見上げて話すのは疲れるんです
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にっこり微笑んではいるが、どこか殺気すら孕む気配に、薄っすら背筋が寒くなる。
が、神獣としてたかが人間の発するものに怯むわけにもいかない。
「馬鹿者。やめておけ。」
「えー」
寒気は気の所為、と返事を返したがはれは不服そうにわしを見る。
「だって、これが一番手っ取り早いじゃん。」
「確かにそうかもしれぬが…」
言っても聞かぬ相手なら現状を見せるのが一番いいのかもしれぬ。
だが、此奴が何処か楽しんでいる雰囲気があるのは気のせいじゃろうか。
「それに、わたし本当は筍好きなんだよね。あの食感が良くてさ。アレルギー出るようになってから食べられなくなったから、すごい残念でさ。横に万能薬がある状態なら、安心して食べられるじゃん。」
「やっぱり、そんなところか。」
呆れて物が言えない。
ここはしっかり言っておかねば、一息吸うと表の方でカチャンと金属的な音がした。
はれの後ろに控えていたこんも何かを察し、すっと姿を消した。
「あれ?はれ、お客様?」
襖がすっと開けられる。
母君が帰宅された。
母君は部屋にはいると、上座に座る山姥を不思議そうに見て取り敢えず頭を下げた。
「はれ、どなた?」
山姥が自身の知り合いではない。しかし、はれの知り合いにしては年齢が合わぬと思ったのだろう。
「ああ、えっとお隣のお客さん。まだ帰ってきて無くて、困っていたから。」
「ああ、そうなのね。連絡はしたの?」
「うん、ぶんちゃんがもうすぐ帰るって。」
「そう。じゃあ」
母君ははれの手に握り飯がある事に気付いたようだ。
「それ、どうしたの?」
「あ、コチラの方から」
はれはしまった、という表情を見せた。
「お裾分けにいただいて、折角だから。」
「折角も何も、それ山菜入っているじゃない。」
母君ははれの横に座ると山姥に軽く今を下げた。
「初めまして。稲口さんにはいつもお世話になっております。折角のお心遣いですが、娘はアレルギーを持っておりまして」
「親の顔が見たいと思っておりましたが、納得いたしました。親の躾が悪いからこの様な娘になるのですね。」
母君の言葉を遮って、山姥は言い捨てた。
「はあ?」
突然の事に母君は空いた口も塞がらない様子じゃった。
それはそうだろう。初対面の相手に暴言を吐かれたのじゃ。
面食らうのも当然じゃ。
「あの、うちの娘が何か失礼な事をいたしましたか?」
「それすらも分からないのですが?」
山姥はすっと立ち上がり、母君を蔑む目つきで見下ろした。
「まあいい、教えて差し上げましょう。人の好意も無碍にし、食物を無駄にする娘に育てる親など情けない限りと言う事です。」
山姥はわざとらしくため息をつき、わしに目を向けた。
「今日のところはこれで失礼致します。また、後日改めて」
「あ、ちょっとお待ちください。」
山姥が暇の言葉を口にしようとしたのを母君が遮った。
「わたしも人間ですので至らぬ所は山ほどあります。そのような至らぬ親に育てられた娘ですから、貴方様に何らかの無礼を働いたかもしません。それに関しては親としてお詫び申し上げます。」
母君は頭を下げた。
山姥はその様な母君の姿を汚いようなものを見る目つきで見ている。
「しかしながら」
母上はゆっくり頭を上げ、山姥と目を合わせた。
「先ほど、聞き捨てならない事をおっしゃいましたね?」
「はて、何のことでしょう。わたくしは事実しか申してませんが。」
山姥は眉を顰めた。
「わたしはお伝えしましたよね?アレルギーがあるから食べる事ができないと。」
山姥は馬鹿にした様に鼻で笑った。
「アレルギー?そんなものはただの甘えです。食べたくない、嫌いだから言ってあるだけでしょう?大体、食べもしないで何を言っているのやら。」
「食べて、症状がでて、病院で検査をして上での事なのですが?」
何だろう、母君静かに落ち着いて話しているのに、空気が怖い。
さっきのはれよりも物騒な空気をはらんでいる。
「少しずつ食べて治す方法あると聞いておりますのに、それをしないなど怠惰でしかないでしょう。」
「それを判断するのは医師です。我々の様な素人がするべき事ではありません。」
母君は表面的には優しい微笑みを山姥に向けた。
「お座りください。見上げて話すのは疲れるんです。」
笑顔は春の陽だまりの様なものだったが、纏う雰囲気は凍りつく空気そのものだった。
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