コレはなに?
暴力的な表現があります。
「手を放してくれる?あたし、もう帰らなくちゃだし。それに授業」
「あんたのそういうとこが気に食わないのよ!」
始まるよ、と続けようとした言葉は遮られた。
顔を上げた彼女の顔を見て固まった。
そこに、鬼、がいた。
顔のパーツは何も変わっていない。角が生えてきたわけでもない。それなのに、目の前の彼女は鬼としか言いようがないものになっていた。
どちらかと言うと可愛らしい顔をしているのはもちろん同じ。
何と言っていいか分からないのだけど‥そう、人外のものになったしまったような、「化け物」という言葉がぴったり当てはまるモノに。
思わず逃げようとしたあたしの肩を反対側の手で反対側の手で掴まれた。
「ちょっと!」
「いっつもいっつもいい子ぶって!何されても気にしないみたいな顔して!」
掴まれた肩も手首も半端なく痛い。すごい力で握りつぶされそう。
どうにかして振り払おうとしても、あまりの力の強さに押しつぶされるみたいに尻もちをついてしまった。
「いった‥」
「キャン!」
肩にかけていたトートバックが地面について、中からごんが飛び出してきた。
外に出れたことで、伸びを一つした後嬉しそうに尻尾を振り出したけど、座り込んだままのあたしと、それを見下ろしている彼女の異様な雰囲気を子犬ながら察したのか、彼女とあたしの間に入り、あたしを守るかのように吠え出した。
彼女はゴンをチラリと見たると、いきなり蹴りつけた。
「じゃま」
ゴンの小さな体が宙に浮き、アスファルトに叩きつけられる。
ゴンは横たわったままピクリとも動かなかった。
「ゴン!」
立ち上がって駆けつけようとすると、肩を掴まれた。
反射的に振り返ると、彼女がニッコリ笑って言った。
「さあ、いこう。」
息をするのも苦しいくらいの禍々しい空気。
泣き出したくなるくらいの恐怖。
目の前にいるこの子は本当にあたしの知っているあの子なの?
違う。目の前の「コレ」はヒトではない何か。
纏っている空気が、ゴンを拾った日に走り抜けた小道みたいな、体験したことは無くても、本能でわかるくらいの異質。ヒト以外のモノの空気。
怖い。怖くてたまらない。体が震えているのがわかる。
ここで「うん」といえば全て解放されるの?
口だけでも同意しといて、後から逃げればいいじゃない。この場をやり過ごせばいい。
それも一つの手だと思う。この場から逃げる事が先決だし。
「ふざけんな!」
でも、それはしちゃいけない。そう思った。
体ごと彼女に勢いをつけて飛び込む。予想をしていなかったせいかバランスを崩して今度は彼女が尻もちをついた。
肩から手が離れる。
ともかく走り出そうとした。この場から離れよう。
その時、横たわったままのゴンの姿が目に入った。
どうする?一旦逃げて、ほとぼりが冷めた頃に迎えに来る?
でも‥小さな体で守ろうとしてくれた姿が目に焼き付いて離れない。
「ゴン!」
蹴り飛ばされたゴンに走り寄り、小さな体を抱き上げる。
目は閉じたままだけど、お腹の辺りは動いていて呼吸をしているのがわかる。
よかった。生きてる。死んでいない!
ゴンを抱いて走り出そうとすると、背中に衝撃が走って、膝をついてしまう。
振り返ると彼女が、ニタニタしながら足を振り上げていた。そして迷いもなく背中を蹴り付けてきた。
「まだ、わかってないんだ、ダメじゃん。」
ただでさえ膝をついていたのに、蹴られたせいで余計に前のめりになって、腕の中のゴンを落としそうになってしまう。
ゴンはまだグッタリして身動きもしない。
「きっちり おしえて あげないと。」
振り返らなくてもわかる。また蹴ろうとしていることは。
次に来る衝撃を予想して、ゴンにできるだけ負担が来ないように覆い被さりながら体を縮こませた。
襲いかかるだろうと覚悟した衝撃はやってこなかった。
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