未来の幽霊
最後まで読んでいただければ幸いです。
よろしくお願いします。
東園護と書いて『天才』と読む、と誰かが言った。
成績優秀。スポーツ万能。容姿端麗。厚い信頼。誰もが僕を完璧人間と認める。
僕は神に選ばれた者だと。
……何が神に選ばれた者だ。天武の才があれば羨ましがられるのか。才能を多く持てば幸せなのか。多くの人に囲まれれば人は充実しているのか。
じゃあ何で僕は独りだったんだ。
僕の人生は何の為のものだ。
「それってさ、つまり寂しかったってこと?」
まだ明るい、夕日の光に照らされる中、彼女は言った。
気づいたら僕の隣を歩いていた。
サラサラなロングストレートの黒髪。色白く透き通るような肌。スラッとしたスタイル。整った顔つきに、ガラス玉のような綺麗な黒い瞳。こういう人を世間は"美人"と称すのだろうか。ならば僕の隣にいる人は"その人"だ。
彼女――『ミユウ』という女は突然僕の前に現れた。
今まで僕の才能だけ見て近寄ってくる者はいたが、『あまりにもハイスペックすぎる』という理由で僕の下に降った。
誰も僕の思考を読んだことがないだろう。それもまた、『思考が天と地との差があるから』とかふざけた理由をつけて。
周りと何も変わらないのに。
独りに慣れることが恐い。寂しいに慣れることが恐い。それは僕自らが、僕の周りに誰も居ないと認めることになるから。
現に今の家族だって……。
そんな中ミユウは僕に近づくなり、僕の心は寂しがっていると。完璧人間とは言わず、周りにいる人たちと同じ僕の心を見透かし、解いた。
それが、ただただ嬉しかった。
# # # # #
僕は出会って2日のミユウに心を許し、また隣を歩く。
他愛ない話を繰り返し、ついに僕の家の近くまで来てしまった。部活の話、学校の話、好きな音楽の話、最近のニュースの話。本当に沢山話した。
それでも。心を許したとしても、個人情報を教えるような真似はまだできない。
「なんか僕ばっかり色々話して知られてんの、嫌なんだけど。初めミユウが話しかけたんだから、自分の事くらい言ってよ」
ミユウは黙った。その行為に僕は焦りを覚える。先程まで笑いながら話していた人が、急に真顔に近い顔になって黙るのだから。
するとミユウは悩むように顎に手を当て、独り言をつぶやきながら表情をコロコロ変えた。
そして僕の方を真っ直ぐに見つめ直した。
一瞬肩が上がった気がしたが、僕は根気よくミユウの視線に合わせる。
「私ね、幽霊なの」
日が沈み薄暗い辺りで、夜の風に綺麗な黒髪を靡かせながら、ミユウは言った。その時の彼女はとても静かであり、たまに照らされる車のライトによって見えた彼女は、どこか……微笑んでいたように見えた。
驚かないわけがない内容だったが、僕もまた静かだった。
嘘偽りがないと、僕の本能が言っている。ミユウは真実を言っていると頭の中がうるさい。
疑問に疑問が渦巻き頭痛がする。だから一旦、考えることを止める。
「何で幽霊が、僕の前に出てきたの」
驚いたのかミユウの眉毛が上がった気がした。でも直ぐに元に戻り、僕の質問に答えた。
「幽霊っていうのはね、死んで彼の世へいく前に此の世に未練や強い執着があれば、それを晴らす為に此の世に残ることができるの。幽霊としてね」
だから私はその一人。
何故か幸せそうに、それでも悲しそうに、最後まで言ったミユウ。
「そして幽霊の未練っていうのは晴らすべきもの――つまり本能に近い感覚を持ってて、絶対にやらなきゃならない。それで生前の記憶が曖昧なこともあるの。これ気づいたの最近だけどね」
思考を止めるべきではなかったか。怪奇現象とか心霊現象とか一切信じてなかったが、今はどうだ。
目の前にいるのは、白いワンピースを着るミユウだ。
そしてその後、僕は見てしまった。
僕の後ろで自転車の走る音が向かってきていたため、僕は道の端に寄った。だがミユウは先程の位置から動かない。
「ちょっと」と声をかけようとしたときは遅かった。
