生きて
──ねぇ、もしも私が明日、死んじゃうとしたらどうする?
──えぇ……っ⁉な、何でそんなこと言うの……。……でも、そうだな……。もしもだけど、そうなったらぼくは、一日中ずっと君のそばにいる!君のやりたいことをたくさんやらせてあげる!
──そしてぼくは、君の分まで生きて、君のゆめだって、かなえてみせるよ!
──……ふふっ、それはちょっとむずかしいかな……?
──だって、私のゆめは──
君は生きる理由を、何か持っているだろうか。
自分が何の為に生まれたのか、理解しているだろうか。
「えっ、あの人カッコ良くない⁉」
「わっ……!ホントだ~……!」
「私知ってる!あの人、この学校で有名な人だよ!」
「〝THE・クール系草食男子〟星月〈ほしつき〉学園高等部三年の、月城翔〈つきしろしょう〉さん!」
……あぁ、因みに、僕はというと……。
──そんなこと、全く理解出来ていない。
(……今日も女子は五月蠅いなぁ……)
何をそんなに騒ぐことがあるのだろうか。耳障りな声に、僕は両手で耳を塞ぎたくなる。
……女の子は苦手だ。
それなのに何故か、僕と関わろうとしてくる女子は多い。
「っ……⁉」
すると突然、誰かの腕が僕の肩にまわってきた。
「よっ!おはよう翔!」
……何だ。またこいつか。
僕に向かって気持ちの良い笑顔を見せるこの青年は、僕の幼馴染の、拓真陽〈たくまはる〉。明るく活発で、皆からは〝肉食系男子〟なんて呼ばれているらしい。
「……はよ」
「……っえ、そんだけ⁉」
陽は驚いたような顔をするが、これもいつものことだ。特に話すこともないだろう。必要最低限のことしかあまり話すことはない。
(……相変わらず、騒がしい……)
僕と陽を見ては、周囲の女子達は何か話をしている。
僕では陽と不釣り合いだとでも言いたいのかな。そういうのは僕の視界に入らないようにしてやってほしい。
(……結局、何も変わらない)
毎日同じことの繰り返しで、時間だけが刻一刻と過ぎていく。
いつからなのか覚えてはいないけれど、僕の心には、ぽっかりと穴が開いてしまったかのような感覚が未だ残っている。
……大切な何かを、失ってしまったかのような……。
(僕は生きてて、何の意味があるんだろう)
そんなことをここ最近、ずっと考えている。
「──なぁ見た?あいつの裏垢」
「あー見た見た!俺等の悪口ばっかだったよな。ってか、キャラ違いすぎだろ!」
教室から、男子生徒二人の笑い声が聞こえてくる。あぁ……、SNSか何かの話かな。
「……なぁ、どうする?」
「ちょっと痛い目見せてやろうぜ」
そう言う彼等の視線は、一人の男子生徒へと向けられていた。
「…………」
僕には、感情がない。
…正しく言えば、喜怒哀楽の〝哀〟がない。
いつからか、僕は悲しみというのがどんなものなのか、忘れてしまった。
幼い頃の記憶も、あまりない。
……昔はそれがどんなものなのか、知っていたような気もするけれど。
(……こんな風に生きてるくらいなら、いっそ)
死にたい。消えたい。この世から、居なくなりたい。そんなことを一四〇字、今日も書き込み呟く。
相変わらず、多数の心配する文字を綴った言葉が届く。
……言葉では、何とでも言えるんだ。
けれどその言葉が凶器にすら成り得るのだから、人間関係というのは難しい。
だから皆、相手に面と向かって言うことが出来ない言葉を、ここで呟く……、いや、正確には、『吐き出す』んだ。
ここが自分を曝け出すことが出来る場所だと、そう思っているから。
(──まぁ、僕にはもう関係ないか)
ドアを開け、ベランダに出ると、少しだけ冷たい風が吹いていた。
夜も更けて、遠くにある月が、やけに残酷に、綺麗に見えた。
──僕は今日、ここから飛び降りて死ぬ。
所謂自殺かな。
思っていたよりも冷静な自分がいて驚きつつも、もはや恐怖の感情すら湧いてこない。
特に明確な理由なんてない。
ただこのまま生きていくことに意味を見出せない。それだけだ。
(……よし)
このまま捨てよう。全部。
……元々、捨てられる物なんてないけれど。
ベランダの柵の外へ出ようと、片足を上げる。
──ぼくは君の分まで生きて、君のゆめだって、かなえてみせるよ!
