、それぞれ携帯型ゲームを手に持ち一緒に遊んでいた。

 

「ヘッタクソーだなコイツ。ザコ過ぎて話にならんわ」


 多人数のパーティープレイでボスを撃破した直後、駒田は初心者と思われるパーティメンバーを中傷した。

 昨日の夜も駒田はチャットで初心者をバカにするという出来事があり、祐太郎はもう限界だった。


「駒田……そういうの、もうやめてくれないか?」

「そういうのって?」

「他のプレイヤーをバカにしたり、俺ツエエーでイキったりするの」

「バカになんかしてないよ。さっきの奴がザコなのは事実だろ」


(バカにしてるだろうがよ……)


「ザコに思ったからバカにしていいって問題じゃないだろ? そうやって誰かを中傷して俺ツエエーでイキるのって───こんなこと言いたくないんだけど、見てて不快なんだわ」

「ハァ?」


 非難の言葉を向けられた駒田の顔がこわばる。


「これぐらい、みんな言ってんじゃん! 俺なんか優しいほうだろ。もっと酷い暴言を吐く奴なんかたくさんいるんだから」


 相手の受け取り方に責任転嫁するのはイキリストの常套手段である。

 悪いのは祐太郎の受け取り方で、駒田本人にはなんの問題もないと言ってるのだ。


「悪いけど僕も沢井と同じ気持ちだよ。駒田のイキリや俺ツエエーはぶっちゃけ、不快」


 菅野が祐太郎に同調する。


「だいたい駒田って初心者レベルじゃん。なんで偉そうにすんのさ。初心者が偉そうに振舞うって不快だよ」


 日頃からためてた不満をぶちまける菅野。


「俺は初心者じゃねーよ。ザコどもに教える立場だし」

「そういう態度が不快だって言ってるんだよ。なんでわかってくれないの?」

「ザコにアドバイスしてやってるだけだ。初心者に教えを施すことは悪いことなのか?」


 想像はしていたが、駒田はやはり厨二病をこじらせてる厄介なイキリストだということを祐太郎は改めて思い知った。


(このハゲ頭は俺ツエエーすることしか考えてないのよな。それがバカ丸出しだってこと、本人は気付いてないんだろうな……)


 祐太郎が駒田に言う。


「悪いか悪くないかの話じゃないよ。不快か不快じゃないかの話だよ。俺ツエエーする傲慢なイキリ屋は不快だってこと、わかってほしいんだ」

「ネットにはいっぱい居るだろ。傲慢な奴なんか」


 ネットにいっぱい居るからなんだというのか。

 これがまったく反論になってないという事を駒田は気付いていなかった。

 反論になってようがなってまいが、とりあえず言い返すというのもイキリ屋の特徴である。


「うん、いっぱい居るね。でもネットでも嫌われてると思うよ? 傲慢なイキリ屋っていうのは。リアルならもっとだね。傲慢なイキリ屋が嫌われる確率はものすごく高いと思うよ?」

「……イキリの何が悪いんだよ。自分に自信を持つのは大事なことだろうがよ。世の成功者はみな自分に自信を持ってるぞ?」


(今度は開き直ってきたか……)


「自信を持つ事とイキる事は全然違うよ? 自分に自信を持ちつつ、かつ他人に配慮できる人はたくさんいるんだから。他者とWINーWINの関係を築くことが出来るのが単に自信があるだけの人。自分が気持ちよくさえなれば他人を不快にさせても知った事じゃないというのがイキリ屋。似て非なるものだよ。単に自信のある人とイキリ屋っていうのは」


 想定していた反論なので、祐太郎は即座に反論の反論を述べた。

 そのまま話を続ける。


「単に自信がある人は他者と上手く付き合うこともできるけど、傲慢なイキリ屋は他者と上手く付き合うことが出来ない。単に自信がある人は他人を不快にさせないよう配慮できるけど、傲慢なイキリ屋は不快さをまき散らす迷惑な存在でしかない」

「………」


(実るほど頭を垂れる稲穂かな───っていう言葉、駒田は知らないんだろうな……)


「駒田って中学の時もそんな感じだったの? 傲慢なイキリ屋やってて嫌われなかった?」

「………」


 思い当たる節があったのか、駒田は顔を歪めた。


(図星か。やっぱりそうだと思った。傲慢なイキリ屋って嫌われるんだよなあ。昔のオレみたいにさ……)


「これはマジで駒田の為を思って言うんだけどさ───傲慢なイキリ屋はやめたほうがいいと思う。俺ツエエーとか無意味な煽りとか、嫌われる要因でしかないよ? そんな態度続けてたら周りからマトモな人が離れていくし、無駄なトラブルも発生しやすくなると思う。それは駒田にとっても良くないことだと思うよ」

「………」


 駒田は苦虫を嚙みつぶしたような顔をしていた。


「とにかくね、俺が言いたいのは傲慢なイキリ屋は不快なのでやめてほしいってこと。イキリ屋を続ける限り一緒には遊べない。でも改善してくれるなら友達は続けるし一緒に遊びたいとも思う。それだけ。菅野はなんかある?」