思っていたより自転車が速く、ミユウを見る僕の横を直ぐに通過していった。そして道の真ん中に立つミユウを、難なく通過していった。いや、通り抜けていった。
「ね」
合っていることを促すように発したその言葉に、僕は肯定しかできなかった。
# # # # #
誰もいない家にリビングの電気をつける。
机の上にはラップに覆われた一人分の夕食と、一枚のメモ。それを手に取り読む。機械のような変わらぬ字。母の字だ。
『明日も泊まることになりました。食材は自由に使っていいので自分で作ってください。父、母より』
愛想がないのは相変わらずだ。別に一人での生活も悪くない。家族に悲しさも寂しさも感じないからだろうか。もう家族という境界の中で、僕は孤独と認めてしまっているのか。
「なーにそのメモ」
僕の後ろから顔を出し、手に持つメモを覗くミユウ。勝手に入りこんでいるのに何も言わないのは、先程の会話で――
「というわけで、護くんについてくね!これからよろしく!」
「え?」
「幽霊だからご飯とかはいらないよ!あと護くんにしか私は見えてないから、周りの目を気にする必要もない!」
「いやあの」
「ついてくって言っても流石にプライバシーは守るよ?お風呂は覗かないから!」
「なに言って……」
「あと護くんにしか見えないし、触れないし、声も聞こえないよ!護くんの半径250m以内にいないと私消えちゃうから気をつけてね!」
「今大事なこと言ったでしょ?!」
半ば強制的に承諾してしまった。
もちろん疑問は残った。何故僕にしか見えないのか。僕が未練なのか。でも僕の身近にこんな人はいないし、関わったこともないだろう。
ミユウの未練って何だ。少なくとも僕に関わることであることは分かる。でもその未練が晴らされたら、ミユウは彼の世というところへ行ってしまうのか。……それは嫌だと、ミユウが彼の世へ行くことを否定する自分がいる。
ミユウのことはミユウで決める。そこに僕の意見は関与してはいけないんだ。だから僕は何も聞かない。
「護くんのお母さんとお父さんって、どこにいるの?」
「製薬会社の研究所。 最近というか、いつもそっちで寝泊まりしてる。僕は一人っ子だし、祖父母の家は他県だから、家には僕しかいないよ。 ……今はミユウもいるけど」
「そっかー。 なら自由に喋れるね!私と話してるとき、私の声は周りに聞こえないからいいけど、護くんは独り言言ってるようにしか見えないから!」
「!! じゃ今日の帰り、なんか僕が通行人に変な目で見られてたのって……?!」
「そゆこと☆」
だはぁーとため息が出る。
めちゃくちゃ恥ずいやつじゃんそれ。
これからミユウとの外での会話はやめようと心から思った。
夕食を食べ、風呂に入り、明日の朝食を作り置きして、僕は自室に入った。宿題をいつものように終わらせ、予習復習自習をしたら22:00を回っていた。
ちなみにミユウは家中を通り抜けながら遊んでいた。
早く寝てもいいが、今日はまだ眠たくない。流石に色々……といってもミユウのことだが、情報が多すぎてまだ頭が追いついていない点もあるのだろう。
スマートフォンにイヤホンを挿し、動画サイトから音楽を流す。片耳にイヤホンをして、そのままベットに仰向けになった。目を閉じ耳の神経を集中させる。
一番落ち着く時間だ。
「ねぇ、何聞いてるの?」
顔の上から声がした。ゆっくりと目を開けると、目の前にミユウの顔があった。
驚きの声を上げて体を起こしたが、ミユウの額と僕の額が当たってしまった。
僕は額をおさえてミユウの方を見ると、ミユウもまた、額をおさえて蹲っていた。
「イタタ……。いい音したね。私、護くんには触れるから」
笑いながら顔を上げるミユウを、不覚にも可愛いと思ったしまった。顔を逸らして、それでも申し訳なさがあるから、少し視線を送って言った。
「ごめん」
「いーよいーよ。人間になった感じがしたからさ!」
『人間』……。ミユウの生前もこんなような感じだったのだろうか。