……その時、少しだけ、懐かしい記憶が、頭の中を過ったような気がした。
「──ちょぉっと待ったぁぁぁぁああっ‼」
「⁉」
突然、後ろから大声が聞こえて、思わず驚く。
な、何だ……?母さんに気付かれたか…⁉
そう思い恐る恐る振り返ると、そこには──
「………っえ」
……足が失く、身体が空中に浮いている、女の子が居た。
「…………」
……………っえ?
「っ……!うわぁぁぁあああああああっ!!」
「っえ……⁉五月蠅いよ⁉」
僕は驚いて反射的に大声を上げた。何やら女の子は慌てているが、この状況で驚かない人類など存在するのだろうか。
……そもそも、先程自分も大声を発していたような気がする。
「それは君がいけないことをしようとしてたからでしょ?まぁそれに、私の声は君にしか聞こえてないから、問題ないしね!」
僕が何も言っていないにも関わらず、心の内を見透かすかのようにして、彼女はそう言った。
……いけないことって……、自殺しようとしたこと?それって、そんなにいけないことだろうか。
ここ最近世の中は、そんなニュースで溢れ返っている。こんなことを考え、行動しているのは、僕だけではない。他にも沢山いる。何がそんなに、いけないのだろうか。
……って、ん……?何か違和感があった。
……『私の声は、君にしか聞こえてない』……?
僕は思わず無言になる。
「…………」
……っえ、幽霊?
「?幽霊だよ?」
いや、エスパーか何かなんですか。平然とそう言う彼女に、僕は動揺を隠せない。
……幽霊が、見えてる……?僕にしか、声が聞こえていない……?とても信じられない状況だ。ついに霊力でも宿ってしまったか。それとも、疲れてるのかな……。いや、それは毎日だったよな。よし、寝よう。
「えっ⁉いや……っ、ちょっと待って⁉」
ベッドに行こうとした僕の腕を、女の子は慌てて掴む……、かのように見せたが、彼女の手は僕に触れることなく、そのまますり抜けた。
!…本物じゃんか…。いや、そもそも…。
「……近付かないでもらえますか。あと、貴方誰ですか?幽霊だか何だか知らないけど、今すぐ出て行ってください」
睨むような視線を向けてそう言えば、女の子は少し傷ついた顔をした。流石に言い過ぎたかと反省していると、女の子は首を横へ思い切り振って、再び口を開いた。
「それは出来ないよ。だって、今まで断ち切れていたはずの私の未練が、今また君によって繋ぎ止められちゃったんだもん」
……彼女の言っていることがよく分からない。未練?この子の未練と僕に、一体何の関係があると言うのか。
……初対面……だよな?
僕と同い年くらいの、大人しそうな女の子。
「──そういうわけですから!私の未練が完全に断ち切れるように、君にはお手伝いをしていただきますので!」
「よろしくお願いしますね?」
──月城翔、高校三年生の春。
……よく分からない幽霊に、付き纏われることになりました。
「はぁ……っ」
現在登校中。……そして、逃走中。
(無理無理無理無理!!あんなものに付き纏われてたまるかっ!!)
前へ前へと、必死で足を動かす。普段あまり運動をしない分、息切れが酷いけれど。
……上手く撒くことが出来れば、学校にまではついてこられないはず……、これ以上面倒事は増やしたくない。
(……だけど、あの子……、──どうしてか、初めて会った気がしないような……)
初対面……だと思うんだけれども、何故か懐かしさを感じた。
……懐かしく思えるような記憶すらも、残っていないくせして。
(……そういえば、いつからどうして、僕には記憶がないんだろう)
「翔っ!!」
「っ……!!」
すると突然、背中を思いきり叩かれた。こんなことをする人は、あいつくらいしかいないだろう。
「陽……、痛いんだけど」
自身の背中を擦りながら、じと…っとした目で陽を見ると、彼は「ごめん」と言うように片手を顔の前に出した。
「悪い悪い!にしても翔、今日早いな?走ってるところとか久しぶりに見たわ!」
朗らかに笑いながら、彼はそう言う。けれど、陽こそいつも僕と同じくらいの時間に登校しているのに、今日は早い気がするのだが。
「翔がいないなーと思って探してたら、遠くで走ってるのが見えたからさ。俺も走ってきた!」
……ただただ純粋に疑問だ。
皆、僕の心を読むことが出来る能力でも持っているのだろうか。
いや、それとも、無意識に心の声が出ているのか?
