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約束あったの?

お越しいただきありがとうございます。

 頭を下げて取り敢えずお詫びの言葉を伝えようとしたのだけど、亀の言い方にカチンと来てしまう。

 

 確かに、欄干から川に投げ入れたのは悪かったかもしれない。乱暴だったのかもしれない。でも『愚か』まで言われる筋合いはないよ。


「だいたいだな、白の。お主の下のものへの躾がなって無いからこのようなことになるんじゃ。」

 亀はグチグチと今度はごんに文句を言っている。

「言うておくが、はれはわしの配下ではないぞ?」

「配下ではない?ではお主、なぜこのような場所に…」


 亀は今更ごんの姿をまじまじとみたようだ。


「お主、何という醜態を曝しているのだ!」


 醜態?わたしはごんの姿を確認した。

 先週、トリミングに連れて行ったから純白の毛皮はサラサラで汚れもないし異臭もしない。

 首輪とリードもその時に新しいものにしているし、みっともないところなど、無い。


 それどころか、うちのこ世界で一番かわいい!と自慢したいくらい、凛々しくてかっこいい。


「お主の言いたいことがわからぬ。何のことじゃ。」

 ごんも言われた意味がわからないようで、怪訝な顔をしている。

「その首につけられたものと紐は何じゃ!そのような姿、醜態以外の何ものでもない!!」


 ん?リードと首輪のこと?


「散歩に行くところだったからな。当然のことじゃろう。」

 ごんは当たり前の事のように答えた。


「当然!?当然と言ったかお主!仮にも稲荷大明神様の遣いで、その上二つ名を持つものが、紐に繋がれ、こともあろうにその手綱をこのような小娘に持たれ好きにされてるなど恥をしれ恥を!」

「お主の言い分も分からなくもないが、今のわしはこの家で世話になっている身。それに、場所が変われば常識や規則も変わる。これがこの場の規則ならわしは受け入れるよ。」


 そういえば、最初はごんも嫌がっていたけど今ではすんなり受け入れてくれているもんね。

 隣の文ちゃんが初めてごんのお散歩スタイル見たときは、固まって動かなくなっていたのを思い出す。

 本当は嫌でたまらなかったろうに、受け入れてくれて、やっぱりごんは世界で一番可愛くてかっこいい。今更ながら惚れ直しちゃう。


 自分の中で盛り上がていると、その横で亀は何が気に食わないのかまだブチブチ言っている。


「堕ちたものよのう。神の御使いなど言うて、所詮この程度か。こんな荒屋に世話になっている?のうのうと言っている己を情けないと思わんのか。」

「なぜ情けなく思わねばならぬのか。そちらの方が分からんよ。」

 ごんは苦笑しながら応えているけど、なんか、私のほうがイライラしてきた。


「何と、己が置かれた状況も分からんとは!そこまで堕ちたか!神に仕える己の身を思い出せ、この痴れ者が!」

「わしは今の状況に何の不満はないぞ。」


 ごんは何も気にしていないように言葉を返しているが、わたしは腹立ちのあまりに亀を掴んだ。


「はれ?」

「小娘、何をする!」

 驚いた声をあげる2人を無視して、玄関の靴箱を開けた。

「確かこの辺に…ああ、有った。」

 兄が昔使っていた虫かごを見付け、亀をその中に入れて蓋をする。

 四面透明プラスチックの箱に入れられた亀は、虫かごから出ようとよじ登っているが、蓋はしっかり閉め、念の為空気穴を避けて養生テープで補強もする。


「おい、出さんか!」


 亀はかごの中で暴れている。わたしはそれを無視してにっこりごんに笑みを浮かべた。


「今日、約束あったの?」

「いや、予定にはないし、何も聞いておらん。」

 わたしは虫かごを目の高さまで持ち上げた。


「じゃあ、何こいつ。約束もなく勝手に押しかけてきて、こんなグダグダ言っていたわけ?」

 


お読みいただきありがとうございました。

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