こんな風に人形のように可愛くて、太陽のように明るくて、鈴を鳴らすように笑って。
――なんでミユウは死んだんだ。
率直な疑問だった。聞いてもいいのか恐れたが、それでも気になった。だから僕は、悪いと思いながらもそのまま聞いた。
「なんでミユウは死んだんだよ」
するとミユウは、しゃがんだままベットに両手で頬杖をついた。そしてベットに座る僕をじっと見る。
「生きることよりも、やりたいことがあったからだよ」
その目は明らかに中学2年の僕より年上の、大人の目で、とても澄んでいた。その目に惹かれて、自分の、世界の時間が止まったような気がした。
「で、何聞いてるの?」
ミユウの言葉でハッとする。一瞬、とても長い間が空いてしまったと思ったが、ミユウの反応からしてほんの一秒足らずの時間だったと知る。
すると気がついた先に、ミユウがスマホからイヤホンを抜いて動画が止まった。そして動画を再生するためにスマホの画面をタップし、また動画が流れる。
「……クラッシック!! そういえば言ってたね!」
「まあ、ね」
「護くんってピアノ弾くの? 一階にピアノあったよね!」
「最近は弾いてないよ。弾く時間ないから」
「そうなの?」
「平日は部活で、帰るのは夕方か夜。夜は近所迷惑だし。祝日も部活か、図書館で生徒会の資料まとめがある」
「部活って何やってるの?」
「バスケ」
「楽しい?」
「人によるけど僕は楽しくない」
淡々と要点を絞って言う。
未だ小さい音量で流れるクラッシックの音楽は涼やかで、心地よさを運んでくれる。
この時間が、落ち着く時間だ。
「ねぇ!今度ピアノ弾いてよ!」
「え。……なんで」
「聞きたいからに決まってるでしょ!次の休みでいいから弾いてね!」
ミユウが太陽のような笑顔で明るく言うせいか、苦い顔をしながらも頷いてしまった。
別に弾くこと事態はいいけど、ピアノのために時間をつくったことがないなと思い返す。なんか新鮮……というのか。
それもいいなと思った自分がいた。
# # # # #
ミユウは僕に新しいことを運んでくれる。
今までになかった成り行きや思いがミユウのきっかけで生まれた。それに戸惑うこともあったが、今は満足している。
『 今日は部活の新人戦があった。新チームでの試合は不慣れなこともあり、殆どのパスが僕に回った。点は決めれたが、体力の消耗が著しく酷かった。決勝戦の前半で満身創痍の状態になり、後半が出れるかわからないところまで限界が近かった。
その時のミユウの応援が嬉しかった。
真っ直ぐに僕を見て、僕だけを応援している。幽霊だからいくら大声を出しても僕にしか聞こえない。だからか色んな言葉が聞こえた。その声で、もう一踏ん張りと耐えられた。
結果は新人戦優勝。今までの大会の優勝より遥かに嬉しさと喜びを味わえた。ミユウも喜んでいた。
ミユウに出会って一ヶ月。ちゃんと書き始めてきた日記も今読み返すと、クスリと笑えてしまうような内容から誰が読んでも恥ずかしくない内容になってきた気がする。あくまで気がするだけだ。
今、ミユウと初めて会った日の日記と日記を始めたばかりの日記を比べるとかなり違う。
適する語彙が思いつかないから表しにくいが、ミユウと会った日から僕の日常がガラリと変わった。ちゃんと書き続けてる日記もそうだが、毎日が輝いているといえる。僕がこんな表現を使うなんて……。これもミユウのせいだろう。
合唱祭の役決めがあった。去年は指揮者をやらされて散々だった。指揮者が一番偉いって誰が決めた。一番偉い=僕という考えをいい加減やめてほしい。まあいくら言っても今更周りが変わらないというオチは見えているが。
そのことを何回もミユウに言っても、ミユウは否定した。そしてミユウの問いが未だに心に残っている。
「一度でもみんなに、護くんの意思を伝えたことあるの?頭の中で言葉並べたって、伝えなきゃ誰も護くんのことわからないよ」
