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由利は修一郎と弥生を眺めている。弥生は口癖みたいに〈あんたみたいな変なヤツ、好きになってあげるのは私ぐらいしかいないんだからね。〉と修一郎に言う。
二人を見ているとその言葉がとてもよく理解できる。弥生は修一郎の切り出す話題を楽しそうに聞く。弥生は女性にしては珍しくと言う程でもないのだが虫が好きだ。ヘビやミミズのような細長くてクネクネしたものは全く駄目だがカブトムシやクワガタムシ、トンボやチョウはとても好きだ。ただし、ゴキブリはダメである。
「昔は道路の東側もにも池があったんだ。はっきりと記憶にはないけど、池にはスイレンが植えられてた。茎が立ち上がらなかったからハスじゃなくてスイレンだろう。アヒルや小鳥のいる大きな鳥小屋もあった。全部話すと長くなるからトンボの話な。オオヤマトンボは東の池、それとコフキトンボやシオヤトンボもいた。」
「道路を挟んで数十メートルなのにそんなに違ったの。」
やよいが素朴に疑問を投げつける。
「トンボの種類だけを見ても別世界だよ。東の池はそのオオヤマトンボ、コフキトンボ、シオヤトンボ、ショウジョウトンボ。西の池はタイワンウチワヤンマ、コシアキトンボ。ギンヤンマだけは両方にいた。」
修一郎は呪文のようにトンボの名前を羅列する。今度は由利にもある程度トンボの姿が浮かんだ。
「どこが違うのかしら。」
弥生が再び質問する。
「洋館と木造の和風建築の違いかな。東の池は岸がコンクリートで固められていて、底にもコンクリートが打ってあった。おそらく睡蓮の鉢を置くためなんじゃないかな。その鉢にだけ土が入っていてそこに睡蓮が植えてあった。西は泥底、カナダモだかクロモだか判らないけど水面までびっしり。こっちは池の周りにも木が植えてあったから木陰も多い。東は太陽を遮る木は池の周りにはなかった。だから天気がいいとスイレンの葉の緑が綺麗だった。そこにコフキトンボとシオヤトンボ、塩が乾いたような青白い尻尾の半光沢が絶妙な色合いだったよ。」
由利は弥生を見た。少なくとも弥生はその光景が理解できているのだろう。由利は写真でもいいからその光景を見てみたい。そして勝手に〈今ある西の池はコンクリートになったからショウジョウトンボがいるのかしら〉と想像した。
「静止画はいいわ。とにかくトンボを動かしなさい。水面にはさざ波を立てて。あとトンボ捕りのアホ少年も登場させるのよ。」
弥生はニコニコしながら修一郎に言う。由利も修一郎の話が聞きたい。ほんのりと色のついた昭和のかんばしら公園が頭の中で動画になるかもしれない。