「僕もだいたい沢井と同じだよ。イキリや俺ツエエーや傲慢な態度は改めてほしい。それがなければ一緒に遊ぶのも嫌じゃないんだから」

「………」


 それだけ言うと祐太郎と菅野は、その場を後にした。




 帰り道。

 菅野と別れて一人になった祐太郎にリオが声をかける。


「お疲れ様」


 テレパシーコインは任意の相手に会話を届ける機能もあり、リオは全ての会話を聞いていたのだ。


「あれで良かったのかなあ?」

「うーん…悪くはなかったと思うよ。一番重要な、イキリや傲慢な態度は不快だからやめてほしいっていうのも伝えられたし、改善するなら友達は続けるっていうチャンスを残したのも良かったと思う。こういう軋轢って『面倒な相手と関わりたくない』という思いが先行して、駒田を一方的に責め立ててチャンスも与えないとか、駒田をハブにするっていう方法をとるケースが多いんじゃないかしら。高校生ぐらいならさ」

「リオならもっと上手く話したんだろうな」

「どうだろうね? あまり自信はないな。とても難しい問題だったし……そういう難しい問題だからなんだろうね。おめでとう。レベル上がったよ」

「おお!」

「3つも上がったよ。これでレベル18だね」

「マジで!? そんな上がるんだ」

「それだけ難しい問題で、祐太郎の対処方法も悪くなかったって事なんだろうね。実際、今回のことは良い経験になったでしょ?」

「まあね」




 翌日。

 駒田は祐太郎と菅野から距離を置くようになった。

 休み時間になっても話しかけてこなくなったのだ。


 {俺のやったことは失敗だったのかなあ……}

 {んな事ないでしょ。レベルは上がったわけだし、昨日も言った通り祐太郎の対処法は悪くなかったと思う。これ以上は駒田の問題だよ。祐太郎が気にする必要はない}

 {改善してくれるといいんだけどな}

 {その辺は気長に待ちましょう}




 リオはいつも家事に追われてるわけではなく、アイロンがけが終わったら自由時間になる。

 その自由時間でリオは祐太郎と遊ぶこともあった。

 平日はたまにだが、休日は共通の趣味であるゲームを一緒に遊ぶことが多かった。


 もともとリオは天界一のゲーマーなのだ。


「そういやさ、俺はゲームを通していろんな人とコミュニケーションとってるんだけど、コミュレベルって上がらないよな」


 ゲームをしながら祐太郎が呟く。

 視線をゲーム画面に向けたままリオが答える。


「そりゃそうでしょ。コミュレベルって現実世界が対象なんだから。ネットで普通に話せてもリアルではコミュ障っていうケースも多いからね」


 リオは話を続けた。


「リアルでは人と上手く付き合ってるように見えても、ネットでは暴言厨というパターンもコミュ力は低いという事になるわね」

「そうなの?」

「当たり前でしょ。人間関係はWINーWINの状態が理想なのに、自分がWINの状態じゃないのだから」

「意味がわからない。どういうこと?」

「つまりね、表面上は良い人間を装っていても、それが大きなストレスになってるってこと」

「?」


 まだわかってない様子の祐太郎にリオが補足を加える。


「自分も他人も幸福になるというWINーWINの関係を築ける、リアルでもネットでも良い関係を築ける───これが真にコミュレベルの高い人」

「………」

「自分だけ幸福、相手だけ幸福、リアルだけコミュたつ、ネットだけコミュたつ───これらはいずれもコミュ力に問題ありな人ってことだよ」


 ここまで言われて祐太郎は理解した。

 コミュたつになる為の条件は想像以上に厳しいらしい。


「良い機会だから、ついでに言わせてね」


 饒舌になってるリオは話を続けた。


「祐太郎がいま所属してるギルドってさ、悪い影響があるものだと思う」


 ギルドというのはネトゲ内のチームのようなもの。


「悪い影響って?」

「いや、このギルドってイキリ屋とか煽り屋とか俺ツエエーマンとか、暴言厨とかウエメセ厨とか、傲慢な人ばっかりだよね。控え目にいって、ロクな奴がいない」


 祐太郎は思わず苦笑した。

 ここまで酷く言われると笑えてくる。


「こんな人たちと関わっても悪い影響しかないよ。他人に迷惑かけてもなんとも思わないというか───むしろ他人を不快にさせることを楽しんでさえいるヤンキー集団みたいなものだよ」

「………」

「いや、もしかしたら大人になると解散するヤンキー集団より末期かもね。かなりヤバいよ。完全にエコーチェンバー現象の泥沼にハマっちゃってるから」

「エコーチェンバー現象ってなに?」

「自分と似た意見や思想を持った人が集まって、その意見や思想が肯定されることで、その意見や思想が正しいものであると思い込んでしまう現象のこと」

「それがどう問題なの?」


 祐太郎はコントローラーを置き、ゲームを中断して尋ねた。


「イキリ、煽り、俺ツエエー、暴言、ウエメセ、傲慢な態度……といった多くの人から嫌われる、それらの行為もこのギルドの中ではなんの問題もなく肯定されてる。肯定されてるから正しいものと思い込んでしまう。それらが迷惑行為だなんて微塵も思っていない。結果、多くの人に迷惑をまき散らしてしまうと」