結果をいうと僕は伴奏者になれた。どうやってなれたかを残すのは癪なのでここまでにする。
2月の一日はとにかく冷えた。雪はまだ見てないが、そろそろ降る頃だろうか。いつしかミユウが、思いっきり雪合戦をしたいと言っていた。幽霊だからできないけど、と付け足して。
折角だから、という理由で柄でもなくイルミネーションを見に行った。ミユウは明るいイルミネーションの下で表情を何度も変えて楽しんでいた。かという僕も何年ぶりかのものだったので、かなり楽しめた。
そんな僕を見てミユウは笑っていたが、僕の顔が可笑しかったのだろうか。そう問うと「護くんの笑顔はやっぱりいいね!」と返された。天然か。
満開の桜は一つ一つ小さくて可愛いとミユウが言った。花が可愛いとはどういう意味か聞くと、「小さい護くんも可愛いってことだよ!」と言われた。更にわからない。
中3という中学の最高学年にきたが、今年は受験がある。進路希望調査をミユウに見られたときに、ミユウも多分同じ学校だったと言われた。詳しく歳を知らなかったが、このときに高校生だと知った。幽霊に歳は関係ないと言い張っていたが、僕からすれば、ミユウは高校生のときに亡くなったという訳だ。かなり若い死に、ミユウはまだ未練が沢山あるのではと心配する裏腹に、嬉しさがある。
遊園地に行こうと言われた。
体育祭の報告書と受験勉強があることを知っているのに。それに周りから見れば僕は一人遊園地になると言うと、「イルミネーション行けたからいいでしょ」と踵を返された。僕も段々甘い考えになってきたため、気分転換という理由で行った。
ジェットコースター、コーヒーカップ、スライダー、射的。色々やったが、幽霊がお化け屋敷は苦手ということにはたくさん笑った。
周りの視線も気にしたが、まあ隣がよく話してくれたから楽しかったよ。
日記を読み返したが、僕の日常はミユウ中心になっていることに気づいた。何気ない毎日が楽しくて、愛おしい。隣に誰かがいるって暖かいんだなと初めて知った。
今日は僕のお気に入りの場所に行った。旧高台の広場。今は僕しか来ないと言ってもいいだろう。そこから見た夕日は街全体を照らし、朱色に染めた。ミユウの頬も火照っているように見えた。そんなときに溢れた言葉――
「僕は、ミユウのことが好きかもしれない」
あの言葉をミユウはどう思ったのだろうか。でもミユウは微笑んでいて、ちゃんと返してくれた。
「私も好きだよ」』
僕が僕のやりたいことをやった。僕が人に望むことを頼んだ。人に手を差し伸べ、支えることの大切さ。そして、一人ひとりが個性を持ち、それぞれの生き方を楽しんでいることを学んだ。
僕は、やっと気づいたよ。僕の存在が誰かの一部になって、僕を必要としてくれていること。
後ろを振り返ると、ミユウが左手を掲げて空を見ていた。
眩しい太陽と澄んでいる空に、小さな手。
蝉の鳴き声が途絶えずに響き、夏を表している。だがそんな夏も、もうすぐ終わる。
「ミユウ、行くぞ」
「うん」
何気ない全てが好きだ。一日一日が大切で、その一日を過ごすために僕は生まれてきたんだ。
そう気づかせてくれたのは、紛れもないミユウだ。
ミユウがいたから笑った。ミユウがいたから楽しかった。ミユウがいたから嬉しかった。ミユウがいたから心が暖まった。
僕はミユウにもらってばかりだ。今度、何かお礼をしよう。
そう思い至った。
「ごめんね護くん。私もう行かなくちゃ」
唐突だった。いつもの僕の部屋で夜、ミユウは言った。
その言葉の意味は何故か直ぐに理解できて、同時に僕の醜い感情が湧き上がった。
「どうして……」
苦し紛れに出た言葉だった。僕はきっと酷い顔をしていることだろう。
それでもミユウは続ける。
「私の未練、もう果たせちゃったの。だから彼の世へ行かなきゃならない」
「み、未練って何だよ」
「……」
ミユウは黙って微笑んでいた。ミユウの笑みを何度も見てきたが、ここまで優しい笑みは見たことがない。未練が果たせたからそんな清々しいのか?