色々と思うことはあるが、ここまで僕以上の速さで走ってきて息切れ一つしていない陽のことを、心の底から尊敬する。これが体育会系と帰宅部の差か……。
「!って、いけない。早く行かないと……」
逃げていたことを思い出し、ハッと我に返る。そんな僕の隣で、陽は不思議そうに首を傾げた。
「何?今日やけに急いでるな。何かあんの?」
「……いや……」
陽からの問いかけに、僕は言葉を詰まらせた。こんなことを言っても信じてはもらえないだろう。僕だって未だに信じられていない。
口籠る僕を見て何を思ったのか、陽は少しだけ──悲しそうな顔をした。
「……陽……?」
「……っあ……、何でもねぇ!まあとにかく、何かあるんだったら早く行こうぜ!」
「……お、おう……」
何事もなかったかのように、笑って走り出す陽。
……彼がどうしてあんな表情をしたのか、僕には分からなかった。
「…………」
何だかんだで、あの幽霊についてこられることなく、席に着くことが出来たわけなのだが……。
(……そういえば結局、昨日自殺し損ねたよな……)
あの子の話からすると、僕が自殺しようとしたことによって、彼女が断ち切ったはずの未練がまた蘇ってしまった……みたいなことだと思うのだが。
……それが分からない。本当だとすれば、僕と彼女には必ず、何らかの関係性があるはずだ。……けれど……。
──僕の中には一切、彼女と日々を過ごした記憶など残っていない。
(……僕が自殺しなければ成仏するんじゃないか……?逆に自殺したら死んでも呪われ続けそうだな……)
そんなことを一人で悶々と考えていると、気付けば僕の前に数人の女子が集まってきていた。
何だ何だ。日頃の文句でも言いに来たか。
「……っあ、あのさ!月城君。……月城君って、どんな女の子がタイプなの?」
………は?
何を言い出すかと思えば、全く意図が読めない質問を投げかけられた。理解不能だ。そんなことを言って、双方に一体何の得があるのか。
(…………)
「──さぁね。強いて言うなら、そうやってグイグイ詰め寄ってこない人かな」
僕は吐き捨てるようにそう言ってから席を立ち、廊下へと向かった。面倒くさい。
冷たい?そうなのかもしれない。けれど、悲しみを忘れた僕には、相手が今どんな気持ちでいるのかなんて分からない。
……非難されようと、僕にとっては関係ない。ただ、面倒くさいと思うだけ。
(……それにしても──)
すると、教室から声が聞こえてきた。恐らく、先程の女子達の声。
「……前から思ってたけど、月城君ってちょっと冷たいよね」
「女子が苦手なんじゃない?」
「まぁ、それも草食男子!って感じじゃん?」
そんな会話が耳に入ってきて、苦手だと分かっているのなら関わらないでほしい、と思った。
って、は?誰が草食男子だ。草なんか普段食べないわ。
「まあまあ!……ごめんな。あいつ態度悪いだろ?」
そこへ今度は、男子生徒の声が聞こえてきた。……っえ、この声……。
──陽?
「!っわ、拓真君……⁉」
「大丈夫だよ~、そこもまたカッコイイし!」
「なら、いいんだけどさ。……あいつ、昔からああだったわけじゃないんだ。あんな風になったのも、色々と事情があってさ。だから、悪いけど、大目に見てやってほしい」
陽の、真剣な声色が耳に響いてくる。
(──っえ……?)
陽はこんな嘘は吐かない。恐らく、今発した言葉全てが真実。
……何故だか、心臓が大きく波打った。
事情?事情なんかあるのか?ただ自然と……、こうなったわけじゃないのか?
……昔の僕は……、どんな風だったっけ…。
考えても考えても答えは出てこず、僕は暫くその場で、蹲っていた。
「…………」
……その様子を、人ではない何かに、見られていたことなど知らずに。
『ウザい』、『気持ち悪い』、『クズ』、『消えろ』、『死ね』。
……今日もSNSを開けば、そんな言葉が目に付く。
これを向けられた相手は、傷ついたりするのだろうか。
……〝悲しい〟と思ったり、するのだろうか。
(……分からないな……)
自分の思うことを思うままに吐き出すことが出来る場所。……面と向かっては言うことが出来ない言葉を、吐き出すことが出来る場所。
(……陽みたいな人間には、必要ないんだろうなぁ……)
「……それで?……何か用」
家に帰宅してから、ずっと僕の方を向いたまま動かない幽霊に、そう問いかけた。流石にただ日常を送っているだけでは消えないか……。というか、落ち着かないのだが。
「……っあ……、いや、何でもない……」
「嘘でしょ。流石に分かる。……あぁそっか。成仏の手伝いでもすればいいの?結局、未練って何なの」
女子、しかも幽霊相手に、ここまで言葉を発したのは初めてな気がする。僕からの問いかけに、彼女は俯いた後、こう答えた。
「……簡単に言うと──夢を叶えること、かな」
……夢?