 中学時代の自分のことを言われてるようで、祐太郎は耳が痛かった。


「祐太郎は今のギルド楽しい?」

「実はあんまり……最近は全然楽しくないかも。リオと遊んでる時とか一人で無言でやってる時は楽しいけど、痛いチャットを目にすると、うわぁ……ってなる」

「だったらやめたほうがいいよ。悪影響しかないんだから。付き合う人間は選んだほうがいいよマジで。リアルはもちろん、ネットでもね」

「そうだね。そうするかあ……」


 ギルドが合わないというのは前々から感じ始めていた。

 なんの未練もないので祐太郎はあっさり同意した。


「辞めるなら新しいギルド探さないとな」

「それなら私と新しいギルドを作ろう」

「それはいいね」


 リオと一緒なら楽しそうだ。


「新しいギルドはイキリ、煽り、俺ツエエー、暴言、ウエメセ、傲慢な態度……といったものを迷惑行為として扱うギルドにしよう」

「待って。それはそれで良くないよ」

「なんで?」

「だってそれだと『聖人君子以外お断り!』みたいなニュアンスになっちゃうじゃん。誰だって調子に乗ってしまうことはあるよ。大事なのはイキリや煽りなどが良くない事と認識しつつも、やってしまった時は不快にさせた事を謝る、改善を心がけるという謙虚さを持つ事だと思う。これなら普通の人も参加しやすいんじゃないかな。普通の人っていうのは聖人君子じゃないんだから」


 これは頷ける。

 普通の人は聖人君子になんかなれない。


「これはリアルでも同じだよ。ネガティブなものを極端に遠ざけて理想ばかりを追うと、逆に人が寄ってこなくなるっていう。水清ければ魚棲まずってやつね。コミュレベルが高い人というのは清濁併せ呑む器を持っていて、清濁の配分が上手く器も大きいのよ」

「ふむう……」

「あとイキリ=迷惑行為という図式もちょっと違うよ」

「待て。それはオマエが最初に言ったんだろ。イキリ=迷惑行為みたいなことを」

「ゴメン。説明が足りなかったね」


 謝罪をして説明を続ける。


「あのね、イキリっていうのは───その功績を喜ぶ人がどこにどれだけいるかっていうのが問題なのよ」

「どういうこと?」

「例えば、世界中の人々の暮らしが便利になる発明をした人とか、不治の病の特効薬を見つけた人とか、その功績を喜ぶ人がいればイキっても問題にならないのよ。もっと身近な例でいうと野球のヒーローインタビューで、決勝ホームランを打った選手が自画自賛のイキった態度を取っても、ファンは喜ぶでしょ?」

「……たしかに」


 祐太郎は深く頷いた。


「ただ、受け手によっては不快になるのよね。ホームラン打たれたピッチャーや相手チームのファン、その選手を嫌ってるチームメイトなんかも不快になるのかもね。イキってもさして問題にならないのは、それが仕事であり、決勝ホームランという功績を喜ぶ人が一定数いるから、なのよ」

「仕事であるかどうかも問題なの?」

「そうだよ。仕事って生きる為に必要なものだからね。生きる為に必要なことやって、それが上手くいって喜ぶ人がいるなら、誇りたくなるのが人情ってものじゃない? そこを我慢するのが美徳と考える人もいるけどね」

「それは…そうかも」


 仕事をしたことはないが、リオの言ってる事はなんとなくわかる。


「私がギルドの人達を批判したのは、その功績を喜ぶ人がどこにもいない状態なのにイキリ散らすからだよ。強敵ボスを倒してイキられても、オマエが強敵ボスを倒したことを喜ぶ人がどこにどれだけいるの?っていう。オマエが強敵ボスを倒したことなんか微塵も嬉しくないというか、1ミリも興味ないわって思ってた。心底どうでもいいことを自慢されてもウザイだけ。百歩譲って一度だけなら大目に見るとしても何度も繰り返しとなるとね、迷惑行為と感じるのが普通だと思うわよ」

「それはすごくわかる」

「協力してボスを倒した場合でもさ、それで皆が喜ぶといっても賞賛を要求したり、皆で成し遂げたことをさも自分の手柄かのようにイキるのはNGなのよね。ねぎらいの気持ちも失せて、コイツは自分がイキリ散らかすことしか頭にないんだろうなという感想になる。これはリアルの仕事でも同じだね」


 以前に見せられた幻夢を思い出し、祐太郎は恥ずかしい気持ちになった。

 と同時に思い浮かんだ疑問を口にする。


「でもあのギルドって、イキリ屋を賞賛する人もいたよね?」

「それは単純に自分もイキリ散らかしたいから、イキリ行為を肯定してるだけだよ。いつか自分がイキリ散らかす為に正当化してるだけ。お互い正当化しあうから、気付けない。誰も喜ばない心底どうでもいいことを繰り返しイキリ散らかすなんて───普通の人にとっては迷惑行為でしかないということを。エコーチェンバー現象の怖いところだね」

「………」

「その功績を喜ぶ人の前ではイキってもいいよ。でも喜ばない人の前では自重するというのが普通の感覚だと思うよ」

「だからギルド辞めようって言ったのか」

「うん。面倒な人とは関わらないというのもコミュニケーションの技術だよ」


 話を聞いていて、祐太郎はふと駒田のことを思い出した。


(もしかしたら駒田もエコーチェンバー現象にハマっちゃってたのかなあ……)


 その可能性はけっこう高そうだ。

 イキリや煽りが良くない事という認識が完全に欠落していた駒田は聖人君子じゃないのはもちろん、普通の人とも言い難いレベルの厨二病患者だった。


 祐太郎は改めて、極度のイキリ屋だった駒田が良い方向に変わってくれることを願った。


 


 制服が半袖の夏服に変わった頃。

 祐太郎は新たな扉を開こうとしていた。

 以前リオに『やりたい部活はない』みたいな事を言ったが、これなら自分にも合うかも? と思える部活を一つだけ見つけたのだ。

 美術部である。


 祐太郎はわりと絵を描くのが好きだった。

 教科書の落書きやパラパラ漫画などクラスメートにウケたし、『絵うまいな』と言われたこともある。


 美術室の扉を前にすると緊張が高まったが、なんとか心を奮い立たせる。


(大丈夫だ。勇気を出せ……)


 未知の扉を開くのは勇気のいることだが、ここまで来て逃げるわけにもいかない。

 祐太郎は勇気を出して扉を開いた。


 ガラと扉を開くと、中で石膏像のデッサンをしていた部員たちが一斉にこちらを見た。


(うお! 女ばっかりじゃねーか!)