行ってほしくない。
まだここにいてほしい。
一緒にいたい。
焦りに焦って、繋ぎ止めたくて、でもそれは叶わないんだって察して、それでも諦めたくなくて。
「待ってよ……。僕はまだミユウに、何も返せてない。たくさんもらったんだ、ミユウから」
いつの間にか僕はミユウを見ているのが苦しくなって、下を向いていた。
ミユウとの思い出が鮮明に蘇る。
初めて会った日から、家に来て、僕の隣にいて、僕を支えてくれて、僕に気づかせてくれて、僕に"好き"を教えてくれて。
「私もたくさんもらったよ、護くんから。だからもう十分」
「違う!僕はミユウに寄りかかってばかりだった。ミユウに与えれたことなんてないんだ!」
声を上げ、鼻はツンと痛くなり、手は震えた。僕の感情が全て身体に表れているようだった。
次の瞬間、人の感触があった。
ひんやりとした両腕は僕の背中にまわり、僕は包まれる。
僕の顔の横にはミユウの顔があった。
「……私、護くんの声好きだよ。優しい声で私を呼んでくれて、特別になれた気がするの」
ミユウが僕を抱きしめたまま言う。
僕の手は動かない。もし動いてしまったら、もしミユウを抱きしめてしまったら、それはミユウとの別れを認めてしまうことになるから。
「護くんの目はいつも真っすぐで曇りがないよ。その目で見つめられると胸が締めつけられて、それでも嬉しいの」
「……」
「護くんは学校じゃ、よく女の子に呼び出されて告白されるよね。護くんが離れちゃうんじゃないかって、いつも怖かった。でも護くんは私を探してくれて、見つけたときにする笑顔が好き」
「……」
「護くん、幽霊はいつか消えちゃうの。だからね、今度は普通の、人間の女の子を好きになって。護くんは幸せになるの。私の分まで」
なんだよそれ。僕が好きなのはミユウだ。今も、これからも変わらない。ミユウと一緒に幸せになるんだ。
「僕には、ミユウしか――」
「私も護くんしかいない。護くんじゃなきゃ駄目なの。 "違う時間を生きた私"とは会うはずもなかった。けど会えた。それは何よりの奇跡で、希望だった」
何かの縁だったのだろうか。ミユウが僕の前に来てくれたこと。ミユウが僕にしか見えないこと。
でも、だからこそ生まれた初めての感情。
「……ミユウ、好きだよ」
「私も好き。護くんが好き」
「僕は、ミユウがいなくてもやっていけるかな」
「護くんならできるよ。護くんはすごいもん」
「また、ミユウに会えるか」
「きっと会えるし、会いに行く。でも、できれば護くんが見つけてほしいな。初めて会ったとき、私が護くんを見つけたんだから」
「それは、頑張らないとな」
「うん」
僕はミユウの背中に腕をまわして抱きしめ返した。
小さい背中に、サラサラの黒髪。ミユウがわかる。
「絶対に会いに行く。待ってて」
更に抱きしめる力を入れた。離さないようにと。
「……うん」
気づいたらミユウの体は光に包まれていき、足から消え始めた。ミユウは僕の肩に手をのせ、僕と目を合わせた。
「ありがとう。本当にありがとう」
ゆっくりとお互いに顔を近づけて。
唇が重なった。
# # # # #
カーテンの隙間から漏れる太陽の光で目が覚める。
自分の服を見ると昨日のものだった。
夜、着替えずに寝たのか。
一旦体を伸ばして、ベットから立つ。ふと、机の上に無造作に置かれた日記帳に目が止まった。
不思議に思うも、気づいたら手が伸びておりページがめくられる。
「は」
おかしい。
何がおかしいかと言うと、大体中1の始めから殆ど書いてなかった日記に続きがあるのだ。
去年の今頃か。驚くことにその時期からの日記は毎日書き連ねており、全て僕の字だった。
しかし内容が理解できない。幽霊とかオカルトか?僕はいつの間に妄想好きになったんだ?
だがその中にも合っている内容はある。新人戦で優勝や、合唱祭での伴奏の件等。
益々わからなくなってくる。
そして日記に一番多くある言葉
"ミユウ"って誰だ。
# # # # #
一つ一つ小さくて可愛い満開の桜が咲く中、私は新しい校門に足を踏み入れた。
新しい制服、新しい学校、新しい新学期。
初めての高校生だ。
中学では縛っていた髪を解き、ストレートヘアで行く。
音楽室確認したいなー。あと部活何にしよう?担任の先生誰かな?勉強気合入れないとなー。
様々な思いを胸に込めて始まる、私の高校生活。楽しみ〜!
