第7話「私は中学生ですよ」
○あらすじ
妹の晴香を愛してる飛鳥は相部屋を卒業することになった。亡き父の部屋で寝ることになった飛鳥は、自分の名前と同じ父の著書『飛鳥』を見つける。その本は図書館の本であると知り、図書館へ返しに行く。その図書館で飛鳥は少女の湊恋葉と出会う。恋葉からアルバイトを誘われて、飛鳥は「お兄ちゃんと呼んでくれ」と謎の条件を提示した。
四月の中旬から俺の図書館アルバイトの日々が始まり一週間くらい。桜もどこかに飛んでいってしまって、町の風景が緑になっていた。
欅の森図書館は名前の通り、欅の木が等間隔の円周型に並べられた公園の隅っこにある。青々とした中の桜の木は目立っていたのに、いつの間か新緑の中に溶けていた。
「本の背にある請求記号、分かりましたでしょうか?」
「まあ、なんとなく」
「少しずつ覚えていきましょう!」
今日も恋葉の無垢な笑顔に癒されている自分がいた。しかも教え方が優しい。
「番号で本の種類とか作者の名前を割り振ってるのはわかったよ。これ見て並べてるんだな」
「場所が決まってますので適当に入れないでくださいね?」
「本の整理はちゃんとするよ。任せてくれ」
「はい、任せました!」
「……」
俺の身長は一七十センチくらいで彼女の頭のてっぺんは俺の胸辺りにある。
ちんまりとした姿を見て妹がまだ反抗期に入る前を思い出す。今のハルは恋葉よりはでかいが、小学生の頃はこんくらいだった。だから妹みを感じた……かは分からない。
俺はアルバイト初日に恋葉の学年を聞いた。恋葉は気にすることなく答えてくれた。
「私は三年生です」
「三年生!?」
小学生の半ばから、お母さんが働けなくなった分手伝いに来ているなんて、素晴らしい。
友だちと遊んだりする時間が多い時期でもあるはずなのに。
「中学生ですよ」
「……ん?」
「私は中学生ですよ」
「……わ、わかってるよ。受験生なのに手伝っているなんて偉いな恋葉は」
「ありがとうございます。えっと……小学生を見るような目で見ている気がしたので、あえて言わせていただきました!」
「み、見てないぞ! 妹みたいには見てるけど!」
「それもちょっと……」
こうしてハルより一個歳上だと言うことが分かった。
こうしてコミュニケーションを取りながら仕事を覚えてきた。
この図書館に働いている人も覚えてきた。
恋葉の祖母である森野館長は毎日この図書館でお仕事をしていた。
ショートの銀髪と誰にでも優しく語りかける彼女は館長という肩書きが一番合っている。
そして、大学生だという女性の星空さん。星空って苗字は印象が強くてすぐに覚えてしまった。
丸眼鏡と背中まで伸びる尻尾のような三つ編みが文学少女という言葉が似合う。
口数は少なく喋ったことはほぼないが、優しい人柄は伝わってくる。
そして、俺の隣にいる少女の湊恋葉。俺が小さな頃にお世話になった司書の湊紗季さんの一人娘だ。
背中までかかる柔らかそうな黒髪、大きな黒い瞳、彼女のお気に入りである大きな青いリボンが頭のハーフアップに蝶のように留まっていた。
俺を含めて4人でこの図書館を森野館長が運営しているという。所謂、個人図書館や私立図書館というものだ。
図書館ってだいたい町や都道府県が運営しているものだと思っていたから、ここもそうだと思っていた。
「あのー」
「どうした?」
本の整理が終わった途端、改まって恋葉が話しかけてきた。さっきまでの明るい笑顔とは反対で、今は眉根を寄せて表情を曇らせていた。
「実は、ずっとご相談したいことがあったのですが……」
「奇遇だな。俺も相談したいことがある」
「ふぇっ!?」
俺の反応が意外だったのか、恋葉から変な声が漏れた。
「ずっと気になってたんだ、俺」
「そうだったんですか! やっぱり、変ですよね……」
むむむー、と唸る恋葉に俺の相談ごとを伝えた。
「なんで俺を『お兄ちゃん』と呼ばないんだ?」
「……」
時が止まった。多分俺が恋葉に図書館のアルバイトを誘われた時以来だ。
少しずつ、恋葉はあんぐりとした表情に変わっていく。
表情がコロコロ変わるのちょっと面白いな。
「なんでだ?」
「それはその……」
すごく答えづらそうな姿を見て、先日母さんが言ったことを思い出した。
恋葉を脅している。周りから見たらそう見えてもおかしくない気がしてきた。
さすがに胸が痛くなってきた。
「あ、あのさ。お兄ちゃんって呼びたくなければーー」
「あ、恋葉おねーちゃん!」
「ーーお姉ちゃん!?」
不意に後ろから鈴を転がしたような綺麗な声がして、勢いよく振り向いた。
来館していた少女がこちらによってきた。
「瑠奈ちゃん、こんにちは!」
さっきまで表情が固まっていた恋葉はホッとしたのかにこやかに瑠奈ちゃんという子に挨拶した。
ーー恋葉が相談したかったことはきっとこの子のことだろう。
少女を見て、俺はなんとなくそう思った。