戻りたい、の‥?
「で、なんか用?」
相手にしたくはないけど無視すると泣き喚いて、他の人に迷惑になるのは経験済み。しかも、何故かこっちが悪く見られる。
「えーその言い方、ひどくない?せっかく待っていてあげたのに。」
「頼んでいないし。急いでいるから用があるならさっさと言ってくれない?」
なんと言ってもカバンの中にはゴンがいる。今は大人しくしているけど体調が悪くなっていないかも気になる。
「アンタに用事?何の用?いっつもぼっちなくせに。」
さくら曰くの『自称ヒロイン』は馬鹿にしたような笑い方をして見せた。
相変わらずの態度。いい加減慣れてきた。
もう、どうでも良くなってきた。
目の前の彼女は相変わらず可愛らしいメイクにそれにピッタっりくるような可愛らしい服装。側から見ても「かわいい、きれいなお姉さん」だ。
対してわたしは、サークルを辞めてからオシャレする気力も無くなってカットソーにパンツのどう言ってもオシャレとは言えない格好だ。
誰かと会うような格好ではない、と暗に馬鹿にされてる?
ヤダヤダ、自分で深読みして自分で自分を傷つけてどうする。
早くこの場から逃げ出そう。
「アンタはリア充あたしは非リアのぼっち。それでいいよ。用事がないなら行くよ。」
「何アンタ。なに連れてんのよ。」
いつの間にかゴンがサブバックのヘリに顎を乗せて顔を出していた。
あー犬って何かに顎乗せるの好きだもんな。でもこのタイミングか。
ちょっとため息を吐いてゴンの頭を撫でる。フワフワの温かさに少し気持ちが落ち着く。まあ、大人しくしていた方か。
「うわー人間に相手にされないからって遂には動物のオトモダチって?ちょーウケるんですけど」
「ウケてくれてありがとう。こういう訳だから、急いでるの。じゃあね。」
「話、終わってないんですけど〜」
横を通り過ぎようとしたあたしの腕を彼女が掴んだ。
何でもない動きのはずなのに、掴まれている腕がゾワっと気味の悪い。得体の知れないものに触られている、そんな感じ。
「だからなに?急いでるって言ってるじゃん。メールでダメなの?」
「こっちも急ぎだからわざわざ待っていたんじゃん。」
あたしにプーっと頬を膨らませて見せる。仲良かった時によく見ていた表情。あざとカワイイ顔ってこんなんだよな、ってその時は思ってた。
今はウザくてムカつくだけだけど。
「ねえ、サークル戻ってきなよ。」
言われた意味がよくわからなかった。
「アンタ、トロイけどそこそこ上手かったし。」
なに言ってるんだ、こいつ。
「ハブられて少しは反省しただろうし。」
ハブった自覚あんだな、やっぱし。
「あたしが言えば、ミンナまた前みたいに付き合ってくれるよ。」
『付き合ってくれるよ』どこまで人を下に見てるんだ。
言われていることに腹を立てているのに、頭の中がどこか痺れているように考えが追いつかない。
その声は妙に心地良く耳に響いて、ネットリとしてどこか魅惑的で、全てを解決してくれるような気までしてくる。
戻れる?戻れるの、あの大好きだった場所に。
スッテップを踏むたびにシューズが鳴る。あの音が好きだった。
先輩たちや動画にダンスをみて、いつか自分も!ってワクワクしてた。
練習場の日に照らされた独特の埃っぽい匂いも好きだった。
「本当は戻りたいんでしょう?」
なんだろう、頭がだんだんぼーっとして来た。おかしい、この子の声しか聞こえない。
「ね、はれ。アンタはあたしの言う通りにすればいいの。」
ぼんやりしてきた視界に映る元友人は獲物をなぶるような獣の顔をしていた。
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