「成瀬美優さんですよね?」
「はい!」
「では鍵は渡しておきますので、放課後までに返しに来てください」
「わかりました!」
音楽の先生から音楽室の鍵をもらって音楽室へ走る。昼ご飯は早めに片付けて、一直線に職員室へ行ったのだ。
音楽室の鍵を開けてピアノを確認する。
(よし!ちゃんとある!)
窓もちょっと開けてからピアノの準備をした。
(何弾こっかな〜。 最初はクラッシックでいこう!)
鍵盤に指をのせ、音を奏で始める。家のピアノよりグランドピアノの方が好き。だから自由に弾いてみたかったのだ。
するとドアの方から音がした。
誰か来たかなと思い、弾く手を止めてドアの方を見ると、一人の男の子がいた。
確かあの子って――
『ねぇねぇ美優見た?入学式で新入生代表の言葉言った人!』
『え。遠くからだったから、あんま見てないけど』
『さっき廊下ですれ違ったんだけど、めちゃくちゃイケメンなの!!しかもどこかのスポ薦蹴ってこっち来たんだって!』
『そ、そうなんだ』
『ここの高校、偏差値県内1だしさ。勉強できて運動できてイケメンってハイスペックすぎるでしょ?!』
入学式の日に友達になった子がめちゃくちゃ言ってた子だ!
他の女の子も色々言ってたな。全然ノリについていけなかった……。
でもそんな人が何でこんなところに?ピアノ弾きたいのかな?
「ねぇ君、名前は?」
肩がビクリと上がった。いきなり聞いてくるんだもん。
でも男の子は至って真剣で、私をじっと見つめてくる。
だから私もそれに応えなくちゃと思い、椅子から立って男の子に近づいた。
「成瀬美優です。一年です。あなたは?」
「東園護。一年一組」
「あ、私二組。隣だね。どうしてここに?」
「懐かしい曲で綺麗なピアノの音が聞こえたから、来てみた。クラッシック好きなのか?」
「うん!私的に落ち着くんだよね」
会話がテンポよく続く。
なんていうんだろ、話しやすいな東園くん。女の子に人気なこともあって、こういうの慣れてるのかな。
それからの昼休みの間は、私はピアノを弾きに、東園くんはそれを聞きに来るようになった。
東園くんとの会話はよく弾んで、とても楽しい。思ってたより気を使わなくてよくて、落ち着く。東園くんも笑っていて、いつもクラスでされてた噂よりかっこよくて、東園くんの秘密の一面を見れてる気がした。
話す内容は、お互いのことや音楽のこと、学校のこと、何気ない日のこと。とにかくたくさん。
部活はバスケって言ってたから、今度見に行こっと。
放課後になって、帰りに体育館に寄った。
体育館ではバレー部とバスケ部が練習してて、バスケ部では2チームに分かれて試合形式の練習をしていた。
今までバスケとか運動とかと無縁だったからか、体育館で走り回る部員を見て、迫力に驚かされる。
その中でビブスを着た東園くんを見つけた。
応援しようと口に手を添えたとき、上から声がした。
「東園さーーん!頑張ってーー!」
女の子たちの声だった。体育館の二階で観戦してるのか、その声は体育館全体に響いた。
少し、嫌な気持ちになった。
そうだよね。東園くんは女の子からモテてて、人気者だもん。私だけが"特別"じゃない。
手を下ろし体育館のドアの手前で俯いて、帰ろうとした。
でも最後に、もう来ることはないだろうこの体育館の光景を目に焼き付けたくて、顔を上げた。
「――!」
綺麗だった。
東園くんは味方からパスをもらい、一回突いてからシュートをした。無駄な動きが一切なくて、ボールは吸い込まれるようにゴールに入る。
女の子たちは歓喜の声を上げていたけど、私はそれに負けたくないって思った。
東園くんにとって"特別"じゃなくてもいい。私にとって東園くんは"特別"なんだから。
だから私は、大声で言った。さっきからバスケ部の部員が言っていた言葉で。
「ナイスシュート!!!!」
すると東園くんがこっちを向いて、目があった気がした。そして東園くんは、笑っていた。
心臓が波打ってうるさい。東園くんから目が離せない。
そのまま練習は続いて、私は何度も声を出した。東園くんに届いてほしい。東園くんのプレーが見たい。
キラキラ輝いてる東園くんがかっこいい。
部活動の時間が終わっても、私はその場に立ち尽くしていた。まだあの歓喜に溢れる体育館の余韻に浸かっていたかったんだと思う。
まあ流石に片づけの邪魔になりたくないから、そろそろ帰ろうと足を変えようとしたとき、
「待って」
知っている声がした。体育館に振り返ると、息を少し切らした東園くんがいた。首にタオルをかけて、とても疲れてそう。
「応援、ありがと。聞こえた」
「――!! ……バスケ、かっこよかったよ!東園くんは強いんだね。びっくりしちゃった」
運動がよくできることは知ってる。スポ薦もらってたんだもんね。でも驚いたのは本当。あんな綺麗な動きができる人なんて、初めて見たから。
「……名前でいい」
「え?」
聞き間違えかな?殆どの人が名字+さん付けで呼んでる東園くんが、名前呼びを……?
