紅(くれない)だぁ
「明日は十六夜か、つまり今日が満月。」
弥生が言うと修一郎は
「やっぱ夕方の陽が高い内に宮崎に戻るぞ。彦ちゃんズの友達が来るかもしれない。」
と簡単に言う。父の顧客の釣り人は〈幻の魚〉と言ったが修一郎にとっては日常の延長らしい。由利はあの日、追川が修一郎のアカメに関する知識を引き出そうとしていたのだと改めて痛感した。
「じゃっ、それまでトンボ探そっか。」
と弥生はサラッと流した。
「池が整備されて殆どトンボが見られないけど、リクエストはあるのか。」
「オオヤマトンボは何処か行っちゃったけど時間までトンボの話。」
修一郎の問い掛けに弥生は簡潔に答える。
「じゃあコフキトンボとシオヤトンボ、ショウジョウトンボだ。」
修一郎が喋ると弥生は
「蜻蛉屁理屈論の始まりか。」
と笑いながら言い、
「ショウジョウトンボは解るわ。赤トンボより赤いヤツでしょ。」
と言う。
由利は二人の会話を聞きながらショウジョウトンボを検索した。携帯の画面には赤と言うより深紅の燃えるような赤いトンボの画像が出てくる。形も赤トンボの仲間よりシオカラトンボに近い。
「クロアゲハと一緒。巷では赤いトンボはみんな赤トンボ。」
修一郎がそう言うと弥生は
「ふうぅん、若い女の子はみんな可愛い女の子なんだ。」
と変に捻って突っ込む。弥生の返答を聞いた由利は会話に入らない様に二人を傍観することにした。
自分の言葉に返答しない修一郎に弥生は違う方向から問い掛ける。
「赤トンボって普通ナツアカネとアキアカネだよね。そっちは結構いるの。」
「いるかもしれない、家の近くでは見たこと無い。捕まえたらマユタテアカネかマイコアカネのどちらかだった。」
「それでどっちなの。」
「判らん、当時の図鑑はそこまで詳しく無い。でも捕まえたら全部顔に眉があった。」
「屁理屈論の証明失敗だ。」
二人はキャッチボールの会話を続ける。
由利はマイコアカネとマユタテアカネを検索したが違いが判らない。解るのは成熟したら腹部が赤くなる事だけだ。ショウジョウトンボはすぐに判った。そして修一郎と弥生の視線の先にショウジョウトンボは居た。太陽光を浴びたショウジョウトンボは燃えると言う表現が相応しいほどに赤く輝いている。
修一郎と弥生はショウジョウトンボを見ながら会話していたのだった。
〈気づかなかった。弥生さん「ショウジョウトンボは解るわ。」と言った時には見つけてたんだ。〉
由利は再びショウジョウトンボを見る。見れば見るほど携帯の画像よりも遥かに美しく赤く輝いている。




