第9話「お話会」
午後三時に休憩が入った。
事務部屋で麦茶と茶菓子をいただきながら、恋葉と二人きりでいた。
恋葉と二人きりという空間で、俺は緊張していた。
小さな手で口にお菓子を運ぶ恋葉を横目に見て、ずっと紙コップに口をつけていた。
出会ってからまだ間もないから慣れていないのもあるだろうけど、やはり引かれてるよな。
紗季さんの娘さんだからといって、最初から仲がいいというには流石にない。
出会った時に調子乗ってしまったと少しずつ後悔の念が積もっていく。
「恋葉さん」
事務部屋の出入口からもう一人のアルバイトの星空さんがやってきた。
細長い三つ編みを揺らしながらやってくる姿が猫っぽい。無口でどこかクールさがあるしな。
「あっ、星空さん。どうか致しましたか?」
「これ、出来ました」
星空さんはそっと一枚のA4サイズの紙を差し出した。
「それは?」
俺は紙を覗き見て聞いた。
「お話会のお知らせです」
「お話会?」
紙には「おはなしかい」と書かれており、かわいい鯉のぼりのイラストと、時刻と場所、図書館の写真があった。
「月に一度、この図書館で私たちが子供たちに読み聞かせをするんです。次は五月の第一土曜日のお昼に行う予定です」
「そうか……」
どうしよう。俺、本というか物語を読むというのがどうにも出来ない。学校の授業でも困っている中の一つだ。
多分、父さんが死んでから、小説や絵本や漫画は一度も読んでいない。
そこまで、俺は父さんから避けていた。でも、図書館で本を触れてきた今なら読めるのだろうか。
「今回は館長と私が読みますので安心してください」
「えっ?」
「あ、いえ。難しそうな顔をされていたので」
恋葉はそう言って優しく微笑んだ。
「ああ、わかった」
その笑顔に俺は直視できなかった。
星空さんはぺこりと頭を下げて、カウンターの方へ戻って行った。
「ついでなのですが、お……東川さんにお願いがあります」
恋葉が紙をこちらに向けて話しかけてきた。
「お願い?」
「宣伝です! 休憩が終わったら、一緒にこのチラシを外に配りに行きましょう」
「図書館の仕事はいいのか?」
「館長と星空さんがいますので、大丈夫です」
「わかった。じゃあ一緒にまわろうぜ」
「はい!」
恋葉は立ち上がり、カウンターの方にあるコピー機の方へと向かった。おそらく、チラシを配る枚数分増やすからだろう。
俺は残りの茶菓子を口に放り込んで、外出の準備をすることにした。
恋葉は前からチラシ配りもしていたのだろうか。お話会も何度かやっていたんだろうな。
紗季さんも。もっと早くここへ来ていたら会えたのだろうか。いつ図書館に戻ってくるんだ。体調不良にしては休んでいる時間が長く感じる。詮索はしづらいから聞くに聞けない。
数十分後、恋葉と一緒に外の駐輪場に向かう。
「チラシ配りは近くの保育園や小学校、駅に行きます」
向かっている途中で、恋葉がどこに行くか教えてくれた。
「瑠奈ちゃん、来てくださるといいんですけど……」
「瑠奈ちゃんか」
「私は絶対、瑠奈ちゃんに本の面白さを伝えたいんです」
「そうだな……」
俺も本は読んでいないから、瑠奈にはあまり言うことはできないが、恋葉の気持ちは尊重したい思いもある。
「あの子、何か伝えたいことでもあるのか?」
俺のふとした言葉に恋葉は反応する。
「頑なにそうしていますし、その可能性はありますが……私には分かりません」
暗号か何かと考えたりもしたが、共通点は恋葉が言っていたことくらいしか分からないし、初めて会った子が何を伝えたいのか検討もつかない。
頭が良かったり、探偵であればすぐ気づくのかな。
「とにかく、図書館に来てくれるってことは、少しは本に興味があるってことさ! きっと来てくれるよ」
「はい。ありがとうございます!」
「それにしても、恋葉とサイクリングか。妹とお出かけするみたいで俺は嬉しいよ」
「私は別々に行動してもよろしいですが……それにこれはお仕事ですよ」
「俺、チラシ配り初めてだから一緒に行こう!」
なぜか小さくため息をついた恋葉は、駐輪場にある通学用の自転車に鍵をさした。
中学校の名前が入った自転車のシールは今見ると懐かしい。
その自転車に跨り、チラシが入ったカバンをカゴに入れた恋葉は南の方角を指差した。
「それではまず、駅へ向かいましょうか。南側の交差点から行きます」
「あっ……」
「どうかしましたか?」
俺は恋葉が指差した方とは違う方角を指差した。
「いや、小学校の方が近いから、近い方から教えてくれよ」
「距離的にはあまり変わりませんが、分かりました。そちらから回りましょうか」
「悪い。ありがとう」
「……? では、行きましょう!」
並木道の側道へ漕ぎ出した恋葉を、俺は追いかけるように続いて漕ぎ出した。