「美優の応援、なんか力出る。頭に残るというか」
「――?!!」
顔がボンと赤くなった気がした。
え、え、いきなり名前って?!
「だから、これからもやってくれると嬉しい。だめか?」
優しいその声を、真っすぐな目を、私に向ける東園くん。
緩む口元をなんとか堪えて、私はいつものように、元気よく答えた。
「ううん、これからも応援するよ!護くん!!」
# # # # #
護くんとの毎日は本当にキラキラしてる。いつも私を見透かしてて驚いちゃう。でもそれが嬉しいと思う自分がいる。
『 高校生になって書き始めた日記も、もう6月!月日が経つのは早いなって思うけど、充実した日々が送れてる。
今日は護くんがピアノを弾いてくれた。私の好きなクラッシックで、とっても滑らかな演奏だった。護くんも家にピアノがあるみたいで、中学ではピアノとは疎遠だったらしいけど、最近は時間を作って弾いてるらしい。趣味が合うっていいな。
夏休みに遊園地に行こうと誘われた。なんと二人で!
嬉しさもあるけど、護くんファンクラブに怒られないかの不安もある。
それにお化け屋敷に行こって言い出すの!お化けは苦手って言ったのに、涼しくなるからって笑いながら言われた……。
お化け屋敷は怖いけど、その他のアトラクションも遊ぶからとっても楽しみ!
今日は文化祭だった!いつもの校舎とは変わって、みんな和気あいあいと明るかった。
途中友達が急にシフト入って一人になった。でも護くんが声をかけてくれて、一緒に回った。
護くんはゲームの景品とかくれたり、クレープを奢ってくれたり、手を繋いでくれたり。たくさんエスコートしてくれた。
とっても楽しかったし、嬉しかった。ちゃんと護くんにも言ったけど、ここでも。
ありがとう。
やっと今年の初雪がきた。ここの地域は程よく雪が積もるから、雪で困ることなく遊べる。
高校生になっても雪で遊ぶって変かなって思ってて、中々言い出せなかったけど、護くんは何故か私の考えを当ててくれて、賛成してくれた。
誰もいない公園に護くんと行って、思いっきり雪を投げた。雪は冷たかったけど柔らかくて、当たっても子供みたいに笑ってしまった。護くんもたくさん笑ってた。
一年経って、また満開の桜を見た。
「美優、好きだよ」
卒業式も離任式も終わって春休みの中、
「私も好き」
護くんと私は恋人になった。
手を繋いで桜道を歩いた。ひらひらと舞う花びらは、まるで私たちを祝福してくれているようで、護くんの手は、私を離さないように強く握ってくれているようだった。
これからもよろしくね、護くん。
放課後の帰り道。護くんが寄り道をしようと言って、私の知らない場所に着いた。旧高台の広場だから、人は中々来ないらしい。
そこから見る夕日はステンドグラスのように美しく、惹かれる眺めだった。
そこで護くんは言った。
「美優といると、誰かの言葉が思い浮かぶ。声もわからないのに、言葉だけが直接頭に出るんだ」
誰だろうなって言う護くんは、少し悲しそうだった。護くんにそう思わせる人ってどんな人なんだろうなって思ったけど、私はそんな人になりたいなって思った。
明日は護くんと付き合って半年記念日。
どこか遠くへ行こうって計画して準備もしてとっても楽しみ!
