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春よ来い
由利は修一郎の話を聞きながら弥生の横顔を見ていた。由利の視線を追った修一郎が
「雪が気になるのかな。それとも話が退屈だった。」
と言った。
由利はハッとした。〈そんなことはないです。〉と言おうとした矢先に弥生の方が口を開いて、
「それは退屈でしょう。文学部の女の子にこんな話をして。」
と修一郎を見て笑い、また窓の外に視線を向ける。 由利は〈違います。〉と柔らかく意思表示をするのに相応しい言葉が見つからないまま返事をした。
「そうじゃないんです。雪を見ながら雪男の話を 聞くのもいいかなと思って…」
由利が話し終える前にマスターはコーヒーを三つと恋飴を二つ運んできた。あまりのタイミングの良さにこの人は〈他人の心が読めるのだろうか。〉と由利はマスターの顔を見た。
「お話中失礼します。〔恋飴〕でなく〔なごり雪〕になりましたけど。」
とマスターはコーヒーと恋飴をテーブルの上に置いてカウンターの中に戻った。今日の恋飴はティラミス風のベースに薄く淡雪が敷いてある。早春の残雪をイメージしているのだろう。
「じゃあ、続けるか。」
と修一郎は話し始めた。