振り返りません
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はれ様をお守りすることにあたってのお言い付け。
その3 散歩の折に、いつもと違う道を行こうとしたら止めること。
はれ様のおうちにお世話になってから、基本わたくしは1日2回のお散歩に連れて行かれております。
大抵、母上様がお連れくださっているのですが、お休みの日やお時間がある時ははれ様が行ってくださる時もあります。
母上様のお散歩は、朝と夕方。時間も道順も大抵決まっております。偶に道順が違う時もございますが、それは用事がある時だけのように思います。
はれ様とお散歩に行く時も、道順通りの時もありますが、はれ様が暇‥こほん、お時間がある時は文字通り『お散歩』ではれ様が行きたい場所、歩きたいようになさいます。
これでは白の君のお言付けに反するのでは、と気を揉んでおります。
ある日のお散歩の時、ご機嫌で歩いていたはれ様が急に足を停められ、何やらをじっと見つめております。
「はれ様、どうなさったのです?」
「こんちゃん、こんな『道』あったけ?」
はれ様が『道』という言葉を使うと、何もなかったはずのそこにぽっかり『道』が出来ました。
わたくしの目には、真っ暗で先が何も見えない空間で、気配もおどろおどろしく、控えめに言っても、これやべーやつ、という言葉しか思い浮かばないほどです。
「今まで気づかなかったな。隠れ家的なお店があるかもしれないから行ってみようか。」
「はれ様!」
足をそちらに向けようとするはれ様を慌ててお止めします。
「どうしたの、こんちゃん。」
あの『道』一歩でも足を踏み入れたら大変なことになってしまいます。でも、それをはれ様に気取られてはいけません。
「はれ様、こんは疲れてしまいました。もう、お家に帰りましょう。」
「ああ、ごめん。歩きすぎたかな。」
はれ様はわたしの方を見てくださり、『道』から目を外されました。このまま興味を失ってくださったら、と思っていたらわたくしを抱き上げました。
「じゃあ、抱っこで行こうね。」
はれ様はそのまま、『道』の方に進もうとなさっています。
元々わたくしは、白の君にお使いするいわゆる『式神』のような存在で、白の君のお力でこの様な姿を保ちこの界にいる事が出来ており、多少のことならはれ様を御守りする力も与えられています。ただ、界を超えてはれ様を御守りできるそれほどのことが出来るかどうかは‥!
「はれ殿?そこで何をしている?」
声をかけられ振り向くと、そこには見覚えのある男性が立っておりました。
「あ、ぶんちゃん。」
男性ははれ様の腕の中のわたくしに目を留めました。
「そこにいるのは‥ああ、兄上は神無月で居られぬのか。」
男性ー文治郎殿は、はれ様からわたくしを受け取り「その節はお世話になりました。」と首の辺りを掻いて下さいました。
「こんちゃんのこと知っているの?」
「こんちゃん?ああ、名前を付けたのか。兄上の屋敷でな、よく世話をしてもらった。」
文治郎殿もお元気そうで何よりです。わたくしも安堵いたしました。
「これから帰るのだろう?共に行こう。」
文治郎殿はわたくしを抱いたまま歩き出しました。
「あ、うん。」
歩き出した文治郎殿の後をはれ様が少し早足で追いついて来られました。
わたくしはこっそり文治郎殿に御礼を申し上げました。わたくしでは手に負えなかったかもしれませんでした。
文治郎殿もはれ様に聞こえない様に
「間に合ってよかった。」
と呟かれました。
「ぶんちゃん、こんちゃんわたしが抱っこするよ。」
「はれ様、こんはもう大丈夫です。歩けます。」
地面に足をつけ、そのままおうちに向かって歩き出します。
もちろん、振り返らずに。
お読みいただきありがとうございました。