 早くも帰りたい気持ちになった。

 こんな女だらけの場所で、自分がやっていけるとも思えない。


「誰? なにか用?」


 声のしたほうを見ると、そこには男の部員がいた。

 どうやら全員女というわけでもないらしい。


「えっと、掲示板を見たんですけど、見学って出来ますか?」

「見学希望か。出来るよ。まあまあ、こっちきて座りなよ」


 男の部員は祐太郎にイスを用意した。


「えーと、一年生?」

「はい」

「俺は二年の緑川っていうんだ。一応、副部長をやってる。よろしくね」

「あ、はい」

「………」

「………」


(……あ、こっちも自己紹介すべきか!)


 こういう時、自分のコミュレベルはまだまだなんだなあと痛感する。

 ワンテンポ遅れて祐太郎も自己紹介をした。


「沢井っていいます。よろしくお願いします」

「うん。見学も大歓迎なので、ゆっくりしていってね!」


 祐太郎は潰れた顔のゆっくりシリーズの動画を思い出した。

 歓迎されてるのは嬉しい。


「軽く部の紹介をしようか。ウチは基本自由だよ。今は皆で同じモチーフでデッサンやってるけど、好きなことしてて構わない。他の物を描きたければ全然OK! コンクールに出すも出さないも自由! 部に顔を出すも出さないも自由! だから幽霊部員が何人かいたりする」

「けっこうゆるい感じなんでしょうか?」

「もうゆるゆるのガバガバだよ。ルールは何もないんだから」


 どうやらかなり自由度の高い部らしい。

 部に顔を出すも出さないも自由というのは、すごく魅力的に思える。


 歓迎されてる感じなのも良い。

 この先輩からはハーレム状態を邪魔しやがってみたいな悪意を感じない。


(この感じなら、入ってみてもいいかもな……)


 祐太郎は入部に前向きな気持ちになった。




「へー、部活入るんだ?」


 その日の夜。祐太郎の部屋。

 報告があると呼び出されたリオはベッドに腰かけ、興味津々という顔をしていた。


「今のところ前向きだよ。見学行ってみたんだけど雰囲気良さそうだった。かなり自由なトコでね、部に顔を出すも出さないも自由なんだって」

「それはラクそうだね」

「そう。縛られるものがないっていうのはポイント高いよ」


 放課後は菅野と遊びたい時もあるので、出席自由というのはすごくありがたい。

 女ばかりというのは気後れしたが、副部長は男だったし───今日は来てなかったが、一年生にも男子が一人いるとのこと。


「自由度が高いのは良いよね。部活、上手くいくといいね」




 翌日。

 見学ではなく祐太郎は正式に美術部に入ることにした。


 今日のテーマは人物画で、二年生の女子がモデルをしていた。


「沢井は鉛筆か」

「緑川先輩は木炭なんですね」

「ミドリ先輩でいいよ。皆ミドリって呼んでるし」

「わかりました。ミドリ先輩」


 祐太郎がそう呼ぶとミドリ先輩はニカっと笑った。


「それにしてもホントに自由なんですね」


 モデルには目もくれず、一人、机で液晶タブレットと向かい合ってる部員が目についた。


「ああ、彼女はデジタル志向だからね。液タブの橋本とは彼女のことだよ」

「そんなん呼ばれたことないし! 妙な異名つけんでください」


 液タブの橋本は振り返って苦笑した。

 なかなか可愛い女の子である。


「沢井と同じ一年生だよ。液タブに関してわからないことがあったら彼女に聞くといいよ。ウチでは一番詳しいから」

「そうします」


 ついでに他の部員も…と思ったのか、ミドリ先輩が紹介を続ける。


「そっちの子は茶髪の見た目に反して水墨画が大好きな、人呼んで鳥獣戯画の酒井」

「だから呼ばれたことないっての! なんなのよ、その呼び名は」

「そこの彼女は得意技がボブロス画法。カップ麺が出来るのと同時に絵を描き上げる、三分仕上げの山崎」

「五分タイプのカップ麺もあるぞー」

「向こうの彼女は───」


 ミドリ先輩は紹介を続けた。

 全ての部員に異名をつけるふざけたものだったが、言われた部員たちのほとんどは笑っていた。


(そうか。この先輩が部のムードメーカーなんだな)