「君の夢って、何?」
再び問いかけるも、彼女は顔を俯かせたままで、それ以降言葉を発することはなかった。
……分からないことには、僕だって何もできないのだけれど。
一つ、溜息を吐いた。
「……今日は一段と疲れた。もう寝るね。おやすみ」
あれから、数日間──何回も、繰り返し、同じ夢を見た。
……幼い少年と少女が、毎日笑い合いながら、互いに互いを支え合いながら、日々を過ごしていく夢。
けれど必ず、同じところで目が覚めるんだ。
──だって、私のゆめは──
……少女の言いかけた〝夢〟が何なのか、未だに分からない。
「──あの……っ!」
家から出ようとしていた僕を、幽霊の彼女が引き留めた。最近はもう逃げることも諦めている。逃げても無駄だということが分かったから。
「一つだけ、聞きたい。……どうして自殺なんかしようと思ったの?」
彼女からの問いかけは、至ってシンプルだった。……何だ、そんなことか。
「──生きていても意味がないから。死ぬ理由にはならないとしても、このまま生きていく理由もないでしょ」
そう言って、僕は笑って見せた。……けれど、何故だろうか。長らく笑っていなかったせいなのか、上手く笑えていないような気がする。
「……あ、……て……」
「……え?何て……」
「──それじゃあどうして、他の人が自殺しようとしてたら助けたの⁉」
真剣な目をして、僕に向かってそう言った彼女に、驚きを隠せない。
確かに、暴言を吐かれ暴力を受けて、自殺を試みていた男子生徒を、止めたことはある。
……けれど、それはこの幽霊が現れる前の話だ。どうして、そのことを知っているのか。
「……私は、幽霊だから。遠くから見守ることしか出来ないから。だけど、ずっと──君の幸せを、願ってきたんだよ」
今にも泣き出しそうな顔をしていながら、彼女は笑ってそう言った。
何故だか僕は、その笑顔を見て、心臓が波打った。
……懐かしさを、感じる笑顔。
ずっと傍に、あったはずの笑顔。……そうだきっと
──僕は、この子を知ってる。
「陽ッ!!」
「⁉……っえ、どうした⁉翔」
珍しく大声を出した僕を見て、陽は驚いた顔をした。……まぁ、無理もないだろう。
「教えてほしいんだ!僕の過去に、何があったのか」
今までずっと、自分から人に話しかけに行くことなど、あまりなかった。得意ではなかった。
陽は目を大きく見開いた後で、心なしか、少し嬉しそうな顔をした。
「どういう心境の変化なのか知らねぇけど、いいよ。……昔の翔は……、素直で明るくて、優しい奴だった」
『あっ、勿論今も優しいけどな⁉』と慌てて付け足す陽。
……素直で明るい……、今とは正反対だな。
「……そんな翔には、俺の他にもう一人──幼馴染がいたんだ。同い年の、女の子。二人はいつも一緒にいて、凄く仲が良かった」
……その言葉を聞いた途端に、夢で見た少年と少女を思い出した。きっとあれは……ただの夢じゃない。
……僕が幼い頃の、実際にあったであろう出来事。
「翔はさ、所謂草食男子じゃん?」
………は?いきなり何を言い出すのか。
けれど、ここで口を出しても面倒くさいことになりそうだから、僕は黙って陽の話を聞いた。
「草食男子は、最初から女子が苦手だったり、そういう性格だったわけじゃなくて、何か過去にそうなったキッカケがある人がほとんどなんだ。例えば、過去に女の子に振られたとか、散々酷いことを言われたとかな」
そう言ってから陽は一瞬、口を噤んだ。……そして、ゆっくりとまた口を開く。
「……それが、翔の場合は──最愛の人の死だったんだ」
不思議と、そこまで驚かなかった。何となく、分かっていたような気がする。
……そうだ。あの子は突然──僕の前から消えたんだ。
「女の子は生まれつき、身体が弱かったんだ。病気にかかっていた。……だけど、死ぬ直前になっても、女の子はそのことを言わなかった。悲しむ顔を、見たくなかったのかもしれない」
陽は俯きながら、そう言った。
僕の中で、全てが繋がった。あの幽霊が、僕に拒絶されて傷ついた顔をした訳も、僕が素直に物事を話さなくなって、陽が悲しそうな顔をした訳も、女子のタイプを聞かれて、何かを思い出しそうになった訳も、全部。
……そこで、漸く気が付いた。
僕は悲しさを忘れたわけではなくて──ずっと、悲しみの中に居たんだ。
「……その女の子の名前は──」
「いいよ。言わなくていい。……思い出した」
あの子の名前も。……あの子の〝夢〟も。
「──僕、行ってくる!」
「……っえ、行くってどこに⁉授業は⁉……って、まあいいか。何だか、昔の翔に戻ったみたいだし。ああでも、ちょっと待って」
陽に引き留められ、僕は首を傾げる。
「前にさ、男子二人が見つけた裏垢と、自殺しようとしてたクラスの奴のことについて、相談してきただろ?」
僕は陽の言葉に頷いた。自殺しようとしていた生徒は、かなり前から目をつけられていた。裏垢を見つけてから、男子二人が何かを企んでいるような様子を見せていたから、実行する前に、二人が慕っている陽に何とかしてもらえないか頼んだのだが……、それがどうかしたのだろうか。
「あれ、俺の裏垢だった」
………っえ?