今日は早く寝よっと。』
# # # # #
ずっと頭の中に言葉が響く。
だけどその言葉は浮かんでは消えて、忘れて、そしてまた出てくる。同じ言葉が繰り返されているのか、または別の言葉が繰り返されているのかさえ分からない。
時間を確認するためにスマホを点ける。ホーム画面は、今とは季節外れの桜の写真。その上に表示される時刻は13:04だった。
早すぎたかと思いつつも、楽しみにしていた自分がいるため仕方ないと片す。
「ごめん!待った?」
人が行き交う地下鉄駅の入口でも、その人物はよく見えた。
「全然。早いね美優」
小さな花が咲いたみたいに可愛らしい服装の美優。
髪はいつもと違ってハーフアップアレンジをしているようだ。
「ま、護くんのほうが早いじゃん!集合13:30だよ!」
「その分長く一緒にいられるでしょ。行くよ」
自然と美優の手に取り、駅の中へ階段を下る。美優も握り返してくれるのがわかった。
だがさっきから静かだ。階段を降りきって一旦止まる。
「さっきからどうかした? ――え」
美優の顔を覗くと、顔を真っ赤にして口元が緩んでいた。
「ま、護くんが、かっこいいから……。もうっこの天然!」
「えぇ……」
何故か怒られた。でもいつもの美優で安心した。安心すると同時に笑いが込み上がってくる。
「ちょ、何で笑うの?!」
「美優が面白いから」
頬を膨らませる美優だったが、「なにそれ」と言いながら釣られるように一緒に笑った。
この時間が好きだ。こういうのを幸せと呼ぶのだろうか。
改札を抜け、プラットホームにて電車を待つ。
「美優」
「ん?」
「僕は、今が一番幸せだよ」
「うん。私も幸せ」
一日が、一分が、一秒が惜しい。少しでも美優といたいといつも考えて、掴んで、離さないで。
これは束縛だろうか。僕だけの気持ちだろうか。不安になるときもある。
「!」
美優が指を絡めてきた。恋人繋ぎというもの。美優の頬はまた赤く染まっている。僕は応えるように、美優の指を絡めて握った。
美優なら大丈夫。美優なら受け止めてくれる。そう思う。
だから僕は、美優を愛した。
突然、金属の擦れ合う高い音が地下鉄のホームに響いた。
耳を塞ぎたくなるような音に、ホームにいる人々はざわめき出す。
そして次の瞬間、電車が線路から外れ、勢いよくこちらに向かってきていた。
『生きることよりも、やりたいことがあったからだよ』
今まで以上に頭に響いたその言葉は、僕の原動力になった。
足に踏ん切りをつけ、美優の両肩を掴む。
美優は体が固まっていて、僕が肩を触ったときに目があった。
――好きだよ。ありがとう
美優の肩を押し出し、僕の体は歪んだ。
鉄の匂いや土の匂いがする暗闇の中。
全身の感覚がわからない。それは幸なのか不幸なのか。
でもほんの僅かに聞こえる声。
僕を呼んでいるのか。泣き声だ。
美優。僕の愛しい人。
泣かないでくれ。
笑っててくれ。
また太陽のように明るい笑顔を見せてくれ。
望むなら、もっと早くに会いたかった。
――だめだ!!
叶うことなら、もっと思い出を作りたかった。
――だめだよせ!!!!
僕はもっと、美優と一緒にいたいよ。
# # # # #
見知らぬ場所だ。
知らない制服に知らない校舎。
女子はセーラー服だし、中学生か?
すれ違う人は、まるで僕がいないように隣を通り過ぎる。
いや、いないのか。
僕は死んだんだ。
上の方からピアノの音が聞こえた。懐かしいメロディ。自然と僕の進行方向は、その上の階のある部屋だった。
地面から足が離れ、上へと進む。
ある部屋とは誰もが知る音楽室だ。
音楽室の壁を通り抜け、ピアノの演奏者を見る。
僕の目に入ったのは、僕が思い続けた人物だった。
セーラー服を身にまとい、一つ縛りで違う髪型でも、僕には分かる。
今すぐにその名前を呼びたい。けど、彼女は僕のことを知らないと、僕の勘が言っている。
だからまた、1から始めよう。
この再会から、君との思い出を作ろう。
「ねぇ君、名前は?」
僕は、また君と一緒にいたいと願った。
それが終わることのない、二人の運命だと知らずに。
終わることのない、呪いとは知らずに。
「未来の幽霊」を読んで下さりありがとうございました。