 先輩は優しいし、雰囲気は良いし、楽しそうな部活で良かった。

 勇気を出してこの部に入って良かったと、祐太郎はこれからの生活に胸をおどらせた。




 帰宅してリオにそのことを報告する。


「ふーん。楽しそうな部活だね。続けていけそう?」

「うん。今日みたいな感じなら続けていけると思う」

「そりゃ良かった。こっちも報告があるよ」

「?」

「おめでとう。またレベルが上がったよ。1つだけどね」

「部活始めてまだ一日しか経ってないのに、何が良かったんだろ?」

「その部活を上手くやれたって事なんでしょう。祐太郎は小中学校で部活の経験なかったんだよね?」

「うん」

「だったら先輩とコミュニケーションとるのも初めてだったんじゃない?」

「言われてみれば……」

「その経験が大きかったんだと思うよ」


 そういうものかと祐太郎はなんとなく納得した。


「これでレベル19だね。いいじゃん。すごく良い調子だよ」

「頑張るよ、俺」

「うん。応援してる」


 リオはニッコリと微笑んだ。




 十月。秋。

 高校入学から、およそ半年が経過した。


 コミュレベルは、あれからまた1つ上がって20になっている。


(美術部でたくさんの先輩と良好な関係を築けたのが経験値になったのかしらね。部活を勧めて良かった)


 リビングでアイロンをかけながら、リオは自分の案にご満悦だった。


(これでレベル20か。ゴールの30まであと10ね)


 およそ半年でレベルを11から20に、9つもレベルを上げた。

 かなり良いペースといえる。

 

「リオ。相談があるだけどいいかな?」

「いいよ」


 アイロンがけをしながらリオが答える。


 祐太郎の父親は出張の仕事が多く、今日も出張で不在だった。

 帰るのは三日後となっている。


 父親がいない時は、リビングでも気兼ねなく話が出来るのだ。


「実はさ……言いにくいことなんだけど……」


 祐太郎は少し顔を赤らめて恥ずかしそうに口ごもった。


「なに? どした?」

「………」


 少し間を置いて、祐太郎が意を決したように口を開く。


「……俺、好きな人が出来たかもしれない……」

「だれだれ?」


 興味津々という顔でリオが尋ねる。


「美術部の橋本佳織っていう子」

「ああ、あの子か」

「知ってるの?」

「見たことはあるよ。可愛い子だよね」


(少し似てるかもな。亜由美ちゃんに)


 リオは亜由美のことを思い出していた。

 思い出しついでに言ってみる。


「もしかして私に橋渡しを頼んでる? 彼女と上手くいくよう協力してほしい…みたいな?」

「そういや、そんな事もあったね」


 その発想はなかったという感じの祐太郎。


「違うの?」

「違うというか……ただアドバイスがほしいだけだよ。何か彼女に働きかけてほしい───ってのじゃない」

「わかった。相手を知らないとアドバイスしようがないので、まず橋本さんがどういう子なのかリサーチしてみるよ」




(これは良い傾向ね)


 風呂の中でリオは上機嫌だった。

 恋愛はコミュニケーションの一種であり、レベルアップのチャンスでもある。


 仮に祐太郎が橋本佳織と上手くいけば、コミュレベルは確実に上がるはずだ。


(これもアンチ・ラバーズのおかげだね)




【リオの回想】



──────半年前─────




 祐太郎の家に居候する前のこと。

 ビルの屋上で、リオは友達の神様に会っていた。


 名前はクローディア。

 恋愛の女神である。

 

「リオって地上勤務になったの?」

「この春から、そうなるね」

「いつまで?」

「ミッションの難易度を考えると、5~6年かかるかも……」

「そんなに!? そんな大きな案件なんだ?」

「まあね。コミュレベル11の引きこもりをコミュレベル30にするっていうプロジェクトなんで」


(あんたも引きこもりみたいな生活送ってたやん……)


 クローディアはそう思ったが、それは口に出さないでおいた。


「コミュ神のシステムはよう知らんけど、大変そうだね」

「そうなの。で、相談なんだけど───」


 リオはクローディアに状況を説明した。




 相談を聞き終えたクローディアが言う。


「……なるほどね。その祐太郎という男の子はリオに恋愛感情を抱く可能性があると」


 以前にリオは『そこそこ可愛い。彼女になるのはアンタでもいい』みたいなことを祐太郎に言われている。

 祐太郎がリオに恋愛感情を抱く可能性はそれなりにあるのだ。


「神様に恋してもコミュレベルは上がらない。だから祐太郎に恋愛感情を抱かれると困る。なぜなら祐太郎が人間に恋してコミュレベルを上げるチャンスを潰してしまうから。アタシに頼みたいのは、それを防ぐ方法ってわけね?」

「さすがクロ。理解が早くて助かるよ」


 リオはクローディアをクロと呼んでいる。


「だったらこれを使うといいよ」


 クローディアはリオにアンクレットを差し出した。


「これは?」

「アンチ・ラバーズ。これを身に着けた者は、誰からも恋愛の対象にならないっていう神具」

「ほほう……?」


 リオはアンクレットを手に取り、興味深そうに眺めた。


「恋愛だけじゃなく、性欲の対象にもならないので色恋沙汰は完全にシャットアウト出来るよ。恋愛の神様のほとんどはこれ使ってる。便利なアイテムだよ」


 よく見るとクローディアの足首にはアンクレットが着いていた。


「へー。恋愛の神様ってこんなん使ってるんだ」

「自分に恋愛感情を抱かれても困るからね。まぁ…なかには人間との禁断の恋を望む奴もいるけど。あとそれ壊れやすいから気を付けてね」

「わかった。ありがとね」



【回想終わり】




 祐太郎は年頃の男子だ。

 ”そこそこ”とはいえ可愛いと感じた女とひとつ屋根の下で暮らせば、恋愛感情を抱いてもおかしくない。

 アンチ・ラバーズはその事態を防ぐのにはうってつけのアイテムだった。


 風呂あがりのリオはアンクレットをつけた。

 寝る時と風呂以外は常時つけるのが習慣になっている。


(クロに感謝しないとね。いつかお礼をしとこう)




