雪は降る、由利は来る
弥生と修一郎はふざけながら歩いている。由利は少し距離を取ってその後ろを歩く。会話に加わらなくていいので二人の後ろ姿を眺めたり、茶庫に通うようになったきっかけを思い出したりしていた。物思いにふけ足元への注意が緩んだせいで思わず滑りそうになった。一瞬ひやりとした。
そしてタイミングよくと言うか悪くと言うか弥生に見られてしまった。
「由利ちゃん、大丈夫。」
弥生が声をかける。修一郎も立ち止まった。
由利は高校時代まで宮崎で過ごした。宮崎より南の鹿児島は雪が降るのに宮崎は降らない。正しくは宮崎平野に雪は降らない。大学1年の冬、東京が大雪になった日に由利は嬉しくて一人はしゃぎながらアルバイト先へと向かった。アルバイトは休んでもいいと言われていたのだが、雪が降って楽しくなった気持ちを誰かと共有したかった。最寄りの駅を出ると湿った大粒の雪が空から落ちている。会社近くまで来て駆け込もうとした瞬間に足を滑らせた。由利は積もった雪が溶けかかっている場所に大きく尻餅をついてジーンズも下着もびしょびしょになった。
とりあえずそのまま会社に行き、弥生に〈着替えに帰ってもいいですか〉と言うと弥生は即座にコンビニで下着を買ってきてくれた。ボトムの方は修一郎が作業用でロッカーに置いている着替えを借りることになった。
「それ洗濯してるよね」
弥生が言う。
「当たり前だろうが。」
修一郎が言い返す。
由利が借りたのは黒いデニムのお洒落な作業ズボンだ。両腿に大きなポケットがある。由利は左のポケットに財布、右のポケットに携帯を入れた。
更衣室から出てきた由利を見て弥生はプッと吹き出した。〈やはり似合いませんか。〉と由利が言う前に弥生が言った。
「ごめん由利ちゃん、由利ちゃんを笑ったんじゃないの。それ短くない。おっさん足短か。」
「うっせー、お前よりははるかに長い。」
修一郎がそう言うのと同時に弥生は肘で修一郎の脇腹を小突いた。
由利の身長は175cm、修一郎は174cm、弥生は155cmだ。
「あなたのときは丈が余ってるよね。由利ちゃんのときは全然足りない。」
弥生はキャハハハハと笑っている。
一瞬足を滑らせただけで、由利はそんなことまで思い出した。