「えっ⁉」
嘘だろ。陽も裏垢で悪口とか言うの⁉
「俺だって悪口くらい言うよ。あいつらに面と向かって言ってやったら、罰が悪そうな顔してたな。嫌がらせもピタリと止めたし。……だから翔。思ったことは思ったまま、面と向かって言え。何も否定したりはしないから」
「……そっ、か……。そうだよな。──ありがとう陽。行ってくる!」
陽の言葉に、自身の心が温かくなっていくのを感じながら、僕は通ってきた道を引き返し、全力で走った。
──君の夢を、叶えに行くよ。
「結ッ!!」
玄関のドアを勢い良く開けて、僕は叫んだ。
驚いたように目を見開いて、僕と向き合っている女の子。
──星丘結〈ほしおかゆい〉。それが、この子の名前。
「……っえ、どうして……」
そう言う彼女の瞳からは、今にも涙が零れ落ちそうだ。
あの頃と姿が変わっていたから、余計に気が付けなかった。幽霊は姿が変わらないものだと思っていたんだけどな。
「思い出したんだ、全部。僕が今までずっと、忘れていた幼い頃の記憶。──そして、君が語っていた夢のことも」
僕がそう言うと、彼女はとうとう涙を零し始めた。
「……そっ、か……。それじゃあ、一つ約束して」
「……うん。何?」
僕は彼女の言葉に耳を傾ける。
「──君は、優しい人だよ。今は言葉がキツイところもあるかもしれないけど、本当はとても優しい人。……それでいて、自分に自信がない。謙虚で、他人のことは優先して正しい行動を取ろうとするのに、自分はどうでもいいと思っている。……だけど、違うよ。もっと自分に自信を持ってよ。君を愛してくれている人は、沢山いるんだよ」
「──生きてちゃダメな人間なんていないよ」
そう言って、彼女は綺麗に笑った。……その笑顔は、あの頃と変わっていなくて、僕は涙が出そうになる。
悲しみを忘れてしまったから、人の感情が分からない自分に、生きる価値などないと、ずっとそう思っていた。……だからその分、それが分かる人には、生きていてほしかった。
……だけど、そうじゃなかったんだ。
その言葉は、彼女なりの『生きて』というメッセージなんだろうな。
「……私は、病気だったから。生きたくても、生きられなかった。夢を叶えたくても、叶えられなかった」
「──でも今こうして、君と一緒にいることができて、私は物凄く幸せ!……君が私の夢を、叶えてくれたんだよ」
「翔ちゃんはずっと、私の夢を叶えてくれる、たった一つの希望だったんだ」
そう言って、彼女が泣き笑いの顔になるから、僕もつられて、涙を零してしまった。
……何だ。
『生きていく理由』、最初からあったじゃん。
少しだけ笑みを溢してから僕は、最後に誓いの言葉を口にした。
「──約束する。僕は君の分まで生きて、君の夢を叶えるために、幸せでい続けるよ」
……あの日
僕がSNSに呟いたことを実行しようとしたせいで、一人の幽霊を現世に引き戻してしまった。
……けれど双方にとって、それで良かったのかもしれない。
僕は彼女との記憶を取り戻し、彼女は時を越えて、本当の意味で夢を叶え、成仏することが出来るから。
「「──ありがとう」」
お互いに、感謝の言葉を口にして、別れは告げなかった。
……きっとこれからも、遠くから見守っていてくれるから。
僕は暫くの間、その場に立ち尽くして、静かに涙を零した。
──……ふふっ、それはちょっとむずかしいかな……?
──だって、私のゆめは──
『──しょうちゃんといっしょに、しあわせになることだから!』
〈END〉