 翌日。

 リオはさっそく橋本佳織の調査を始めた。

 

 友達と女子トイレから出てきた佳織は、ドア前を通りかかったリオとぶつかった。


「あ、ゴメンなさい! 大丈夫?」


 慌てて謝る佳織。


「ヘーキヘーキ。こっちこそゴメンね」


 リオは笑顔で大丈夫アピールをした。

 

(仕込みは完了…と)


 ぶつかった瞬間、リオは佳織のポケットにタッピングコインを忍ばせていた。

 タッピングコインとは神具で、ありていにいうと天界の盗聴器である。




 丸一日、盗聴してみて佳織の人物像が見えてきた。

 性格はやや明るめで友達が多め。

 陽キャのグループ、大人しめのグループ、どちらともそれなりに仲が良い。


 教師の悪口には乗るが、クラスメートの悪口は言わない。

 話しかけるより、話しかけられるほうが多い。

 人に好かれるタイプ。


 漫画が好きでイラストを描くのも好き。

 BLも嫌いではないが、好きなのはノマカプ。


(ふむ……)


 最後の情報はどうでもいいが、総合すると良い子らしい。

 見た目も可愛いので、男子からの人気もあると思われる。


(これは祐太郎にはちょっと、攻略が難しいかもな……。どうしよう? どうしたら攻略できるんだろう……)


 帰る際も攻略方を考えながら歩いていたので、注意散漫になっていた。


(痛っ!!)


 リオは下駄箱の下段にある扉に足をぶつけた。

 危うく転びそうになる。


(もー! 誰よ! 扉を開けっぱなしにしたの!)


 足首が痛い。

 だがそれよりも、靴下の中に痛みとは違う妙な感触を覚えた。


 おそるおそる靴下の中に手を入れてみる。 


(うそーん!)


 靴下の中から出てきたのは、無残に壊れたアンチ・ラバーズアンクレットだった。




 ビルの屋上。

 呼び出されたクローディアは緊迫の表情で言った。


「なに!? 緊急の用事って!?」

「ゴメン。壊れちゃった……」


 申し訳なさそうな顔で、リオは壊れたアンクレットをクローディアに見せた。


「ちょ!? 壊れやすいから扱いには気を付けてって言ったじゃん!」

「ゴメン……不注意だった。完全に私のミスだわ」


 しおらしく頭を下げるリオに、クローディアはため息をついた。


「ハァァ……まあ壊れちゃったもんはしょうがないか」

「悪いんだけど代わりの貸してもらえる?」

「あ、ごめん。予備はないんだ」


 あっさり言ってのけるクローディア。


「………」


 リオは一瞬、言葉を失った。


「……………ええっ!?」




「ただいま」


 祐太郎が帰宅した時、リオはキッチンで夕食の仕度をしていた。


「おかえり。今日はキーマカレーだよ」

「いいね」


 冷蔵庫からジュースを取り出し、コップに注ぐ。


「どうだった?」

「なにが?」

「いや、調査したんだろ? 橋本さんのこと」

「ああ、うん……良い子だね。多くの人に好かれてる感じだった」


 好きな子が褒められてちょっと嬉しい。


「彼女は美術部でも皆に好かれてるからな。よくわかるよ」

「将来、大学でオタサーの姫になる素質は十分アリだね」

「それも頷けるよ。可愛いからな、彼女」


(ウチの学校に漫研があったら、既にそうなってただろうな)


 リオはオタサーの姫になった佳織の姿を想像した。


「それで、肝心のアドバイスは何かある? あるならぜひ聞かせてくれ」

「彼女は漫画が好きだってのは知ってる?」

「知ってるよ。部でもよく描いてるし」

「そこを取っ掛かりにするのが良いと思う」

「具体的には?」


 身を乗り出して祐太郎が尋ねる。


「うん。まず祐太郎も漫画描きなよ。下手でもいいから一生懸命描いて」

「俺が漫画描くの!? 描いたことないんだけど。液タブもないし」

「アナログでいいじゃん。だから下手でもいいのよ。頑張って描いたっていう気持ちがこもっていれば」

「気持ち?」

「そう。んで、描いた漫画を彼女に見てもらって、感想なりアドバイスなりを聞かせてもらうと。そうやって距離を縮めるのが良いと思うんだけど、どうかしら?」


 彼女が漫画を描いてるのは知ってたが、自分も漫画を描くという発想はなかった。

 たしかにこれなら自然な感じで仲良くなれそうな気がする。


「いい。いいよ! すごく良い方法に思える!」


 祐太郎は興奮気味に言った。


「良かった。ご飯のあと、どんな作品にするか相談しよう」


 笑顔で言うリオ。

 祐太郎は一瞬、胸がドキっとなった。




 夕食後。

 いつものようにリオはリビングでアイロンがけをしていた。

 傍らでは祐太郎が漫画のネタを考えている。


「どんな内容がいいんだろう」

「佳織ちゃんはノマカプが好きらしいよ。BLも嫌いじゃないみたい。GLはわかんないけど…とりあえず避けたほうが無難ね」

「ほむ」

「でも二次創作よりはオリジナルがいいと思う」

「じゃ、なんで言ったんだよ!」

「オリジナルなら日常ほのぼの系、感動系、グルメ、ミステリー、この辺がいいと思う。避けたほうがいいのはバトル、バイオレンス、下ネタギャグ、男目線のラブストーリーも避けたほうがいいわね。あと男目線のエロマンガも厳禁ね」

「最後のはセクハラレベルじゃねーか」


 笑ってるリオを見たら、また胸がドキっとなった。


(あれ……? コイツこんなに可愛かったっけ……?)


 なんだかリオがいつもより可愛く見える。

 いや、いつも可愛いのだが、今日はなぜか胸がドキドキしてしまう。


「動物モノなんかもウケるかもね」


 洗濯物をたたみながら話を続けるリオ。

 だが、話の内容よりもリオのことが気になって仕方がない。


(よく見るとリオって、すげー可愛くねえか?)


「俺ちょっと部屋で考えてくるわ」




 心を落ち着かせる為に自室に戻ってきたが、胸のドキドキが止まらない。


 ゲームをしてみるが、今イチ入り込めない。

 どうしてもリオのことが気になってしまう。


 自分は橋本佳織のことが好きだったはずなのに、今はリオのことで頭がいっぱいになってしまう。


(なんだこれ……)


 胸のなかで熱い何かが渦巻き、心がいっこうに落ち着かない。

 無性にリオに会いたくなってしまう。


(天使……いや、女神……女神様だ。リオが可愛いのは当たり前か。女神様なんだから)




 自分の部屋を出てリオを探す。

 リオは浴室で風呂掃除をしていた。


 後ろ姿も可愛い。

 スカートから見える生足がたまらない。


 そのスカートを捲りたい。

 そんな強烈な思いに駆られた。

 

「ん? なに? そんなトコで突っ立って……?」


 振り向いたリオは不思議そうな顔をしていた。


「き……今日は俺……先に風呂入っていいか?」

「いいよ?」




 再び自室に戻る。


(あ、危なかったー!)


 もうちょっとでリオのスカートを捲るところだった。

 あのままリオが振り向かなかったらヤバかったかもしれない。


 今までリオを”そういう対象”として見たことはなかったのに、急におかしくなった。


(なんか今日は変だ。風呂入ったら早めに寝よう……)


 祐太郎はひとり反省した。




 寝る前にやるゲームもそこそこに、早めにベッドに入ったのだが、まったく寝付けない。


(ぐおー! 全く眠れん!)


 ギンギンに目が冴えて、熱々に心がたぎってる。

 脳裏にはリオの笑顔やスカートから見えた生足の映像が焼き付いている。


 このままじゃとても眠れそうにない。


(そうだ!)


 祐太郎は薬箱のなかに以前、父親が飲んでいたと思われる市販の睡眠改善薬があったのを思い出した。

 薬を飲めば眠れるかもしれない。


 ベッドから起きた祐太郎はリビングへ向かった。


 リビングではリオがテレビを見ていた。


「ここでテレビ見てたんだ?」

「こっちのほうが画面大きいからね。お父さんもいないし、いいかなって」


(そうだ。今日は父親が出張でいないんだった……)


 二人きりというのは今まで何度もあったが、今日は特別に意識してしまう。


(さっさと薬を探そう。どこだったかな……)


 リビングをキョロキョロと見回す。


「探し物?」

「うん。薬箱ってどこだっけ?」

「調子悪いの?」

「ちょっと熱っぽくて、眠れなくて……」

「大丈夫?」


 リオは祐太郎の額に手をあてた。

 これがいけなかった。


 祐太郎のたぎる心が、噴火寸前のマグマのように暴発しそうになる。

 パジャマ姿のリオがメチャメチャ可愛く見える。


 パジャマ姿など何度も見てるはずなのに、おそろしく煽情的に見えた。


(脱がしたい。今すぐパジャマを脱がして裸にしたい)


 祐太郎はリオの両肩をガシっと掴んだ。


「な、なに!?」


 熱い眼差しでリオを見つめる祐太郎。


「リオ……」

「え、ちょっと、なに。なんなの!?」


 祐太郎がリオを抱きしめる。


「!?」

「俺……リオのことが……!!」

「ハイ、ストーップ」


 クローディアが祐太郎の顔に手を当てた瞬間、祐太郎は意識を失って崩れ落ちた。

 崩れ落ちた祐太郎の体はクローディアが上手く受け止めた。


 対象を強制的に眠らせる瞬眠の術により、祐太郎は深いに眠りに落ちている。


「クロ……」

「いやー、ドキドキの瞬間だったね。もっと後に来たほうが良かった?」


 眠っている祐太郎を抱きかかえたまま、クローディアはケラケラと笑った。


「いや。良いタイミングだったよ。あのままだったら、風神の術で祐太郎を吹っ飛ばしていたかもしれない」

「だから今日は理由つけて外泊しろって言ったのに。思春期の男子高校生の性欲、なめたらアカンよ」

「恋愛の相談に乗ってたもんでね。早めにアドバイスしてあげたかったのよ」

「アドバイスだけして外に泊まれば良いじゃん」

「んー、そうね……たしかに思春期男子の性欲、なめてたわ……」


 リオは反省した。

 草食系と思っていた祐太郎が、あんな行動に出るとは全くの予想外だったのだ。


「あんた恋愛方面はさっぱりだね。こんな事も予想できないなんて。こんなウブな奴が恋愛相談だなんて片腹痛いわ」

「そこまで言うことないでしょ……」


 ひどい事を言うと思ったが、相手は百戦錬磨の恋愛の神様なので、強くは言えない。


「ほい。新しいアンクレット。予備を持ってた奴に借りた物だから、今度は壊さないでよ」


 クローディアが新しいアンクレットをリオに渡す。


「わかってる。ゴメン。ありがと」

「それにしても、久しぶりに面白いもん見せてもらったわ」

「他人事だと思って……」

「だって他人事だもん。アンクレットを外すと、それまで抑え込んできた性欲や恋愛感情が暴走することがたまにあるんだけど、想像以上の暴走だったね」

「先に言ってよ! そういうことは!」

「それ事前に教えると面白くないじゃん」

「な!?」


 そこまで言われたリオは全てを理解した。

 

「───アンタ初めから面白がる目的で教えなかったのね!!」

「ふふ。おかげで面白いもん見させてもらいました。だいたいわたしは外泊しろって言ったのに、従わなかったあんたにも非はあるのよ」


 クローディアはあっけらかんと笑った。

 基本、いい奴なのだが、クローディアはたまにこういう意地悪をする。


「アンクレットの借りがなかったら、あんたに風神の術をお見舞いしてるトコだったわ」

「だからこれで貸し借り無しにしましょ。人生はギブアンドテイクだよ」


(いつかコイツ、泣かせてやる)




 二週間後。

 どうにか漫画を描き上げた祐太郎は迷っていた。

 これを橋本佳織に見せるべきかどうかを。


「せっかく描いたんだから、見てもらえばいいじゃん」


 祐太郎の部屋で漫画を読みながらリオが言う。

 

「初めてにしてはよく描けてると思うよ、これ」


 読み終えた漫画を祐太郎に返す。

 祐太郎が描いたのはよくある異世界転生モノ。


 平凡な主人公が異世界転生して、その異世界は料理という概念がなくて、主人公がありふれた料理を作って活躍するという話。

 ストーリーはありがちだが、絵はまあまあのクオリティだった。


「ありがと。でもさ、なーんかおかしいんだよね」

「なにが?」

「いやあ……俺、橋本佳織のこと好きだったはずなのに、妙に気持ちが冷めてしまったというか……だいたい、フラれると部に居辛くなるし……だったら部活仲間のままでもいいかなーって思えてきて……」

「……はい?」


(リオに対してもそうなんだよな。この間はリオを見るだけであんなにドキドキしたのに、すごく感情が高ぶったのに───今はリオを見ても全くドキドキしない。単なる親戚の可愛い子…としか思えなくなってる)


 祐太郎は自分の感情がよくわからなくなっていた。


 そんな祐太郎の様子を見てリオは不安な気持ちになった。


(冷めてしまったって……もしかして、この間のアレが原因!?)




 いつものビルの屋上。


「───というわけなんだけど、原因に心当たりは?」


 事情を説明して、クローディアに問いかける。


「まぁ一時的に感情が混乱するケースもあるよ。でもそれはあくまで一時的なものだから、深刻に考える必要はないよ。早ければ三日、遅くても十日程度で元に戻るはず。だからその……佳織ちゃんだっけ? 彼女への恋愛感情が消滅したわけじゃないと思うよ」


 遅くても十日程度で元に戻るなら心配しなくても良さそうだ。


「それよりもう一つの可能性のほうが深刻かもね」

「もう一つの可能性って?」

「単にビビってるだけって可能性」


 クローディアはバッサリと切って捨てた。


「本人が言う通り、フラれたとき部に居辛くなるのが怖いんだろうね。恋愛ではあり過ぎるぐらいによくあるパターンだよ。環境の変化を恐れて一歩を踏み出せないってやつ」

「解決法は? 恋愛の神様なんだから、解決法の一つや二つはあるんでしょ?」

「まあね───でも……」

「でも、なによ?」

「………」


 クローディアは少し考えてから言った。


「……祐太郎君は引きこもりだったんでしょ?」

「うん」

「だったら変に焚き付けるより、見守ったほうがいいと思う。学生の頃って周りが面白がって囃し立てて焚き付ける事例がけっこうあるけど幸せになるパターンは少数派で、悲劇に繋がるパターンが多いのよね。無理やり焚き付けることも出来るけど、そういうのは個人的に好きじゃないし。恋愛感情は自然に任せて見守ってあげるのがベストだと思うわよん」

「………」


 恋愛の神様がそう言うなら、そうするしかない。

 恋愛方面から祐太郎のコミュレベルを上げるチャンスは棚上げになったが、この件に関してリオはそっと見守ることにした。


 漫画はリオの勧めでインターネットに公開してみたが、好意的な反応はごく少数でほとんどがネガティブな感想。

 つまんない、駄作、ありがち過ぎる、読むだけ時間のムダ、絵が下手、ヒロインが可愛くない、デッサンが狂ってるなどなど。

 総合的な反応はさんざんだった。


 コミュレベルは上がらないし、漫画の評判もボロボロ。

 踏んだり蹴ったりの顛末である。


 漫画が酷評されて凹んだ祐太郎を見るのは辛かった。


(今までが上手くいき過ぎだったのかもな……)


 今回のことはリオも祐太郎も、いろんな意味で苦い経験となった。

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